武具屋にて
今回は戦闘無しです。
窓の隙間から刺す朝日を浴びて目が覚めた。
うーむ、爽快だな。
昨夜はつい、いつもよりがんばっちまったが……
……いや、別の部屋に居るルフに声を聞かれないようにと、最中に声を押し殺すユニが可愛すぎたんでな。
仕方が無いんだ。うん。
だが、『閨房術』のおかげか特に体に不調や疲れなどは無い。
「使えるな……閨房術」
俺は汲み置きの水(と言ってもユニが魔術で貯めた物だが)で軽く洗面を済ませると、リビングに向かう。
「おはようございます、ジオ様」
「ジオ、ごはんー」
朝餉の支度をしながら挨拶をしてくるユニに、すでに椅子に座りフォークを両手に掲げているルフ……ああ、そうか、昨夜から三人になったんだったか。
……なんつうか……一気に子持ちになった気分だな。
あー……年齢からすりゃあ、それでもおかしくない位の年の差なんだよな。
「ああ、おはよう。んじゃあ、食うか」
「はい、糧を与えて下さる主様に感謝を」
「氏神、神狼に感謝すル」
食事の前は、それぞれがあがめる対象に一言感謝を述べるのがこの大陸の風習だが、ユニは喋れるようになってから頑なに俺に感謝を捧げている。
正直、ちとこそばゆいんだが、意外と頑固なユニは譲らねえから好きにさせている。
で、俺はと言うと特に信仰している神が無いのもあって、「感謝する」とだけ略すことが多いな。
一応フォーマルな席だと「スゥイダの女神」に感謝したりもしているがな。
……そのくらいの空気を読む技位あるって事だ。
「今日の朝食は片面目玉焼きとボイルドソーセージ、カリカリに焼いたトーストにバターをたっぷり。ルフちゃんには飲み物にミルク……ジオ様にはコーヒーをブラックで用意してますー」
「おお、朝から豪勢だな」
「おおおぅ……玉子……ニク……」
「谷で牙大蜥蜴の玉子をいくつか拾っておきましたので……玉子も美味しいそうですよ?」
「ああ、トカゲの卵か。道理でデケえと」
黄身がこぶし位あるぞ……これ。
朝から全部食ったら胸焼けしそうだな。
「トカゲの卵! 久しぶリ!」
ジャキン、と両手にフォークをかまえて、早速目玉焼きにかぶりつくルフ。
ユニはきちんとナイフとフォークを使って一口サイズに切り分けて食べている。
で、俺はと言うと、半分に切った目玉焼きをトーストの上にのせてかじりつく。
あ、旨えな……これ。
焼き加減と塩加減が見事に俺の好みだ。
コーヒーとも合うわ。
流石ユニだな。
※
「で、今日は狩りやギルド仕事は休んで、消耗品やなにやらの買い出しだ」
あらかたテーブルの上の食事をかたづけた頃、食後のコーヒーを啜りながら、俺は二人に今日の予定を伝える。
「……確かに保存食や……傷んできた装備もありますね」
「おう、それらを見直して補充しとく」
「分かりました」
「ミンナで買い物ダな! ルフは草原牛の干し肉が良イぞ!」
あれだけ食べてまだ肉とか……正直俺は胸焼けしそうだが。
だがまあ、保存食としてはポピュラーだからな。リクエストは聞いておこう。
「家の方は……食用油と各種ハーブ位でしょうか」
ふん、するとまわるのは薬草店と食料店、武具店……ってところだな。
俺は早速外出の準備をすると、二人を連れて買い出しに出ることにした。
まずは自宅からほど近い薬草店に寄ることにする。
ここでは薬草とハーブをそれぞれ数種類購入した。
それぞれまとめて買い込んだので、量にして大ザル2杯分程にもなった。
ここではスキル『薬草知識』が大いに役に立ったな。
今現在作成できる薬に必要な材料がすっ……と頭に浮かんでくる。
……あー、後は水薬用の小瓶もいくつかいるか。
追加で小瓶も30個ほど買い求め、次は下町市場へと足を向ける。
ここは広場を商用に解放している所で、管理詰め所に申請すれば誰でも露店や屋台を開くことが出来る。
流石に武器などは、売っていないが、日用品や食料はここで大抵事足りる。
ここではルフのリクエストに応じて塩とスパイスの利いた上物の干し肉を5キロほど購入。
生肉はまだトカゲ肉があるからいいだろ。
更に食用油とランタン用の油、服の当て布、糸、各種調味料を補充する。
