09【黄泉比良駅】
通路をまっすぐに進むだけ。
それだけのことなのに、まるで最後の試練でも与えられている気分だ。
「この駅は、アタシ達に死んで欲しいのかしら?」
「だとしたら、もっとやり方がありそうだけど」
駅側の思惑がどうであれ、これ以上、どんな罠が待っていようと、もう二度と立ち止まるものか。
そう決意を固め、足取りを早めた。
その矢先だった。
「──あった」
二人の口から、思わず間の抜けた声がこぼれる。
拍子抜けするほど、あっさりと、目的の改札口は目の前に現れた。
《芦原環状線のりば》
ご丁寧にも、大きな看板まで天井から堂々と下がっている。
特別な装飾も、禍々しさもない。
至って普通の駅の改札機が二台だけ並んでいた。
浦はぼう然とその光景を眺め、腹の底に溜め込んでいた息を、ゆっくりと吐き出す。
達成感が一割。肩透かしを食らった気分が四割。
そして、先行きへの緊張が五割。そんな複雑なため息だ。
改札の向こう側は、なぜか薄く霧がかかり、不明瞭だった。
ホームも、人影も見えない。
ここが正解なのか。それとも、まだ何かあるのか。
この時点では判断がつかず、浦は及び腰になった。
それを尻目に、錫は臆する風もなく前に出る。
ジーンズの後ろポケットから切符を取り出し、改札機の前に立ったその背中は、もう通る気満々だ。
「ほら。せーの、で行こうよ」
振り返った錫の瞳に迷いはなく、凪いでいた。
確かに、ここで様子見をしたところで意味はない。ただ時間が削られていくだけだ。
浦も性根を据え──それでも、まごつく足を引きずるようにして、隣の改札に立った。
「せーのっ!」
錫の掛け声と同時に、二人は切符を通した。
自動改札のドアが、バタン、と無遠慮な音を立てて開く。
浦は大きく一歩、前へ踏み出す。
その瞬間、カーテンを引いたように、視界を覆っていた霧がすぅっと晴れていった。
ほどなくして、目の前に現れたのはガラス張りの待合室だった。
十人ほどが腰掛けられそうな広さで、床には掃除の行き届いた灰色のタイルが敷き詰められている。
長椅子が壁沿いにいくつか並び、正面の壁には、時刻表のような掲示板が一枚掛かっていた。
だが、そこに文字らしいものは、ひとつも記されていない。
澤田の言っていた通り、右にも左にも道はなく、改札の先にあるのは、この待合室だけのようだった。
探索のしようもなく、二人は素直に待合室へ足を踏み入れる。
途端に、天井のスピーカーがハウリングを起こし、割れるような音と共にアナウンスが流れた。
『葦原環状線をご利用のお客様へご案内いたします。
お呼び掛けがあるまで、改札内にてお待ちください。
お呼び掛けが確認できない場合は、当線からのご案内は終了いたします』
同じ文言が、間を置かず二度、機械的に繰り返される。
そして、ブツッ、と音を立てて途切れた。
「……最後は、待つしかないってワケね」
それだけ言って、錫はベンチにごろんと横になった。
肘掛けに頭を預け、片腕で目元を覆う。これ以上、無駄なあがきはしないと決め込んだらしい。
浦もその隣に腰を下ろし、ヒールを脱いだ。
忘れていた踵の靴擦れが、またじくじくと痛み出し、ほんの少し血が滲んでいた。
まだ生きているから感じるのか。それとも、死んだって関係ないのか。
地獄が苦しい場所なら、死んでも痛いものは痛いのかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えて、浦は小さく頭を振る。
