夕焼けの道
夢中で描き続けるうち、またたく間に、二週間がたった。
その日もいつもみたいに、学校から帰ってすぐ作業にはいった。
一時間くらいやって、前日から描いていた下描きが完成した。
「かけたぁ」
部屋の床にニセ柏木くんの応援幕をひろげて、そのとなりに、新しい応援幕を並べてみた。
「うそ。うまくなってない?」
見比べてみると、二週間まえの稚拙な絵とはあきらかにちがう。
自分でもおどろくほど、成長のあとが見てとれた。
「ああ。さすが俺を描いた奴だけあるな」
ほめ言葉としてはちょっと複雑だったけど、素直にうけとめておく。
「今夜から、本格的な作業だな」
うん、とうなづくと、机のうえにおいてあった本に目がとまった。
「あ、この本の貸し出し期限、今日までだった。ちょっと返してくるね」
「まじめだなー。明日でもいいじゃんか」
「その性格、あたしのどこから生まれたわけ? まだ制服も着てるし、行ってくるよ」
家から高校までは、歩いて二〇分くらい。今から行っても、閉門までにはまだ余裕がある。
あたしは、本をかばんに入れて学校に向かった。
夕暮れの学校には、いつもとちがう雰囲気がある。
残っているのは部活の子がほとんどで、ろうかや教室にはほとんど人がいない。
クラスの子たちの姿が見えないと、ホッとするような、さみしいような、複雑な気分。
図書室に入り、カウンターに向かった。あたしのまえで貸出手続きをしている男子の背中を見て、ドキっとした。
コウだ……。
気配を察知したのか、彼はあたしのほうをふり向いた。手には難しそうな本を二冊もっている。
「よぉ」
と声をかけられた。
あたしも返却をすませて、しぜんと、そのまま一緒に帰る流れになった。
紅く染まった通学路を二人で歩く。あわわ、柏木くんに見られませんように。
「いつもこんな遅くまで本読んでるの?」
そう話しかけると、コウは、
「まあ、たまに」
と短く答えた。
コウとは家が近くて、幼稚園のころからの付き合いだ。
学校もずっとおなじ。でも、中学では別々のクラスがつづいていて、高校に入った今年、また同じクラスになった。
あまり接することのなかった三年間のあいだに、コウはいろいろ変わってた。
背が伸びて、顔も大人っぽくなって、あたしが知ってる少年の面影はきえてた。
それから、性格。
まえは明るくて活発な子だったのに、今は、なぜか無口で仏頂面。
そのおかげで、コウはクラスですこし浮いてる。というか、怖がられてる。
あたしは、コウが怖いとかはなかったけど、柏木くんのことを好きになってからは、正直、あんまり仲良くしたくなかった。学校では、噂がたつのが早いから。
だから、学校から二人きりで帰るのなんて、ほんとに久しぶり。
最近あまり話してもいなかったし、なんだかきまずい……。
えぇっと、なにかしゃべらなくちゃ。
そうだ、このあいだ無視しちゃったこと、謝ろう。
「あの……」
「応援幕、すすんでる?」
あたしの声は、小さくて聞こえなかったようだった。
まあいっか、と思い、コウの質問に答えた。
「うん。前よりはうまくなった、と思う。自信ないけどね」
「大丈夫。おまえ、素質あるよ」
「ないよ。コウは優しいからそう言ってくれるだけでしょ。ホントは思ってもいないくせにさ」
うれしかったのに、素直にありがとうの言葉がでなかった。
昔からいつもそう。コウのまえだとついイジけてしまう。
たぶん、受け止めてくれるのをわかってるから、甘えてしまうんだと思う……。
あんのじょう、コウは怒りもせずに、
「ちがうって」
と言って微笑した。
あぁ、いろいろ変わったと思ったけど、優しいコウはそのままだ。
これ以上この話をすると、ますます甘えてしまいそうだった。
あたしはなにげなく空を見上げて、
「夕焼け、きれいだね」
といった。コウはだまってうなづいた。
その日の夕焼けは、あざやかなパステルカラーのグラデーションだった。
それから、お互いなにもしゃべらなかった。
いつもは友だちとの沈黙が苦手なあたしだけど、その無言の時間はすごく心地よかった。
分かれ道にきたとき、
「がんばれよ」
と手をふって、コウは角を曲がった。
一人になって、いつのまにか夕焼けがきえて街灯がともっていることに気づいた。
コウ、ずっとあたしのこと、応援してくれてたんだ。
さけてたの、きっと気づいてたよね。
あたしって、やなやつ……。