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Mion’s memory-決意-


【登場人物】


ミオン・セレス・ルーン(9)

 イリア王国王家ルーン家の第3子。

 手っ取り早く強くなって、国を奪還するために死宣告者になり、裏警察(シークレット・ヤード)に入る事を決意する。

 男として生きる為、これからは「神南(こうなみ)弥王(みお)」と名乗るようだ。



リオン・ヴェルベーラ(9)

 イリア王国貴族家ヴェルベーラ侯爵家の一人娘。

 ミオンに触発されて、自身も裏警察(シークレット・ヤード)に入る事に。

“君が偽るなら、僕もそのように”との事で、リオンもこれからは「神谷(こうや)璃王(りお)」と名乗り、男として生きていく覚悟を決めた。


グレイ・ゼル・ファブレット(11)

 グラン帝国皇族ファブレット家の第7子にして、王位継承権3位のじゃじゃ馬王女。

 ミオンとリオンの決意を受け、彼女たちに裏警察(シークレット・ヤード)へ入る事を勧める。


グレア・ウォン・ファブレット(17)

 グラン帝国女王直属特殊武装警察裏警察(シークレット・ヤード)の若きボスにして、ファブレット公爵の爵位を継いだ若き公爵。

 毎回、(グレイ)の暴挙には頭を悩ませている模様。


アーサー・バルバント(16)

 裏警察(シークレット・ヤード)の密偵・工作員。

 学生時代からグレアにパシリにされている可哀想な人。

 銃をこよなく愛しており、お気に入りの銃には名前を付ける変態。

 一番のお気に入りはライフルの「ジョセフィーヌ」。



「ミオン、リオン、聞いて。今更になったけど……」

「――え……」


 それから程なくして、私――ミオン・セレス・ルーンとリオンはグレイ様に呼ばれ、二人の両親のことを聞いた。

 今、私の両親もリオンの両親も、私とリオンを探していてその過程で行方不明になった……と。


 確かに両親の安否は心配だ。でも、私が愕然としたのはそれじゃない。

 何だかんだ言ってあの4人は私とリオンの両親だ。強さの面で心配ない事は物心ついた時から知っている。

 それよりも、グレイ様の口から零れた名前。現在イリアを臨時で統治している統治者の名前……。


 私は、うまく動かない口を、うまく出ない声を何とか動かし、声をふるわせた。


「グレイ様……もう一度、お願いします。

 現在の統治者は……誰ですか?」

「現在の統治者は、――・――・ルーン。」


 聞き間違いじゃない。グレイ様の言った名前に私は戦慄した。

 その名前は、ルーン王家の中では絶対に呼ぶことを禁じられた家系の嫡男の名前。

 私も何度も言い聞かせられた名前だ。


 嘘だ。夢だと思いたい。そうだ、これはすべて夢だ。

 でも、この目は開いていて、手を着いた床の感触、程よく暖かい部屋の温度は本物――。


「ミオン……」


 気遣わし気にリオンが名前を呼んでくるけど、その名前は耳を通り抜けて何も聞こえない。

 目の前が暗くなった気がした。


 自分の手を見る。

 最近は騎士団に入り浸りっぱなしの私の手は、剣の振り過ぎで肉刺ができて潰れている。


――強くならなくちゃ。今よりもっと。

 今より、ずっと。

 強くなって……国を奪還する。


 私は顔を上げた。


「私の……姉と兄は……手っ取り早く強くなる為とか言って、死宣告者をしていました……」

「うん」

「姉は死宣告者を始めて、一年でイリア女王私騎士団の「紅蓮の七騎士」の一人……リオンの師匠だった人と戦って、勝ちました……」

「うん」


 私の話を相槌を打ちながら聞いてくれるグレイ様。リオンはと言えば、私の言いたいことが解ったみたいで、目を見開いていた。


「私は、今のイリアの統治者をその椅子から引きずり落とす為に、強くなりたい。

 国に還っても、自分の力で現状を壊せるくらいの力が欲しい。

 だから、私は死宣告者になりたい」

「ミオン!」

「……」


 私の話を聞いたリオンが驚いたように声を上げて、グレイ様は私をジッと凝視した。私は、その銀灰色の左目を見つめ返す。


「死宣告者をすると言う事は、また人を沢山殺していくって言う事だけど……良いの?

