6.二十年前の崩壊事件
暫くして、耳鳴りや頭痛がある程度治った頃、先程までの感嘆の声が聞こえなくなっていた。
「…ここはどこだ!?」
確か、ここに悪魔城や監獄塔があった筈なのだが、ただの平原になっている。辺りを見渡しても、家族や仲間の姿が見当たらない。
「おーい!!母さん!!ルカ!!…エルリア!!ユリウス!!マーシュ!!」
自分は一体どうしたのだろう、とジークは疑問に思い、家のある方角に向かって歩き始めた。
(もしかしたら…過去の世界に来たのか?)
今は空は雲1つない快晴、先程は禍々しい黒い雲で、世界は闇に包まれていた。そして、何より…
「俺の家がある!!」
丈夫なミナの木材で造られたジークの家があった。
すると、台所の裏口から、洗濯籠を抱えたアリアの姿が現われた。その容姿は意外と若々しくて綺麗だった。「か、母さん!?」
「あら、貴方は…?」
アリアに近寄ったジークは、嬉しさの余り、思わず話しかけてしまった。
「お、俺は、未来から来た竜族·ジークと言います!」
「?…その服と剣は、竜族兵士ね!私と同じ!」
「え!?」
やっぱり、ジークはまだこの世には存在していなかった。というより、生まれていない様だ。
「へぇ~、第2竜族隊長かぁ。若いのに良く働くわね!」
「あ、ありがとうございます!」
2人でワイワイと話していると、平原の向こうから1人の男性が馬に乗ってやって来た。
「ただいま、アリア!強化訓練終わったよ」
「おかえり、グラン!今日は可愛い少年が遊びに来てるわよ~!」
「ジ、ジークです!」
グランと呼ばれた男性は、ジークを見て驚きの声を上げた。
「なあアリア、俺とそっくりじゃないか!?」
「あら、本当だわ!!」
ジークは多少戸惑いながらも、苦笑いを浮かべて、もう一度グランの顔を見る。やはり瓜2つだった。
「しかも、その剣!!今俺が持ってるドラゴソードじゃ!?」
「珍しい少年ね~。まるで、私とグランの息子みたいよ。くふふ…」
(この人が、おや…父さん…!?)
嬉しい様で、嬉しくない様な、そんな複雑な気持ちで両親の会話を聞いていた。
(ん?…という事は、今は丁度20年前!?あの崩壊事件の年か!!)
どうやら魂が具現化して、過去の世界に迷い込んでしまったみたいだ。まさか、父親に会えるなんて…
「がっ…!!?」
「…どうした?」
突如、再び耳鳴りや頭痛が始まり、視界が歪んで見えた。折角父さんに会えたのに、もっと沢山話をしたかったのに。そう後悔している内に、ジークの身体は、砂の様にサラサラとそよ風に運ばれて行く。遥か天空に…。
気がつくと、隣にルカが気持ち良さそうにスヤスヤ眠っていた。
(元の世界に戻った…のか?)
更にその奥にはアリアやマーシュ、ユリウスが眠っている。多分ここは基地なのだろう。
「あ、起きた起きた」
「…んだよ。エルリア」
ジークを覗き込む格好で心配しているカラスの少女は、隙を見てジークの腕を掴んで、グイッ、と引っ張った。
「痛ぇな…!ってか、どこ行くんだ?」
「…秘密の場所よ」
「…は?」
今までエルリアに秘密の場所だけは教えてもらっていない。幼馴染みだったからか、隠し事なんて一切無かった。ユリウスもそうだ。
「さあ、ユリウスも起きて」
「んにぃ~…あ、エルリア。どうしたの?」
「俺達でエルリアの秘密の場所に行くんだとよ…」
「え~、まだ夜中…」
「いいから早く!」
ぐずる2人を無理矢理引きずって、エルリアは足早に基地を後にした。
歩く事10分、地下街の外れにあるオルレニア地下鉱山の麓にやって来た。このオルレニア地下鉱山は、長い年月をかけて生成されたドラニウム鉱石で出来ている、世界最大の鉱山だ。
「この穴から入るわよ。頭をぶつけない様にね」
裏側の小さな空洞を指差し、その中にロープを垂らした。
「へぇ、こんな所に別の入口があったのか」
「この前、ここら辺を散策していたら、偶然見つけたのよ」
エルリアを筆頭に、ジーク、ユリウスの順にロープを掴んで下へ降りる。足場は凹凸が少なく、ツルツルした氷の様だ。
「うわぁっ!!」
「ちょっ、ユリウス!?」
頑丈なロープが途中でぶちりと切れ、ユリウスは下に転がった。押された衝撃で、ジークも下に滑り落ちる。
「あぶ…きゃあっ!!」
流石に少年2人の重さを支えきれず、エルリアもジークとユリウスと一緒に穴の奥深くに落ちて行ってしまった。だが、落ちる最中、入口に人影が走り去って行く姿を、ユリウスはしっかり確認した。
