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講習会

 ユニとたっぷり楽しんだ翌日は、1日休憩だ。

 流石にこの年になると無理は利かない。

 公衆浴場とユニのマッサージで疲れを癒やし、翌日の講習会に備えた。


 そして講習会当日。

 俺は早速、ひよっこ共十数名を引き連れてジャンタール平原に来ていた。

 ひよっこ共には事前にジャンタール平原で狩りをするための準備をそれぞれしておくように、と連絡をギルドの方からしてもらっている。

 街道から近く、適当に見晴らしのいい所で一行を呼び集め、早速講習開始だ。


「いいかあ~まずギルドの依頼を受けるにあたって大切なのは事前準備だ。まずは依頼内容の確認。求められているのが討伐なのか、調査なのか、魔物素材の採集なのか。目的地にはどんな魔物が生息しているのか。魔物以外に危険な野生動物などは居ないのか。自分の力に見合った依頼なのか……等だな。それが終わったら契約内容の確認。期限付きの物や失敗には罰則がついている依頼もあるからな。そして目的に合わせた諸準備だ。食料は十分か、目的地の状態に合わせた装備は整っているか……」

「ジャンタール平原なんざ雑魚しかいねぇところじゃねえか。万年中級冒険者様は、こんな所でも準備が必要なんだとよ。さっさと狩りを始めようぜ」


 生意気そうな茶髪の糞ガキが俺の話を遮る。

 なんつったか……ヤボーってガキか。体も大きく、いかにも村のガキ大将って感じだな。


「ほう、座学は苦手か坊主。そんなに狩りたきゃ一人で狩りに行ってもいいが……そもそも何を狩るつもりだ?」

「ちっ、何でもいいじゃねえか! 大長虫ラージワームでも切り裂きウサギ(カッティングバニー)でも、角犬ホーンドドッグでも!」

「ほい、その時点で失格だ、坊主。大長虫ラージワームは魔物じゃないし、角犬ホーンドドッグは今の時期、餌の豊富な南の森に移動している。残るのは切り裂きウサギ(カッティングバニー)位だが……」

「ならそれでいいじゃねぇか!切り裂きウサギ(カッティングバニー)で!」

「……お前が今回持ってきている武器は大型フレイルだろ? そんなんで殴ったらせっかくの換金部位の肉や皮がほとんど使い物にならなくなるわ」

「んぐっ……」


 正論でへこまされ、黙り込むヤボー。


「今の時期、このあたりで割がいいのは『はぐれコボルト』だ」

「なっ、コボルト!?」


 不安げな声を上げ、ざわめくルーキー達。

 コボルトと言えば、ルーキー脱出の試金石ともいえる魔物だ。

 初級者どころか初心者のこいつらには本来荷が重い。

 普通のコボルトなら、だが。


「おっ、おっさんっ……奴ら下手したら群れを作っている魔物だろ!? 俺たちで手に負える訳がっ」

「お、ヤボー、その辺の知識はあるんだな。いいぞー『敵を知り己を知れば百戦危うからず』ってな? 伝説の勇者様は良いことを言ったもんだ……だがまあ、落ち着け……普通のコボルトじゃない『はぐれコボルト』だ」


 ぽかん、とした表情で俺の言葉を待つガキ共。


「本来ジャンタール平原にコボルトは生息していない。だが、この近くにコボルトを含めた魔物達の密集生息地があるのは知っているな?」

「……め、迷宮……?」

「そう、迷宮……ダンジョンとも言うな。まあ実際、迷宮とは言うが……建築物の形をしているとは限らん。森型、地下洞窟型、塔型……形は様々だ。太古の昔、神が人族のために魔物共を隔離した空間のことだ……このジャンタール平原に接している迷宮と言えば『化鳥の谷』だな」

「お、俺たちの力で迷宮探索なんて」

「だから落ち着けって。迷宮ってのは、一定以上の脅威の魔物を隔離している空間だが、その迷宮の魔物が外部に出て来るケースが二つある。一つは大海嘯だいかいしょう。魔物が迷宮内で大発生し、迷宮のキャパシティを超えたときに起こる……外に魔物らが一斉に溢れ出し、もはや個人でどうこうする事はできない、国家レベルの災害だ」


