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Mion’s memory-出会い-


【登場人物紹介】


ミオン・セレス・ルーン(8→9)

 イリア王家ルーン王家の第3子。

 上の姉弟二人を差し置いて王位継承権は第1位。

 警戒心は強い。


リオン・ヴェルベーラ(8→9)

 イリア王国貴族、ヴェルベーラ侯爵家令嬢。

 ミオンの次期近衛家令候補であるが、ミオンから言わせればそれは決定事項なのだとか。

 超人見知りの上、警戒心が強く、そして臆病なのでいつもミオンの影に隠れている。


グレイ・ゼル・ファブレット(10→11)

 グラン帝国皇族、ファブレット家の第7子。

 皇位継承権は第3位。

 フェンシングの腕は最強にして最凶であり、筋金入りの男嫌いである。

 方向音痴。



 

 

『生きるか死ぬか、二者択一だ』。

 そう言って彼女は、私たちの目の前に現れた。


 周りには、先程まで息をして動いていた人間だった物の残骸と赤一色に彩られた床や壁。

 この時の私は何を思って彼女の手を取ったのかはもう、思い出せない。

 もしかしたら、彼女が“あの人”に似ている所為だったのかも知れない。

 実際、声を聞くまでは私は“あの人”が助けに来てくれたのだと錯覚していた。


 声を聞いて、“あの人”ではないのだと理解したのだ。


 そして、そんな私――ミオン・セレス・ルーンと幼馴染のリオン・ヴェルベーラは今、何処にいるのかというと――。


「ほら、二人とも!ここが今日から、君たちの家だ!」


 誇らしげに薄い胸を張って、彼女は満面の笑みで言った。

 目の前には、宮殿のような大きな建物。

 私とリオンは、自分の身長の何倍もありそうなその建物を見上げたあと、リオンと顔を見合わせる。

 困惑したような顔が私を見つめ返してくるけど、私もきっと、リオンと同じ顔で彼女を見てる。

「ここが君たちの家だ!」と言われても反応に困る。

 そんな私たちに、彼女は尚も話し掛けてくる。


「まずは二人とも、お風呂からだね―。

 その血塗れの服も何とかしないと……」


 先程から懸命に話し掛けられても、話す気分でもない私もリオンも無言である。

 軈て、長い廊下を歩いていると、1つの部屋に着いた。


「ここがバスルームね。

 じゃあ、後はテーゼ、任せた。ボクはお母様に報告に行くから~」

「御意です。さぁ、二人とも、こちらへ」


 彼女は、黒髪の燕尾服を着た右目に入れ墨のある女の人に言うと、手をひらひらさせて何処かに行ってしまった。

 女性は彼女に畏まって返事をすると、私たちにお風呂に入る様に促す。

 私とリオンは警戒半分戸惑い半分で顔を見合わせた。そして、テーゼ、と呼ばれた女性を見上げて、言った。


「あの、自分で入れるから、大丈夫です」

「しかし――解りました。

 では、服を用意致しますので、ごゆっくりお入りください」


 警戒心を醸し出して言ったのが伝わったのか、テーゼさんは頭を下げた後、脱衣所から出て行った。


―― ――


―― ――


「ミオン、こすり過ぎだよ?」


 テーゼさんが出て行った後、私とリオンは広い浴室でお風呂に入っていた。

 血のこびり付いた髪と体を擦っていると、リオンが心配そうに私の手を止める。

 リオンの言う通り、私の腕は擦り過ぎて赤くなっていた。それでも構わず、腕をタオルで擦る。


「ミオン……」

「気持ち悪い……」


 また何か言いたげなリオンの言葉に被せる様に私は呟いた。

 勿論、気持ち悪いのは血を浴びた顔や手のことで、リオンのことではない。

 それを知ってか知らずか、リオンは私の顔を覗き込んできた。


「擦っても擦っても……血の跡はないのに、血を浴びた感覚が消えない……気持ち悪い」

「だからって、擦り過ぎだよ……腕とか真っ赤じゃん、痛くないの?」


 そう言って、リオンは私の体にお湯を掛けてくれた。

 擦り過ぎて真っ赤になっている皮膚にお湯の温度が痛い。


「それにしても、あの人は一体、何なんだ?

