謎の窓
お待たせしました。
やっと万年中級冒険者ジオさんがちょっとだけチートを手に入れます。
「う……ぐう……つ、冷てえ……」
肌を刺す水の冷たさに、俺は意識を取り戻した。
どうやら俺は水深20センチ程の渓流の中に横たわっていたらしい。
渓流の両側は切り立った崖となっており、地上まではかなりの高さがあるようだった。
「ここは……そうか、谷……化鳥の谷に落ちて……痛っ……」
鈍い痛みに顔をしかめつつ、体を起こして川から出る。
幸い、川岸に平らな大きな岩があったので、そこに座ると全身の負傷の有無を確認する。
「右手と右足に裂傷、左手小指の骨折……擦過傷はほぼ全身と……地上からここまで落ちたんだとすれば、運がいい方か」
全身、植物の蔦や葉にまみれているところから見るに、落下途中でこれらに絡まり落下の勢いが減じられたらしい。
……何にせよ、とりあえず服を乾かして、傷の治療か。
「ヒールポーション……ち、割れてるよなあ」
ウェストポーチの中に入れておいた、虎の子の魔法薬が軒並み全滅だ。
くそ、泣くに泣けねえ…
武器は、鋼のショートソードは無事だったものの、折りたたみ式コンパクトボウが真っ二つになっていた。
まあ俺の身代わりになったんだと思えば仕方がないと言える。
後は……まあ異常は無い。
さっきから視界の隅でチラつく、この訳の分からない『半透明の窓』を除けばな。
うん……意識的に考えないようにはしていたんだ。
目の神経か、頭ん中に異常があるなんて怖くて考えたくないからなぁ。
だがどうやら、これはそういうものではないらしい。
先程からチカチカとその存在を主張するように光を発して瞬いている。
……それにどうやら、この窓には古代言語らしきものが映し出されているようだ。
「あー……何々?『タッチ……チュートリアルを……して……さい』?」
……所々古代言語どころか高等古代語が使われてやがるな。
タッチってのは触るって意味だったか。
これでも遺跡探索の為に簡易古代語位はかじっているんだが、流石に高等古代語は手が出ねえ。
「しかし触れってもな……こんな幻覚みたいなのに触れようも……うおっ!?」
好奇心に負け、つい、その半透明の窓に手を伸ばした途端、頭の中に抑揚のない女の声が響いた。
『チュートリアルを開始します』
「な、なに?ちゅうとりある?」
『レッスン1 アイテムの使用と装備について』
俺の戸惑いを無視して、頭の中の声は言葉を続ける。
『まずは〔初心冒険者セット〕をアイテムウィンドウに付与します。システムウィンドウの中の〔アイテム〕をタッチして下さい』
し、しすてむうぃんどってのが何か分からんが……あいてむってのは……多分コレだな。
うん、これ位なら読めるぞ。
っと、画面が変わったな。
「これが、あいてむうぃんど……てのか」
『アイテムウィンドウが開きましたら、〔初心冒険者セット〕をタッチして下さい。』
……どれだよ。
くそ、読めねえが……多分コレか? ○○○○○セット……語感からして、字数は大体あっているしな。
俺は恐る恐る窓の中の一部を押してみた。
すると__
『〔初心冒険者セット〕がタッチされ、開封されました』
『〔初級ヒールポーション×10〕を入手しました。』
『〔初級マジックポーション×5〕を入手しました。』
『〔初級ショートソード〕を入手しました。』
『〔初級ショートボウ〕を入手しました。』
『〔無限の矢筒(木の矢)〕を入手しました。』
『〔初級レンジャーアーマーセット〕を入手しました。』
目まぐるしく窓の中の古代文字が流れ、女の声と共に剣のマークや瓶のマークが増えていく。
……一体何なんだ、これは?
