11話:既視感
ぼんやりと、滲んだ視界に燈が映る。
頭が回らないまま立ち上がると、そこは洞窟のようだった。
少しずつ明瞭になる思考と共に顔を上げると、天井はそれほど高い位置にはない。
「……」
視線を横に移すとそこには二人の椿がまだ気を失っているのか、倒れ伏したままだ。
そのまま視線を上げると、あるものが目に映った。
錆びた、大きく存在感を放つ扉。
「…‥これは」
その扉を見たことで私は確信を得る。
この場所、一度来たことがある。
そう、ここは階段空間に行く原因にもなったコインランドリーの下の洞窟だ。
「なんでだ…?」
ただ、ここが洞窟だったとしてもその理由がわからない。
空間が崩落した時、私たちは底へ落ちたと思ったらその先には黒い渦があった。そのまま受け入れたとするのなら、ここはあの黒い渦の先ということになる。
床をぶち抜き光に包まれ、そして黒い渦に飲み込まれる。
まるで奇怪な物語のような筋書きに、頭を悩まされていると、
「うぅーん…」
連なって寝ている方の左側の椿が目を覚ました。
慌ててそちらに駆け寄ると、寝ぼけた声で椿は言った。
「あ、結衣ちゃんだ。おはよー、あれ?ここって……」
背後にある扉を見た後椿は起き上がり、眠気まなこをこすりながらぺたぺたと、夢ではないかと確かめるように壁を触りだす。
「触った感覚もあるし……あったかい」
続けて椿は壁にかかった松明の火に手を近づけ、満足したのかこちらへと帰ってきた。
すると椿はうんうんと唸った後に私を見ながら言った。
「間違いなくあの洞窟なのはわかったけど……なんで落ちてきたはずなのにここにいるんだろ?」
「それについては私もわからんな。さっき椿が起きる前にも考えてたけど、何もかもが唐突すぎてお手上げだ」
肩をすくめ、手を横に振りながら私は首を振る。
「もし、ここに答えを知っている人がいるならそいつは紛れもなく今の私たちにとっちゃ神だろうな」
皮肉っぽく安いセリフを言うと、椿は「だねー」とらしくない苦笑いをする。
まだもう一人の椿のことも気になり少し近づいてみると、微かな寝息が聞こえてくる。
どうやら彼女も無事なようだ。
全員の安否を確認できたのでここからどう動くべきか考えていると、隣にいた椿が何を思ったのか壁際に移動する。
すると小さく手招きをしながら「ちょっとこっちに来て」と小声で私を呼んでくる。
その動作に合わせながらゆっくりと椿の方に向かうと、彼女はらしくないように目を逸らした後口を開いた。
「あのさ、結衣ちゃん。私ちょっと気になることがあってね」
「ん、なんだ」
「実はさ、もう一人の私について何だけど……あの子、途中から辛そうな表情してたでしょ?そこから気になったからまじまじと様子を見てたんだけど、どんどん表情が硬くなっていってて」
不安を表すように、左手を右手で握りしめるように包み込んでいる椿は、ちらちらとまだ横になっているもう一人の椿を見ながら私に話し続ける。
「それでね、今も目を覚ましていないのがすごい不安で」
「……」
確かに、椿の言うように彼女は鏡を見つける前のあたりから少し額に汗を浮かべ、余裕とは言えない顔をしていた。
ただ、それも階段を登りすぎた影響かなんかだと思っていたが、もしかしてこれは……
「それにね、何と言うか……嫌、じゃなくて、どう言葉にしたらいいんだろう……すごい不安な感じがしてたまらないの」
「不安な感じ、か」
ここまで色々な経験をしてきた椿がこうも私に訴えるように言ってくると言うことは多分、椿も何かに勘付いているのかもしれない。
「まあ、とはいえさっき確認した時はただ寝ているだけだったみたいだし、そのまで気にすることじゃないんじゃねえのか?」
「でも……」
「それよりもあいつが目を覚ました時に何も進展がないってことの方が私的には嫌だけどな」
俯きながら弱音を吐く椿に、私はもう一人の椿を餌にするように少し強引に話を変える。
多分、私の確信は当たっている。それを確かめるために、私は彼女と二人にならなければいけない。
「それは……そうかも」
「だろ?それで提案なんだけどな、ここからは二手に分かれて探索しないか。そっちの方が効率もいいだろうし」
いつもの雰囲気を崩さないように、どうにかして椿と一度離れるために私は進んで提案する。
「うん、わかった。今は結衣ちゃんの言うとおりにしてみる」
すると思うこともあるだろうが椿も何もしないのが嫌だったのか、しっかりと頷く。
「それじゃあ私はこっちを探索するから、椿はそっちを頼むぞ」
「おっけー。結衣ちゃん気をつけてね」
「椿もな」
互いに向き合い少しの会話をした後、私たちは反対方向へと歩き出す。
少し経った後、椿の背が見えないくらいになったことを確認すると私は踵を戻し、もう一人の椿が倒れていた場所へと戻る。
「さて、そろそろ起きたらどうだ」
「……」
私はまだ横になっている椿の隣に座り、彼女に聞こえる程度の小声で呟く。
「……えへへ、バレちゃってた?」
「お前とは何年の仲だと思ってるんだ」
「結衣ちゃんには敵わないなあ……」
起き上がることなく、椿は天井を見つめながら優しい笑みを浮かべる。
その姿に絆されそうになるものの、私は目を閉じ、一呼吸置いた後に口を開く。
「なあ椿……教えてくれないか、お前が知ってることを」
その言葉を耳にした椿の表情を私は見逃さなかった。
ほんの一瞬目を逸らし、何かを思うように目を細めたその顔を。