 いや、王女殿下なのは解るけど……何で初対面の私たちにここまでするんだろ」


 髪に付いた血を洗い流しながら、私は疑問に思ったことを呟く。

 あの、グレイと名乗った人――グラン帝国第4王女、グレイ・ゼル・ファブレット――の顔が脳内にチラついた。

 あの人のお母様――グラン帝国女王陛下、エリザ・フュス・ファブレット――の命令で私たちを保護したような口ぶりだったことも気になる。

 そうなると気になるのは、何故私たちを探していたのかと言う事になるけど――。


 グルグルと考えても、考えられる答えは一つだけだった。


「ミオンがイリアの王位後継者だから……?」

「あぁ、やっぱり?」


 その答えをリオンが言う。

 やっぱり、それしかないよねぇ。

 私は、イリア王国女王であるアルテミス・セレス・ルーンの第3子にして、王位継承権1位の王女でもある。

 それを考えれば、遥か海の彼方の異国の王族が私を探すのも分かる気がしてきた。

 利用価値があるのだ。 


 リオンにしても、イリア王国王女である私の母の近衛家令にして、イリア王国貴族である雪華(せつか)・ヴェルベーラ侯爵と、イリア私騎士団団長である神谷(こうや)璃蓮(りれん)団長の娘だ。

 それもまた、同等に利用価値はあるだろう。


「悪い人には見えないけど……油断はできないね」


 それだけを言うと、リオンは浴室を出て行った。

 油断はできない……確かにそうだ。

 目的が解らない内は絆されない様に気を付けないと。

 これから何が起こるのか分からないけれど、私が王族である限り、そして、エリザ陛下が私とリオンの正体を知っている内は、殺されるようなことはないだろう。


 そんな事を考えながら、私も浴室を出て行った。


―― ――


―― ――


「やっぱり!2人ともすっごく似合ってるじゃーん!」


 そして、どうしてこうなったのか。誰か説明してほしい。

 私とリオンは現在、衣裳部屋みたいなところでグレイ第4王女とテーゼさんによって、着せ替え人形にされている。

 何でこうなったの……。

 私には、薄紫の足元まで丈のあるフレアスカートのドレス、リオンには水色のフリルをたくさんあしらった、同じく足元まである丈のプリンセスドレスが着せられている。

 先程から、グレイ第4王女の感嘆の声が五月蝿い。


「あぁ、背も高くて少し年上に見える顔立ちですので、ミオン様にはこちらのマーメイドドレスなんかも似合いそうですね」


 薄緑のキャミソールタイプのドレスを私に宛がい、テーゼさんは言った。

 何で私もリオンも、ルカちゃん人形みたく着せ替えられてるのだろうか。

 軽く遊ばれているような気もしないでもなくもない。


「まさか、イア姉さんがボクに送ってきたドレスに使い道ができるなんて思わなかったよ。

 えぇと、ボク、ドレスとか動きにくい服は嫌いだからさぁ、姉さんにドレスを買ってもらっても一回も着てないんだよね~」

「そうなんですよ。グレイ様はドレスをお召しになられないので、私の楽しみがありませんでした。

 やっぱり、こうして女の子の服を選んで着せるのは楽しいですね」


 グレイ第4王女もテーゼさんも嬉しそうに言った。それを私とリオンは無反応に見ているだけ。

 何か反応する気もない。

 心の中はひたすら”無”である。


「み、ミオン……」


 状況に困惑したリオンが私の背中に隠れる。

 ウチの近衛家令候補さん――私自身はもう、リオンを近衛家令にすることは決定事項――は臆病な子猫ちゃんだから、この状況に困惑半分、警戒と臆病半分なのだろう。

 私もこの謎状況はどう処理したらいいのか分からない。


「リオンはこっちの色も似合うんじゃない?

