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役者絵③


「本当に、わからねぇのかい?」

「はい。御教示のほど、お願いいたします」


「言葉通りの意味なんだがな。もっとこう、まとまらずに、はっちゃけてほしいんだ。おいおい、こんな風にしちまっていいのかいって、こっちが心配になるぐらいにさ」

「……申し訳ありませんが、よくわかりません」


「どうして、わからねぇかなぁ。おまえさんを抑え込んでいる(かせ)をとっぱらってくれって言ってんだよ」


 それは、十郎兵衛が求められてきたものとは、真逆のものだった。能役者としての彼は、主役を引き立てるための装置になりきってきた。舞台の一部としての役割を果たすため、自分を抑え込んできたのだ。


「蔦屋殿、本当に枷を外していいんですね」

「ああ、もちろんだ。思う存分やってくれ」


 なるほど、それなら一度試してみるか、と十郎兵衛は考えた。これまでは、役者絵はこうあるべき、という考えに囚われすぎていたのかもしれない。ならば、その枷をとりはらい、思うがままに描いてみよう。


「それはそうと十兵衛さん、おまえさんの雅号についてなんだが、俺の考えを聞いてくれねぇか」


 能役者は武士の庇護をうけているため、士分扱いである。武士は本分に専念すべきとの考えから、浮世絵を描くことは禁制に触れる。そのため十郎兵衛は、表立って絵師を名乗ることはできない。


「おまえさんは、東洲斎写楽とうしゅうさいしゃらくだ。どうだ、いい雅号だろう」

 しかし、自分の思考に入り込んでいた十郎兵衛の耳には届いていなかった。

「おい、十兵衛さん、聞いてんのかい?」

「ええ、いいですね。それでいいですよ」


「何だよ、素っ気ないな。これでも悩んで悩みぬいたんだぜ。おまえさんは実際には西の洲の生まれだが、裏をかいて東の洲。写楽は、『しゃらくせい』から持ってきた。東洲斎写楽、おまえさんだけの役者絵を描いてくんな。江戸じゅうをあっと驚かせて、『しゃらくせい』と笑い飛ばしてみせろ」


 しかし、十郎兵衛の頭は雅号などより、重要なことで占められていた。


 役者の内面にまで踏み込んだ絵とは、どういうものだろう。蔦屋は、役者の本質とは、目立ちたい、拍手喝采をもらいたい、そればっかりだ、と言った。その見方は、能役者のワキツレである十郎兵衛には、よく理解できる。


 もし、そのような内面を描いてしまっては、江戸っ子から、そっぽを向かれてしまうだろう。それは本来の役者絵ではない。まったくの別物になってしまう。


 だが、試してみたい、という気持ちもあった。役者の内面に踏み込むことができれば、誰も見たこともない役者絵になる。描いてみたい、という気持ちがフツフツと湧き上がってきていた。


(蔦屋殿、私は本当に枷を外しますよ。その時になって、文句をつけないでください)

 そんな風に、十郎兵衛は心の中で呟いてみるのだった。



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