護衛依頼
道中のお話です。
ルドマンのおやっさんの話を良く聞いてみると、指名依頼は指名依頼でも貴族から直接、というものでは無くギルドからの指名依頼、と言う事らしかった。
つまり貴族の誰それが俺を名指ししてきた訳ではなく、これこれこういう条件の人材を……と、ギルドに注文があって、それに見合う条件の冒険者として俺達のチームがギルドから指名されたという訳である。
ち、余計な事しやがって……。
「まあ、つまりは箔付けなんだよ」
ギルドの一室に場所を移して話を聞くと、ルドマンはそう言って話し出した。
「依頼主はレンドルフ・ミル・シュタット男爵。護衛対象はその妹御のトルシェル・ミル・シュタット嬢……12歳だそうだ」
「……で、その男爵令嬢の護衛になぜ俺達が選ばれたのか端的に教えて貰おうか? 貴族様だってんならそれなりのランクの冒険者を付ければ良いだろうによ」
ああ、いかんな、つい口調がきつくなっちまう。
「うむ、まあ……一番の要因は『金』だな。シュタット家は領地を持っていない貴族でな。先々代の当主の戦働きで爵位を貰った新興貴族のはずだ。だから領主としての収入はないし、かといって副業をしている訳でも無い。俸給だけで貴族としての体面をやりくりしているみたいでな……内情は相当苦しいらしい」
……なるほど、それで雇うにも安い6級冒険者に声がかかったって訳だ。
「で、トルシェル嬢もそろそろお相手を探し始めていい年だが……何しろ領地も持ってない下級貴族だ、このままじゃ良くて同格の下級貴族……悪けりゃ、ちょっと裕福な商人辺りに嫁にやらざるを得ねえ」
「……それとこれとどういう関係が……」
「だから箔付け、だよ。付加価値を少しでも妹御に付けてやりてぇってな、『ルガード鉱山採掘所』への慰問をすることになったんだと」
「……おい、ルガード鉱山採掘所っていやあ、最近発見された……通常の作業員の他に犯罪受刑者を労働力として使っている所だろう。そこへ12歳の貴族様を慰問させるのか?」
「だが、それくらいしないと箔は付かねえんだろう。考えても見ろ、美しく幼気な12歳の貴族様が、低所得者や犯罪受刑者に笑顔を振りまきながら慰問や差し入れを行い、手ずから炊きだしの椀を手渡すんだぞ?……評判にならねえ訳がねえ。あちこちのスラムや収容施設で繰り返せば、自ずと評判は上がっていくだろうな」
あざとい。あざといが……それなら納得できるな。
それに確かにそういう話は聞いた事がある。
……12歳ってのは流石に珍しいと思うが。
収容所や孤児院の慰問をやっている貴族に妙に独身女性が多いのはそういう理由なんだろう。
普通、女性貴族が名を売るには……社交界に出て、あちこちのパーティに出席し、顔をつないでいくのが一般的だ。
だがその度に、ドレスやアクセサリーを仕立て、主催者に進物という名の多額の出席料を贈り……と言う風に出費も馬鹿にならねえと聞くな。
それに比べれば、この方法はドレスも華美でないものが一着あれば着回せるだろうし、差し入れや炊き出しもパーティ費用に比べれば比べもんにならねえ位のもんだろう。費用対効果は抜群に良い。
「ま、そういうことでな。そういう所に子どもを連れて行くんだ。安全の確保が必要になる訳だが……かのシュタット家からももちろん供は出すんだが、それだけじゃ全く足りねえんだと。で、依頼料が安くて、そこそこ腕が立ち、万が一の時に妹御の側に侍る事が出来る女性冒険者を含めた人材……と言う事で依頼があってな。ジオ、おめぇを推挙したって訳だ!」
がっはっは、と笑いながら俺の肩をばんばんと叩くルドマンのおやっさん。