 フリルが沢山あっても可愛いよね~」

「グレイ様っ、天才ですか!?

 リオン様にはリボンとフリル沢山のフワフワなドレスがお似合いになるのでは?」


 困惑して固まっている私とリオンを置き去りに、グレイ第4王女とテーゼさんの白熱した議論は続く……。

 服なんてもう何でもいいから、早く解放して欲しい。

 これは、新手の拷問か何か?


――これが、私たちとグレイ第4王女との初対面だった。



―― ――


―― ――


 暫く経った頃。

 私とリオンはグレイ第4王女に連れられて、女王陛下私騎士団「銀星(ギンセイ)ノ騎士団」と言う組織が根城にしている宿舎へ向かっている。

 何故か。

 朝、突然、私にと宛がわれた部屋へやって来た――扉が壊れるかと思うほどの勢いだった――グレイ第4王女。

 その傍にはリオンもいた。

 リオンも同じく部屋に突撃されたのか、その顔はまだ、眠たそうだった。

 驚いて銃を引き抜こうとした私のことなど気にした素振りも見せず、第4王女は言ったのだ。

“今から出かけるよ!”と――。


「いやぁ、ごめんね、こんな所まで歩かせて。もうちょっとで着くから、それまで辛抱ね」


 先程から同じことを言って、全然その宿舎とやらに着いてない。もしかしてこの人、方向音痴じゃないの?とすら思ってしまう。

 通常、子供の足でその宿舎までは30分ほどで着くそうだ。私の感覚では出発して既に1時間は経過している。

 いい加減、足が疲れてきた。


 そんな事を思っていると、先程まで鬱陶しいくらいに立っていた木が少なくなってきて、少し開けた所が見えてきた。

 その道の向こう、レンガでできた大きな建物が見える。

 あれが宿舎と言うモノなのだろうか。

 そんな事を考えていると、グレイ第4王女が言った。


「さぁ、着いたよ!

 ここが銀星の騎士団の宿舎、で、本当の目的地はその隣の訓練場。

 えーっと、お目当ての人は……あぁ、居た居た、サフィラ―ッ!」


 グレイ第4王女は誰かを探すように辺りを見回すと、目当ての人を見つけたのか、その人が居る所へ向かって手を振る。

 彼女の視線の先には、銀のウェーブがかかった髪の女の人が手を振りながらこちらに向かってくるのが見えた。


「あぁ、もう、グレイッ!いつまで経っても来ないから、心配して探しに行くところだったぞ!

