4話:底なしの底
ひたすらにまっすぐ歩いて目の前に階段があれば上に下に、そしてたまには左や右に歩き続けていると、突然椿が立ち止まり階段の端の方に行き下を見る。
「むむぅ…」
「おい、いきなりどうしたんだ?」
下を覗く椿は何かを考えるそぶりをしながらこちらへ振り返る。
「いやね?ふと思ったんだけどここから下に落ちたらどうなるのかなーって」
なるほど…椿は地面ではなくこの空間の下。つまり"底の見えない白い空間"としか言いようのない所を見ていたのか。
「落ちたらって…そりゃいつか地面に…」
自分で言いながらふと思う。
「確かに、どうなるんだろう…」
普通私たちがもし高いところから落ちると言った現実的なことをしたとしたら、それこそ私が言ったように地面に衝突するのが当然だ。
しかしこの空間だとどうだろうか?
無機質に浮かぶ階段と上下左右への物理法則を無視した移動。重力なんてものが正常に働いているとは思えないこの場所の場合"落ちる"としてもそれは私たちの知る"落ちる"現状と同じなのだろうか。
考えれば考えるほど沼に落ちるように結論が出ず、一人黙り込んでいると。
「まあ落ちてみたらわかるか、ほいっ」
「!?」
私が考えている間に椿は地面を蹴り、下を目掛けて勢いよく落ちてゆく。
「ちょっ、椿ー!」
勢いよく落ちていく椿の姿はみるみると小さくなっていき、気づけばその姿は視界から消えていた。
「は、いや、椿」
目の前で突如として起きた事態に対し何もできずにいると、後ろの方からコツン、という音が聞こえた。
「あれ?確かに下に行ったはずなんだけどなあ…」
「……」
振り向くとそこにはーー寸分違わずいつも通りの振る舞いの椿が立っていた。
※※※
「……」
「あのぉー、結衣ちゃん。軽率に飛び込んだことは謝りますのでー…その、機嫌を直していただけないでしょうかぁ…?」
目の前にゴマすりをしながら正座した椿がいる。
否、正座させたのは私だ。
振り返り椿の姿を確認した後、私は声を荒げて椿に対して「一回そこに座れぇ!」と言い彼女を制した。
冷静に考えてみてほしい。いきなり人が目の前から落下していったのを目撃したのだから、怒るなという方がおかしい話だ。
「あのな椿?自分がしたことがどれだけ危険なのかお前は理解してるのか?」
「危険って…そもそもここじゃ元々何が起こるかわかんないし…」
「だからってだな!いきなり落下するのは普通に考えて危ないだろ!?正直にいうけどあの時、本当に心臓が止まるかと思ったんだからな!?」
「ごめんなさい…」
声を荒げた私をみて椿はどんどんとしおらしくなって行く。
活発で行動的なのは問題を解決するにあたって良いのかもしれないけれど、危険を顧みないのはそれとはまた話が違う。
「いいか、椿。ここから出るために何かしようとするのはわかる。けどな、何かするならまず相談ぐらいしてくれても良いだろ?」
「それは、そうです…はい」
尋問をするように椿に言葉を浴び続ける。
「それに何より自分が落下するのならまず、靴とかそういった物を落とせば良いじゃねえか?」
「確かに!結衣ちゃんもしかして天才…?」
「……」
「すみません、頭が回ってませんでした…」
椿は話の流れを変えようとしたが無言で見つめると再びしおらしくなる。
「はあ、これに懲りたらいきなり危ないことはしないでくれよ。こっちとしても毎回こんなことされたら、心臓が何個あっても足りなくなりそうだからな」
「うん…」
しゅん、とした表情で返事をする椿は俯いたまましばらく座り込んでいた。
流石に言いすぎただろうか…でも、今回は良かったけどもし椿の身に何かあったら気が気じゃなくなってしまう。
唇を軽く噛みながら唾を飲み込み椿から目を逸らす。
その間微妙な空気が私たちを纏ったように感じてしまう。
しかし、その静寂をある一言が切り裂く。
「あっれえ?確かに落ちたはずなんだけどなぁ…」
先ほど聞いた椿の声が何故か背中から聞こえる。
「おい椿、ふざけるのも大概に…」
「え?」
視線を戻すと椿は目を見開き目の前に座っていた。
目の前に?
「んんー?」
大きく見開く目で見つめるその視線の先にはーー
「嘘だろ…」
振り返るともう一人、椿がそこには立っていた。




