ジオの実力
「……あっ」
イーデンの剣幕に、慌ててユニが口元を押さえる。
「すみません、ジオ様……今はもう喋れる、という事をうっかり失念して……」
ああ、なるほど。
気の回るユニにしては珍しいことだと思っていたが、そういう事かい。
「あー……まあいいさ。丸一年喋れなかったんだ、慣れるまではしょうがねぇ。まあ、例の諸々を実践に近い形でテスト出来ると思えば悪かねえ」
『例の諸々』ってのは、『エクスチェンジ』で当てた品々の事だ。
ちゅうとりあるが終了した後、シルバーコース5回、ゴールドコース1回に分けてやってみたのだ。
一応あの後、当てた品々の効果の程を確認してはいるが、実践での使用感も知りたい。
「……申し訳ありません」
しゅん、とうなだれるユニ。
そのユニをぐいと押しのけて顔を出したのは……誰かと思えば、ギルマスのルドマンのおっさんだ。
「お、おいジオ、大丈夫か? イーデンは、馬鹿だが……一応、腕は立つぞ」
「あー……まあ、死なない程度に何とかするわ。命根性だけは汚いんでな」
「無理はすんなよ。ギルドの外でやらかす分にはこっちは口出し出来ねえんだ。最悪、死にそうになったらギルドに逃げ込んでこい」
「おお、そん時は頼まあ」
だがまあ実際、そんなみっともない真似をしたら、こんなおっさんなんぞ、あっという間に干されちまうがな。
まあそん時はそれこそまた隠居に戻るだけだ。
「どぉーーーしたぁ!! 逃げんのかじじいっ!」
さっさとギルドの外に出たイーデンから催促の怒鳴り声が届く。
「あーうるせぇ……ああ、今行くから待ってやがれ!」
そっと『アイテムうぃんど』を出し、人に見られないよう、体の影でそれを取り出す。
あまり目立ちたくは無いが、これ位なら使って大丈夫だろう。
俺はそれを懐に入れると、イーデンに続いてギルドの外へとでる。
と、それを待っていたかのように、ギルドの中にいた冒険者達も我先にと外へ出てくる。
全く物見高い奴らだ。
あっという間にギルドの前の大通りは、俺とイーデンを囲んで人垣が出来てしまった。
「へっへっへっ……これだけ証人がいるんだ。俺が勝ったらその奴隷女を貰うぜ?」
「ああ? お前本当の馬鹿か? こっちはそんなこと一言たりとも承知してねえぞ。 つうか、『喧嘩で勝ったら俺のもん』って、曲がりなりにも司法の整った国で通る理屈じゃねえだろが? 上級なのは腕っ節だけか? 知性と品性はどこに置いてきた?」
「!?っの、くそじじい……殺す……マジで殺すぞコラァ!!」
俺の挑発にあっという間に真っ赤になるイーデン。
背中の大剣をぞろり、と鞘から抜きだして肩に担ぐようにして構える。
対して俺はショートソードは抜かず、懐から先ほどのモノを取り出す。
武器では無い。
金属製の薄っぺらい水筒――俗にスキットル、とか呼ばれているタイプのモノだ。
俺はそれを一口、ぐいっとあおる。
のど元をきついアルコールが通り過ぎ、胃の腑が炎をぶち込まれたかのように熱くなる。
――って、本当にキッツいな。蒸留酒よりもキツいぞ。
「……おい、なめてやがんのか? 勝負の最中に酒だと?」
「酒でも飲まなきゃやってられねえからな。こんな馬鹿な催しはな……まあ、能書きはいいからかかってこいよ」
「……万年中級の糞野郎が……俺は4級だぞ。なめてんじゃねぇーーーっ!!」
雄叫びを上げながらまっすぐ突っ込んでくるイーデン。
うむ、この手の脳筋馬鹿は実に扱いやすい。
全くもって予想通りだ。
風を切り裂き、俺の頭上から落ちてくる大剣。
俺はそれに対して、イーデンの懐に飛び込み、その手首を下から押さえた。
『ズズン』