 まったく、本当に方向音痴だな、お前は!」


 グレイ第4王女の顔を掌で弄びながら、グレイ第4王女にサフィラ、と呼ばれた女の人が言った。

 彼女の口ぶりから、やはりグレイ第4王女は方向音痴なのだと言う事が解った。

 分かったところで、なんだけど。


「ひひゃいよ、サフィハ。

 所で、イア姉さんたちはもう来てる?」

「とっくの昔に来てるぞ。グレアスなんか、仏頂面が能面になってるから早く行こう」

「あー、うん」


 サフィラさまの話を聞いたグレイ第4王女が目を泳がせて頷いた。どうやら、彼女の言った「グレアス」と言う人は苦手な人なのだろうか。

 そんな事を気にした所で、まぁ、興味はないけれど。

 気が重そうな第4王女と私たちは、サフィラさまに私騎士団の訓練場へ連れて行かれた。


「遅い、何やってたんだ、グレイ!」


 訓練場に行くと、銀髪の女の人が不機嫌な顔で仁王立ちして待ち構えていた。

 怖い……と思ったのは私だけではなかったようで、リオンは私の背中に隠れている。

 グレイ第4王女を睨む銀灰色の隻眼が尚の事怖かった。

 きっと、この人が“グレアス”と言う人なのだろう。

 銀髪の女性の剣幕に動じた様子も見せない第4王女に、私は「あ、これ絶対いつものことだな」と思った。


「まぁまぁ、グレイの方向音痴は今に始まった事じゃないし……あぁ、ほら、お姉さまが怒鳴るから、この子たちが怯えているじゃない」


 銀髪の女の人を、白銀の髪の女の人が宥める。彼女は銀髪の女の人と違って、優しいイメージだ。

 フワフワの髪が星の光みたいで綺麗。

 その人は何処か、イリア特務騎士団副団長兼教官のフェンリーチェ子爵に似ていると思った。


「グレイアよ、方向音痴が理由になるなら、私がこの愚妹を斬り捨てたい衝動も理由になるだろう?」

「あら、それはダメよ~、もう、お姉様は物騒過ぎるんだから~!」

「お前が暢気すぎるのだ」


 銀髪の女の人がグレイ第4王女を睨みながら、グレイア、と呼んだ女の人に問いかける。

 グレイア、と呼ばれた人はのんびりした口調だけど、怒っているようだ。

 フワフワの人は怒っている姿すら可愛く見えるのに、銀髪の人ときたら……、本当にこの二人、姉妹なのだろうか?


「大体、呼び出した本人が遅れるなど、言語道断だろう。

 もしここが戦場なら、私は迷わずお前を斬る!」

「仮にボクが騎士団に入っていたとしても、グレアスの隊にだけは配属されない様に団長に掛け合うね」

「何だと、貴様ッ!それが姉に対する口の利き方かッ!?」

「そのセリフは、フェンシングで一度でもボクに勝ってから言いなよ、姉上?」

「良い度胸だ、グレイ!今日こそ叩きのめしてやる!」


 グレアス、と呼ばれた銀髪の女の人とグレイ第4王女が喧嘩を始めてしまった。あれ、何でこんなところまで連れてこられたんだっけ?

 二人の言葉から、グレアスと言う人とグレイ第4王女は姉妹らしい。

 随分と年が離れているように感じる。

 それよりも、この二人、仲( わっっっっっっっる)

 姉妹で殺し合いとか、目の前でやめてよ、とは思うけれど、この剣幕の最中に入っていく勇気は流石にない。

 リオンが怖がるなら話は別だけれど。


「ストップだ、グレイ、グレアスも。まったくお前らは本当に仲が悪いんだから。

 姉妹なんだから仲良くしろっての」


 姉妹喧嘩の末、サーベルを抜いたグレイ第4王女と剣を抜いたグレアスと言う人の間に、サフィラさまが立つ。

 この光景は彼女たちにとって日常の事の様で、後の4人は我関せずだ。

 一体、どんな人間関係?姉弟?よく分からないけど。


「それでグレイ、この子たちが例の子たちなの?」


 マイペースに話を振ってくる、グレイアと言う人。フワフワの髪の人だ。

 その人の問いかけにグレイ第4王女は頷いた。


「そうだよ。こっちの紫の子がミオン・セレス・ルーン、で、こっちの青い子がリオン・ヴェルベーラ。

 二人とも、この間の任務で保護した子だよ」


 紹介の仕方が雑なのはこの際、気にしないことにした。

 確かに、紫と言えば紫だし、リオンも青いと言えば青い。


「それで、この人たちがボクの兄弟だよ!」


 そう言って、グレイ第4王女は私たちの方を向いて、順番に紹介していく。


「まず、この目つきの悪い銀髪が一番上の姉のグレアス・ダル・ファブレット」

「一言余計だ、愚妹。

 私は、グレアス・ダル・ファブレット。グラン帝国騎士団フェンリル隊に所属している騎士だ」


 銀髪の、グレイ第4王女と喧嘩をしていた女の人が自己紹介をする。一番上、と言う事は第1王女に当たる人か。

 言葉遣いはアレだけど、とても大人びた印象がある女の人だ。

 こちらに掛けてくる声は、第4王女に掛けていた声とは幾らか優しかった。

 きっと、厳格な性格の人なのだろう。


「まぁまぁ、それもグレイの可愛い所じゃない~。

 あ、私はグレイア・フィル・ファブレットよ。アスお姉さまの双子の妹なの~。

 よろしくね、ミオン、リオン」


 グレイア、と名乗った女の人は、私とリオンの頭を撫でようと手を伸ばした。けど、リオンは野生の猫宜しく伸ばされたグレイア第2王女の手を(はた)いて警戒レベルを更に上げた。

