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ジョン・アレイス、その後

【登場人物】


ジョン・アレイス(19)

 売人ギルド「ヨノオワリ」の末端組員だった青年。

 二人の死宣告者にボロ雑巾にされて刑務所へ放り込まれた。

 刑期は10年、仕立て屋バートンでお勤めを果たすことになるが……?



レイラ・バートン(13)

 王室御用達の老舗、仕立て屋「バートン」の若き店主。

 双子の妹、レイナとは似ていない。

 レイナとは反対に布にしか興味がなく、人間はあくまでトルソー。


レイナ・バートン(13)

 王室御用達の老舗、仕立て屋「バートン」の若き店主。

 双子の姉にレイラがいる。

 恋バナに興味津々のお年頃で耳年増の為、よく周囲に無茶苦茶な持論を振り翳す。

 女装させたら絶対可愛いので、神谷(こうや)璃王(りお)に着せるドレスを毎夜毎夜縫っている。


神谷こうや璃王りお(13)

 仕立て屋バートンでバイトをする少年。

 表情がイケメンを殺していると言われているほど人相が悪い。

 ついでに言葉も悪ければ態度も悪い。ガラの悪い不良よりも不良らしい。

 ジョンの心の声をちょくちょく拾っているっぽい。


神南(こうなみ)弥王みお(13)

 仕立て屋バートンでバイトをする少年。

 璃王とは正反対に愛想がいい。

 璃王とは幼馴染であり、璃王のフォローも彼の役目。



 オレは、ジョン・アレイス。

 売人ギルド「ヨノオワリ」の一員だった。

……が、しかし。

 つい4日前にいつものように「仕事」をしていたら、突然来た黒づくめの2人組の死宣告者にハウスを抑えられ、オレは命からがらハウスを脱出した。


 そのまま逃げきれるかと思えば、悪魔の猫(デビル・キャット)と巷で噂の黒猫の仮面を着けた死宣告者と、悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)と巷で噂の白い仮面を被った死宣告者に追い詰められ、更に悪魔の猫(デビル・キャット)に拷問され、悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)が突然歌い出したかと思えば、意識が遠のき……で、気が付いたら、ここは何処だ?


「ほら、さっさと働け、クズニート!

 アンタの皮を剥いで糸にして、死装束(しにしょうぞく)仕立てんぞ、わりゃあ」

「ここ、違うのさ。

 縫い始めは返し縫をして一針落とす。

 で、初めに縫ったところから針がずれないように気を付けてまっすぐ縫ったら一針落として返し縫をしろって昨日、5回も教えたのに……殺すよ?」


 いつの間にか、可愛らしい外見の双子の少女達にボロクソに詰られながら縫製の仕事(練習)をさせられています。

 ナシテ、コウナッタ?


 しかも、この子達外見の割に言ってる事怖い。 特に白いワンピースを着た青色の長髪に赤と青のオッドアイの少女が地味だけど、怖い。

 声のトーンを極限に落として、口数少なく罵ってくる。

 まだ、先程から有りとあらゆる罵詈雑言で罵ってくる赤い髪に赤と青のオッドアイの少女の方が怖くない。 いや、怖いけども。


「こいつ、ダメさね、レイナ」

「こいつ、アホすぎるのさ、レイラ」


 もう泣きたい。

 何が悲しくて、4つも年下の子供に詰られながら仕事しないといけないんだよぉ。




―― ――


―― ――

 事の始まりは4日前、二人の死宣告者に追い詰められた後まで遡る。

 気が付いたら刑務所(ムショ)にいて、わぁー、これで超快適無料賃貸生活かー、と考えていたら、額に青筋立てて怒りの形相で鉄格子の向こうからオレを見下ろしてきた市警察一の無能警官・セルマンが、ほぼ八つ当たりしながらオレを刑務所から出した。


 その後は健康診断やら体力測定をさせられ、無能課長――セルマンのあだ名――の上司である署長のアデス・ヴィクト・ハーウェスト侯爵に呼び出され、開口一番こう言われた。


「君、多少骨折れても平気そうな顔してるねぇ。

 そのタコスを擬人化した様な顔も悪くない。

 どうだい、超絶治安の悪いシティ・イーストの辺境にある炭鉱場で発掘作業をしてみない?

 勿論、いつ死ぬか解らない様な場所だから、刑期は3年でいいし……悪い話じゃないだろ?」


 まず、2、3突っ込みたいところはあった。

 骨折しても平気な人間ってそうそう居ないし、タコスを擬人化って何!?

