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ゴーストライター  作者: 佐田読子


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3/6

03【鏡の瞳】


常一が『ひらりんのひとりじゃないもん』のカメラマン兼編集として働き始めて、気付けばもう三か月が経っていた。

ひらりんのチャンネルは、ショート動画も含めてほぼ毎日投稿だ。

撮影に編集、企画会議、その合間には動画編集の勉強まで挟んで、常一は休む間もなく働いていた。

時間を持て余していた無職時代の自分からは、考えられないくらいの目まぐるしさである。


自宅に戻る暇もほとんどなく、いまは四葩宅の作業部屋を仮の寝床にしている。

やがては近くに部屋を借り、そこへ引っ越す予定だ。

専門学校時代から住み慣れた古いアパートとも、もうすぐお別れである。

あの畳の匂い、壁の染みや軋む床板さえ愛着があった。

後ろ髪を引かれる思いはあるけれど、心機一転。

やっと社会人として一歩踏み出せた気がして、常一は嬉しかった。


以前と変わった事といえば、もうひとつ。

四葩の自宅から徒歩圏内にある灯亡書房にも、気分転換を兼ねて頻繁に通うようになった。

四葩と一緒に打ち合せをすることもあれば、今日みたいに常一だけでカフェスペースに座って編集作業をすることもある。

良いのか悪いのか他に来客もなく気を遣うこともない店の雰囲気を、常一はすっかり気に入っていた。


「はい、常一。こないだの写真の解説まとめ。」

「ありがと、綴ちゃん。ひらりんに渡しとくわ。」


常一は相変わらず心霊写真を量産していて、ある程度たまるとまとめて綴に渡していた。

綴はその中から気になる写真を選んで買い取り、怪談小説や雑誌記事のネタにしたり、四葩の動画用に書き起こしを行っていた。


──俺の心霊写真が、人の役に立つ日が来るとは……。


そう思うと、常一は少し笑えてくるのだった。


「今日、流兄は? また山か?」

「そう。でも近くだから夕方には帰ってくるよ」


相生は定期的に山へ入る。

最初に「趣味は登山だ」と聞かされた時、常一は軽い調子で「えぇなぁ、俺も行こかな」と口にした。

相生はあっさり「いいぞ」と返してきたが、横から綴が真顔で止めに入った。


「流転のは登山じゃないよ。山にいる怪異をボコボコに片付けてから、コーヒーを飲むっていう……」


……それは鍛錬を兼ねてなのか、単純に娯楽なのか。常一には理解できなかった。

その後、相生が「お前も来るか?」と誘ってきたが、食い気味に「いや、やめとく」と断った。


「しかし、山ってそんなおるもんなん? 流兄、狩り尽くしたんやない?」


「あぁ。流転は除霊できないから、大丈夫だよ。」


「え?」


常一としては軽い冗談のつもりだったのだが、雲行きが変わった。

綴は「知らなかったっけ?」と事も無げに続ける。


「流転の能力は、怪異に“物理的に触れられる”だけなんだ。だから一時的に弱らせることはできても、完全に消すことはできない。逆に僕は除霊はできるけど、捕まえるのがどうも下手でね」