ここまでで相当な大荷物になっているが、人目の無いところを選んで『アイテムうぃんど』に放り込んでいるので身軽なままだ。
ユニなどは「私のお仕事が……」等と複雑な表情をしているが勘弁して貰おう。
さて、市場での用事を済ませた後は、主目的の『装備の充実』のために、ギルド近くにある武具店へと向かおうかね。
20分ほど歩いて、目的地のルックナー武具店に到着した。
ここは初級~上級者まで幅広く利用している比較的売れ筋の武具を扱う商店だ。
鍛冶直営店のように融通は利かないが既製品の品揃えはこの街でも群を抜いている。
上級魔法武具でも求めない限り、大抵はここで間に合うと言って良いだろう。
「おう、邪魔するぞ」
「いらっしゃいませー♪」
迎えてくれたのは「自称」看板娘のアーネスだ。
襟ぐりの深いワンピースを着た妖艶な美女なんだが……
俺と同年代のくせに娘と自称するあたりなんというか……いや、やめておこう。
うっかりアーネスに漏らしたらどうなるか分からん。
「どうなさいましたー? お客様~?」
「い、いや、なんでもねえ」
「40も超えて娘と自称するなんて詐欺だとか誇大広告だとかババアとか……」
「お、思ってねえ、思ってねえ!」
「ですよね~(にっこり)」
思わず冷や汗が流れる……
こ、怖えぇ……こいつ心が読めるのか!?
「で、天真爛漫、ルスタールに咲いた一輪の紅薔薇、美しき看板娘アーネス・ルックナーに何のごよおでしょうかっ!」
うわ、開き直りやがった。
つか、笑顔の奥に鬼気が仄見えるぞ。どんな達人だよ。
「ジオ、この人何言っていル? 古代語カ?」
「あー……まあ、この美人のお姉サンが接客をしてくれるんだとよ」
間違っても『おばさん』などと呼ばないように「お姉さん」を強調してルフに答えてやる。
こいつは、こういう対人コミュニケーション能力って低そうだしな……
「あー……ま、今日は武具の新調だ。この獣人のお嬢さん用のブレストプレートとユニ……この娘用のローブ、後は弓の良い出物があれば見せてくれ」
「ふんふん、装備や筋肉の付き方からして、獣人の娘さんは軽戦士型っぽいね。それならこれはどうだい?」
と、アーネスが出してきたのは金色に輝く胸当て。
「……って、おい、この輝き……オリハルコンじゃねえのか!? なんつうもんを薦めんだ」
名にし負う魔法金属オリハルコン。
オリハルコニウムから精製され、その過程で付与される魔力によって様々な特性を持つに至る魔力親和性の高い金属だ。
それを丸々使ったブレストプレートなんてったら……中流階級の家が一軒建つぞ。
「あはは~流石にジオちゃんにそんな物勧めないわよぉ。お客様の懐具合を察するのも接客の技術だし~……それはね、真鍮製。純銅より硬く、最近人気の銅の合金の一種よ。それに薄ーーーーくオリハルコンを塗布してあるの。その部分に重量軽減を付与してあるから、元の重さの3分の1程度しかないっていう実用性と価格面を両立した一品!」
「……ほう……ん、確かにこりゃ軽いな。それでいて相当防御力もありそうだ。で、いくらだ?」
「お得意様のジオちゃんだからね……金貨4枚と言いたいけど……金貨3枚と大銀貨5枚でっ!」
「高え。弓とローブも買うんだ。もうちっと負けろよ」
「うぅ……金貨3大銀貨3!」
「もう一声」
「き、金貨3大銀貨2……」
「よ、ルスタールの華、冒険者達の憧れの的、傾国の佳人、もう一声っ!」
「ああ、もう! 金貨3枚で良いわよ! その代わりローブと弓は負けないからね!」
うっしゃ、勝った。
しかし、真っ赤になったアーネスってのもレアだな。
あれか、自分で言うのは良いが、他人に改めて賛美されると流石に恥ずかしいのか。
「で、ローブは金属糸かアルケニーの糸を混ぜ込んだヤツあるか?」
「アルケニーシルクは品薄でね……銀と聖銀の合金製の糸を編み込んだヤツなら……金貨4枚ってとこだけど」
「おう、良いな、それをくれ。後は弓が……複合弓で、引きが一番強いヤツ見せてくれるか」
「……いいけど、ウチの店で一番って、かなり硬いわよ? ジオちゃんじゃ無理だと思うけど……」
「ほう、そんな強い弓があんのか。ま、物は試しさ。出して見せてくれよ」