 ごくり、とつばを飲み込むガキ共。

 英雄や勇者の物語と共に、大海嘯の恐ろしさもおとぎ話として伝え聞いているのだろう。


「だが迷宮の魔物が外に出てくるケースはもう一つある。それが『はぐれ』だ。はぐれってのは、迷宮内での生存競争に負けて群れを追われた魔物のことでな、大抵、平均より1ランク弱い。弱すぎて迷宮の結界も反応しない位だからな……そういう魔物が時たまこのあたりには現れるって訳だ」

「じゃ、じゃあそれを狙えば俺らでもっ!」

「おう、きちんと準備して複数でかかればいけるだろ……弱いとはいってもコボルトはコボルト、ギルドでの換金は普通のコボルトと何ら変わらん」

「うぉぉぉ!!」


 一気にテンションの上がるガキ共。

 コボルトクラス一匹はだいたい討伐報酬が銀貨5枚位だ。

 それに加えて時折短剣や盾なども装備している場合があるから、それを売り払えばそれなりの値段になる。

 4、5人でパーティを組んだとしても、2~3匹も倒せば奴らにとっては十分な稼ぎだ。


「はぐれは迷宮……『化鳥の谷』の近くが出やすいが……決して近づき過ぎんじゃねぇぞ! 十分距離をとっておけ! それとパーティは必ず前衛、後衛、斥候をバランスよく組め」


 本来なら魔術師系と治療術士系も欲しいが、そういう奴らはあっという間に初級~中級パーティにスカウトされちまうからな。


「コボルトは犬の特性を持った魔物だ。風上から近づくと気付かれちまうぞ。斥候役はその辺十分注意しろ。風下を取ったら全員で遠距離攻撃をたたき込め。弓がなければ投石やスリングでもかまわん。奴らの弱点は鼻っ面だからな、そこに当たればひるむはずだ……そしたら前衛が突っ込んでとどめだ」

「お、おうっ!」

「はいっ」

「わかりましたっ」


 現金なもんで、俺の教えが儲けにつながると悟ったとたん素直になるガキ共。

 ……まあ、昔は俺もこんなんだったからな。苦笑いしかでねぇ。


「ようし、じゃあ早速パーティを組め! それから各パーティごとにコボルト狩りに出てもらう。だが、昼までには必ずここに戻ってくること。魔物の内、少なくない種類が夜行性だ。少なくとも9~8級に上がるまでは昼間の狩りだけにしておけ」


 俺の指示をどこまで真剣に聞いているのか分からないが、ガキ共は早速お互いに4~5人のパーティを組むと、草原に散っていった。


          ※


 さて、ガキ共を狩りに散らせてそろそろ4時間。

 良い具合にお天道様が天頂に上ってくる頃だが。

 ……うん、どうやらぼちぼち戻ってきているみたいだな。

 獲物もそれなりにありそうだ。


「っジオの兄貴っ! これ見てくれよ! コボルトのしっぽが3本っ!」

「それにっ! 短剣が2本っ!」


 コボルトのしっぽはギルドに提出する討伐証明部位だ。

 コボルト自体は食肉に向かないし、毛皮の質も良くないので証明部位以外は大抵放置される。

 ……しかし兄貴、か。

 儲かると分かると現金だなこいつら。


「おう、刃こぼれもねえし、なかなか良い銅剣じゃねぇか。まだ懐に余裕があるなら予備の武器に持っておきな」  

「分かった!」


 嬉しげににやつくガキ共……ん?