とりあえず、無事に改札を通過したこと。
そして今は待合室で、呼び掛けを待っていること。
それだけを簡潔にまとめて、常一にメールを送信した。
──最後の最後ですることが、「待つ」だなんてね。
もっと謎解きをさせられたり、バケモノに追いかけられたりする方が、まだマシだった。
逃げるにせよ、抗うにせよ、自分の選択で何かが変わる余地がある。
待つという行為には、それがない。
ただ、時間に身を預けるだけだ。もどかしくて、うんざりする。
「……眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としている。抵抗が間違いで、無駄だというときが、いずれくる」
脈絡もなく、錫がぽつりと呟いた。
「急にどうしたの」
「サルバドール・ダリの言葉。聞いたときは別に何とも思ってなかったけど……今思い出すと、ちょっとムカつくよね」
錫の声は、眠りの縁に片足を突っ込んだように気怠げだった。
頭に浮かんだことを、そのまま口にしただけなのだろう。
百十五年の猫生でも初めての経験に、ほとほと疲れ切っているのが分かる。
「その名言どおりにならないことを、祈るわ」
スマホの背面をネイルでコツコツと叩きながら、浦は自嘲気味に笑った。
スマホ画面に映った時刻は、二十三時五十分。
発車時刻まで、あと九分。
*
『待合室にいる』
その連絡を受けて、にわかに喜んだのも束の間で、音沙汰のないまま一時間が過ぎた。
便りがないのは元気な証拠とも言うが、浦達は生死の境にいる身だ。
一体どうなっているんだと気を揉んでいるうちに、ようやく、浦から新しいメールが届いた。
『呼び掛けなし。発車時刻まで、あと五分』
その一文を何度も読み返して、常一は小さく舌打ちした。
「何や……何が原因なんや?」
改札口を間違えたのか。それとも、駅側の何らかの都合か。
これまでの経緯を考えれば、浦たちが駅で違反行為をしたとは考えにくい。
こちらで確認できる限り、身体的な異常も見当たらない。
常一はちらりと、眠ったままの猫又に目をやった。
耳を澄ますと、規則正しい呼吸が確かに聞こえてくる。
生きている証のように、その身体は一定のリズムで、わずかに上下していた。
常一は苛立ちを抑えきれず、構内図や過去のメール、澤田のスレッドを何度も見返した。
指先で画面を滑らせるたび、目に入るのは既に知っている情報ばかりだ。
それでも、どこかに見落としはないかと、血走った目で画面を追い続けた。
「ねぇ、」
不意に、綴が口を挟んだ。
「……なに?」
常一は画面から目を離さないまま、短く返す。
「少し、気になったことを言ってもいい?」
綴は言葉を選ぶように、その場をぐるぐると歩き回りながら話し始めた。
「掲示板でも、浦くんのメールでも……アナウンスの文言、ちゃんと書いてくれてるでしょ?」
そう言われて、常一はもう一度、浦から届いたメールを開く。
待合室に入った事を報告するメールだ。
「……これ、普通なら“お呼び出し”って言わない?
“お呼び掛け”って、ちょっとニュアンスが違う気がして」
画面をスクロールし、問題の一文を指先でなぞる。
言われてみれば、確かに、と常一も思った。
説明は難しいが、似ているようでいて、どこか違う。
駅やデパート、公共施設で耳にするアナウンスで、
”呼び掛け”という言い回しは、あまり聞かない。
「それで……まあ、ちょっと気障というか、大衆迎合的でアレなんだけど……」
綴はそこで言葉を切り、ほんの少し逡巡する。
「ええから。言うて」
