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報酬

……正月?……なにそれ。

 ハーピークイーンの体は何十本もの矢が生え、ハリネズミのようになっていた。

 ショートボウを撃っては逃げ、撃っては逃げした結果という訳だ。

 そこでふと気付く。


「……この矢筒、一向に矢が無くならねえな……『無限の矢筒』ってのは本当だったのか?」


 まあ、とは言ってもただの木の矢だ。

 やじりも先端を薄く銅で覆っただけの、返し(・・)も無い簡単な作りだ。

 せめて鉄の鏃が付いた矢であったら、もう少し楽だったんだがな。

 敵に当たらなかった矢や、当たっても抜け落ちた矢は蜃気楼のように消えてしまうみたいだから、大量に売り払って一財産ってのも出来ねえ……惜しいな。

 などとやくたいもないことを考えていると、ハーピークイーンの体がうっすらと輝いているのに気付く。

 また碌でもないことが起こるのかと警戒していると、ハーピークイーンはそのまま……それこそ蜃気楼のように消えていったのだった。

 ということは、やはりこのハーピークイーンは通常の魔物では無く、『声』が作り出した物だったという事なんだろう。


「……あ。消えちまったら素材の回収出来ねぇじゃねえか。もったいねぇ……」

『チュートリアルボス〔ハーピークイーン〕の討伐を確認しました。地上への転送の前にボーナス報酬の抽選が行われます』

「……と、そうだった。ここでハーピーの涙(ハーピードロップ)を引かなきゃ意味がねぇんだったな……頼むぜスゥイダの女神様よ」


 スゥイダは旅人や冒険者を守護する女神だが、賭け事の女神でもある。

 酒場での軽いカード賭博なんかの時には、誰も彼もついつい祈りの言葉が出ちまうメジャーな女神だ。

 この『声』相手には分が悪いかもしれんが、祈っておいて損は無いだろう。


「チュートリアルボス〔ハーピークイーン〕の討伐ボーナスは」


『声』のセリフと同時に空中に光が渦を巻き始める。

 頼むぜ。ハーピーの涙(ハーピードロップ)であってくれよ。


『〔ウィングブーツ〕です。 これはジャンプ力を1.2倍にし、副次効果として屋外、および屋外型ダンジョンでの回避率に+補正がかかります。 おめでとうございます。』


『声』の言葉と共に、羽の意匠が縫い込まれた革のブーツが光の中から現れ、『アイテムうぃんどお』に吸い込まれるように消える。

 

『〔ウィングブーツ〕を入手しました。』

「……おい。そこはハーピーの涙(ハーピードロップ)が当たるところだろ!? 」


 思わず声を荒げる。

『ウィングブーツ』とやらも大した一品の様だから、売っ払ってハーピーの涙(ハーピードロップ)の購入資金に充てることは可能だろう。

 だが問題のハーピーの涙(ハーピードロップ)自体、市場に流通量がほとんど無く、購入出来る機会自体が無いのが現状なのだ。


「……なあ、お前さんよ。俺の女がハーピーの涙(ハーピードロップ)の必要な死病にかかっているんだ。こいつぁ返すからよ、どうにかハーピーの涙(ハーピードロップ)と交換しちゃくれねえか」