急に熱気と寒気を同時に感じた3人は、警戒しながらゆっくり立ち上がった。
「うぅ…どこなの?ここ?」
「着いたわ。…獣神ラシル様、竜神ユグド様私の仲間を連れて来ました」
衣服に付着した砂や土を綺麗に払うと、誰かに向かって、エルリアが挨拶をしていた。
「良く来てくれましたね…カラスの少女、エルリアよ。」
「新兵の収集、ご苦労だった」
それは、獣神ラシルと竜神ユグドだった。しかも、鉱山の地下を殆ど掘り返した様な、巨大な地下基地の中に居る。
「こ、これは……!!?」
「太古に存在したと言われていた……地下都市!?」
ジークとユリウスは、思わず驚愕した。地下都市の規模に、そして、エルリアの人間関係に。
「ようこそ!オルレニア都市へ!!」
何千人もの国民達が市場を開いたり、店に立ち寄っていたりしている。その楽しそうな笑顔からは、悲しみや怒りが無く、澄んだ優しい心が見える様だった。
すると、ジーク達の背後で物音がした。
「…あうっ!!」
「…いたっ!!」
「母さんにルカ!!」
ジークの家族も他の兵士達に連れて来られたみたいだ。
「現在、殆どの国民の移住が完了して、もう始めるそうよ」
「そうか、案外早く集まったな」
広場中央にいる2人の神は、白い石台に立つと、深く息を吸った。
『これから、新兵の入軍式を始める!!大半は元兵士だった者だと聞いたが、基礎武術の応用だと思って、日々の訓練を欠かさず行え!!』
広場の隅々まで響き渡る声に合わせて、近くにいた大勢の兵士達が「ハイッ!!!」、と威勢の良い返事をした。
(おい、エルリア。どういう事だ?)
(対悪魔兵軍よ)
(対悪魔兵軍?)
(そう、各地に散らばったデビルバスターを集める為の特殊兵)
まだ、昔の伝説には続きがあった。
悪魔を滅ぼし、役目を果たしたデビルバスターは、次に侵略される時まで、地中深くに封印された。そのパーツは9機に分解され、自然の守護者である神獣達が、命を懸けて守っている。
そして、ジークも幼い頃、両親に何度もこの物語を聞かせられたのだった。
(救世主、エレク…か)
実際は、ユグドでは無く、1人の兵士によって悪魔が滅ぼされたという別の説もあった。
「…遠征は、1週間後に出発する!!それまでに、各自準備を整えておけ!!…解散!!」
「ハイッ!!!」
そんな深い事を考えていると、いつの間にか、入軍式が終わっていた。
今から1週間後の遠征までは、都市内で自由に活動出来る。と言っても、2日前には兵舎に戻らなければならないそうだ。
「さ~て、じゃあ私は帰るわ!」
「ぼ、僕も!」
「待てよ。エルリア、お前は帰る家がねえじゃんか」
エルリアは両親がいない筈なのに、何故か自信満々の表情をしている。
「フッフッフ…新しい家族が出来たのよ!」
すると、向こうの道から若い男性と女性が慌てながら走って来た。
「遅くなってごめんな!エル!」
「こんなに早く終わるとは思っていなかったのよ~!」
「ううん、大丈夫だよ。お母さん、お父さん」
綺麗な茶髪の女性は、ボサボサの髪をかき上げ、ジークとユリウスに一礼した。
「どうも、娘がお世話になっています!エルの母親になった、セイーユと申します!」
「あ、どうも…」
かなり元気のある挨拶で、少し引いてしまった。見た目からして鳥族だろうか。
「僕はエルの父親のグリードです。宜しくね」
「いえ、こちらこそ!」
紺色の短髪が第1印象の父親は、恥ずかしそうに頬を掻くと、エルリアの頭を軽く撫でた。
「ね?私は大丈夫、寂しくないわ」
「そうみたいだな。」
親子で楽しそうにしている姿を見ると、思わずこちらも微笑んでしまう。ユリウスも隣で笑っていた。
「さあエル、もう帰らないと、時限に間に合わないよ」
「あっ!そうだった!!」
「時限?」
「そういえば、ジークとユリウスには教えて無かったね。ここでは、住民の安全を守る為、午後6時から翌日の午前6時までの屋内待機が定められているのよ」
1枚の紙を手渡され、急いで内容を見る。
『―――第4条、時限
我々国民は、自身の身の安全を守る為、午後6から翌日の午前6時までを、屋内待機とする。(極稀に、危険な魔物が徘徊する恐れ)』
一瞬、脳裏にヒューマンイーターの気持ち悪い容姿が浮かんだ。
「ま、早く新築の家に帰る事よ~」
「…あぁ、じゃあな」
「ジーク、エルリア、また明日!」
3人は、それぞれ家族と共に、新しい冒険の事前準備を始めた。