5話:二人の椿
世の中には理屈じゃ説明できないことが度々ある。
よくある例として挙げられるのが夢だ。
一説によれば夢は脳の記憶を整理するために見るらしいけれど、夢の内容をどうやって構築しているかは明確にはわからないらしい。
自分の体験していないこと、現実にはありえないこと。そんなことが夢の中ではリアルに感じ取ることができる。
ただそれは、夢の中の出来事だから人間は納得しているだけであって…
二人の椿を交互に見る。
目の前にはさっきまで座り込んだ姿勢で説教を喰らっていた椿。
そして、後ろには何故か今"落ちてきた"と自称する立ちっぱなしの椿がいる。
「私…だよね?」
床に座っている椿は問いかける様に"今落ちてきた椿"を見つめる。
「私?私….わたしだあ!?」
今度は落ちてきた椿が座っている椿に向かって驚きながら指を指す。
「えっ、え!?どういうことなの?私が二人…ということはまさか結衣ちゃんも二人!?」
二人の椿は呼応する様にもう一人いるかもしれない私を探すそぶりをするが。
「いや、いる訳ないだろ」
冷静に、場に飲み込まれないように、呆れた表情で私はため息混じりに言葉を吐いた。
※※※
それからは状況が状況なのでまず、二人の椿同士である程度会話をしてもらうことにした。
「じゃあ一旦結衣ちゃんは適当に時間潰しといてねー」
「あいよ」
大きく手を振った椿を背中に、その間私は地面に座りながら向かい合っている椿を置き、一度これまでのことを振り返ってみる。
一つずつ。確実に整理していこう──
私たちは洗濯機が壊れたからコインランドリーに来て、そしたら"なぜか"コインランドリーに閉じ込められた。
今考えてみたら全てがおかしいことはもちろんだけれど、振り返ると特に気になった点が一つあった。
椿が入り口を見に行った時、ガラス張りの扉からは"不可解に"外が見えなかった。
"見えない"なんて言葉で表すだけだったらそれだけのことかと思うけれど、実際に"見た"私からするとそれは放置することができないことだ。
「私たちはなんらかの認識阻害に遭っている…?」
もし、仮にだ。あの場でコインランドリー内の私たちだけに何かしらの作用がある"何か"があの場にあったとしたらどうだろう。
「流石に非現実的か?いやでも‥」
思考の沼に引き摺られている中、後ろから二つの足音が聞こえてくる。
「結衣ちゃーん!」
「なんとなくだけど話終わったよー!」
底なしの沼から引き上げられるかのように、その元気な声の方に私は振り向く。
「ああ、椿…えっと、二人とも椿だから下手に呼んだら紛らわしいか?」
きょとんとした顔で「何を言ってるの?」なんて言いたそうにしていた椿たちは、同じタイミングでハッとした表情になる。
「確かに…」
「そうかも?」
互いに向かい合い意思疎通を図るかのような椿たちの姿は、どうにも少し不気味に見えてしまう。
「あー、じゃあ…どうすっかな。えーっと」
椿たちの呼び方について考える。
あれ、ていうかどっちがさっき落ちてきた方の椿だ?
目を細めながら椿たちをまじまじと見る。
『?』
ニコニコと自然体な椿たちはやはり、私の目から見てもどちらも同じ椿にしか見えない。
「どっちが私に説教されてたんだっけ?」
大体こう言った時に見栄を張ったりプライドを持って変に事実を歪めると後々大変なことになるので私は彼女たちに素直に聞く。
私の過去の経験から得たことだけど、何事も素直なのが一番だ。
「それ聞いちゃうかー」
「ねー」
「?」
二人の椿はなぜか天を仰ぎながら歯切れの悪い言葉を吐く。
変なことは聞いてないはずなんだけど…
不安のを募らせる私に対して彼女たちは口を開く。
「実はね、その、私たちさっき二人で話し合ってたでしょ?」
「ああ、そうだな」
「その時にね、そのー…まず"私"について知ってることをお互いに聞いていこう!って話になったんだよね」
ふむ。確かにお互い同じ見た目だとしても中身が全くの別物、なんてこともあるか。いやそもそも見た目が同じこと自体まずあり得ないはずなんだけども。
一旦必要のない事は置いておいて彼女たちの話を聞き続ける。
「最初はお互いの名前だったり誕生日だったり、自分しか知り得ないことを話し合ってたんだけどさ」
「まあ、そこは当然って言えばいいのかな?私たちは『自分のことなんだから当然!』て感じで満場一致の答えだったんだ」
「まあ、そうなるよな」
頷きながら言葉を返す。
側から見たら二人とも椿なんだから、この場では二人ともしっかり椿本人なんだろう。
「で?それがさっきの話とどう関係があるんだ?」
そう、重要なのはそこじゃない。
私が聞きたいのは"説教されていた椿"がどちらなのか、ということを知りたいから。
「えっとえっと、つまりね」
椿は言いづらそうなそぶりで自分の手をモジモジと触る。
「私も、この子もどっちも結衣ちゃんに説教を受けたことがあるって言ってるの」