 どの様に人を見たらそう見えるのか教えて欲しいんだけど!?


 目の前の茶髪の好青年そうな彼は、人の良さそうな笑顔を浮かべている。


 確かに彼の言う通り、悪い話じゃない。

 普通なら、オレの刑期は10年になるんだそうだ。

 それは、無能課長・セルマンが刑罰文書を読みながらオレに言い聞かせていたので覚えている。

 それが、炭鉱場で働くだけで危険が伴うからと7年減刑される。 7年も、だ。


 炭鉱場で働いて、刑務所で規則正しい生活をしてれば、オレは一気に昔の超イケメンフェイスに戻れて、刑期終了後にはハーレム作り放題だ。

 オレはまだ、19。

 この減刑される7年は超貴重な時間だ。

 出所した後はまだ22歳。やり直しも利く。


 と、オレが出所後の妄想を膨らませていると、「まぁ」と、ハーウェスト侯爵の声が聞こえた。

 彼は爽やか好青年スマイルのまま言う。


「炭鉱場に行って生きて帰れたツワモノは居ないんだけどねぇ。

 新人の殆どがスラム街の藻屑だよ」

「いや、あの、オレ、体力仕事は苦手なので、他のお勤めにしてください」

「えー?他の勤めだったら、刑期は10年になるけど、良いのかい?」

「はい、もう、それで結構です……」

「仕方ないなぁ。

 じゃあ、レイア。彼にできそうな仕事、ピックアップしてくれる?」

「これなんてどうでしょう?カフェでの接客仕事」

「お、もう持ってきてたのか?

 流石レイア。仕事早いな」


 ハーウェスト侯爵は、近くに居た白銀の長髪の女性に声を掛けた。

 女性は彼の言う事が解っていたのか、間髪入れずにその平たい胸に抱えていた書類をハーウェスト侯爵に見せる。


 色素の薄い外見に反して、しっかりと存在を主張しているかの様な藍色の目が印象的で、とても綺麗な人だ。

 こんな人が奥さんとか正直、羨ましすぎるだろ。

 絶対、夜とかも尽くす様なタイプじゃなかろうか。


 彼女から受け取った書類を見て、ハーウェスト侯爵は眉を顰めた。


「レイア。彼の顔をよく見るんだ。

 こんなタコスを擬人化した様な顔の店員が接客なんかしてみろ。

 子供がギャン泣きして、その店に閑古鳥が鳴く」


 どうでもいいけど、俺のこの酷い扱いは何!?

 ハーウェスト侯爵の言葉に間髪入れず、レイア、と呼ばれた女性は言った。


「署長。私の目は情報収集以外の時は貴方以外を見てくれないの、反抗期だから」

「そうか、なら仕方ない」


 キリッとした顔で惚気るレイア夫人に、ハーウェスト侯爵は肩を竦める。

 しかし、その顔は満更でもない様子。

 そんなんで良いのかよ、市警察っ!?


「うーん、でも困ったわねぇ。

 後は重労働が主の仕事しか……、あぁ、これなんてどうかしら?

