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悪口


 それから、猛練習の毎日がはじまった。


 図書室で役に立ちそうな本も数冊借りて、片っ端から読んでは、お手本を模写した。


 授業中いがいは、いつもいつも絵のことばかり考えた。


 やる気を失いそうになったときは、柏木くんをチラ見して自分に活をいれた。


 ニセ柏木も、応援幕らしく、ことあるごとにあたしを励ましてくれる。


 たまに、的確なアドバイスもくれることもあった。


「資料なら、街なかにいくらでもあるだろう?」


 そう言われて、いつのまにか、人や景色を観察するくせがついた。


 ああ、こう座るとこうやってシワがつくのかぁ、とか、光の具合でどう影がつくのか、とか、新しい発見がたくさんある。


 世界が今までと全然ちがって見えた。




 練習を始めてから何日めかの休み時間のこと。


 学校でも、ちょっとの空き時間に美術系の本を読むのが習慣になってた。

 すこしはずかしかったけど、とにかく時間がおしかったから。


 教室内は、いつものようにざわついていた。

 本に目をとおしていると、ふいに、ななめ後ろのほうから、「小崎さん……」という声がきこえてきた。

 ひそひそ声だったけど、なぜか自分の名前って聞き取れてしまう。

 あたしはドキッとして、思わずその子たちの会話に耳をかたむけた。


「あんだけ恥かいたのに、よくやるよね」

「あたしだったら絶対ムリ」

「おとなしそうに見えてメンタル強すぎじゃない?」


 応援幕のことがあってから、なん人かの態度がよそよそしくなったことに、気づいてはいた。

 けど、直接自分の悪口をきくのははじめてだった。


「てかさ、休み時間まで美術の本とか読んでるの、なに?」

「努力してますってアピールしてるんじゃない? みえみえ」

「あんた声でかいって。聞こえるよ。クスクス」


 やっぱり、そう思われてたんだ。


 ああ、“きっと悪口を言われてるんだろう”と、“実際に悪口を言われている”のでは、こんなにもショックの大きさがちがうんだ……。


 想像の段階では、自分の考えとか、やっていることとかに、まだ自信を持っていられた。


 でも、悪口をきいてしまった瞬間、その自信はあっというまに砕けちった。


 あたしという人間のぜんぶが否定されたみたいだった。


 あたしは、こんなふうに“みえみえに”努力していることが、急にはずかしくなって、いそいで本をたたんで、机のなかにしまった。

 彼女たちに涙を見せるのはあまりに悔しかったから、その場から離れようとして、立ちあがった。


 そのとき、


「小崎、がんばっててえらいな」


 という声がきこえた。柏木くんの声だった。


「え? 柏木くん?」

「どこどこ? いなくない?」


 悪口を言ってた子たちの声があせり出す。


 あたしにだけは、声の正体がすぐにわかった。


「おまえのその努力だけでもすっげえうれしいよ。ありがとな」


 もう、そこまで言わなくていいって。


 なんだかおかしくなって、思わずふふっと笑ってしまった。


 あたしは座りなおして、もう一度机のうえに本を広げた。


 彼女たちの声は、もう聞こえなかった。


 机のわきにかけたかばんに、視線を落とす。

 それから、小さな声で「ありがとう」とつぶやいた。


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