『以上でチュートリアルボス〔ハーピークイーン〕の討伐報酬処理を終了します』


 ……ち、やっぱり無駄か。

 どうもこの『声』、事前に決められた台詞をしゃべっているだけのような感じがするな。

 まともな受け答えが出来ねえ。

 畜生、結局はぬか喜びかよ。


『……続いてチュートリアルクエストのクリア報酬が送られます。』

『〔お守り人形×3〕を入手しました。』

『〔帰還の翼×3〕を入手しました。』

『〔脱出の翼×3〕を入手しました。』

『〔1000ジット〕を入手しました。』

『隠し条件1 〔ステータスポイント未使用でボスを討伐〕達成により〔力のお守りアミュレットオブストレングス〕を入手しました』

『隠し条件2 〔スキルポイント未使用でボスを討伐〕達成により〔エリクサー〕を入手しました』


「くそ~賭け事に強かったら冒険者稼業なんてやってねえよな……って、なに?」


 耳をよぎった信じられない言葉に思わず『アイテムうぃんど』を確認する。


 ――エリクサー――


 無声症どころか、手足のちぎれた半死人さえ五体満足な姿にまで回復させる、伝説の薬がそこにはあったのだった。


「~~~くぁ!……eエリoキュwせdrfくtgyふじこlp!?」


 ――いかん、興奮しすぎてまともな言葉になってねぇ。


「――よ、よし。何にしてもとりあえず地上に帰ってから、だな。おい、送ってくれんだろう?」

『〔化鳥の谷〕での全チュートリアルの終了を確認しました。これより地上に送還します』


 ――こうして俺は、『化鳥の谷』から無事に生還を果たしたのだった。


          ※


「ふー……なんとか日が落ちる前に帰れそうだな……と? なんだお前ら」

「じ、ジオの兄貴!?」

「一体いつここにっ」

「無事だったんすね!」

「あ゛、あ゛に゛ぎぃぃぃぃよがだぁぁぁっ!!」


 俺が転送されたのは崩れた崖――俺が谷へと落ちた近くだった。

 そこにはヤボーだけではなく、新人達全員が集まっており、そこらに生えている野の花が何輪か供えられていた。

 て、おい、これまさか


「お゛れ゛、あにぎが死んじまっだとおもっで、み、皆とせめで花でもっで」


 ……やっぱり俺へのお供えか。縁起でもねぇな、おい。


「あの気の強いヤボーが顔を真っ赤にして戻って、泣きながらジオの兄貴が死んじまったって言うから」

「おお、そりゃ心配かけたな。ああ、泣くな泣くな鼻水が出てるぞヤボー」

「でもさすがベテラン冒険者ですね。こんな高さから落ちて、しかも迷宮ダンジョンから1人で無傷で戻ってくるなんて!」


 泣きはらすヤボーに、ほっとした顔で説明する少年に、きらきらとした瞳で見つめてくる少女に……もはや収拾の付かないカオス状態だ。


「まあ、なんだ。心配かけてすまなかったな。だが予定よりだいぶ遅くなっちまったからとっとと帰え――おぐっ」


 突如体を襲った痛みに腰が砕ける。


「兄貴っ! やっぱりどっか怪我……」

「あ、いや……な。すまん、違うんだ」


 腰に力が入らず、動くと鋭い痛みが走る。この症状は。


「……ギックリ腰だ。悪いが肩を貸してくれ」


 何度か経験しているから分かる、これはまごう事なきギックリ腰。

 ……やはり今日一日、無理をし過ぎた様だった。

『手当』もこっそり使ってみたのだが、目立った効果は発揮出来ず、結局俺は、新人達に交互に背負われるという情けない姿でルスタールの街へと帰り着いたのだった。


『称号〔不死者〕を得た』

『称号〔不屈の挑戦者〕を得た』

『称号〔導く者〕を得た』

『称号〔ガラスの腰〕を得た』


 うるせぇよ、最後が余計だ。くそ『窓』め。


          ※


「くぁ……やっぱり家が最高だな、おい……おう、そこ……そこだ」

「んぅ……ん、んふ……」


 あれから数日後。

 俺は自宅のベッドの上で横になり、ユニの奉仕を受けていた。

 ユニの繊手が俺の体を妖しく滑り、くすぐるようにうごめく。


「おう、気持ちいいぞ。また上手くなったな。俺以外にもしてやってるのか」

「んーんう!」


 紅潮してしっとりと汗ばんだ顔を、ふるふると横に振るユニ。


「はは、冗談だ。そんなこと勿体なくてされられやしねえ……くぅ……」


 ――ギックリ腰のアフターケアとしてシップ薬を塗り込むマッサージをして貰っている訳ですが何か。


「ふう……おう、もういいぞ。だいぶ楽になった」

「んぅ」


