第参話 じいさん、口喧嘩に勝つ
明日は分かりませんが今日は投稿出来ました
お暇つぶしにどうぞ
アカリちゃんに散々説教された翌日、研修の為に午後1時に受付に集まったのは、たったの3人。世はダンジョン時代だというのにこんなものでしょうかねぇ?
折角、アカリちゃんから厳命されましたから態々研修にやってきたってぇのに随分と寂しいものですねぇ。儂としては、アカリちゃんにいいトコ見せようと張り切って朝の7時からここに控えていたんですよ?
まぁ、いつから始まるかを聞かなかった儂が悪いんですけどねぇ。
他のメンツと言うと真新しい軽鎧に野球のヘルメットと言う奇妙奇天烈な組み合わせのハタチ前の元気な娘っ子とひょろっとしてギルドの制服の上から高そうな防具を着こんだ神経質そうなおっさん・・・おっさんはもしかして、いやもしかしなくてもギルドの関係者かなんかでしょうかねぇ?
でもこの様子だと研修を受けるんでしょう?
「・・・このボケ老人は何を血迷ってこんなところに!
じいさん!ここがどこだか解ってるんですか?」
神経質そうなおっさんが儂を頭から足元までじろじろと見た挙句に随分と酷い事を言ってきますねぇ。
儂はただ平常心を保とうと普段と同じ格好をしているだけなんですけどねぇ。つまりはポチのリードを引いてタマを両手に抱えサンダルにジャージというとっても動き安い恰好なんですけどねぇ。
「ダンジョン探索の研修でしょ?ちっとも間違って無いでしょ?」
「ダンジョンに散歩しにきてんじゃないよ!生きるか死ぬかのダンジョンにサンダルで来るとかさぁ舐めてるっしょ?ダンジョン」
「昨日だってこのカッコで潜ってるんだし別に構わないでしょ?」
なぜでしょう、娘っ子とおっさんが固まってしまいましたねぇ。
「侑花、おじいちゃんの介護とかした事無いよ?
でもおじいちゃんトコのワンちゃん、おっきくてかわいいよね!お名前なんて言うの?」
「おぉ、お嬢ちゃんは犬派なんだねぇ。コイツの名前はポチ。こっちのニャンコはタマですねぇ」
「研修の一環で一緒に潜らなきゃならないのに散歩中のジジイが一緒だなんてまた昇級は無理かぁ?」
「高々昇級如きの為にあんたは潜るんでしょ?言わば人生が掛かってるこっちからしたら片手間のあんたの方が冒涜って普通言わんかな?」
「し、昇級をバカにするのか!俺がどんだけこのギルドに貢献しているのか解って言ってるのか!
お、俺は——!」
わぁわぁと発狂するおっさんは相手するだけアホみたいですからキッチリ無視する事にして、カウンターの向こうから頭を抱えながらこっちを見ているアカリちゃんに会釈でもしようかねぇ。
に゛ゃあ・・・
タマよ、露骨にそんな嫌な顔をするんじゃありませんよ?もしかして妬いてるのかねぇ?
おやおやタマったら不機嫌ついでにそっぽ向いちゃいましたよ。ポチはそんな事無いよねぇ・・・何、娘っ子の方にお愛想振りまいてるんですか?
主人は儂だって事をちゃんと思い知らさないといけませんかねぇ?
暫くそうやって儂らが傍迷惑にもダンジョンの前で騒いでいると漸く奥から迷彩服を着て陽に真っ黒に焼け鼻髭を蓄えたモリモリ肉ダルマが偉そうにして出て参りますねぇ・・・尊大さが鼻につくこのやな感じ、差し詰めもしや鬼教官殿!、といった所でしょうかねぇ?
「イチじいさん、侑花ちゃん、花井くん。その方が今日一日研修についてくれる祭藤一等陸尉よ。
何かとムカつく事をあるだろうけど今日一日我慢出来たら探索者になれるんだから頑張ってね」
「あかり、余計な事は言わなくてよろしい!
私がこの研修を引率する祭藤だ!私の気分一つで諸君の合否が確定する事を努々忘れずに精々私を敬う事だ!
抑々諸君らは——」
頼んでもいないのにふんぞり返った祭藤一尉は、その後30分も意味のない自慢話やら訓示やら説教やらを繰り出して儂らを困惑させてくれましてねぇ・・・もしかして隠れて忍耐力のテストでもやってるんじゃないかって思ってもみたんですけど、もしかしたらこれだけで研修だか講習だかが終わっちゃうんじゃないでしょうね?
無駄過ぎると一言で言ってしまえるんだったら、研修とか形骸化するくらいならさっさと廃止にした方が後腐れ無いんじゃありませんかねぇ。
訓示説教編が終わり幼少期から始まって学生時代の自慢から入隊時の苦労に掛けてをタップリと熱弁を振るった祭藤一尉が、佳境とばかりに愈々今の奥さんとの馴れ初めからプロポーズに差し掛かろうかという時で後ろからぶん殴られて漸く話が途切れてくれましたねぇ。
「誰が!私の背後を取ったのは!」
「私ですが何か?」
小山のようにデカい祭藤一尉が激高しながら振り向くと其処には激オコのアカリちゃんが立っていましたねぇ。
儂とどっこいどっこいの背丈のアカリちゃんと祭藤一尉だと小鹿と熊みたいな対比になりますけど、いくらギルド職員のアカリちゃんとは言え怒らせてはいけない相手では無いのでしょうかねぇ?
ところがどうしてさにあらず、祭藤一尉ときたら頭からバケツで水を被ったかのようにびっしりと汗を掻き、サッサと零れてしまえと思う程眼を見開き、酸素不足の鯉の方が可愛いくらいに口をパクパクさせているだけでしたねぇ。