『アイテムを取り出すには、各アイコンをタッチしながら必要個数を宣言して下さい。まずは瓶のアイコンをタッチして〔初級ヒールポーション〕を1個取りだしてみましょう。』
「ひ、ヒールポーション……瓶のマークの下に書いてある……コレか? 『ヒールポーション1個』っと! たっ!…………………………………………は、はは……本当に出たよ……ポーション……」
俺の手の中には掌に乗る位の透明な瓶が空気から染み出るように出現していた。
瓶の中には真っ赤な液体が揺れている。
その色合いは、確かにギルドで販売している魔法薬、ヒールポーションにそっくりだった。
これが本当に本物のヒールポーションだとしたら――いったい何者なんだ? この声は……
何も無いところから薬を出すなんざ、神か悪魔か?
『怪我などでヒットポイントが減少している場合、レッスン2に進む前にポーションなどで回復しておきましょう。』
へいへい、こうなりゃやってやりますよ。
……ここまでやって、この薬が実は毒薬だった、てのも無いだろ。
俺はため息を一つつくと、覚悟を決めて一気にその謎のポーションをあおった。
すると――
「おいおい、なんだこりゃ……裂傷どころか骨折まで治っているぞ」
俺の知る限り、ここまで強い効果のヒールポーションは無い。
むしろ価格にして10倍程もするミドルヒールポーションに匹敵するだろう。
『ヒットポイントの回復を確認しました。』
俺がポーションを飲むのを待っていたかのように、再び女の声が響く。
……この『ヒットポイント』ってのが、おそらく怪我の程度とか生命力の事なんだろうな……前後の繋がりから察するに。
『続いて、武器、防具です。装備品は持っているだけでは効果を発揮しません。アイテムと同じようにアイテムウィンドウから取り出し装備しましょう。』
は、はは……なんだそりゃ。
そんなの当たり前じゃねえか。
まあいい、要はこの剣のマークや鎧のマークを押せば……っと……
「ははあ、やっぱり……出てくる訳ね……」
もう驚き疲れたぜ……ああ、分かったよ、装備すりゃいいんだろ!?
どうせ濡れ鼠だったんだ、着替えますよ。
……しかしなんだな、この鎧……革鎧の一種みたいだが、俺の硬革鎧よりずいぶんとモノがいいな。
剣と弓も、魔法こそかかって無いみたいだが品質は良いみたいだしな。
『アイテム、装備の取り出しはよろしいですね? 続いて格納ですが、物品に触りながら「格納」と宣言すれば実行されます。ただし、所有権があなたに有るか、所有権が放棄された物品である事が必要です。外した装備を格納してみましょう。』
あ? 何だって?
……取り出しに格納?
…………もしかして。
「……格納」
俺は半ば自棄になって、硬革鎧に手を当てながらつぶやいてみた。
途端、ふっと消える濡れた鎧。
と同時に窓の中に現れる新たな鎧のマーク。
消えた鎧に慌てて、そのマークを触ると、何事も無かったかのように再び現れる硬革鎧。
「マジかよ……」
これって、な、何でも入るのか?
「か、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納、格納!」
思わずそこらへんにあった小石や雑草を手当たり次第に格納してみる。
小石は問題なく次々と消えていったが、雑草は消えない。
ふと思いついて、地面から抜き取ってみると問題なく消えた。
……よく分からんがここら辺が所有権が云々、というのが関係してくるのだろう。
窓の中を確認してみると、草のようなマークが3個と鉱石のようなマークが2個増えており、それぞれ個数が×4とか×2……のように書かれている。
つまり、同じ石や草でも種類ごとに分別され、同種類の物はまとめられてこの窓の中に仕舞い込まれたって事なんだろう。
とすれば、それぞれのマークの下に書いてある古代語が道具の名前か。
「すげぇ……どれだけ入るか知らねぇが、これだけでもすげぇアドバンテージだぜ」
『レッスン2 戦闘について』
俺の感激を華麗にスルーして、謎の声は話を進めていく。
てか、戦闘だと?
