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【第1話】新人と《幽影》先輩

世の中には、色々な職業がある。

剣士、魔術師、神官、商人、農夫……

その中で、僕は「暗殺者」としてギルドに所属することを選んだ。


理由は、身ひとつで敵を制圧するその生き様が、「なんかかっこいいと思った」から。

……それだけだった。


王都において、暗殺という仕事を正式に請け負うことを許された、最大の公認ギルド――《常世の門》。


カウンターで新人登録を済ませようとした僕に向かって、いかにも「暗殺者ギルドの受付です」という風貌の強面男性が、低い声で呟いた。


「……おい、お前」


「はい?」


「この志望理由……ふざけてるのか?」


「え?」


彼は僕が提出した登録用紙をずいっと掲げ、読み上げる。


「志望理由『なんかかっこいいと思ったから』……仕事舐めてるのか?」


「まさか」


慌てて首を振る僕。


「じゃあ、ここはどんな仕事をする場所か、わかるか?」


まるで子供に確認するみたいな言い方だった。いくら僕でも、さすがに分かる。


「はい、命のやりとりですよね?」


「……」


強面男性は、変わった生き物でも見るような目で僕を見て、しばし沈黙した。

その間に、僕の視線は彼の胸元の名札にとまる。


《事務長:ワイルドウルフ》


事務長なのに、めちゃくちゃ強そうな名前だな。さすが暗殺者ギルド。


「……まあ、痛い目に遭えばさっさと逃げるか――《幽影》!」


ワイルドウルフさんは、呆れたように呟くと――カウンターごしに、ギルド内にいたひとりの青年を呼びつける。

こちらに歩み寄ってくるその姿を見て、僕は息をのんだ。


長身に、均整の取れた体格。

そして何より……無駄がなく、洗練された足運び。


――かっこいい。


落ち着いた褐色の髪に、思慮深さを感じさせる深い緑色の瞳。

貫禄があるのに、その顔立ちは驚くほど整っていて、目が離せなかった。


「……ほう、新入りか」


口を開くと、声まで低くて渋い。


「このお坊ちゃんに、仕事の厳しさってやつを教えてやれ」


投げやりな調子で僕を青年の前に押し出す、ワイルドウルフさん。

僕が首を傾げると、面倒くさそうに説明してくれる。


「新入りはベテランの任務の補佐から始めるんだよ。こっちも商売だ。『失敗しました』じゃ済まねえからな」


なるほどと頷く。


「最初の仕事ぶりに応じてランクが正式に決まり、コードネームが与えられる――つまり、実技試験みたいなもんだ。せいぜい頑張れよ」


頑張れと言いつつ、全く期待していない声音だった。


「わかりました。コードネーム、いかにも暗殺者って感じで憧れます」


「……お前な、職場見学じゃねえんだぞ」


その様子を黙って見ていた青年――《幽影》と呼ばれていたっけ。

彼は僕の顔を見下ろしながら、少しだけ目を細めた。


「私の今回の任務は、新入りには少々厄介かもしれんぞ。身体能力の評価は?」


彼の言葉を受けて、ワイルドウルフさんがさっきの登録用紙をカウンターの上に広げる。


《身体能力測定結果》

・戦闘能力:D

・隠密能力:D

・魔力:D

・判断力:C

総評:礼儀正しいが、目立った才能はなし


「……これは」


青年が、何か言いたげにワイルドウルフさんを見た。


「いいんだよ、こういう奴には最初に現実をわからせた方が手っ取り早い」


死んだらそれまでだ――


容赦のない台詞が耳に残る。


「よろしくお願いします、先輩」


こうして、僕の初めての「任務」が始まったのだった。



夜の空気は、ひんやりとしていた。


二階建ての大きな貴族の屋敷。

黒装束の《幽影》先輩は、木陰に身を潜めながら、静かに様子をうかがっている。


「……中の気配がわかるか」


尋ねられた僕も、屋敷に意識を集中させ、小さく首を傾げた。


「うーん、なんとなくは。人がたくさんいるな、くらいですかね」


「……」


沈黙。

そして一言。


「……君は、私の後ろにいろ」


先輩は、淡々と続ける。