イーデンの一撃を受け止めた衝撃が俺の体を通して大地に放たれる。
重いな。さすがは上級冒険者ってか。
だが、予想通り受け止められないほどでも無い。
『表示設定』で見たイーデンのLVは25。
俺より7も高えが、ポイントを割り振った分、腕力ではおそらく同等程度だろう。
で、念のため、それに加えてさっき使ったスキットル。
こいつは『無限の酒筒』という『エクスチェンジ』で手に入れたR級アイテムで、その名の通り、無限に酒が湧き出る魔法道具だ。
更には一口飲めば、腕力+3と賢明-3の補正が10分間付与される。
付与効果が付くのは一日5回まで、という制限はあるが、それでも切り札としちゃ十分過ぎる。
これが、余裕でイーデンの一撃を受け止めた種明かし、と言う訳だ。
「どうした。ご自慢の剛力はこの程度かい?」
「んなっ……ばかなっ……」
目を白黒させているイーデン。
そらそうだわな。
身長で10センチ、体重で20キロは差のある……格下のはずのおっさんがご自慢の一撃をあっさり受け止めたら。
俺は動きの止まっているイーデンを、これ幸いと手首をねじりながら足払いをかけ、地面に引き落とす。
「うがっ……」
「おい、どうした。俺を倒して女を貰うんじゃ無かったの……おっと」
地面に押さえ込んだ俺を引きはがそうと、イーデンの蹴りが俺の顔を狙う。
あんなごついブーツで蹴られちゃかなわんので、イーデンの手首を解放していったん離れる。
「てめぇ……どんな手品使いやがった!! ……もう油断しねえ。本気で殺してやる!」
すかさず立ち上がって、今度は上段に構えるイーデン。
……うっすらとその体が赤い光を放つ。
……おっとマジに殺る気だな。おそらくは『スラッシュ』かそれに類する斬撃系スキルの前兆――
「食らいやがれ!『ダブルスラッシュ』!」
さすがにこれは受け止められないわ。
ひょいと横に避ける。
元々俺は回避を中心とした戦い方を得意としていたし、ステータスアップの恩恵もあってこれくらいは造作ない。
……と、俺の代わりに地面を砕いた刃が、跳ね上がるように再び俺に向かって伸び上がってきた。
俺はそれを更にバックステップして避ける。
なるほど、ここがただのスラッシュと違うところか。
ふむ、今のは危なかった。一応新スキルも使っとくか。『健脚』発動っと。
これで俺の移動速度はさらに1.2倍になった訳だ。
「俺のスキルをよけやがった!? くそ、『旋風斬』! 『裂空撃』!!」
「おおっと危ねぇ……ほい、ほいっと」
続いてイーデンの旋風斬と裂空撃も躱す。
ふむ、さすが上級。攻撃系スキルだけで3つも持っているのか。
「ちょこまかと! 避けるんじゃねえ! 『旋風斬』! 『裂空撃』! 『ダブルスラッシュ』」
「おいおい、ちったあ狙って出せよ。ご近所の迷惑だぜ?」
「うるせえ! お前がっ! 素直に死ねば!! いいんだっ!!」
あちらで柱が倒れ、こちらで軒が切り裂かれる。
こんな街中で、やたらめったら重量級武器をスキルを使って乱打してりゃ当たり前だわな。
すげえな、ホント威力だけはありやがる。
だがこんなにスキルを乱発しちまったら――
「『旋風斬』……? ち、気が切れたか!」
魔法が魔力を消費するように。
スキルは気力を消費する。
魔力よりは回復に時間がかからないとは言え、この馬鹿のように乱発してりゃすぐにガス欠になるって訳だ。
俺はイーデンがスキルの不発に気を取られた隙を狙って、ギルドの壁をするりとよじ登る。
ウィングブーツのおかげでジャンプ力が強化されているので簡単なもんだ。
「……! ジオ!! どこ行きやがった!! ……逃げやがったか?」
