5.監獄塔
暗闇の中、そろりそろりと城の門に近付く三つの人影。その内の二人が両側の門番の首を締め上げ、近くの谷に放り投げた。別行動をしていた一は、頑丈な門の錠を喰いちぎり、城内へ他の二人と入って行った。
「…無茶し過ぎよ」
「はば、わごみょどらにゃいじょ!(やば、顎戻らないぞ!)」
顎が外れたジークに、マーシュが下から右アッパーを繰り出す。
「ごはっ!!」
ガコン、という音と共に顎が勢い良く戻った。
「この方が早い」
「うぅ…痛てぇ」
ジンジンする顎を押さえて、ジークは後悔していた。なんで、あんな馬鹿でかい錠を食いちぎろうとしたんだろうか、と。
「…にしても、警備兵の数が半端じゃないわ。今日は何かあるのかしら?」
「確かに多過ぎるよな」
広い庭の茂みに隠れて警備兵の様子を伺う。すると、一人の悪魔が、
「明日は楽しみだぜ!」
「あぁ、なんたって大魔王ドルザーク様の誕生式だからな!」
周辺にいた他の警備兵達で何やら式典の話をしていた。悪魔王ドルザーク。つまり、悪魔達の王という事らしい。更に、
「そして遂に、竜族の処刑が始まるんだ!」
一人の警備兵が喜びの声を上げた。竜族の処刑、ジークにとっては衝撃の事実である。(駄目!ジーク!!)
怒りを押さえきれないジークは、警備兵達に襲いかかろうと、剣を抜く。だが、動いてしまった為か、茂みが大きく揺れた。
「ん?なんだぁ?」
(やばい、気付かれた!?)
ノロノロと三人の潜んでいる茂みの方に歩いて来る警備兵。ワイン等のアルコール類を飲んだ様で、動きがフラフラしている。
(二人は先に行って!私がどうにか食い止めるから!)
(すまないな。行くぞ、ジーク!)
マーシュがジークを引っ張る形で、城の裏口に入って行った。エルリアは、鞄から小さなカプセル状の薬を取り出し、一気に飲み込んだ。『起薬』、一時的に自らの体内に宿る動物や竜の力を最大限に引き出す薬。
「……カァ、カァッ!!」
「うおっ!?カラスだ!」
みるみる内に小さくなった黒いカラスは、警備兵達に襲いかかった。身体中をつつかれ、微妙な痛みを感じた警備兵達が、
必至に振り払おうとしている。
そして、カラスは、暫く痛めつけた後、城の外へと飛び去っていった。
「野生のカラスってあんなに気性が荒いのか!?」
その頃、城内攻略をしていたジークとマーシュは、
「ここでも無いみたいだな」
「畜生!監獄塔までの道が見当たらねぇ!」
目当ての監獄塔へ行く為の通路がある筈なのだが、付近を探しても無い。
「また地下通路とかだったら嫌だぜ」
「それは無い筈だ…が、これは最終手段をとらざるを得ないな」
地上から大きくそびえ立つ監獄塔を見据え、マーシュは溜め息混じりの息を吐いた。その最終手段とは、
「塔壁をよじ登る!?」
いかにも原始的な手段だった。しかし、城の壁の溝は深く、指や足なら何とか登れるだろう。
「俺、クライミング得意じゃないんだけどなぁ……」
ジークは渋々長い廊下の窓から庭に出て、先程の警備兵達に気付かれぬ様に離れた場所にある監獄塔へ走った。
「下は私が見張っておく!安全して登れ!」
「うへぇ……入り口が高い。」
見上げたおよそ五十mの位置に大きな鋼鉄製の扉があり、入り口として使われている様だ。悪魔達は近くの小屋から、怪鳥デビルバードに乗ってあそこまで移動している。
「よし、じゃあ行って来る!宜しくな、マーシュ!」
「あぁ。分かった」
余計なリュック等の装備を外して、ジークは塔壁の隙間に手を差し込む。最初はゆっくりと慎重に登っていたが、次第にコツが掴めてきて、スイスイと登れるまで上達した。
「ハァ、ハァ…着いた!」
汗を垂らして遂に入口まで登り切り、いざ扉を開けようと手を伸ばすと、
「あ~疲れた!早く城に戻ろうぜ~!」
(どわぁっ!!?)