「今回の任務は、標的のみを確実に仕留めることだ。余計な人間は殺すな」


「はい」


「それほど腕のたつ者はいないようだが、人数は多い。危険だと思ったら逃げてかまわない」


「わかりました。お気遣いありがとうございます」


「……」


また沈黙。

寡黙なのに僕を気遣ってくれるなんて、さすがベテランだな。


「私が先導する。合図を待ってついてこい」


先輩はそれだけ言うと、闇の中へ溶け込むように一歩足を滑らせた。

地面を踏んでいるのに、全く音がしない。


……すごく綺麗だ。


視線が吸い寄せられた一瞬の間に、先輩はすでに屋敷の裏口に辿り着いている。


暗闇の中、先輩の影が揺れる。合図だ。

僕が追いつくと同時に、先輩は裏口の扉を音もなく開く。


――瞬間、右手が一閃した。


気付いた時には、床に見張りらしき男が倒れている。


……すごい。


思わず呟きそうになり、慌てて口をつぐんだ。

そんな僕を一瞥すると、先輩は何事もなかったように薄暗い廊下を進む。


一切、足音がしない。わずかな衣擦れの音さえ聞こえない。

こんなに目立つ外見なのに、まるで、この場に存在すらしていないかのようだった。


――かっこいい。


僕は、彼の背中を追いながら、その流れるような足運びを、じっと眺めていた。



廊下の先、広い空間に出る前。

先輩がふと足を止め、通路の影に身を潜めた。


「この先に、見張りが四人いる。二人制圧できるか?」


確認するような口調。深い緑の瞳が、僕をじっと見つめる。

ここまで近づけば、僕にも見張りの気配がわかった。

部屋の左右――上階へ行く階段だろう――を守るように、それぞれ二人ずつ立っている。


「はい、やってみます」


言いながら、頭の中では、先輩の動きだけが反芻されていた。


――あんな風にできたらいいのに。そうしたら、きっと……


先輩が頷き、合図を出す。

同時に、僕は足を踏み出した。


足を運ぶ。

腕を振り上げる。

気付けば、男たちが床に倒れていた。


……あれ、思ったより簡単に終わったな?


そんなことを考えながら顔を上げると、先輩が僕を見ていた。


「……君」


囁くような、低い声。

空気が、わずかに揺れたようだった。


「……その動き、誰かに教わったか?」


僕は首を傾げる。


「え?ただ普通にやっただけですけど……どこか変でしたか?」


「……」


緑の瞳が、一瞬だけ僕を射貫く。


「……行くぞ」


けれど、先輩はすぐに踵を返し、音もなく階段を駆け上がる。

僕も遅れないよう、同じようにその後をついていった。


長い階段を登り切り、廊下の奥へと向かう途中で、先輩が仕草で僕を制す。


「この先が標的の部屋だ」


「はい」


角から様子を伺うと、豪奢な金細工があしらわれた扉の前に、見張りが二人立っている。


「中の人数がわかるか」


「全部で五人ですかね」


僕の答えを聞き、先輩は簡潔に言った。


「外の見張りを制圧した瞬間、部屋に突入する」


「はい」


「私は標的を仕留める。他は君に任せる」


――僕を見るその瞳には、試すような色が滲んでいた。


でも……「任せる」というその台詞が、まるで信頼されているみたいで。

少しだけ、胸が高鳴った。


「わかりました」


微笑みながらそう返した僕に、先輩は何も言わなかった。


いつの間にか、右手に小ぶりのナイフが握られている。それで標的を仕留めるんだろう。

できればその姿も見たかったけれど、そんな余裕はないだろうな。


――呼吸を整える。先輩が僕をちらりと見た。

合図。


床を蹴る。

崩れ落ちる警備員。

扉を開けて中に飛び込む先輩。

目を見開き、何かを叫ぼうとする標的。

僕に向かって襲いかかってくる敵。


――すぐに、静寂が訪れた。


どうやって動いていたのか、正直よく覚えていない。

でも、立っているのは、もう僕と先輩だけだった。


終わったんだ……と息を吐いた瞬間、錆びた匂いが鼻腔をくすぐる。


先輩が、血のついたナイフを持ったまま、僕を見ていた。

床で絶命している標的には構わず、僕の足下に転がる男達に視線を移す。


……こんな感じで、大丈夫だったかな?