これは初耳だ。

てっきり相生が怪異を半殺しのまま放置するのは、綴が万年筆に封じてネタにするためだと常一は思っていたからだ。

だが違った。

そもそも相生には“とどめ”を刺す力そのものがなかったのだ。


この三ヶ月の間、灯亡書房の二人とは心霊スポットの調査や撮影を何度も一緒にこなしてきた。

しかし、その大半は空振りに終わる。

噂通り本当に幽霊がいる現場というのは少ないのだ。

だから、毎回セットで呼ぶことに疑問はあった。

四葩が「必ず二人で」と言い張るので従っていたが、正直、片方いれば十分ちゃう?と思っていたのだ。


「そんなん……だから、二人一緒なんや」


四葩に雇われてからというもの、常一は、世の中には自分の知らないことがいかに多いかを思い知らされた。

綴と相生の両名に関しても、その謎はまだ深い。

まァ、あまり深く踏み込みすぎない方が、身のためかもしれないが。


「あ、そうそう。次の企画なんやけどさ?」


常一は話題をそらすように、手元のノートを開いて綴に今後の予定を切り出した。


その時──カラカラカラ……と、戸車の音が店内に響いた。


「四志磨!」


途端、綴の瞳の中がパッと嬉しそうにきらめいた。

常一と話していたことなんて綺麗さっぱり忘れたように、綴の視線はまっすぐその人へ注がれる。


「お待たせ、綴ちゃん」


軽快な足取りで店内に入ってきたのは、どこか現実から半歩だけ浮いているような、不思議な空気をまとった男だった。

背中にはフードデリバリーのロゴが入った大きなバッグを背負っている。

男は綴にゆるく手を振りながら、やれやれと言わんばかりに小上がりにドスッと腰を下ろした。


──出前でも取ったんか?


そんなことも考えたが、すぐに否定する。

こんな馴れ馴れしく振る舞う配達員がいるはずもない。

実際、綴は心底うれしそうに「ひさしぶりだね」と声をかけ、男も「ちょっと海外まで買い付けに行ってたのよ」と軽く返している。

普段はどこか律儀な綴が、目の前の男にだけは自然とくだけた表情を見せていて、常一は興味深そうに二人のやり取りを見守った。


「で、こちらは?」


不意に矛先が自分へ向き、びくりと肩が揺れる。

薄い青色のサングラス越しに、男の雌雄目が常一を覗き込んでくる。

その妙な色気に呑み込まれそうで、息が詰まった。


「あ、そうそう。彼が青埜 常一くん。

ほら、一輪がスタッフを雇った話はしたでしょ?彼がそのスタッフだよ」


「へぇ、なるほど。」


綴が弾む声で紹介すると、男は軽く目を細めた。

顎に手をやりながら常一を値踏みするように眺めてくる。敵意はないが、友好的でもない。

例えるなら、新種の植物を見つけたみたいな目つきだ。

灯亡書房で出会う人間は、何故こうも腹の底に何かを隠している雰囲気なのか。

常一は少々げんなりする。


「君、おもしろいね」


やがて柔らかい笑みを浮かべて男がつぶやいた。

褒め言葉に聞こえなくもないが、どこか含みを帯びている。


「モテるでしょ──幽霊に。」


その一言に、常一の眉がピクリと動いた。

瓢と同じく、この男にも何か視えるものがあるらしい。


「そのおかげで、常一はいっぱい心霊写真が撮れるんだよね」


カブトムシを捕まえるのが得意な子みたいなノリの綴に、常一は居心地悪そうに口をもごもごさせた。


「いや……まぁ、写真には映るけど、動画にはめったに残らんし……」


「へぇ、それはいい! 四葩が雇うわけだ」


男は面白い玩具を見つけた子供のような顔で、パチンと指を鳴らした。

続けざま、舞台上の役者さながら胸に手を当て一礼する。


「俺は清遠 四志磨(きよとお しじま)。道具屋だ。どうぞ、ご贔屓に」


──道具屋? 

常一にはピンとこない肩書きだった。


そこはかとない不安が胸をかすめたが、眉をひそめる間もなく、清遠は当然のように常一に向き合って胡座をかいた。


「それじゃ、試しに見てってよ」


そう言うなり、彼はデリバリーバッグをバリッと開け、中から次々と妙な品を取り出して座卓に並べていく。

掌に収まるほどの小型カメラ、複雑に組まれた寄木細工の箱、そしてポンプ付きの香水瓶。


「在庫のほんの一部だけどね。

まぁ、普通のルートじゃ絶対手に入んないシロモノばっかだよ。

しかも今日限り!初回特価!赤字覚悟!

まずはこれ、小型カメラ。ただのアンティークに見えるっしょ?でも人を撮った瞬間、相手に呪いがのっかんのよ。面倒な儀式なんて一切不要。誰が作ったかは分かんない、だけど撮られた連中は全員、例外なくロクな死に方してないって話。どう?一台持ってれば安心だよ?

じゃじゃ、お次は立体パズル。飾るだけでも工芸品。

だけど組み上げると、最後の一片が鍵になんの。

そんで、どっかの扉が開くって話。どこの扉か?俺も知らない。けど、分かんないのがロマンじゃない?

そしてこちら、香水瓶。なんと惚れ薬入り!