 そうそう、私は初対面のリオンを口説き落とすのに1週間はかかったんだよね。

 1週間はリオンに引っ掻かれまくったのを今でも覚えてる。

 それを考えれば、叩かれるなんてまだマシだろう。


「あらあら、凄く警戒してるわね~。ごめんなさい」


 しゅん、と肩を落とす、グレイア第2王女。

 彼女はグレアス第1王女と反対に、おっとりしていて凄く幼く見える。

 けど、悪い人ではなさそう。


「僕は、グレット・ダズ・ファブレットです。よろしくね、二人とも」


 白銀の髪の中性的な顔立ちの男の人が言った。

 髪型と言い、目の色と言い、ちょっとあの人に似てる気がする。


「グレータス・リズ・ファブレット」

「グレーゼ・リウァ・ファブレット。グレータスの双子の妹です、よろしくね、二人とも」


 グレータス、と名乗った人とグレーゼ、と名乗った人は性別を除けば生き写しみたいに似ている。

 でも、グレーゼ第3王女はグレータス第3王子とは正反対に愛想が良いと思った。


「それで、この人はボクの従姉のサフィラ・キル・群雲(むらくも)

 女王私騎士団「銀星(ギンセイ)ノ騎士団」の幹部の一人で、すっごく強いんだよー!」

「サフィラ・キル・群雲だ。オレにはお前たちと同い年くらいの娘が居るんだ。

 何かあったら頼ってくると良いよ」


 サフィラさんは、そう言って凛々しく微笑んだ。その顔がグレイ第4王女と似ていると思う。

 子供がいるとは思えないほど若々しい印象だ。

 私たちと同い年くらいと言うと、7歳くらいなのだろうか。


「さてと、紹介も終わったし、行こうか」

「はい」


 グレイ第4王女の言葉に、私とリオンは頷いた。

 本当に紹介だけで後は何事もなく時間が過ぎた気がする。


―― ――


―― ――


 それから、一年が経った。

 その頃になると、大分落ち着いてきて――でも、未だに警戒心は取れない――、今まで気にしている余裕がなかったことが気になり始めた。

 それは、両親の安否。


 思えば、ジャーダファミリーに連れ去られた時から、両親の情報を耳にしてない。

 当然、向こうに居た時はそんな情報を集めるような隙なんか無かった。でも、ここに来てからも両親の情報が入ってこない。

 前、テーゼさんに訊いてみたら話を逸らされたし……。両親のことでファブレット家の人が何かを隠しているのは何となく解る。

 それが何なのか、まだ解らないけど。


 私は、今日も私騎士団の訓練場に来ていた。先程まで、グレイア第2王女に捕まっていたけど、彼女が今日のパーティーの為に用意したというドレスを見て、私は彼女の部屋から逃げ出した。

 人体実験で潰された声は未だに戻らない。潰された声はとても低くて、ドレスを着たら恐らく、女装癖のある男と認識される自信はある。いや、そんな自信は要らないけど。


 ジャーダファミリーに連れ去られた後もずっと、肌身離さず持っているペンダントを開いて、それをじっと見つめる。

 このロケットペンダントは昔、グラン帝国貴族の男性から貰ったものだ。

 その中には、このペンダントの元の持ち主の男性と私が写っている写真が入っている。


「――グレア兄さま……」


 思わず零れた名前は、写真の中に居る男性の名前。

 今頃、どうしてるのかなぁ。

 そんな事を考える。


「あれー、グレアじゃん、隣の」

「うわぁっ!」


 不意に聞こえた声に思わず飛び上がってしまって、ペンダントを取りこぼす。

 振り向けばそこには、ファブレット第4王女が居た。突然の事に驚いて目を瞠る。

 驚いたなー、もう!