「お疲れ様でした、先輩」


「……ああ」


寡黙で、無駄がなくて、強くて……任務を完璧に終わらせる。

《幽影》先輩は――僕の想像していた「かっこいい暗殺者」そのものだった。



ギルドまでの帰り道、月明かりの下を、先輩と歩く。

その足取りは、任務を終えても変わらず、無駄がない。


「今日はありがとうございました。勉強になりました」


そう告げた僕を横目で見て、ふと、先輩が口を開いた。


「……君は、なぜ暗殺者になろうと思った?」


「え?なんか、かっこいいと思ったので」


「……それだけか?」


先輩は、僕の真意を図りかねているように、わずかに目を細める。


「はい。おかしいですかね?」


暗殺者になるには、何か、もっと特別な理由が必要なんだろうか。


僕がきょとんとすると、先輩はふいに立ち止まった。


「今回の標的は、長年、裏で人身売買に手を染めていた」


「ああ、典型的な悪い人だったんですね」


どうして今になってそんな話をするんだろう。

そう思いながらも相槌を打つと、先輩の緑の瞳が、まっすぐに僕を捉えた。


「……君は、標的が善人だったとしても、殺せるか?」


さっきまでと同じ、低い声。なのに、どこか重く感じる。


「……そうですね」


……僕は、微笑んでいた。

どうしてかは、考えなかった。


「善人でも、悪人でも、死ぬときは死にますし」


「……」


「世界って、そういうものじゃないですか?」


冷たい夜風が、髪を揺らした。月が雲に隠れる。

緑の瞳が、一瞬だけ何か言いたげに揺れて……そっと逸らされた。


「……そうかもしれないな」


先輩の呟きは、まるで月のように、静かな夜に溶けて消えた。



翌日。

ギルドに顔を出した僕を見て、ワイルドウルフさんがあからさまに顔をしかめた。


「お前……登録の時、なんで手を抜いた?」


「はい?」


意味がわからなかった。

溜息をつきながら、ワイルドウルフさんは一枚の紙をカウンターの上に置く。


――それは、昨日の任務の報告書だった。報告者の欄には《幽影》の文字。


まじまじと見ると、任務成功の報告とともに、僕についてこんな一文が添えられていた。


《一度見せた動きを再現。特殊能力と思われる》


「そんな便利な能力があるなら、最初にちゃんと報告しろ」


「いや、僕、そんな能力ないですけど」


「は?」


「たぶん、先輩、何か勘違いされてるんじゃないでしょうか?」


僕がそう言った瞬間――なぜか、それまでざわついていたギルド全体が静まり返った。


「お前なあ……あいつは」


何か言おうとしたワイルドウルフさんと同時に、ギルドの扉が開いた。

入ってきたのは、まさしく《幽影》先輩。


「先輩、おはようございます」


「……ああ」


「あの、昨日の任務の件なんですけど、何か誤解されているみたいで」


僕がありのままを口に出すと、静まり返っていたギルドの空気が、いっそう重くなる。


……みんな、どうしたんだろう?僕、何か変なこと言ったかな?


先輩は相変わらず動じない。

代わりに、ワイルドウルフさんが頭を抱えた。


「……なんにもわかってねえ奴ほど、怖いもんはねえな」


どういう意味だろうと首を傾げると――


「《幽影》はな。このギルドの現役の中でも、一番の古株だ。『勘違い』なんてありえねえ」


「……え?」


一番の古株?


「影のように近づき、獲物を仕留める……伝説の不老不死暗殺者《幽影》。このギルドで、その名前を知らねえやつは一人もいねえぞ」


「不老不死は誇張しすぎだ。私は60代だ」


淡々と訂正する先輩。

僕は、耳を疑った。

それから、先輩の姿を上から下までじっと見た。


艶やかな褐色の髪に、落ち着いた緑の瞳。

滑らかな肌に、引き締まった体躯。

どう見ても、20代にしか見えない。


寡黙で、無駄がなくて、強くて――それだけでも、憧れるのに。

そんな《幽影》先輩が……本当は、60代?


「……かっこいい」


思わず、口から零れた言葉。


「は?」


「そんなすごい先輩と一緒に初めての任務ができたなんて……ワイルドウルフさん、ありがとうございます」


ワイルドウルフさんが、天を仰いだ。


「……よし、お前のコードネーム、今決めた」


「え、ほんとですか?」


「《天然》。決定だ。異論は認めねえ」


僕は目を丸くして、隣に立つ先輩に尋ねた。


「あれ?僕、そんな感じですかね?」


先輩の表情は変わらなかった。でも――


「……そんな感じだな」


妙に実感のこもった口調で、肯定された。


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