 君がジャーダファミリーに居たときみたいに沢山人を殺していくことになるけど……大丈夫?」


 私は言葉に詰まった。死宣告者になりたい、とは言ってみたモノの、そうだ。

 私も死宣告者だった。不本意に死宣告者になったのだ。

 でも、何故だろうか。

 自分から望んで死宣告者に成ろうと思ったら、自然と怖くない。大丈夫なような気がしてきた。

“護身術”として教えてもらっている銃の扱い方も、体術も、無駄にしたくない。

 それを無駄にせずに、だけど、無差別な殺生をしなくていい仕事。

――なんて、都合のいい話はないか。


 私は自分が思ったことに首を振る。


「私、護身術って言って、サフィラさんやグレアス様から、たくさん色んな事を教わりました。

 銃の扱いも、身のこなしも……無駄にしたく、ないです。

 だから、なるなら、人を守れるような死宣告者になりたいです」


 真っ直ぐ、グレイ様を見て言った。すると難しい顔をして、グレイ様は唸り始める。


「うぅ~ん……ボクは死宣告者だから言えるけど……死宣告者の仕事ってぶっちゃけ、そこまで綺麗な仕事ってないんだよねぇ。

 誰かを守る仕事、誰かの為に力を振るう仕事。そんなものはないと断言できるよ。

 ぶっちゃけボク自身、何で死宣告者してるのかなー?別に王宮に居りゃ衣食住揃って綺麗な部屋で綺麗な服着て美味しいもの食べて好きな事して過ごせばいんじゃね?あれ、ボクなんで死宣告者してるんだっけ?って思う事って、かなりの頻度であるよ?

 死宣告者なんて言ってしまえばただの人殺しだし、殺される危険もあってぶっちゃけ怖いし。

 だから、ミオン達には死宣告者として生きてもらうより、王宮で何不自由なく過ごしてもらおうとお母様に掛け合ってたんだけど……うぅ~ん……」


 私は、グレイ様の話を聞いて唖然とした。

 あの日、初めて会ったグレイ様は凄く強くてカッコ良くて、まるで何かを守るために戦っているかのように思えて……。

 あれ、何だかグレイ様にフィルターでもかかってたのかしら?

 今、キラキラしてたイメージのグレイ様が一瞬で瓦解したような気がした。


「な……何でグレイ様は死宣告者をしているんです?」


 思わず口を突いて出てきた疑問。恐らく、リオンも同じこと考えてた。

 グレイ様は「んー」と別の方を見ながら、考え込むように顎に指を当てた。


「んー、何でだろうね。

 まぁ、代々公爵家を継ぐ兄弟が裏警察(シークレット・ヤード)を仕切るんだけど……ボクは国の王女として、裏も表も世界を知ってないといけないだとかで、結構小さい頃から裏社会に放り込まれてるからさぁ、成り行きで?

 何度も辞めたいと思ったこともあるけど、裏社会って表社会と違って結構勉強になる事多いのよ。実戦で戦っていけば生き残りたい思いが勝って強くもなれるし。

 それに、極たまーに感謝されることもあってさ、裏警察(シークレット・ヤード)に入ってよかったなーと思えることもあるんだよね。

 かなり稀にこういう出会いだってあるし」


 そう言って、グレイ様は私とリオンの頭を撫でた。話しているグレイ様の顔は何処か楽しそうで、嫌な事ばかりじゃないと言う事が窺える。

 そう言えば、死宣告者を始めた兄と姉も、どことなく姉弟仲が良かったような気がする。

 やっぱり、命のやり取りをする中で、何か大切なことを見出すのだろうか?