 バートンの店での縫製作業。

 これなら軽作業だし、彼でもできるんじゃないかしら?」


 レイア夫人は書類と睨めっこした後で、一枚の書類を手に取ると、ハーウェスト侯爵に手渡す。

 侯爵は難しそうに顔を顰めた。


「バートン……って確か、君の知り合いの妹さんが経営してる?大丈夫なのかい?」

「えぇ、大丈夫よ。

 あの子たちはとても気が強くてしっかりしているもの。

 襲われそうになったりでもしたら、まず生きて帰れないわ」


 ふふふ、と笑うレイア夫人の顔が笑顔なのになぜか怖い。

 更に彼女は、「それに」と続ける。


弥王(みお)璃王(りお)もいるから、間違っても“間違い”は起きないと思う。

 あの子たちに手を出したらそれこそ、2人が生きて帰さないと思うの」

「そうか、神南(こうなみ)君と神谷(こうや)君……あの2人がいるなら、安心だね」

「あの子たちの心配をしてくれてありがとうね、ハディ」


 全然安心じゃないですけどぉー!?と叫びたかったオレの言葉は、喉の辺りで反抗期を拗らせてしまったらしく、声にはならなかった。

 それを無視して、仲睦まじく2人の世界を構築し始めた目の前のバカップルに、羨ましさ半分、ハーウェスト侯爵への嫉妬と殺意半分で砂糖を吐きそうになる。

 おい、侯爵、そこ変われ、マジで。

 まぁ、目の前の侯爵は怒らせると怖いと定評のある人物なので、そこは黙っておく。


 俺はこれから、何処へと放り込まれてしまうのだろうか……。


「ここのね、仕立て屋バートンってお店。

 店主は双子の姉妹ちゃんなの。

 その2人と、もう2人、男の子がお店をやっててね。

 4人とも気難しいけどとってもいい子だから、頑張ってお務めを果たしてね」


 オレに資料を渡しながら、レイア夫人はニコニコと笑顔を絶やさずに言った。

 ここに来てから高圧的な態度のおっさんばかりにしか声を掛けられなかったオレは、チョロくも目頭に熱がこみ上げてくるのを感じた。

 ここに来るまでの道中、本当に踏んだり蹴ったりだったのだ。

 そんな優しい言葉を掛けてくれる人なんか、いなかったのに。


「は……はい、頑張ります!

 ありがとうございます、レイア夫人……」

「おい?」


 感激したオレが感謝の言葉をレイア夫人へと向ければ、そこへ飛んできたのは、ハーウェスト侯爵の絶対零度の声。

 その声に飛び上がるようにそちらを見れば、笑顔のハーウェスト侯爵がデスクに肘を突いて、頬杖をしながらこちらを見ていた。


 笑顔が怖い。

 俺は何か地雷を踏んだのだろうか?

 顔はニコニコニコーっとしているのに、空気が冷たいんだよ。

 雰囲気は分かるだろうか?

 こう、背後に鬼でも飼ってるような。


「誰に断って妻を“レイア”呼びしているんだい?

 彼女をそう呼んでいいのは世界でただ一人、私だけなのだが?

 お前はそんなにスラム街の藻屑になりたいんだね、仕方ないな。

 今すぐに炭鉱場に行ってもらおうか」


 ハーウェスト侯爵は、笑いながら唸るような低い声で喋る、という、奇術師もビックリな器用な芸当を見せてくれた。

 意外と嫉妬深かった、この人――!!


―― ――


―― ――


――そんなことがあって、1週間。

 そして、この仕立て屋「バートン」に来てから、1週間が経った。

 俺の日々は双子に詰られながら、縫製作業の補佐と縫製修行の毎日。

 10年もこの調子なら、ここで続けられる自信がない。

 どう足掻いても辞められない地獄のような日々だ。

 しかも、辛辣なのは双子だけかと思いきや――


「何休んでんだ。

 ほら、さっさと手を動かせ。

 シーズン時期が終わったつっても、これからイベントごとは目白押しだ。

 クッソ忙しいんだよ、モタモタすんな」

「はっ、はいいぃぃぃぃぃぃい!」


 へこんでいる時に突然掛けられた声に、オレは肩を跳ねあがらせた。

 抑揚のない無機質な声が、雰囲気が、2週間前にオレを捕まえた悪魔の猫(デビル・キャット)に似ている気がする。

 振り返るとそこには、陰鬱げな表情を浮かべた人相の悪い少年。

 スラっとしたスタイルだが、猫背で常に仏頂面の彼は、コウヤ・リオと言うらしい。

 群青色の髪を頭頂部で一つに纏め、前髪と眼帯で右目を隠している。

 悔しいが中々のイケメンだ。人相でそれを殺しているが。

 これで今年14とか言うんだぜ?ずるいよな。


 彼は、腕に抱えた布とファイルをオレの仕事(縫製練習)の山の上に更に上乗せする。


「これ、追加だ。

 お前がまだ、ロクにミシンの一つも使いこなせねぇから単純作業をさせているが……今日は休んでる暇はねぇぞ。

 お前が顔面凶器だからって、俺とお前でこの山の処理だ。

 これは昼休み返上の上で更に残業だな」


――お前まで言うかっ!

 その言葉は、反抗期で引き籠りを拗らせた声は、口から出ていかなかった。


 何でオレ、顔のことをこんなに罵倒されるの?本当に泣きたい。


「おい……これは何だ?」


 俺の机を漁っていたコウヤ君――初っ端いきなり名前呼びして、殺し屋の様な目で「名前呼びすんじゃねぇ」と殺されそうになった為、コウヤ君呼びしている――が、俺が練習していた布を突き出して、訊いてくる。

 その布には見覚えがあった。

 と言うか、これは……


「え?あ……ナンデショウネ……?」


 普段から怖い顔をしている彼の顔が、より一層怖い。

 オレは視線を彷徨わせた。

 その布は、ドレスと一緒に仕立てていた花嫁の頭に乗せるヤツ……名前は分からん。

 とにかく、コウヤ君から口酸っぱく「触るな」と言われていたものだ。

 視線を彷徨わせたオレに、コウヤ君の眉間に深い皺が刻まれ、眼光が鋭くなった。


「お前の目はドーナツホールか?

