第2話 気持ち
「草薙君。一緒に帰らない?」
夏紀は、放課後の教室で愁がひとりで席に座っていたところを声かけた。彼女もまた、ひとりだった。友達2人と帰る予定だったが、愁を見つけて別れてきたのだという。最初は友達と愁と4人で帰れば良いと思っていたが、皆、愁とはあまり関わりたくないそうだ。夏紀にはそれが理解できなかった。外見しか見ようとしない周りにイライラする。話すととっても楽しいのに、理解しようとしない。みんな周りに合わせてばかり。どうしてそう人に合わせることで自分が守られている気になっているのか。そんな気持ちが今日の彼女にはあった。
「ぼ……俺なんかが一緒で大丈夫?」
愁はそう心配そうに尋ねる。彼にとってこの周囲の反応は日常だ。夏紀の存在こそイレギュラーに感じられた。人間の冷酷さは今まで嫌と言う程思い知らされてきた。そんな真っ暗な闇の中に一筋の光が見えてしまった。闇のままならそれで日常は成立していた。しかし、見えてしまうと掴みたくなる。欲が出る。少しでも光に触れると、知らなかった頃には戻れない。闇の中でどう生活していたのかもわからなくなる。もし彼女と関わって幸せを感じてしまったら?光から闇に帰るしかなくなったら?あの時みたいにどん底に突き落とされたりしないだろうか?そんな感情が愁の中に渦巻いていた。すると夏紀は首を横に振る。肩まで伸びた髪がゆれる。
「そのくらいで縁が切れるなら、それまでの関係だっただけのことだよ。だから草薙君が気にする必要ないんだよ。だって私が一緒に帰るって、自分でそう決めたんだもん」
今日一日を通して愁と仲良くなりたいと思ったのは夏紀の本心だった。だから彼女は自分一人でも彼と関わっていこう。そう思ったのだ。
「如月さんは強いんだね。ありがとう」
愁は椅子から立ち上がり、笑った。しかしそれは先ほどとは打って変わって心の底から笑っていた。彼女なら大丈夫。そう、思ったから。
それから2人はお互いの家への分かれ道まで一緒に歩いた。秋のオレンジ色に染まった道を歩いていると2つの影が並んでいた。こう比べてみると愁の影のほうが少しだけ長かった。そんなことに夏紀は密にムッとしていたのは余談である。
「なぁ、ちょっとこれ見てみろよ」
翌朝、夏紀と愁が一緒に登校すると、半数の生徒が登校していた。そのほとんどが教室の一角にいた。
「久坂君。みんな集まってどうしたの?」
夏紀がその集団に近づいていき、いちばん手前にいた長身の久坂基晴に声をかけた。
「あぁ如月さんおはよう。笠倉君が雑誌を持ってきたんだって。詳しくは分らないけど、そこになんかの施設の特集みたいなのがあったんだって。それでみんな集まっているみたいだよ。なんか草薙君に似てる人が載ってるんだって……」
久坂基晴と夏紀は愁のほうを見た。
「草薙君が??」
夏紀の声で(といっても、そんなに大きくないというか、むしろ久坂基晴にしか聞こえないような声で言ったのだが)雑誌に集中していた視線が愁に向けられた。愁は緊張したように真っ青な顔をしていた。雑誌になにがあるのだろう。気になった。しかし彼の様子を見る限り夏紀は彼から離れてはいけない気がした。
「お前らも見ろよ」
そう言って雑誌を夏紀たちのほうに差し出したのはこの集団の中心にいた笠倉太一だった。その雑誌には、宇宙の写真が載せられていた。よく見ると、白い無数の破片のようなものが星と同じように散らばっている写真だった。
「草……なぎ、君――――?」