二人のデビルバードに乗った看守が勢い良く扉を開けた。驚いたジークは足を踏み外し、危うく地上に真っ逆様に落ちる所だった。しかし、ドラゴソードを塔壁に刺し込んだ為、ぶら下がる様な姿で息を切らしている。
(あ、危ねぇ~!!)
という事は、今監獄塔にいる看守は二人だけ。
これは絶好のチャンス、と思ったジークは塔壁をよじ登り、監獄塔の内部に入った。中は夜空が見える吹き抜けで、中央に螺旋階段が設置されている。そして、壁際には金属製の牢獄が隙間無くあった。
「誰だ!?…侵入者か!!」
ジークの思惑通り、看守は二人だけだった。これなら楽にアリアとルカを救出できる。
「殺せ~!!」
確認すると、左側の看守が槍、右側の看守は剣を所持していた。
(まず、左からか…)
先に襲いかかって来た左側の看守の突きを右にヒラリと避け、槍を剣先で弾き飛ばす。槍は、高く宙を舞って牢獄近くに落ちた。
「…隙ありっ!!」
「げぇっ!?」
だが、その槍はジークを油断させる為のフェイクだった。看守は小型ナイフを隠し持っていたのだ!
顔の前までナイフが迫り、ジークは咄嗟に上半身を左に傾けた。白い頬に一筋の赤い線が滑らかな曲線を描き、綺麗な鮮血を染み出す。
「いっつ~…あ、血ぃ出てるし!」
指先で傷口に触れると、血がべっとりくっついている。看守はニヤリと笑い、今度は二人同時に攻めて来た。
「母さんとルカを返せぇっ!!」
ジークもドラゴソードを構えて看守達に立ち向かう。厄介な事に、様々な方向から投げられるナイフを避けつつも、もう一人の看守の相手をしなければならない。
(何より、このナイフがうざったい…!)
地味な攻撃なのだが、避ける位置が限られて、逆にジークが不利な状況になってしまっている。
「……そうだ!賭けか!」
ジークは、得意分野の賭けを利用して、狙いを定めず、唯一の武器であるドラゴソードを思い切り投げた。
「気でも狂いやがったか!?素手で勝てる訳が…」
「勝てるんだよなぁ~それが。」
チッチッチッ、と指を左右に振ると、もう一人の看守を指差した。そこには、胸の中央にジークが先程投げたドラゴソードが深々と突き刺さった看守の姿があった。
「ひいっ!!?」
看守は握り締めていた剣をガラン、と落とし絶句した。その他、起きていた国民達も、顔を青色に染めている。
「残念だが、俺は強運の持ち主なんだよ!!」
ジークは、鉄の小手で強化された拳を大きく振り上げ、看守の顔面を殴った。
「が…はっ!!!」
「…さて、これでようやく母さんとルカを探せるな!」
その場に倒れた看守のポケットから、牢獄の鍵の束を奪い取り、周辺の部屋に撒き散らす。
「おお!鍵だ!!」
「脱出出来るぞ!!」
捕らえられた国民は、皆口々に感激の叫びを上げ、牢獄から逃げて行く。
「ジーク!?無事だったのね!!」
「兄ちゃん~!!」
階段からアリアとルカが駆け降りて来て、ジークをギュウ、と笑顔で抱き締めた。
「は、恥ずかしいよ!母さん、ルカ!!」
遂に家族全員が揃い、喜んで笑っていたジーク。
しかし、突如奇妙な耳鳴りや頭痛がジークを襲った。意識が段々と薄れ、身体が巨大な岩の様にズッシリと重くなっていく。
「…ーク…!!……ク…!!」
母親が何か叫んでいる。そう思いながら、ジークは静かに瞼を閉じた。