「んー……ホントに硬いんだから、扱い間違えて怪我なんかしないでよ?」
怪訝な表情で奥の棚からごつい弓を取り出してアーネスが俺に手渡してくれる。
ずっしりとした重量感、大きさもロングボウよりは小ぶりで、ちょうどなじむ感じだ。
おお、いいな、こういうのを待っていたんだ。
「……それはね~複合材に黒竹と突撃竜の足の腱を使っていてね、一般人なら4~5人がかりじゃないと引けない位の強弓よ。本来は魔法を付与して引きを軽くする予定の物だったんだけど……黒竹と引きを軽くする魔法付与が予想外に相性悪くてね……結局、付与は失敗。今じゃウチの中で一番高い不良在庫って訳」
はあ、とため息を吐きながら俺をジト目で見つめるアーネス。
その目は『あんたに引ける訳無いでしょ、さっさと分相応の物を買いなさい』と雄弁に物語っている……気がする。
……このところの急激なレベルアップでショートボウの引きが『軽すぎて』落ち着かなくなってきていたからな。
たぶん今の俺ならこの位の弓は負担にならないと思うんだが。
「それを引けるのは少なくともギルドランク3級以上……一流と呼ばれるランクの方々じゃないと無理だと思うわよ? ま、そのランクの方々はそもそも魔法もかかってない弓なんて使わないけど」
「ふん、で、こいつはいくらなんだ?」
「……聞いてたの? 6級冒険者クラスじゃ引けない弓なんだってば……はあ……まあ、ね。不良在庫だしもし引けたら金貨1枚で良いわよ」
「おお、悪いな、そんなんじゃほぼ原価だろうに」
握りや弦の具合を確認しつつ、矢をつがえないまま、ぐいっと一気に弓を引き絞ってみる。
「だから、引けたらの話だって――………………え?」
ん、良い感じだ。この分だと有効射程も今までのショートボウの3倍以上は行くかもしれねぇな。
続けて2度3度と空撃ちを繰り返してみるが、特に体に無理な負荷はかかっていない。
連射系のスキルも問題なく使えるだろう。
「うっそ……ジオちゃん、いつの間にそんな力持ちになったのよ……」
呆然とした表情でつぶやくアーネス。
「ふふふ、男子三日会わざれば刮目して見よ、と古の賢人達も申しております。ましてやジオ様なら当然の事です」
「ん、ジオ強イぞ!!」
いや、ユニにルフ……なんで君らがそんな得意気なのよ。
「あー……金貨1枚だったな? じゃあ全部で金貨8枚と。や、良い取引だった。また頼むわ」
固まったままのアーネスの手に代金を握らせて装備を受け取ると、俺達は店を出た。
「んー……とりあえずこれで用は済んだんだが……二人ともどこか行きたいところとか無いのか?」
「行きたいところ……ですか?」
二人ともまだうら若い女性だ。
たまの休み位遊んできたらどうかとも思ったんだが……ああ、あんまりいきなり過ぎたかね。
ユニは小首をかしげ不思議そうな顔をしているし、ルフに至っては、しゃがんで蟻と戯れてやがる。
……話すら聞いていやがらねえな。
「おう、せっかくの休みだ。芝居小屋とかよ、見世物小屋とか……」
「そ、そんな……こんな素晴らしい装備を用意していただいてその上……そんな事は出来ませんっ!」
「そ、そうか? 遠慮しなくてもいいんだぞ。ただでさえお前は働き過ぎ……」「ジオッ!」
野太い声が掛けられ思わず目をやると、道の向こうのギルドの前で、腹の出たオッサンが俺に向かって手を振っていた。
ってか、ギルマスのルドマンのおやっさんじゃねえか。
「おう、ジオちょうど良かった!」
太鼓腹を揺らしてこちらへ走ってくるおやっさん。
たった10数メートル走っただけなのに、もう「ふう、はあ……」と息を荒げている。
……ギルドマスターともあろう者が……もうちっと節制した方が良いぞ。
「どうしたよ、おやっさん。そんなに慌てて」
「ギ、ギルドからの指名依頼だ。聞いて驚け、貴族様の護衛依頼だぞ!」
満面の笑顔でばしばしと肩を叩いてくるルドマンのおやっさん。
貴族様の依頼ねぇ。
…………正直、面倒事の匂いしかしねえんだが……ああ、断りてえ……
妖魔ジュリアンテ作成出来たーーー(※イルルカの話です)
でも1マスサイズなのね……いまいち使いどころが……