「ふぁ……ッ、ファブレット第4王女……ッ!」

「そんなに驚かないでよー?逆にボクの心臓が止まるかと思ったじゃん?」


 私が取り落としたペンダントを拾い上げると、少しの間それを凝視した後に私にそれを返す。

 私はそれを受け取った。


「それで……この写真、グレアと撮ったんでしょ?グレア・ウォン・ファブレット。

 そう言えば彼奴も同じ写真持ってた気がする」

「え……?えっと、知ってるんですか?この人の事……」


 私は驚いた。あの人のファミリーネームをこの時に初めて知った事にも驚いたし、ファブレット第4王女がこの人を知っている事にも驚いて私は目を瞠る。


 ファブレット第4王女は大きく頷いた。


「うん、知ってる……って言うか、この白髪、ボクの兄貴だし。一番上の。

 だから正確にはグレアが第1王子になるワケだね」


 ファブレット第4王女の言葉に私は言葉を失う。グラン帝国の貴族だと言う事は何となく解っていた。

 だけど、王族だったなんて。


「でも、王宮には居ませんよね?「この人たちがボクの兄姉だー!」とかって紹介された時も居なかったし……」


 ややあってようやく出てきた言葉はそれだった。あの時、グレア兄さまは居なかった。

 それに疑問を覚える。誰も彼の話はしなかったし……。


「んー、まぁグレアは滅多に帰ってこないからねー。基本的に寄宿学校(パブリック・スクール)で生活してるからさ、彼奴。

 帰ってきてもサフィラかグレアスと喧嘩して出て行っちゃうしー。

 一昨年だって、長期休校の時でもレイに引っ張られるまで帰ってこなかったし、今年も帰ってこないんじゃない?

 まぁ、帰ってきたとしても裏警察(シークレット・ヤード)の本部で寝泊まりしてるから異常だよねー」


 そう言ってカラカラと笑う、ファブレット第4王女。

 そうか、グレア兄さんは結構近くに居るんだなぁ。まぁ、中々帰ってこないみたいだけど。


「ミオンってもしかして……グレアの事、好きなの?」

「えッ!?いや、その……それは……」


 ファブレット第4王女が突然前触れもなくそんな事を訊いてくるから、私は言葉に詰まった。顔が熱い。

 確かに私はグレア兄さまの事は好きだけど。でもそれを身内――しかも、彼の妹だという彼女に――言うのは、どうも気恥ずかしい。

 私は目をそらしながらペンダントを弄った。


「ミオンが行方不明だった時……って言うか、未だにグレアにはミオンが生きてることは言ってないんだけどさ。

 まぁ、グレアって他人にあまり興味を持たないんだよね。

 それなのにミオンの消息の事、すっごい気にしてるみたいで、長期休校の時期に帰ってきても裏警察に入り浸っているのって、ミオンの手掛かりを未だに探してるっぽいんだよね。

