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私の物語

とある町の商店街。雑誌に載るような特別有名な店があるわけでもなく、テレビの特集で取り上げられる程特別活気づいているわけでもない、少し寂れた雰囲気を漂わせている、どこにでもあるような商店街。ここに、その本屋はあった。


それはただの本屋ではない。と言っても、それほど大きいとか品数が抱負という訳では無い。外見だけだと、むしろまだ潰れていないのが不思議なくらいの店だ。


では、ただの本屋とはどこが違うのか。


それは例えば、酷く傷つき、落ち込んでいる人がこの場所で本を探すとする。すると、その人に一番合った本。則ちたちまち元気になれる本に出会えると言う。


かくいう僕も、この店の常連だ。店のじいさんとは、もう顔馴染みである。


僕が初めてこの本屋に来た時は、それはそれは変な店だと思った。何が変って、店の半分は、有名な作家の本や漫画が並んでいるのだが、もう半分は全て同じ作家の本なのだ。


作家名は『東山大蔵』となっている。そんな名前は聞いた事が無い。もしかしたら、知らないだけなのかも知れないが、何故そんな作家の本に、店半分ものスペースを使っているのか不思議だった。


これだけの待遇を受けている本が気にならないはずも無く、僕はまず、本のタイトルに流すように目線を送った。


すると、おかしな事に気付いた。僕が見る限り、全ての本のタイトルが、『私の物語』となっているのだ。かと言って、全て同じ本と言う訳でも無いらしい。


僕は数ある同タイトルの本の中から一冊を選び、最初のページを開いてみた。


「私が初めて見た風景というものは、恐らく真っ青なそら、そして一面の緑に覆われた平原だろう」


と、なっている。この、『私の物語』と言う本は、察するにフィクションなのかノンフィクションなのかは謎だが、色々な人生を物語として本にしたシリーズなのだろう。


それにしてもこの膨大な数は何だ、何百と言う同タイトルの本が並んでいるのは、ある意味痛快な物だった。


「いらっしゃい」


本に夢中になっていて、近づいて来た人影に気付かず、声を掛けられた時は、体が小さくびくんとした。声を掛けて来た人物は、杖を突き、白く、長い髭を手でぐしぐしといじっている。見た感じ七十歳くらいのおじいさんだ。


「あ、どうも」


「本をお探しかい」


「あ、はい。何か同じタイトルの本が沢山あったので何かと思いまして」


「ほうか、その本を書いた作家はこの町の生まれでな、じゃが、もう本は書かなくなってしもうた」


「そうなんですか。でも、何で全て同じタイトルなんでしょうね」


「それはのう、この本全てがこの町に生きた人間の人生じゃからじゃよ」


「この町の?」


「そうじゃ。悲しい人生を歩んだ者も、充実した人生を歩んだ者も、全てがこの本になっとる」


それを聞いた僕は、自分の物語もあるかも知れない。と、少し期待したが、もう本は書かなくなってしまったと言っていたのを思い出し、淡い期待を制した。


「なら、おじいさんの本もあるんですか」


僕は何となく聞いてみた。それは本当に何となくで、わずかな好奇心に駆られた程度の理由だった。


「ああ、確かこれじゃ」


そう言って、おじいさんは本棚に手を延ばし、一冊の白い、やはり『私の物語』と言う本を抜いた。


「いいですか?」


「ああ、かまわんよ」


本を受け取ると、また一ページ目を開いた。


「幼い頃から私は、親がつけたこの『大蔵』という名前が、全く嫌だった」


その部分だけを読んだ僕は、ハッとして最後のページに飛んだ。そこには、こう書かれていた。


「ここで、私は『私の物語』を書くのを辞めた。しかし、私には予感がする。いつか店に若い男が現れ、その男の物語を書く事となる予感が」


それは、このおじいさんが、この本の作者だと告げていた。


「あなたがこれを全て書いたんですね」


「ああ、じゃが、もうわしは疲れたよ。今までの人生の中で、これだけの本を書いたんじゃ。もう本を書こうなどとは思わん」


それはまるで、僕がこれから言おうとした事を完全に読んだような言い方だった。


僕は、このおじいさんに、僕の物語を書いて欲しかったのだ。


「じゃあ、やっぱり僕の物語を書いて欲しいと言っても駄目ですか?この、おじいさんの物語の最後には、書く事になる予感がすると書いてありますけど、それは僕では駄目ですか?」