噂じゃ、玉藻前の涙が混ざってるとか、ないとか。試すかどうかは君次第。けど……次にこれを手にできる保証はないよ。

だから今、ここで決めなきゃ損するかもね」


まるで不吉の叩き売りだ。

座卓に並んだ品々はどれも禍々しい冷気を帯びている。

常一は身体を半分引いて「大丈夫です…」と顔を引き攣らせた。

手に触れるなんて、もってのほかである。


「四志磨は、呪物や呪具を扱う商人なんだ。僕の万年筆も、ここの品だよ」


綴は苦笑混じりにそう言って、前のめりな清遠を軽く手で制した。

清遠は肩をすくめ、名残惜しそうに商品をバッグへ戻していく。


──呪物にコレクターがおるとは聞いてたけど……。なるほど、こういう商売もあるんか。


常一の中にまたひとつ、仄暗い知識が増えた。


「それで、今日は何しに来たの?物売りに来た訳じゃないでしょ?」


綴が問いかけると、清遠はにやりと口端を吊り上げ、頬杖をついた。


「まぁ、通過儀礼としてね?どう?買う?」

「要りません」


即答する常一に、清遠は大げさに肩を落とし「ざーんねん」と嘘っぱちの泣き真似をしてみせた。

が、綴に「本題」と促されて真顔に切り替える。


「あの、俺、席外しますね?」

「あぁ、いーの、いーの」


空気を読んで腰を浮かせた常一だったが、清遠に軽く手で制された。

綴は常一に背を向けるように小上がりへ腰を下ろし、清遠もその隣へ並ぶ。


「今日さ、綴ちゃんにお願いがあって来たのよ」


そう言って彼が取り出したのは、三つ折りのリーフレットだった。

表紙には目を模したロゴと、『宗教法人 映御の会』の文字。

率直に言って、胡散臭い。


「……呪物回収の依頼ってわけね」


綴の声が低く落ち、場の空気がひやりと変わる。


「そう」


口調こそ軽いが、清遠の顔に冗談めかした色はない。


「いくら?」


綴があけすけに金の話を切り出すのを聞いて、常一は些か驚いた。

普段の柔らかさはなりを潜め、その声音には遠慮の欠片もない。

清遠はわざとらしく周囲を見回すと、綴の耳元に口を近付けた。

吐息がかかるほどの距離で、何事かを囁く。

常一に内容は聞き取れない。

ただ、綴の指先が一瞬ぴくりと動いたのを見逃さなかった。


「わかった。流転とも相談する」


綴は短く答え、机の上に置かれたリーフレットを一瞥した。

声は落ち着いているが、目の奥には確かな緊張が走っていた。


「おっけー。期限は特に設けてないから。でも──」


そこでふと、清遠が綴をひたりと見つめた。

流れる雲に日が遮られ、店内が翳りを帯びてゆく。


「神様になる前に回収して」


綴の目がかすかに見開かれる。

耳鳴りのような沈黙が落ち、やがて、綴からため息のような声が漏れた。


「……金額、倍にして」





『映御の会』ご案内


映御の会は、鏡呼様と共に心の平穏や日々の静けさを大切にする会です。

鏡呼様の瞳は、あなた自身の心を映す鏡のような存在。

そこに映るのは、過去の思い出や忘れかけた感情、そして気づいていなかったご自身の輝きです。


会では、鏡呼様の瞳と向き合いながら、日常の中で小さな喜びや穏やかな時間に目を向ける習慣を育みます。


主な活動

•瞑想:ゆったりとした時間の中で瞳を見つめ、自分の心の声に耳を傾けます。

•季節の祭典:四季折々の行事を通して、自然や仲間とのつながりを感じます。

•日常の奉仕:地域の清掃や支援活動など、小さな善意を積み重ねることで心の平和を育てます。


鏡呼様の瞳は、あなた自身を鮮やかに映し出す存在です。

迷いや疲れの中で立ち止まったとき、そっと手を差し伸べてくれるでしょう。

ここから、あなたの内なる旅が始まります。




──映御の会……、聞いたことあるな。


常一は編集作業の手を止め、となりの座卓を囲む三人の話に耳をそばだてた。

先程の依頼の打ち合わせをしており、登山から戻った相生も加わっている。

三人の前には淹れたてのコーヒーが置かれ、香ばしい湯気がゆらゆらと立ち上っていた。

ついでに、常一の手元のカップからも。