 強くなることだけじゃない、大切な何かを――。


 それを思った時には私の覚悟は決まった。


「私、やっぱり強くなりたい。死宣告者になって、強くなって……リオンとグレイ様の為に戦えるようになりたい」


 私がそう言えば、リオンもムッとした顔で言った。


「僕はミオンの近衛家令だ。主人が死宣告者になりたいなら、僕だって、ミオンを守れるようになりたいッ!」


 まさか、泣き虫のリオンからそんな言葉が出てくるなんて思わなかった私は、リオンを凝視した。すると、こっちを見たリオンと目が合う。

 リオンはにへらっ、と緩んだ笑顔をこっちに向けた。


「ミオンだけが強くって、その近衛家令が主人より弱いんじゃ話にならないからね。

 僕もミオンを守れるように強くなるよ」

「言ったな?そう簡単に私を越せると思わないでよ、リオン?」

「望むところ」


 今までライバル意識なんてなかったけど、この時初めて、“リオンに負けたくない”と思ったのは、また別の話。


「解ったよ、仕方ないなぁ。じゃあ、あと1週間待って。あの白髪ロリコン兄貴(バカボス)が今の任務から帰ってくるまでにお母様に話を付ける。

 それと、裏警察はたまに軍事介入をすることあるからね、同胞と戦うことになる場合もあるけど、それは覚悟できる?」

「はい!」


 グレイ様の言葉に、私とリオンは言葉をそろえて返事をした。


―― ――


―― ――


 そして、その時はやってきて、私とリオンは人里離れた場所にある屋敷に連れてこられた。

 ここが、裏警察(シークレット・ヤード)と呼ばれる組織の本部、らしい。

 レトロな感じの大きな建物と、その奥にレンガが積みあがった塔みたいな大きな施設、その更に奥にアパートみたいな建物が2棟くらい並んでいた。


 本部に入って階段を上がり、その一室。“執務室”と書かれている部屋に入っていくグレイ様の後ろを、私たちは着いて行く。


「グレア、今良いかな?」


 グレイ様が声を掛けると、グレア、と呼ばれた人は顔を上げてこちらを見た。

 息が止まるかと思った。久しぶりに会ったあの人は凄く綺麗な顔をしていて、こちらを見るラピスラズリーの目が一瞬、大きく見開かれたような気がした。


 あ、もしかして、バレたのかな?そう思ったけど違ったようで、その目は直ぐに逸らされた。

 癖の付いた白銀の髪も相変わらずで、胸の奥がカァッと熱くなるのを感じる。


「あぁ、で、その子たちは?」


 立ち上がってこちらに歩み寄る背丈が凄く大きくて、声も記憶の中にある声より低い。4年の月日で人ってこんなに変わるんだ、とこの時初めて思った。

 昔あった時よりずっと“男性”って感じで、ドキドキしっぱなしだ。それを悟られない様に表情を張り付ける。


「この子たちは、去年の任務の時に偶然拾って保護してる、神南(コウナミ)弥王(ミオ)神谷(コウヤ)璃王(リオ)

 裏警察の事を話したら、入りたいって……って、その目は何?」


 グレアさんから詐欺師を見るような目で見られて、グレイ様は不快を露にする。なぜ彼がグレイ様にそんな目を向けたのか。その答えは彼の口から語られた。


「また、拉致ってきた死宣告者とか一般人とかじゃないだろうな?お前の“保護をした”だの“拾った”だのは軽く信用ならないからな」


 成程、グレイ様の“保護している”はイコール“拉致って来た”なのですね、解りました、頭に入れておきます。


「そんなワケないでしょー?グレア、ボクが男嫌いなの知ってるでしょうが。

 男の死宣告者は見つけても放置だよ、野垂れ死のうが知らん」

「何気に酷いな、おい」


 グレイ様の言葉にグレアさんが突っ込む。確かに今の言葉は酷いと思ったけど、彼女の男嫌いは筋金入りで、例え子供だろうが爺さんだろうがサーベルの切っ先から一歩でも内側に来たら容赦なく切り捨てる程だから仕方ない。


「まぁ、この子たちは去年の任務先のマフィアに拉致られた子たちで、国に帰る為に力をつけたいんだって。

 ちなみに、強さは中級死宣告者くらい、これはサフィラとグレアスのお墨付きね」


 グレイ様の話を聞いたグレア兄さま――もう、”兄さま”なんて呼べないから、公爵、かな――は、私とリオンに視線を移す。その目が、「こんな子供がそんな力がある筈がない」と言っているような気がして、居心地が悪い。

 私は、彼に微笑んだ。


()()()()()、ファブレット公爵。先程グレイ様から紹介に預かった、神南弥王です。

 お見知りおきを」


 私は彼の事を知っているけれど、彼は私の事を知らない。だから、初めまして、なんて言ったけどちょっと複雑な気分だった。

 それを悟られない様に、私は笑顔を張り付ける。


「あ、あぁ……グレア・ファブレットだ」


 彼は私の突然の行動に拍子抜けしたみたいで、反応が一拍遅れる。あーあ、これ相当警戒されてない?