 これはヴェールだろうが。

 で、俺は“このヴェールに触るな”と30分前に言った筈だが?

 何でボコボコに針の穴が開いてんだ。

 しかもこれ、途中でやめて糸解いたろ。

 どうすんだよこれ……このヴェールは数量限定のモノだからもう在庫がない上に今発注すると来月しか来ないんだが。

 このヴェールのドレスの受け渡し日、来週だぞ?

 どう考えても受け渡し不可なんだが?」


 コウヤ君が鬼の形相を更に極悪にしたかのような表情で静かに怒ってくる。

 んなこと言ったって、やっちまったモンはしょうがないだろ!?

 オレだって、針を進めた後でコウヤ君の言ってたヴェールだって気付いたんだから!とも思うが、初っ端でそれと似たようなことを言って更に怒らせたことがある為、ぐっと飲み込む。

 飲み込めたオレ、偉い。大いに褒められるべきだろう。


「誰が偉いんだ、ヴェールをボコボコにしておいて!」

「なっ、何でオレの思っていたことが!?」

「あっ……、んなことはどうでもよくてだな。

 目だけでなく、耳もドーナツホールか?

 その様子なら、脳はピンクのジェラートだな?

 物覚え悪いにもほどがあるだろうが。

 まだ常連の90歳の老婦人の方が記憶力あるじゃねぇか。

 このヴェールも、その老婦人の曾孫が注文したものだったんだがな。

 お前の失敗で、常連が一人いなくなるかもな」


 辛辣な言葉をザクザクと刺してくるコウヤ君はきっと、前世はサディスティック星の王様だったに違いない。

 でなければ、ここまでポンポンと暴言が出てくるはずがない!


璃王(りお)~、どうしたんだ?」


 コウヤ君に詰られていると、ひょこっと扉の向こうから少年が顔を出した。

 その少年は、黒髪を頭頂部に纏め上げた、これまたイケメン。

 目つきはあまりよくないがコウヤ君よりは断然、愛想がいい。


「はぁ~、どうしたもクソもねぇよ。

 弥王(みお)、こいつは一旦、ハーウェスト侯爵に返品した方がいいんじゃないか?

 余計に人の仕事増やしやがった」

「あ~らら。

 もうヴェールの生地はないんだっけ?」


 コウヤ君よりも愛想の良い少年は、コウナミ・ミオ。

 この二人は幼馴染だとかでとても仲がいい。

 コウヤ君のクソデカため息にも臆せず、ミオはまた大量のファイルを腕に抱えて部屋に入って来た。

 コウヤ君がそれにげんなりした様子で視線を投げて頷く。

 これは……また、追加の依頼だろうか……?


「あぁ、よりによってミセス・リーヌの曾孫の依頼品をやっちまったよ」

「ミセス・リーヌはファブレット家の親戚だったよな。

 あーあ、こりゃ、首が飛びそうだなぁ」


 ミオまでもが諦めたように肩を竦めた。

 どうやらオレは、洒落にならないことをしでかしたっぽい。

 通常の依頼品でもミスは許されない、と普段から豪語している彼ら。

 それが、ファブレット家――このグラン帝国の王家――の親戚筋の依頼品をやらかしてしまった。

 それは、流石のオレでもどんな事態か分かる。

 下手したら、とんでもない罪状が上乗せされそうな状況だ。


「璃王、どうにかなりそうか?」

「さぁな……」


 2人はそれっきり、考えるように黙り込んでしまった。

 こうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。

 この状況、どうしたら……と考えていた時、ミオはややあって「オッケー」と言葉を零して、コウヤ君からヴェールをひったくる。


「あまりこういうことはしたくないが……緊急事態だ。

 表の方はレイラとレイナに任せて、璃王はすぐに“アレ”を持ってきてくれ」

「“アレ”――ってお前、アレは流石に駄目だろ。

 デザインが全く違うじゃねぇか」

「色と材質は同じなんだ、どうにかなるだろ。

 それに合わせて、少しデザインを変える。

 それを今から、レディ・リーヌに勧めてくる」


 2人の言うところの「アレ」が分からないが、どうにかなると踏んだミオが、「じゃあ、頼んだ」と言って足早に階下へと去っていった。

 それを見送ったコウヤ君は、オレの方を向いて一言。


「この件は、レイラに報告するからな……」


 死の宣告のような声が、冷たく鼓膜に響いた。

 今の内に、遺書でもしたためておくべきだろうか……?