「十年ほど前に解体されてるけど、当時は全国ニュースにもなってたよ。覚えてる人も多いと思う」


清遠がスマートフォンを操作し、ニュースサイトのアーカイブを二人に示した。


「……あぁ、これか。相次ぐ男性信者の不審死や失踪ってやつだな」


相生が腕を組み、記憶を探るように眉を寄せる。


「そうそう。決定的だったのは、夫婦で入信していた奥さんの証言だ。旦那が日に日に衰弱していくのを見かねて、週刊誌にリークしたんだよ」


それは、きわめてセンセーショナルな内容だった。

だが、報道は思いのほか盛り上がらず、むしろ不自然なまでに尻すぼみに終わった。

理由はいまだ明らかになっていない。

ただ、関わった男性記者たちが、次々と口をつぐんで手を引いたという。


「信者たちは共同生活を送ってたんだけど、その施設自体は今も丸ごと残ってる。で、そこに“鏡呼様”も祀られたまんま」


「その鏡呼様ってのは、いったい何なんだ?」


相生が問いかけると、清遠は「人形だよ」と答え、デリバリーバッグから一枚の写真を取り出して、二人の前へすっと差し出した。

常一もこっそり横目で覗き込む。


そこに写っていたのは、白い着物をまとった日本人形だった。

ただの古い人形。いや、そう言い切るには違和感があった。

顔立ちは整っていて、どこか西洋の血を思わせる彫りの深さがある。

だが、もっとも目を引くのはその瞳だ。

まるで水面のように光をはね返し、撮影者の姿を小さく映し返している。


「この目の細工が、鏡みたいに見えるんだ。それが“鏡呼様”って名前の由来らしい」


清遠はそう補足してから、指で写真の端を軽く叩いた。


「宗教団体が設立されたのは四十年前。でも、人形自体は明治時代に作られたって話だ。教祖の生家が家宝として代々大事にしてきたものらしいよ」


常一の目の焦点が写真の瞳に合った瞬間、背筋がゾクリと粟立った。

何故だ。

ただの写真のはずなのに、人形の瞳がこちらを見つめているように思えたのだ。


「百年以上もの間、崇められ、縋られ、信仰を集め続けてきたんだ。今は閉鎖されて身を潜めているけど……“ホンモノ”になるのは時間の問題だよ」


清遠の声が、石を落とすみたいにずしりと沈む。

三人は同時にコーヒーを口にし、揃ってこわばっていた肩をすとんと落とした。


一方で常一は、恐怖と高揚がないまぜになった得体の知れぬ鼓動に胸を波打たせ、ぬるくなったコーヒーの水面を凝視していた。


数十秒の沈黙を経て、綴がぽそっと口を開く。


「はじめに言っとくけど、これは僕と流転だけじゃ手に負えない。凰さんにも協力してもらわないと」


「ていうかさ、最初から凰介ん所に連絡すべきじゃねぇの?」


苛立ったように、相生は清遠を睨んだ。

あくまで、彼らは古書店経営と作家活動が本業である。

それに差し障るような深刻な案件は、基本的に受けたくはないのだ。


「したよ! したけど出ないんだもん」


清遠だって、それは分かった上である。

しかし、多忙な瓢のスケジュールを押さえるより、灯亡書房の二人に話を通す方がずっと早い。

とりわけ綴は、清遠にとって祖父の代から知る仲である。無茶を言いやすい相手なのだ。


「プライベートの方にかけたんじゃない? あの人、そっちは放置だよ。客用ケータイなら秒で返してくるけど」


「そうなの?知らんよ、それは……」


綴がおもむろに清遠のスマホを手に取り、何やら操作を始めた。

おそらく、瓢の仕事用の連絡先でも登録しているのだろう。

相生は再びコーヒーを口にする。

ピリついていた空気は、いつの間にか通常運転に戻っていた。

それで、常一はようやく遠慮がちに「あの……」と三人に声を掛けた。


「差し支えなければ、俺も同行できます?」





「ひらりん!ただいま!」


四葩宅へ戻った常一は、勢いよく作業部屋のドアを開け放った。

家主の四葩は一日中ここに籠っていたらしく、メンソールの香りを帯びたベイプの煙がもわりと立ち込めていた。


「なにお前、すげぇ元気じゃん」


四葩は目の端で常一をちらりと確認しただけで、すぐに意識をパソコン画面へと戻した。