「人数が足りねぇな……ヤボーのパーティがまだ帰ってねえのか」

「ジオの兄貴、ヤボー達なら、まだコボルトを一匹しか狩れてないからって……向こうの方へ行ったぜ」

「って、おい。そっちは……『化鳥の谷』じゃねえかっ! あれほど近づき過ぎんなと……!」


 しょうがねぇ。

 ほっとく訳にもいかねえか。


「おい、お前ら、俺はヤボーの様子を見てくる。あと2時間もして俺たちが帰ってこなかったらそのままギルドに戻って報告しろ!」

「う、うん」

「わ、わかった」


 あー、全く。綺麗に引退しようって時に世話を焼かせるガキだ。

 俺は意識を集中してヤボーが行ったであろう方向を探る。

 ガキのくせに体格は良かったしな、持っているのは重量級のフレイルだ。

 結構足跡がはっきり残っているはず……と、レンジャーのスキルの一つ『痕跡発見』を発動する。

 ……ん、深い大きめの足跡とそれに続く3人の足跡……これだな。

 スキルを発動するといったん発見した痕跡と同様の物がうっすらと赤く光って見えるようになる。

 地味だが、獲物を狩るには便利なスキルだ。

 今回のように捜索に使うことも多いがね。


「続いて『気配隠蔽』『悪路走破』と……」


 だいたい中級程度の冒険者はスキルを1~2個程度しか持ってないのが普通で、俺のように3個も持っているのは珍しい。

 ……もっとも攻撃系のスキルが一つも無いってのがネックだが。


「……間に合えば良いがな」


『悪路走破』の効果で、腰までもある深い草むらに足を取られることなく疾走する。

 普段は逃げ足に効果を発揮する俺の俊足も、たまにはこういう事に使わなくてはな。

 やがて、20分も足跡を追跡した頃に、ようやくヤボー達のパーティが見えてきた。

 おいおい、よりによって化鳥の谷(迷宮)のすぐ側じゃねぇか。

 だが幸い、4人ともまだ無事のようだ。

 ただ、現在進行形でコボルトと激闘を繰り広げているみたいだが。


「ぬぉ! とりゃあぁぁぁっ!!」

「てぃ!」

「やぁぁぁぁぁっ」

「これで止めだぁっ!!」


 お、どうやら倒したようだな。

 ……心配することも無かったか。

 息を切らせながらコボルトのしっぽを切り取っているヤボー達の真後ろまで行き、『気配隠蔽』スキルを解除する。


「おう、うまくいったみてえだな」

「おお、見ろよ、コボルドのしっぽ、もう4本目だっ……てぇ!? おっさん!!」

「『化鳥の谷』には近づきすぎるな、と、あれほど言っただろうが!」


 いつの間にかそばに立っていた俺の姿を見て驚愕の表情のヤボー達に、ゴン、ゴン、ゴン、ゴンっと公平に一発ずつ拳固を落としてやる。

 頭を抱えてうずくまる4人。


「いっ、だぁ……」

「……痛い程度で良かったな。見ろ、谷まで後、数メートルだ。なんかの拍子に落ちたら……今のお前達じゃ戻って来れねえぞ」


 言われて怖々と谷をのぞき込むヤボー達。

 思わずぶるり、と体を震わせていたりする。


「で、でもよ、結果的にうまくいったんだから……」


 この期に及んで言い訳か。

 全くガキはこれだから……?


 ……ん?


 んん?


 迷宮の上空、高高度になにやら鳥のような影が見える……な。

 ……あれはまさか。


「……逃げろ」


 なおも言い訳を続けていたヤボー達を、来た道の方へと押し戻す。

「えっ……? えっ?」

叫び(スクリーム)ハーピーだ! 早く!」

「え、ええ? 叫び(スクリーム)ハーピーって迷宮の魔物だろ!? 何でこんな所に……」


 ちい、俺ともあろう者が油断した!

 迷宮の上空……あれほど高高度の空間まで迷宮扱いだったとは!

 叫び(スクリーム)ハーピーはハーピーの一種だが、怪音による長距離攻撃を得意としている。

 屋内で戦えば俺にとってはさほど怖くない敵だが、この距離から一方的に攻撃されるとなると……。


『ギュルリア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』

「くっ」

「うわぁぁぁっ!」

「ひぃっ」


 耳をつんざくような怪音に思わずうずくまるガキ共……って、おい、逃げろって言ったじゃねえかよ……。

 ハーピー自体は迷宮の範囲から出られなくとも、その叫び(スクリーム)は迷宮の外まで効果を及ぼすんだぞ。


『ギョオォォォォォォォォオ゛オ゛オ゛』


 ますます甲高くなる 叫び(スクリーム)ハーピーの咆哮。

 もはやヤボー達は一歩も動けないようだ。

 ……すると。


 ピシリ


 ……と俺の耳に不吉な音が響いた。

 『痕跡発見』で確認すると、谷の方からヤボー達のいる場所に向かって地面にわずかな亀裂が走っている。

 これは……やばい。

 ハーピーの叫び(スクリーム)によって、ただでさえ不安定な崖近くの地盤が崩壊を始めているのか!?

 俺はとっさに『悪路走破』で崩れそうな地を蹴って、ヤボー達を思いっきり突き飛ばした。

 その途端、地面がガラガラと音を立てて崖っぷちから俺の足下まで一気に崩れ去る。


「おっ! おっさんっ!!」


 『化鳥の谷』に向かって落ちていく俺の目に最後に映ったのは、無事に叫び(スクリーム)の範囲から逃れたガキ共の泣きそうな顔だった。






すみません、チート獲得まで行きませんでした……

次話では必ず!

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