いや、笑い事じゃねえよ。
「何しろ、おめえ達は最近急激に実力を付けてきているしな……俺の見立てじゃ上級冒険者クラスの実力はあると思ってる。この依頼を完遂したら一つ飛ばして4級に推挙しても良いと思ってんだ」
う……おやっさん、気持ちは嬉しいが先走り過ぎだ。
ギルドからの指名依頼って事は、正当な理由無く断ったりしたらそれなりのペナルティが付くだろうがよ。
今の話を聞いた限りでは、どうも断るのは難しそうだしな。
……どうしたもんかねぇ。
※
三日後、結局依頼を受ける事にした俺はユニ、ルフと共に警護対象ご一行に引き合わされていた。
「あなた方が供をしてくれる冒険者ですか。トルシェル・ミル・シュタットと申しますわ。よろしく頼みますわね!」
馬車からトン、と飛び降りて挨拶をしてきたのはプラチナに近い金髪の少女だ。
ふむ、この娘が護衛対象って訳か。
貴族にありがちな過度な平民への蔑視も無いようだし、やりやすいかもな。
「お嬢様! 危のうございます!またそのように飛び降りて!」
「フィフは心配症ですわ。この方が早いし、手っ取り早いのに」
半ば悲鳴のように少女を諫めたのはフィフと呼ばれた黒髪の30代とおぼしき侍女だ。
少女――トルシェル嬢のお付き、世話係だろう。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる見事なプロポーションで、今も慌てて少女に駆け寄ったせいか、ぶるんぶるんとその立派な胸部が揺れて自己主張している。
いや、眼福眼福。
それに加えて眼鏡を掛けた知性的な風貌がアクセントとなって実に好み――いてて。
「ジオ様、護衛対象はトルシェル様の方ですよ?」
ユニから脇腹を思いっきりつねられた。
表情が笑顔のままなのが逆に怖い。
……まじめにやろう。
「ギルドの6級冒険者ジオ・ウルマです。後ろの2名はパーティメンバーのユニとルフ。依頼によりお嬢様のお供をさせていただきます」
「ええ、ジオ様よろしく頼みますわね」
「ふん、本来であれば貴様らごとき下賤の者の力を借りぬでもお嬢様の守りは我々だけで十分なのだ。だが、これから行くところは犯罪者や下民の集うところ。我々騎士がいちいち相手をする価値のある者達では無いのだ。貴様らは、その対応を行えば良い」
トルシェル嬢と俺達の間に割り込んで、そう宣ったのは、金色の鎧を纏ったガタイの良い騎士だ。
事前に騎士が4人付くと聞いていたので、こいつはその1人なのだろう。
「ダナン! 彼らはこの旅の間は寝食を共にする同士ですわよ? 無用な諍いをおこしてはいけません」
「は、ははっ! 申し訳ありませぬ、お嬢様」
俺達に突っかかってきた騎士を諫めるトルシェル嬢。
……ほう。
臣下はともかく、本人は貴族にしては出来たお人らしいな。
「騎士様はダナン卿と申されるか。我ら三名、契約期間の間は身命を賭してお嬢様をお守りする一助となりましょう。ですが、我ら冒険者は個人戦闘はともかく戦闘指揮に関してはいささか心許ないのも事実。ダナン卿にあっては我らを指揮していただければ幸いでございます」
「う、うむ。まあ、任せておけ。私が指揮を執れば倍の数の敵とて物の数では無い。たとえ冒険者でも、私にかかれば立派な戦力となるであろうからな! うは、うははははは」
ちょれえ。
普通このクラスの騎士達は『卿』などと付けて敬意をもって呼ばれる事はまず無い。
呼んで間違いってこたあないんだが……自分より目上の者からは大概「騎士○○」若しくは呼び捨てにされる事が多いし、下の者からは「騎士様」とだけ呼ばれることが多い。