 もしかしてそれって、「ルーンの人魚姫伝説」関係あったりする?」

「ルーン家の女子が恋をした相手がその歌を聴くと、聞いた人はその女子に恋に落ちてしまう――って伝承ですか?」


 ルーンの人魚姫伝説……懐かしい話を第4王女が持ち出してきた。私の言葉に頷く、ファブレット第4王女。

 私はその伝承を思い出しながら話した。


「少し違います。正確には、ルーンの子女の歌を聴くと、中毒症状によってその歌声の持ち主に恋心を抱いてしまう――というものですね」


 たしか、そんな伝承だった気がする。

 ただ、それが実際に伝承通りだったのかと言われれば微妙な感じだけど。


「って言う事はつまり、グレアはミオンの歌を聞いた事があるの?」

「ありますよ。

 って言うか、ルーン家当主の訓練の中に歌声の制御と言う項目があって、それを毎日させられていたので」

「よし、グレアの事はこれから、白髪ロリコン兄貴と呼ぼう」

「何かかわいそう過ぎません?」


 ファブレット第1王女の言葉に私は肩を竦める。彼の扱いは彼女の中ではそれが通常運転なのだろう。


「まぁ、それはさておき……そうか、グレアと知り合いだったんだ。

 じゃあ、グレアに会う?」

「えっ!?」


 ファブレット第4王女の言葉に私は、素っ頓狂な声をもらす。

 まさか、そんな事を言われるなんて思わなかった。


「もう直ぐでグレアの学校も今年最後の一大イベントとして、学校祭をするみたいだし、一緒に行くのも良し、何なら長期休校の時に引っ張ってきてもらうのもあり。どうする?

 ミオンとしては一度でも会っておきたいでしょ?」


 彼女の言葉に私は思案する。

 彼に会いたい気持ちはある。私は生きていたよ、って教えたい気持ちもある。

 だけど、声が変わってしまって、彼は私だと気付いてくれるのだろうか。

 信じてくれるだろうか。拒絶されないだろうか。

 それが怖くて、もし拒絶されたら、なんて思ったら喉の奥がギュッと熱くて締まるような感覚を覚えた。鼻がツンとして痛くて、次第に視界がぼやける。

 気付いたら私は、大粒の涙をボロボロと零して泣いていた。


「え……えーと、ミオン……?」


 戸惑ったようなファブレット第1王女の声に彼女を困らせたらいけないと思い、私はボロボロと零れる涙を袖で出鱈目に拭って、顔を上げた。

 その顔に笑顔を張り付ける。


「こんな壊滅的に低い声で「女です」なんて……しかも、「ミオン・セレス・ルーンです」なんて、口が裂けても言えませんね。

 行った所で……って感じです。

 それなら、グレア……さんには、私は未だに行方不明だと思われている方が良いです」


 私は、ずっと考えていたことをこの際だから、決意することにした。


「決めました。私はこの声が元に戻るまでは男として過ごします。

 身分も偽れるし、ちょうどいいや」


 決意をファブレット王女に話す。何だかそれだけですっきりした気がした。

 彼女は私を凝視したまま固まっている。

 あぁ、確か、ファブレット家の女の子は皆、男性嫌いだったっけ?特にファブレット第4王女は極端な男嫌いだと聞いたような……。

 でもまぁ、良いよね。

 だって、中身は女の子だもん。


 そんな事を考えていると、ファブレット第4王女はその目から涙を零した。

 私はぎょっとして彼女を凝視する。何で泣いてるの、この人?


「なっ、何で泣いてるんですか、王女。別に貴女が泣くようなことは何もないでしょう?」


 リオン以外の泣き顔を見た事がなくて、しかも年上が泣いてる状況だとどうしていいのか解らずに私はあたふたした。

 すると、彼女は私の手を握って、王女とは思えない不っ細工な泣き顔を晒して、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「も、少し……。もう、少し早く助けに行けたら……良かった、のに……ッ。

 そしたら、ミオンの、声……ッ、きっと、大丈夫だった……ッ!ミオンの居場所……知ってた、のに……ッ!

 お母様を説得する……、資料、なくて……ッ、集めるのに時間がかかって……ッ。

 ごめんね、ミオン。本当にごめん……ッ」


 王女が私の居場所を知っていた……?

 その言葉を聞いて、私は驚きに目を瞠る。


「王女が謝るような事じゃないです。あの時、私にもっと力があったら……。

 王女は悪くないのだから、謝らないでください」


 そう言って私は、彼女の涙を袖口で拭った。

 それからは、他愛もない話をして、王宮に戻った。


 この後、三人で小さなバースデーパーティーをしたり、王女が銃の解体を教わりに来たりと色々あって、あっという間に時間が過ぎたと思う。


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