「それで、こっちが相棒の神谷璃王です。

 僕たちは去年、グレイ様に助けられてここに居るので、ファブレット家の人には敵意を持ってません。

 なので、とりあえずは警戒心を解いてもらえませんかね?ピリピリした空気って、何だか怖くって」


 私は、苦笑して見せた。ここで他の表情を見せておくと、“こちらは警戒していませんよ”と言外で理解してもらえるためだ。

 グレアさんの様に、警戒心丸出しの人には結構使えたりする戦闘技術だったりしますが。


「貴方が僕たちに対して猜疑心を持つのは仕方ない事ですよね。弱い人間は足手まといになるだけですから。

 ただ単純に強さに疑問があるのなら――」


 私は、室内を見回した。誰か良い標的になる人は居ないかと。

 そして、部屋の隅でこちらの様子を見ている一つの視線に気づく。

 私はそこまで駆けた。瞬発力はリオンには劣るだろうが、自分では速いと思っている。

 実際、部屋の隅に居たライフルを持っている男性の目の前に来るのに、5秒と掛からなかった筈だ。

 彼は私が近づいてきた事に気付くと直ぐにライフルを構えたが、何だ、遅い。

 ぶっちゃけ、リオンに奇襲をかけてリオンがクナイを用意して私の攻撃を受け止めるより、遅い。


 次の瞬間には彼からライフルを奪い、ついでに彼の足元を掬う様に蹴り上げ、倒れた所に彼の頭に銃口を突きつける。


「Fine」


 私は、笑みを零した。


「すみません、いきなり。大丈夫ですか?」

「いてて……あぁ、大丈夫だよ。

 しっかしお前、チビの割にやるなぁ。一瞬焦ったぜ」


 そう言って彼は、起き上がりながら笑った。そのついでだろうか、頭を撫でられる。

 グレイ様やグレイア様に撫でられまくった所為か、撫でられる事に抵抗はない。そもそも、ここでその手を払うと訝しむだろうか。


「幼い頃から、兄貴や親戚と取っ組み合ってましたので。

 グレイ様に拾われてからも、サフィラさんやグレアス様に稽古をつけられました」

「ははっ、こりゃ騎士様のお墨付きってのは本当かもしれないっすね、先輩――」

「ぐっ――!」


 不意に感じた殺気に私は振り返った。目の前には公爵が迫ってきていて、ライフルでそのナイフを受ける。

 グレイ様の咎める様な声が聞こえた気がしたけど、何て言ったのか解らない。


「焦ったぁ……殺気に気付かなかったら今頃、先祖とお茶会してる所だった……ぜッ!」


 脚のバネと腕力を駆使して公爵のナイフを押し返すと、彼は私から飛びのいて距離を取った。

 私はライフルを床に投げ、コートの下に隠してある銃を抜く。


「あ゛ぁーッ!俺のジョセフィーヌぅぅぅううッ!」


 ライフルの事だろうか、先ほど私が襲った緑の髪の男性が叫ぶ。彼が叫んだことを意識の外に外して、目の前のグレアさんに目を向ける。

 彼はナイフ。私は銃。

 どうやっても私の方が有利だけど、経験の差で恐らく、何かしら手を打たれるだろう。

 ならば、その前に――殺る!


 私はまず、公爵に近付いた。ゆっくり歩くんじゃなく、跳躍して、一瞬で。

 避ける暇もなく目の前に行き、銃口を向ける。

 当然、その銃は蹴り落とされた。これは想定内。

 だから私は、彼の手元にあるナイフを叩き落とす。そして、彼が取りこぼしたナイフを落ちる前に私が拾い上げて、公爵の左手を掴みそれを引き寄せて――その白い喉元にナイフの切っ先を押し当てた。

 目は真っ直ぐ、彼を見上げる。冷や汗だろうか。彼の頬には、一筋の汗が滑った。


「ッ!あ、す、すみません、つい、癖で!

 だ、大丈夫ですか?」


 我に返り、公爵の手を放して彼を見上げる。

 彼は未だに衝撃を隠しきれないようで、「あ、あぁ……」と呆然と返事を返す。


「いや、強さを見ようとしていきなり襲い掛かった私に非はある。

 すまなかった」


 そう言って、彼は謝ってきた。それを首を振って微笑む。


「試験だと思えば、これくらい」

「そうか。これが試験なら、神南弥王……と言ったか。

 お前は合格だ」

「ありがとうございます、これからよろしくお願いします、ファブレット公爵」


 公爵が差し出してきた手を握った。すると、直ぐに手を握り返される。

 公爵の手は大きくて暖かかった。

……もう、一生手を洗わない。


「あぁ、よろしくな、神南、神谷」


 彼は私とリオンに視線を向けると、微笑んだ。


―― ――


―― ――


 それから4年の年月が経ち、グレイ様は「女王陛下」になった。


 ファブレット公爵と私とリオンは、王宮の謁見の間に立っている。今日は、グレイ様――女王陛下に呼ばれたのだ。

 王座に座った彼女は緑を基調とした正装を着ており、とても凛々しく感じられる出で立ちで私たちを見下ろしている。


「変死事件のことは知っているね?あれは、一般人による殺人じゃない。

 明らかに死宣告者による犯行だ。

 裏警察(シークレット・ヤード)へ正式に命ずる。変死事件の首謀者――|切り裂きジャック《ジャック・ザ・リッパ―》2世(セカンド)を狩れ」

「仰せのままに」



――果てない物語は終焉へと進んでいく。


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