おじいさんは目をつぶった。そして、静かに口を開いた。


「時すでに遅し……。と言う感じじゃな。わしは老いてしまった。書こうと思っても、昔のようなペースでは書けん。それに、生きている間に完成させられる保障も無いしな」


「それでも構いません。どんなに時間がかかっても、もし完成しなくても構いませんから、暇つぶし程度にも書いてもらえませんか?」


失礼なのは承知だ。でも、恐らく書けるのはこの人だけだ。世界に一つしかない、自分の物語を、僕は無償に欲しくなった。


「うむ……、わかった。そこまで真剣に頼まれたら、これでも作家のはしくれ。断る訳にはいくまい」


僕は、自分の顔が一気に明るくなったのを感じた。おじいさんは、書きたくないと言っていたにもかかわらず、楽しみが出来たと言った感じで、小さく微笑んでいた。




次に僕がその本屋を訪れたのは、その三日後の夜の事だった。まだ日にちは起っていないのだが、どれ程書けたのかが気になったのだ。


「こんばんは。すみません、何となく気になって来ちゃいました。どうですか?」


「おぉ、順調じゃよ。ほれ、そこに書き終わった所までのものがあるじゃろ」


そこには、もう百枚程の紙が積み上げられていた。おじいさんは、これをまとめて、そのまま本にするそうだ。


「三日でこんなに書いたんですか!?無理はしなくても、ゆっくりで大丈夫ですから」


「いやいや、これがどうも書き始めると止まらなくなってな、無理はしとらんから、気にしなくていいぞ」


「そうですか……」


僕はやはり心配だったが、おじいさんの言葉と、無邪気な子供のような笑顔を見て、何も言えなくなってしまった。


とにかく、その日はそれだけで家に帰る事にした。




またその二日後。僕は、おじいさんが無理をしていないかを見に行く事にした。


いつものように店の前まで来ると、いつもと様子がちがっていた。店が閉まっているのだ。それに、何だか重い空気を感じる。


それでも、店の奥に人影を見つけたので、僕は透明な硝子の扉を叩き、その人を呼んでみた。


その人は、この店では見た事の無い男性で(と言っても、見た事があるのはおじいさんだけだが)年は四十代くらい、背は僕と同じくらいだろうか、目線が合っている。白髪交じりで、印象としては、真面目そうな人だ。


「何でしょうか、すみませんが店は休ませてもらってますが」


「あの、おじいさんに本を書いてほしいと頼んだ者なんですが、おじいさんは大丈夫でしょうか?一昨日来た時に、かなりのハイペースで書いて戴いていたようでしたので心配になりまして」


そう言うとその男の人は、ああ。と、何かに気付き、納得したように小さく頷いた。


「あなたですか。どうぞ、こちらです」


僕はそのまま奥へと通された。今何がどうなっているのかも知らず、ただ廊下を奥へ奥へと、連れて行かれるままに歩いていた。


「こちらの部屋です」


案内された先は、廊下の突き当たりのドアの前だった。僕は、コンコンと二回ノックし、静かにドアを開けた。


「……線香、あげてやって下さい」


ドアを開けた先に僕が見たものは、布団に横たわり、顔に白い布を掛けたおじいさんの姿だった。何が何だかわからず、男性の顔を見ると、暗い表情でわずかに頷いた。


もう一度、おじいさんの方を見る。動かない。動いてくれない。この瞬間、どれだけ神に祈ったろう。動いてくれ、夢であってくれ。しかし、そんな願いも虚しく、おじいさんは起き上がる事は無かった。


「親父は、幸せそうでした。時間が起つのも忘れて、ずっと本を書いていました。もう、書かないと言ってからは口数も減って、元気が無かったんです。それが突然書き始めて、私は嬉しかった。それで昨日、何気なく様子を見に行ったら、ペンを握ったまま。ちょうど書き終えた所で、迎えが来たんでしょうね」


僕は、おじいさんの顔を見せてもらった。その顔は、幸せそうに笑っていて、とても安らかだった。


ふと見ると、枕元に、一冊の本が置いてあった。タイトルは、『私の物語』だ。


「それが、親父が死ぬ間際まで書いていたものです。あなたが頼んだものですよね、あのままじゃあ可哀相だと思って本にしておきました。親父の最後の作品になっちゃいましたけど、どうぞ、持って行って下さい」


「あ、いや、でも……」


正直、気が引けていた。自分が頼んで書いてもらったとは言え、それが、このシリーズ最後の作品になるとは考えていなかったのだ。それを、はい、ありがとうございますと、気安く受け取っても良いものか。僕は自分に問い掛けた。


「いいんです。この本は、親父があなたの為に必死に書いた本です。あなたが持っている事を、望んでいると思いますし、そうでないと、親父も悲しむと思います」


僕は、そんな気持ちを裏切るまいと思った。この本を受け取って、ずっと、それこそ生涯の宝物にしよう。そう思った。


「わかりました。じゃあ、この本は僕がずっと大切に持っておきます」


「ありがとうございます。これで、親父も喜びます」


そして、僕は本を手に取った。こうして、自分自身の人生に疑問を抱いていた僕は、自分を見つめ直す本を手に入れたのだった。




数日後、あの本屋には、おじいさんの写真が飾ってあった。僕をじっと見ているおじいさんに向かって、僕は改めて本のお礼を言った。すると、何となく笑い掛けてくれたようにみえた。


やはりおじいさんは本を書くのが好きだったんだろう。書いても書いても飽きる事無く、新しい物語を書き続ける。もしかしたら、僕の本も僕の為ではなく、おじいさん自身の為に書いていたのではないだろうか。


その日以来、僕はこの店の常連になった。店は息子さんが継いだようだ。おじいさんの事を忘れないように、近くを通る度に顔を見に行った。


そういえば、あの本には確かに僕の人生が物語となって事細かに書いてあったのだが、一つだけ不思議な事がある。僕とおじいさんは面識が無かったし、僕は自分の事を話した事も無かったのに、なぜおじいさんは僕の本を書く事が出来たのだろう?


そんな事を思いながら、僕はまた本を開く。

いかがでしたか?これからもアイディアが浮かび次第書いていきますので、よろしくお願いします(^^)

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