 実際、薬草シップとユニのマッサージのおかげで劇的に症状は改善している。

 単なるヒールポーションとかじゃギックリ腰には痛み止め位にしかならないんだがな。

 不思議なもんだ。


「でな、ユニ。ちょっと話がある……ああ、まあとりあえずベッドに座れ」


 ユニの手を引いて、自分の隣に座らせる。


「これはな、この前の化鳥の谷の件で偶然手に入れた力なんだが……他言無用だぞ」

「んう? ん、んんう?」


 ユニが自分の咽を指し示して不思議そうに首をかしげる。

 おそらく「喋ろうとしても喋れないのに……」といったことを言いたいのだと思われるが。

 とりあえずその反応は無視して『アイテムうぃんど』を開き、薬瓶のマークの内、『エリクサー』と古代語表記されているものに触る。


 途端、俺の手の中に現れるこぶし大の豪奢な薬瓶。

 完全に透き通ったガラスの瓶は表面に精緻な、命の女神『セイロ・カー』の姿が浮き彫りにされている。

 はっきり言って瓶だけでも美術品として相当な高値が付きそうだ。

 その瓶の中には、黄金色に輝く液体がわずかに光を発しながら揺れていた。


 ユニは突然俺の手の中に現れた小瓶に、目を丸くして硬直している。


 まあ、そりゃそうか。

 今まで魔法のまの字にも縁が無かった俺が、こんな魔法じみたことをやらかしちゃな。


「……まあ説明は後にして。とりあえずこれを飲め。一気飲みだ」


 ぐいっと、ユニの手に小瓶を押しつける。

 慌てて受け取るユニ……だが飲もうとはしない。

 どうしたものかと、俺と瓶の間を視線が行ったり来たりしている。

 まあ、そりゃそうだ。

 こんな得体の知れない薬、いきなり飲めって言われてもな。

 すると、ユニが何かに気がついたように一瞬で真っ赤になる。

 さらに壁に掛けてある黒板に駆け寄り、なにやら石膏のかけらを手にとって書き込んでいる……何々?


『媚薬ですか?』


 ちゃうわっ! て、おい、微妙に嬉しそうだな。


「……まあ、お望みとあればキッツいのを買ってきて使ってやってもいいが……これは違う。ユニ、命令・・だ。この薬を飲め。安心しろ、体に悪い物じゃない」

「んぅ……んっ……」


 ようやく、瓶を手にとってごくり、と飲み干すユニ。

 途端、まばゆいばかりの光がユニの体を包み込み……そして消えた。


「……ど、どうだ? ユニ、何か体に変化は無いか?」


 ぺたぺたと自分の体をなで回すユニ。

 小首をかしげて悩んでいるように見える。


「ううん……特に変わったところは無いようです。ジオ様……………………!?」


 よおし!

 どうやらエリクサーは正しくその効果を発揮したようだ。

 目を見開いて固まるユニ。

 今日は固まってばかりだな。


「じ、ジ・オ様……私、こと、ばが……」

「おう、無声症、治ったみてえだな。何よりだ」

「こ、これっ……これっ……一体っ!」

「はっはっはっ、聞いて驚け、『エリクサー』だ! この前の仕事で偶然手に入れる機会があってな?」

「……ジオ様、ばかっ……こんな……本物のエリクサーなんて、私なんて目じゃない高級奴隷が何人買えるとっ!」

「あぁ……そりゃあしょうがねぇなぁ……でも使いたかったから使っちまった、って事だ。それで良いじゃねえか」

「ジオ……さ、ま……」


 トン、と俺の腕の中に倒れ込んでくるユニ。

 俺の胸が冷たいのはユニの涙のせいか。


「……私、一生ジオ様にお仕えします。ジオ様に貰った命の分、ずっと」


 その夜は二人して今までにない位、いろいろ燃えた。

 ……腰が持ってくれたのは僥倖だった。


 




『NPC〔ユニ〕の好感度がリミットブレイクしました。これ以降〔ユニ〕はパーティキャラクターとして使用出来ます』

『――プレイヤーのパーティ人数が限界数、6人以下なのを確認。〔ユニ〕は自動的にパーティへと編入されます。』

『以後、〔ユニ〕のステータスポイントとスキルポイントはプレイヤーが任意で割り振ることが可能となりました。』


 ユニを腕に抱いてまどろむ中、あの『声』がまた聞こえたような気がした。



 



ちなみにスキル「スラッシュ」の伏せ字部分が気になるという話がありましたので、ここで全文を。

『スラッシュ』

  斬撃武器を装備している者が使用できる攻撃スキル。

  CPを5消費して通常攻撃の120%のダメージを与える。


でした。

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