敬意を持って○○卿なんぞと呼ばれるのは滅多に無いことな訳だ。
「そもそもこの! オリハルコンの鎧があれば! オーガの拳とてはじき返すというものよ! 大船に乗った気でいるが良いわ! うははははははは!!」
ほお、オリハルコン。
……………俺には真鍮の鎧にしか見えないんだがな。
あ、ダナンの後ろでトルシェル嬢が一生懸命、口に指を立てるジェスチャーをやっているな。
……ああ、うん、貴族の見栄というのも大変なもんだ。
「よし! では早速出発するとしよう! 我ら4人がお嬢様の馬車の周囲を警戒する故、貴様らは先行しての危険の排除と後方の警戒をまかせる!」
「承りました。それでは……」
ルフかユニ。どちらか1人後方警戒に回すか。ええと……
「あの、ジオ様、でしたわね? そちらの獣人はあなたの奴隷かなにかですか?」
俺が索敵能力に優れるルフを後方警戒に指名しようとした時、不意にトルシェル嬢が俺に話しかけてきた。
「……いえ、私の奴隷はもう1人の方で……彼女は単なるパーティメンバーですが」
「ふむ……ね、その獣人、この旅の間、私と一緒の馬車に乗せては?」
「「お、お嬢様!」」
一斉に声を上げる騎士達とフィフ嬢。
……まあ、この国はあからさまな獣人差別は無いが、それでも貴人の側仕えに獣人はなれないのが慣例だ。
季節季節で抜け毛の多い獣人は、貴人の世話には向かないのだ。
パーティでせっかく用意したドレスに獣毛が付着していたら台無しになってしまうからな。
「パーティに出る訳でもありませんし、問題ないでしょう?」
「し、しかし一体なぜ……」
「しっぽや耳をモフり……い、いえ、せっかくの女性の護衛ですから、側に居てくれれば安心というものですし……」
お嬢、本音が出たな。
「ね、フィフ、ダナンいいでしょう? 見れば銀の綺麗な毛並み。幸い今日のドレスは白系統の物ですし、モフり倒し……あ、いや、側に侍らせても良いと思うのですけど?」
両手を胸の前で組み、お付きの侍女、フィフに懇願するトルシェル嬢。
「はあ……すみません。お嬢様は猫とか犬とかに目が無いのです。普段、そういう動物には馬以外直接触らせて貰えないものですから……警備の手を1名、お嬢様の専属として抜くことになりますが……お貸しいただいてもよろしいですか?」
……まあ、考え方によっちゃそれもありか。
警護対象の直近に1名配置できると思えば。
「あー……ルフ、頼めるか?」
「この娘の側で守っていレば良いんだな……分かっタ!」
「あらあらまあまあ……ルフさんとおっしゃるの? ささ、こちらですわよ?」
「わ、わふん?」
「まあああ! 可愛いお耳! 本物? 本物ですの!? ちょっと動かしてみて下さいまし!」
「や、やめ……キャイン!!」
「しっぽ! モフモフ! しっぽ! モフモフぅぅぅぅ!!」
バタン。
手練の早業だった。止める間もなかった。
あっという間にトルシェル嬢はルフの全身をもふり倒しつつ、馬車の中に引っ張り込んじまいやがった。
「ふひ! ふひひ! 天国ですわぁぁぁぁぁ♪」
「きゃうぅぅぅぅぅぅん……」
後に残ったのはトルシェル嬢の奇声とルフの悲痛な遠吠えだけ……。
すまん、ルフよ。
後で草原牛の血の滴るようなステーキ、おごってやるからな。
※
鉱山へは順調にいって4日ほどだ。
道中は比較的平和に推移した。
何回かコボルドやゴブリンなどの小物が現れたが、俺のコンポジットボウで近付く前に狙撃して蹴散らした。
ルフの『野生の勘』や『気配察知』程じゃ無いが、レベルアップの恩恵か視力や聴力も相当良くなっている。
大抵はこちらが先に発見し、殲滅する、と言うパターンだった。