―― ――


―― ――


「――ったく、この間倉庫の整理したばっかだっつーのに……彼奴ら、ポンポンポンポン投げ込みやがって」


 暫くして、コウヤ君が奥の部屋から文句を言いながら出てきた。

 両手には煌びやかな装飾のドレス。

 そのドレスには見覚えがあった。

 この店に来て次の日、倉庫の整理を頼まれたときに見たモノだ。

 薄青にも白にも見える不思議なドレス。

 それを見ていた時に、たまたま来たレディ・レイナが言ったのだ。


“これ、知り合いの女の子に作ったモノさ。

 その子、すごく可愛くてお姫様みたいな子だから、きっとすぐに必要になると思ってね。

 その子がこのドレスで結婚式を挙げてくれるのが、小生の夢なのさ”


 曰く、レディ・レイナの最高傑作とか言う話だったが――。


「えっ、そのドレスを使うのか!?」

「あ゛ぁ?」

「ひぃっ!」


 思わず口を開いたオレの言葉がまずかったようで、コウヤ君が睨んでくる。

 その声にオレは竦み上がった。

 5歳も年下の子供に……情けない。

 そう思うが、本当に彼は怖いのだ。 何故か、心の声まで聞かれているし。


「仕方ねーだろ。

 これなら、すぐにレディ・リーヌに出せる。

 今ある生地の中でも、これが一番依頼品に類似してんだ。

 むしろ、この世でたった一つしかない特別なドレスだ、どうにか――」

「璃王!」


 丁度その時、ミオがひょっこりと顔を出してきた。

 隣には、白い肌に金の長い髪を纏め上げた麗しい女性。

 きっと、その人が話にあった“レディ・リーヌ”なのだろう。


「あぁ、ちょうど今、出してきた。

――こちらのドレスですが、この店の特注品でして。

 レディ・リーヌが依頼されたドレスとはデザインは異なりますが、こちらもお似合いになるでしょう」


 コウヤ君は頷くと、女性へと視線を向けた途端に外向けの言葉遣いになった。

 その切り替えの早さは一体、どれだけ猫を被っているんだ?と言いたくなるほど。

 瞬時に猫を被ったかのように変わり身の早い彼には、毎回驚かされる。


「そうかしら……、私には少々派手ではなくて?」

「そんなことは。

 レディは目鼻立ちもはっきりしていますし、肌も白い。

 最近の言葉でブルーベースと言って、寒色系の色が似合うのが特徴になります。

 元のデザインの青よりも薄い青にはなりますが、レディにはこちらの方がさぞお似合いになるでしょう。

 ウェディングドレスは人生でたった一度だけのものです。

 折角なら、飛びきり美しく着飾るのもいいと思いますよ」

「そうかしら……」

「ええ。

 レディを妻と迎える人が羨ましいくらいです。

 世界でたった一つしかないドレスで、人生一度きりのユリア式を挙げませんか?」


 ニコリ、と普段は浮かべないような微笑みを浮かべ、コウヤ君は言葉巧みにドレスを勧める。

 段々その気になって来たのか、レディ・リーヌは満更でもない様子だ。


「世界でたった一つのドレス……素敵ね」


 レディ・リーヌの表情は柔らかく、ドレスに釘付けだった。


「ええ、二度と市場には出ないドレスですので、レディには特別にお譲りしますよ」

「では、こちらにしようかしら。

 見る角度によって色が変わるのも気に入ったわ。

 何より、曽お婆様が気に入っている貴方の言葉ですもの。

 こんな素敵なドレスを紹介してくださってありがとうね」

「いえ。

 では、こちらは来週の午前中までに式場へ送っておきます。

 ユリアの加護の下、祝福されるユリア式であらんことを」

「ありがとう、リオ」


 最後に夫人はふふ、と笑ってミオと一緒に階下へ降りて行った。


「……こんな手が二度と使えると思うなよ」

「ヒィッ!?」


 足音が遠ざかった後、ギロリ、とコウヤ君から睨まれる。

 低い声で吐き出されたその言葉に、俺は喉を引き攣らせたような情けない声しか出す事が出来なかった。




 その後、本当にコウヤ君はレディ・レイナに一連の事を報告したらしく、俺はまた、双子になじられた……。

 ここで後10年?

 過ごせる気がしない。

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