常一は焦れた気持ちのまま、先を促した。
綴は「だからね」と前置きして、歩き回っていた足を止めた。
「帰るには、愛が必要なんじゃないかな」
綴はそう言って、指先を胸元で組んだ。
断定するには心許ない仮説を、おずおずと差し出すような仕草だった。
「……愛?」
常一は眉をひそめ、半拍遅れて聞き返す。
「つまりね」
綴は一度、言葉を整えるように小さく息を吸う。
「生きて帰ってきて欲しいって、強く願ってくれる人がいること。
それが、キーなんじゃないかって思うんだ」
常一はぱちぱちと何度かまばたきをし、やがて点と点が繋がったように、ゆっくりと顔を上げた。
「なるほど……呼び掛けってのは、駅がするんじゃない。俺達、現世からってことか」
常一の隣に座っていた四葩も同様で、綴の言葉をなぞるように呟いた。
「じゃあ……」
常一はハッとして、スマホの画面を通話に切り替える。
履歴画面をもたつく指でスクロールし、ようやく発信ボタンを押した。
「もしもし、おばちゃん? いま、病室おる?」
通話相手は、浦の母親だった。
病室にいると聞くや否や、常一は間髪入れずに言葉を重ねる。
「ええから、聞いて。とにかく、浦の名前呼んだって。
帰ってきてって、ちゃんと声に出して呼び掛けてあげてほしい」
電話の向こうで、短い沈黙が落ちる。
戸惑いを含んだ母親の声に、常一は食い下がるように念を押した。
その勢いに押されたのか、やがて母親は「……わ、分かった」と答えた。
「頼む。俺も、すぐ病院行くわ!」
通話を切ると同時に、常一は立ち上がった。
小上がりの下に脱ぎ捨てていたスニーカーに、ほとんど跳び込むように足を突っ込む。
綴と四葩は、眠ったままの猫又の傍らに身を寄せ、「おーい」と声を掛けた。
「そういえば、この猫又って、名前は?」
「えーっと……錫、かな。たぶん、バーに置いてあった封筒に書いてあった」
「おーい、錫。帰っておいで〜」
綴はわざとらしいほど明るい声を作り、猫又の背中をポンポンと優しく撫でた。
「ほら、オヤツもあるぞ」
相生が猫用の液状オヤツを持ってきて、猫又の鼻先へそっと差し出す。
匂いまで届くかは分からないが、せめて気配だけでも伝われと願う。
常一はその様子をちらりと一瞥すると、猫又は任せたと綴たちへ目で合図を送り、病院へと走り出した。
*
浦は手持ち無沙汰に、スマホのカメラロールを眺めていた。
そこには常一が撮った心霊写真も混じっていて、思わずふっと笑う。
このまま電車に乗れなかったら、自分もこの幽霊たちみたいに、この世を彷徨うのだろうか。
── そのときは、常一の写真に写ってやろう。
それは、ただの空想のつもりだった。
けれど、そこに滲む諦めを浦自身も否定できなかった。
発車五分前に設定したアラームが、何度目かのスヌーズを鳴らす。
発車までは、あと三分もない。
浦はもう何度目か分からないため息をついた、その時。
さっきまでぴくりとも動かなかった錫が、突然、むくりと起き上がった。
「どうしたの?」
「何か、いい匂いがする……これ、オレの大好きなオヤツの匂いだ!」
浦には分からない。
鼻をひくつかせてみても、無機質なホームの空気しか感じられなかった。
けれど、その代わりに微かな声が、聞こえた気がした。
── さーちゃん……起きて……
最初は、衣擦れに紛れた空耳だと思った。
だがその声は、次第に輪郭を持ち、はっきりと浦の耳に届く。
間違えようのない、母親の声だった。
── 浦! 浦! こっちで待ってるからな!