『ゴブリンを例にチュートリアルバトルを開始します。まずは近接武器を使用し、通常攻撃を行ってください』
「いや、開始しますって。どこにもゴブリンなんざいね……え……あ?」
いきなり俺の目の前の地面が光を放ち、その眩しさに思わず一瞬目をつぶる。
そして目を開けた時には、すでに俺の眼前にはゴブリンが間抜け面をさらして突っ立ってやがった。
「ちぃ! 油断した!」
俺は腰に佩いたショートソードを抜き放ち、ゴブリンに叩きつけると同時に、後ろに飛びすさって距離を取った。
……おい。このゴブリンどこから現れやがった。
まあ今更か。
しかし魔物まで召喚できるとなると、この声の主は本当に悪魔とか魔王の類いなんじゃねぇのか?
「うん? 確かに切りつけたはずだが……ダメージが無いのか?」
袈裟懸けに肩から腹を切りつけたはずのゴブリンがピンピンしてやがる。
というか傷跡も無いな。
『通常攻撃のヒットを確認。続いて遠距離武器による攻撃を行ってください』
「うるせぇ! 戦いにいちいち指図するんじゃねえ!」
だいたいこの距離ならショートボウを使うより、ショートソードで切りつけた方がダメージがあるに決まっている。
俺は再び姿勢を低くしてゴブリンに斬りかかる。
1回……2回……3回、4回。
……おかしい。いくら切りつけてもゴブリンは平気な顔をしてやがる。
というか、手に持った棍棒を振り上げようともしねぇし、攻撃をかわそうともしねぇ。
かといってゴブリンが幻覚とかの類いで無いことは、ショートソードから伝わる感触で間違いない。
『通常攻撃のヒットを確認。遠距離武器による攻撃を行ってください』
って、しつけえな。
無視してさらにゴブリンを切る。
『通常攻撃のヒットを確認。遠距離武器による攻撃を行ってください』
切る。
『通常攻撃のヒットを確認。遠距離武器による攻撃を行ってください』
切る……
『通常攻撃のヒットを確認。遠距離武器による攻撃を行ってください』
「っだぁ! 分かったよ!射れば良いんだろう、射れば!」
どうやらこのゴブリンは普通のゴブリンと違って無敵らしい。
声に従わない限り、埒があかないみてえだ。
とりあえず数歩下がり、窓から貰ったショートボウに同じく窓から貰った矢筒の木矢をつがえて射る。
これだけ近けりゃ馬鹿でも当たる。
木矢はゴブリンの胸のど真ん中に突き立って、すうっと消えた。
あー、やっぱりこれもダメージにゃならんのか。
『遠距離攻撃のヒットを確認。続いて斬撃武器初期スキル〔スラッシュ〕による攻撃を行ってください』
「ああ? 馬鹿言え、俺は攻撃スキルなんざ持って……るな」
さっきまで、確かに俺は攻撃系のスキルを持っていなかったはずだが、今は自然と『スラッシュ』の扱い方が分かる。
「こ……こうかっ!」
スキルに後押しされて、今までにない威力が俺の斬撃に乗り、ゴブリンを深く切り裂く。
なんだろう、感覚的な表現で悪いが……今まで「ザクッ」だったのが「ザシュッ!!」になった感じだ。
『スラッシュ』ってのは俺の常識で言えば、戦士とか剣士の中級以上の者が使うスキルなんだが。
レンジャーで『スラッシュ』を使える者なんざ、おそらく上級冒険者にも多くはないはずだ。
ふむ……そうか。
今、何となく分かった。
ちゅーとりある……とかってのは、「指導」とか、「練習」とか、「解説」とか。
そういった意味なんじゃないか?
この声は、俺にこの力の使い方を説明しようとしているんじゃないか?
『〔スラッシュ〕によるヒットを確認。続いて遠距離武器初期スキル〔ダブルスナイプ〕による攻撃を行ってください』
「ああ、分かったよ。こうなりゃ最後まで『ちゅーとりある』に付き合ってやるさ!」
俺は久々に若い頃の……強さを求めることに貪欲だった時の心持ちを取り戻していた。
詳しいことは書けませんが、ジオ達の住んでいる世界は現実の世界です。
実はVRゲームの中だった! とか、夢落ちとかはありません。