「おもろいネタ、手に入れてん!」


しかし、そんな反応など気にもとめない。

常一は呪物回収について勝手に説明していく。

途中、清遠の名前を聞いた四葩は、あからさまに「げ」と顔を顰めた。


「──て訳で、ひらりんも行くよな!」

「嫌だ」


常一の自信満々の誘いを、四葩はその一言で片付けた。


「いやいや!なんでやねん!?」


四葩が座る椅子の背もたれを掴んで、ガシャガシャと揺らしながら抗議する常一。


「あのさ、俺はマジモンのヤバいとこには行かねぇんだよ」


四葩は容赦なくシッシッとその手を払う。


「でもでも、綴ちゃんも流兄もおるし、瓢さんも参加予定やで?」


「だからだよ。そんな勢揃いしないと片付かねぇ案件、ヤバいに決まってんだろ。てか清遠に関わるとロクなことねぇんだよ」


過去に何かあった口ぶりで、四葩はうんざりしたように頭をかきむしった。


「えー、こんなチャンス滅多になくない?心霊系配信者として世に出したないん?」


常一はやたらと必死に説得する。

自分でも理由は分からない。ただ、どうしても撮影しなければならないという焦れた衝動に突き動かされていた。


「何なんだよ、その謎のジャーナリズム。てか、綴ちゃんは何て? 許可出てんのか?」


「んー、綴ちゃんは“凰さんに確認する”って。清遠さんは“撮影はいいよ”って言うてた」


「……あー……」


四葩は逡巡するように唸り、手元のベイプをカツカツと神経質に爪で叩いた。


「じゃあさ、凰介がオッケー出すなら行けよ。ただし、俺は絶対に行かねぇからな」


「了解。ほな、ひらりんのシーンは後撮りで考えるわ」


本音を言えば、四葩も一緒に連れて行ってリアルなリアクションを撮りたかった。

だが、ここまで頑なに拒絶する相手に無理強いはいけない。


「ん。多分その動画、配信できねぇけどな」


四葩は煙を吐き出しながら、難しい顔で天井を仰いだ。






「マジで行くの?」「後悔は先にできねぇんだぞ?」


ここ数日、四葩はくどいほど念を押してきた。

そこまで言われては、常一も迷わないわけではない。

日を追うごとに、撮影への熱はしぼんでいくばかりだった。


それでも結局、常一は指定された時間に灯亡書房へと足を運んでしまった。


「おはようございまーす……」


店内へ入ると、綴と相生、そして瓢がすでに座卓を囲んでいた。

三人の視線が同時にこちらへ向き、まばらに挨拶が返ってくる。


「で? 一輪は何て?」


相生は、分かりきった答えを確かめるように尋ねた。

常一は小さく首を振り、来ないとだけ告げる。


「……でも、俺が行くんは大丈夫。その、瓢さんがオッケーであれば」


おそるおそる瓢の顔色をうかがいながら、お伺いを立てる。

実のところ、常一が彼と会うのは三ヶ月ぶり。

つまり二度目だ。

四葩からは定期的に名前は聞いていたが、常一自身は連絡先すら知らない。

瓢は相変わらず、雅な気配をまとっていた。

その切れ長の瞳に見据えられると、否が応でも肩がこわばる。


対して瓢は、一度、何かを言いかけて口を閉ざす。

その横顔には一瞬のためらいが浮かんだが、やがて「かまわないよ」と頷いた。

隣の綴もわずかに目を泳がせたが、それだけだった。


同行の許可は下りた。


それなのに、常一の胸は不吉にざわめいていた。

頭の奥では「行くな」と声がするのに、それをかき消すように「行かなくては」と得体の知れない義務感がせり上がってくる。

昨日から、そのせめぎ合いばかりだ。

撮影機材を詰めたリュックの紐を、常一はぐっと握りしめた。


「── 外は曇天。まさに、これ以上ない日和だね。」


そこへ芝居じみた口調でもって、カウンターの奥から清遠が現れた。

口元に薄く笑みを浮かべ、ゆっくりと全員を見渡す。



「さて、皆様お揃いで。では、噂の鏡呼様とやらにご尊顔賜りに参りましょうか」






2025.11.25

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