続いて、少し息の上がった、聞き慣れた声。
常一の声だ。
隣では錫が首を傾げ、ガラス戸の向こうを探るように耳を澄ましている。
「知らない人の声だけど……名前を呼んでるみたいだ」
琥珀色の瞳の中で、瞳孔がきゅうっと細くなる。
『0番線に、電車が参ります。
ご利用のお客様は、白線の内側に立ってお待ち下さい』
キーン、と金属を擦るような鋭い音が走り、アナウンスがかかった。
次の瞬間。
待合室のガラスが、突風に殴りつけられたみたいにバンッ、と一度だけ大きく揺れる。
怯む二人の目の前で、さっきまで壁だったはずの場所が、音もなく剥がれ落ちていく。
現れたのは、暗い線路と低いホーム。湿った空気と、鉄の匂い。
ヘッドライトを灯した電車が、減速して静かに滑り込んで来た。
「えっ、えっ、待って───」
「電車だ!」
錫は倒けつ転びつ、ほとんど体当たりする勢いで待合室の戸を開ける。
浦も咄嗟にヒールを引っ掴む。
履き直す余裕はなく、そのまま裸足でホームへ飛び出した。
光沢のない臙脂色の車体。四列に並んだ座席。
等間隔に吊り下げられたバブルシャンデリアが、停車後の僅かな振動に合わせて、きらりと揺れている。
ドアが開くのと同時に、浦は迷いなく身を乗り出した。
だがその腕を、錫がぐいっと引き止める。
「ねぇ……これ、本当に乗るべき電車だよね?」
疑懼のこもった言葉が、コツンと浦の背中に当たった。
改札を通るだけなら、まだ戻れる。
だが電車は、一度乗ってしまえば、きっと引き返せない。
——けれど、躊躇はほんの数秒だった。
浦は振り返り、揺れる錫の瞳を真正面から見据える。
「分かんない。でも、迷ってるヒマ、ある?!」
返事を待つ間もなく、発車を告げるベルが高く鳴り響いた。
鼓膜を打つその音に、思考が一気に押し流される。
「帰るわよ、錫!」
掴まれたままの腕ごと、浦は錫をぐっと引き寄せた。
足がもつれ、体勢も整わないまま、二人の身体は電車の中へ雪崩れ込む。
その背後で、退路を断つようにドアがバタンッ、と大袈裟な音を立てて閉まった。
***
『──電車に乗った後のことは、覚えてないんです。
ドアが閉まった瞬間に、暗転した感じで……目が覚めたら、病室の天井を見ていました』
『体感では、黄泉比良駅には一日もいませんでした。
まさか、二週間以上も経過しているなんて』
『スマホを所持している。帰りを待つ人がいる。この二つが必須条件かな──?』
・・・
「えー!これ、さーちゃん? 顔も声も分かんないじゃないの!」
「当たり前でしょ。頭おかしくなったって思われたら、職場復帰できないじゃない」
「ちょ、おばちゃん! 火弱めな、吹きこぼれるって!」
ぐつぐつと煮立つ音が、テレビの向こうから流れる怪しげなBGMをかき消していた。
卓上コンロにかけられた鍋から立ちのぼる湯気が、天井の照明を白く曇らせている。
ここは浦の実家。
今夜は、ささやかな快気祝いの席だった。
テレビ画面では、『ひらりんのひとりじゃないもん』の新着動画が再生されている。
配信主の四葩に対して、モザイク越し、加工された声で語っているのは、浦、そして錫だ。
黄泉比良駅から帰還した浦は、そのわずか三日後に退院していた。
二週間以上も寝たきりだったとは思えない回復ぶりで、担当医が思わず目を見張るほどだったという。
退院後、記憶がまだ鮮明なうちにと、常一が段取りをつけた。
浦と錫にアポイントを取り、インタビュー形式での動画撮影を敢行したのだ。
黄泉比良駅の風景。そこで起きた出来事。
二人には、できる限り詳細に、それらを語ってもらった。
浦の母は、息子がテレビに映るのだと早合点して、どこか浮き足立っていたらしい。
だが、二人にはそれぞれ元の生活がある。
動画では顔も声も加工され、素性が特定されないよう、細心の注意が払われていた。
もちろん、錫が猫又であることも、綴が構内地図を書き起こしたことも、異世界と繋がるガラケーの存在も……
そういった「明るみに出ると困る部分」も、軒並みぼかされ、削られ、別の形に置き換えた。
この動画が公開されると、ほどなくしてネット掲示板に新たな「黄泉比良駅」スレッドが立った。
