ニセだけど
「あきらめんなよ」
……え?
「あきらめたら、そこで試合終了だぞ」
このセリフって、熱くて有名なあの人の……。
でもあたしの部屋にテレビないし、ここ二階だし……。
えぇ、なに!? どっから!?
あたしは立ち上がって、あたりを見回した。
「おーい。気づけー」
声は、あたしの手元から聞こえる。まさか、まさか……!?
「そ。おれ」
あんのじょう、しゃべっていたのは、あたしが握っている応援幕のイラストの柏木くんだった。
「うわ! うそ!」
あたしは椅子にすわって、巻きかけた応援幕を、もう一度目のまえに広げた。
自分の描いたイラストを、まじまじと見つめる。
そいつは、なんでもないかのように「よお!」と軽快にあいさつしてきた。
「もしかしてこれって……」
あたしは、おもわず顔をしかめた。
「自分が描いたイラストがホントにしゃべり出しちゃって、はげましてくれるって話? うわー、陳腐すぎ」
あたしは、はあ、とため息をついて、幕をふたたびくるくる丸めようとした。
「ちょっ、メタ発言すんじゃねえ! 冷めてんな! 最近の高校生はよ!」
イラストは動かないけど、あわててる動作が、なんか目に見える。
「陳腐じゃねえ。よくある話、イコールそれだけ愛されてる話ってことだ」
絵の柏木くんは、ぐっと親指をたてた(ように見えた)。
「あらためて自己紹介しよう。俺は柏木みのる。よろしくな」
あたしは、ぶすっとほおをふくらませた。
「あんたなんか柏木くんじゃないし。ニセ柏木くんだし」
「さっきまであんなに親密に話しかけてたくせに」
顔がぼっと熱くなった。あたしは手をぶんぶん振りながら抗議した。
「だってそれは、まさかホントにしゃべり出すなんて思わないから! だいたいあんた、柏木くんとキャラ違いすぎるんですけど」
「あくまでニセだからな、しょうがない。
つーか! ウジウジしすぎなんだよ。なにがあたしの芸術性だ。
いじけてないで失敗した原因、ちゃんと考えてみろ」
「だってそれは、へただから……。仕方ないじゃん。あたし才能ないんだもん」
「おまえ、ちゃんと絵の勉強したことあったのか?」
「そりゃあ、写真を模写してみたりとか、それなりに……」
「あまい! 今まで描いてきた絵、だれにも見せたことなかったんだろ? 自分であまあまの評価して、あたしってなかなかうまいじゃ~ん、なんつって調子にのった結果がこれだ」
「そんな、ずけずけ言わないでよ。あたしだってわかってるんだから」
涙ぐみそうになったけど、こいつの前で泣くのは、なんかしゃくだ。
「このまま終わって悔しくないのか? みんなから認めてもらいたいと思わないのか?」
「思うに決まってるじゃん……」
「じゃあ、がんばってみろよ。あと一か月ある、まだチャンスは残されてるぞ」
「でも、もう信用なくしちゃった。きっともうほかの人探してるよ」
「まだわかんないだろ? とりあえず明日、ダメ元で頼んでみろ!」
「でも、また失敗したらどうするの? もうあとがないし、今度こそあたし、クラスのみんなからうらまれちゃう……」
「でもでも言ってんじゃねえ! やってみなきゃわかんないだろうが」
「そんなこと言ったってぇ……」
もう一度やらせてほしいなんて、そんなこと言う勇気、とてもあたしにはない。
「……おまえ、この応援幕をほめてもらえたら、あいつに告白しようって思ってたんだろ?」
「ちょ! なんでそんなことまで知ってるの!?」
ふたたび体温があがった。顔がまっ赤になってるのが、自分でもわかる。
「おまえのことならなんでも知ってるに決まってるだろ」
ニセ柏木くんは、フフっと得意げに笑った。ああ、にくらしい……。
柏木くんのまわりにはいつもいっぱい人がいて、あたしは話しかけられずに、遠くから見ているだけだった。
告白までできるかわかんないけど、応援幕は、仲良くなるきっかけをつくるチャンスだと思った。
「のがしていいのか? それに、こんな大事な役、ほかの奴に任せちゃっていいのかよ? 柏木のことをだれよりも想ってる自信があるなら、あきらめずチャレンジしてみろよ」
心の奥で思ってたことをそのまま言われた気がして、思わずドキッとした。
たしかにそのとおりだ。あたしなんかに、こんな大役がめぐってくることなんて、めったにないのに……。
ほかの人に代わられちゃうのは、くやしい。
「あたしにできるかな……?」
「できる。できる。おまえなら絶対できる。自分を信じろ!」
もう、こいつ、どうしてこんなに熱いわけ?
「明日、谷口さんにもう一度頼んでみる」
「ああ、がんばろうぜ!」
ニセ者だけど、キャラも全然ちがうけど、柏木くんがあたしのために一生懸命になってくれてる気がして、なんかうれしかった。