イーデンにしてみれば、一瞬視線を外した隙に俺がいなくなっている訳で、そのように思うのも無理は無いだろう。
俺はそのまま屋根伝いに移動し、イーデンの背後に足音を殺すように着地――そして。
「『影撃』」
新しく覚えたスキルを後頭部めがけて発動。
その効果は背後から攻撃した場合に限りダメージ三倍、と言うもの。
まさに一撃必殺の技である。
……最も手刀での一撃だから死にはしないと思うがね。
そして『影撃』は正しく効果を発揮し――意識を刈り取られたイーデンはどう、と地に頽れたのである。
※
俺がイーデンを下して一瞬の後。
わぁぁぁぁぁぁぁ! っと、思い出したように観客から歓声が上がった。
そして、たちまち俺はむさ苦しい男達に囲まれてしまう。
ええい、嬉しくないわ。
せめてイナリス嬢とかからの祝福の抱擁とかであればまだしも。
「おい、ジオ! いつの間にあんなに腕を上げやがった!!」
「おっさんすげぇ!」
「言っただろうが! 兄貴はすげえんだ!!」
「おっさんのくせに!」
「腰は大丈夫か~」
等々。
観客にもみくちゃにされている内に、いつの間にかイーデンは居なくなっていた。
ルドマンのおやっさんに確認すると、公共物および民家破損の罪でおやっさんが密かに呼んだ官憲に連れて行かれたそうだ。
「これでちったあ懲りてくれると良いんだがな……でも馬鹿だしなぁ」
とは、ルドマンのおやっさんの弁。
いや、まったくだ。
結局その後、ユニの登録を行うのには更に2時間を要した。
そのままギルド併設の休憩室で、観客も交えて祝宴が始まってしまったからである。
休憩室は一段高くなった小上がりの座敷の様になっていて、靴を脱いで横になって休む形になっている。
……本来ここは酒盛りをする場所じゃねえんだがな。それを戒める立場にあるルドマンのおやっさん自らが酒盛りに参加しているので誰も止める者がいねぇ。
「うっはぁ! 飲め飲め! ジオの復帰祝い兼祝勝会だ!」
「うぉぉぉぉっ!」
「一気っ、一気っ」
……というか、一番飛ばしているな、おやっさん。
まあ、それはともかく。本来ここは酒場では無いので、つまみも簡素なもんだ。
スモークチーズ、干し肉、炒り米、塩漬け野菜Etc.
つまりは、野郎共が普段から冒険の保存食として持ち歩いているような物ばかりである。
「……せめて干し肉、あぶったやつが欲しいな」
あれは香ばしくて美味いんだ。
多少柔らかくもなるし、つまみにはちょうど良い。
「ジオ様、ここは簡易台所があったはずです。簡単な物でよろしければ準備しますわ」
「お、頼むわ」
ユニの言葉に甘えて、つまみを作って貰うことにする。
そうしてユニが台所に消えてから約20分後――
テーブルの上には簡単なとはとても言えない料理の数々が並んでいた。
「うまっ、これうまっ!」
「なんであんな材料からこんな料理が……」
「ユニちゅんマジ天才ぃぃ」
「ふぉぉぉぉユニぃーーー嫁に来てくれーーーーーっ!!」
「ゆにたんは俺の嫁」
ごつい男達が(一部女も居るが)泣きながらつまみ料理を貪るのはなかなか鬼気迫る物があるな。
というか、ユニは俺のだ。嫁にはやらん。
なぜか一部の女冒険者から特に熱烈にラブコールを送られていたので、ユニをあぐらをかいた上に座らせて保護する。
ユニはしきりに恐縮していたが、これはこれで良いものだ。
酒を飲む。つまみを食う。ユニをまさぐる。うむ。完璧なループである。
真理は円の中にあるのだ。
はっはっは、そこの婦女子、血の涙を流してもユニはやらんよ。
……うむぅ、さすがに少し酔ったかな。
さて、やっと『エクスチェンジ』の品がひとつ出てきました。
残りをお披露目出来るのはいつになることやら。