過去ログを掘り返す者が現れ、前スレの主──澤田が書き込んでいた「駅で会った二人組」は、例の動画の彼らではないか、と話題にもなった。
憶測は憶測を呼び、噂の尾鰭が増えるにつれて、再生回数もじわじわと伸びていく。上々、と言っていい数字だ。
四葩はその推移をパソコンで眺めながら、終始ニヤニヤしていた。
「また異世界行ってくれないかな。俺以外の誰か」
不謹慎極まりないその一言を聞いたのは、常一だけである。
「ほら、つーちゃん。ビールのおかわり、あるよ」
浦の母が、慣れた手つきでプルタブを開け、缶を差し出す。
「ペース早いねん、おばちゃん」
常一はそう言いながらも、笑ってそれを受け取った。
「ねぇ、もう一回、乾杯しましょうよ」
浦がそう言って、レモンハイのグラスを掲げた。
「アタシの快復と、母さんと常一への感謝に。──乾杯!」
テーブルの上には、白菜と春菊が沈み、豆腐がぷかりと浮かぶ鍋と、ポン酢の入ったとんすいが三つ。
異世界の話題も、掲示板の熱も。
この鍋が雑炊になる頃には、きっと三人とも、ほかの話題で盛り上がっているだろう。
同時刻。
ブックバーRのカウンター席には、綴がひとり腰を掛けていた。
グラスの中で氷がゆっくりと角を失い、琥珀色のウイスキーに軽やかな音を立てて沈んでいく。
綴はそれを気にも留めず、目だけで文字を追いながら、ページをめくった。
「これ、キープでお願いね」
ソファ席にいた常連客から差し出された本を受け取り、錫は慣れた手つきで真鍮の栞を挟んだ。
表紙を軽く撫でてから、棚の定位置に収める。
「ありがとうございました」
扉を開け、会釈とともに客を見送る。
重たい木の扉が静かに閉まると、店内に残ったのは、錫の革靴の音と、棚の奥でかすかに回り続けるレコードの旋律だけだった。
二人きりになった。
綴は、そこでようやく本を閉じた。
栞代わりにコースターを挟み、カウンター越しに錫を見る。
その目元が、仕事用でも客用でもない、少しだけ緩んだ笑みになる。
「すっかり人間だね。猫の姿が恋しいよ」
からかうような声色に、錫は肩を竦めてみせた。
「その節はお世話になりました。でも、人間姿のオレも、なかなかチャーミングでしょ?」
灯亡書房で目を覚ました錫は、一週間ものあいだ、猫又の姿のまま世話になっていた。
綴を筆頭に、相生や四葩にも、寝床を整えられ、餌を与えられ、気まぐれに撫でられて。文字通り、猫可愛がりである。
体力が戻り、人の姿に戻った錫を見た綴たちから漏れたのは、安堵よりも先に、残念そうな溜息だった。
バーを再開すると、まるで待ち構えていたかのように、常連客たちはすぐに戻ってきた。
「元気そうだね」
「また来れて嬉しいよ」
そんな一言を残して、皆、いつも通りの席に腰を下ろす。
事情を詮索する者はいない。
ただ、ここに、本を肴に静かに酒を飲める店があればいい。
それは錫がこのバーを営む理由、そのものだった。
「はい、これ」
不意に、綴が一枚の紙を差し出した。
「君達を助ける為にかかった、諸経費の請求書です」
「……一途クンも一輪クンもさ」
錫は眉をひそめ、請求書を睨みつけた。
「善意の人助けって、できないの?」
紙面に並んでいる『救出に伴う備品代』『灯亡書房・臨時寝床提供料』『猫又用食事代(一週間分)』
──ここまでは、まだ分かる。
だが、『なでなで代(相生・四葩分、各数回)』
これだけは、どうしても納得できなかった。
「……最後の、いる?」
思わず指で項目を叩くと、綴は少しも悪びれずに答える。
「必要だよ。精神的ケアだから」
四葩からは、店の清掃代という名目で動画出演を余儀なくされた。
そして今度は、コレである。
「何事にも対価は必要だと思うな、僕は」
そう言って、綴はいつものように穏やかに微笑んだ。
反論の余地がない、食えない笑顔ってやつだ。
「あ。僕の分のなでなで代は、今夜のお会計分でチャラにするよ」
全く人間ってやつは。
錫はむくれた表情で請求書を受け取ると、「シャーッ」と、爪を立てる仕草をしてみせた。
【黄泉比良駅・完】
2025.02.04