こちらの被害はほとんど無し。
強いて言えばルフが色々と消耗している位か。
……なんか日に日に、ごてごてとフリルやリボンで飾られていっているようだ。
そのルフを見てトルシェル嬢はご満悦である。
「それにしてもジオ様達は凄腕ですわね。本当に6級ですの? それとも6級冒険者というのは皆ジオ様ほどにお強いのでしょうか?」
鉱山まであと一日と迫った最後の野営時、俺達は火を囲んで一緒に食事を取っていた。
当初、トルシェル嬢を含め食事は堅パンに干し肉とワイン、と言うわびしい物だったんだが、(とは言っても旅路の食事なんて皆そんな物なんだが)こちらにはユニ大先生が居る。
斥候ついでに射落とした山鳥と、『薬草知識』で採取した野草を持参の炒り米と併せてユニが調理すれば――特製野草雑炊の出来上がりだ。
それをトルシェル嬢一行にお裾分けしたところ、たいそう気に入ったらしく(ダナン配下の騎士達はそれこそ貪るようにして食っていた……)それ以降米と調味料の実費で人数分振る舞うことになり、こうして一つのたき火を囲む位には打ち解けたって訳だ。
「いや、お嬢様、某も何度かギルドの冒険者と行動を共にする機会がありましたが……ジオ殿ほどの弓の使い手にはお目にかかったことはありませんな。少なくとも6級程度に収まっている人材ではないと推察いたしますが」
「まあ、やっぱり……」
騎士ダナンの言葉に、こてん、と首をかしげるトルシェル嬢。
ダナンもユニの飯に懐柔されたのか、当初の威圧的な態度はだいぶなりを潜めている。
恐るべし『家事』スキル。『魅惑』スキルの効果とか重なっているんじゃねえだろうな。
今はお付きのフィフさんに請われて、時間を見ては料理指導をしているらしい。
「そうっすよ! ジオさん達はもっと評価されてしかるべきっす!」
「飯は美味いし-」
「てか、奇麗所二人も囲い込んで夜の帝王ぶり半端ねぇス。自分もあやかりたいっス」
「お嬢様の前で下品なことを抜かすな、馬鹿モン!!」
ガンゴンガン! と、ダナン配下の3騎士にダナンの鉄拳が飛ぶ。
涙目でうずくまる3人。
「げ、下品なこと言ったのはエーだけっすー」
「連帯責任だ馬鹿モン」
ちなみにダナン配下の3人はそれぞれエイナス、ビーロック、シィドラとか言う名前らしい。
この三人の装備はダナンと違って銀色のハーフプレートメイルだ。
これらも聖銀と言う訳では無く、近い色調の銅合金らしいな。
男爵家の内情が苦しいというのは本当らしい……貴族というのも色々と苦労があるもんだな。
「じおぉぉぉ……」
憔悴した様子で俺の背中に抱きついてきたのはルフだ。
なんか感触がわっさわっさしていると思ったらフリルとリボンにまみれていた。
うぉ……昨日と比べてまたいっそう増えたな……リボン。
「じお、この格好暑イ、動きにくイ……護衛に向かナいぃ」
涙目で訴えるルフ。
まあ確かになぁ……
「それに、あの子の触りかた気持ちよくナい。ジオに触って貰うノがずっと気持ち良い……もう、ジオ以外じゃ(グルーミングが)満足できなイぃ……」
ルフの言葉に、一瞬で静まりかえる一同。
って、おい、誤解を招くような言い方するんじゃねえ。
「やっぱり……」
「種族問わないのですね」
「夜の帝王マジ半端ねぇっす」
「お嬢様、あまりジオ様に近付いてはいけませんよ」
『称号〔夜の帝王〕を得た』
『窓』よ……手前ぇもか。
……泣いていいかな。
感想で貴族の陰謀論予測が多かったのですが、結果こんな感じになりました。
トリップ・トラックの時のような、いかにもな悪人貴族って、本当は書くの苦手なんです……