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第二話「寝返りは修行の一歩。目指せ、這いの達人!」

 ──むう。


 今日も今日とて、天井を見上げる生活。

 この世界に生を受けてから、はや五ヶ月。

 ようやっと首がすわり、手足も以前よりは意志通りに動くようになってきた。


「……じゃが、まだ動けんのう。何というもどかしさ……」


 赤子の肉体とは、かくも自由が利かぬものか。

 脳は92歳、経験と知識は積み重ねに積み重ねた歴戦のジジイ。

 されど、身体は柔らかすぎて、ワシが動こうにもすぐに“ふにゃっ”となる。


 ……おお、これが世に聞く“身体は子供、頭脳は老人”状態か。


「だがの、ふふふ……舐めてもらっては困るわい。

 ワシはのう、三十年間座椅子とトイレの往復だけで健康を維持してきた老練の工夫者。

 不自由には、不自由なりの対処法があるのじゃよ!」


 そう、今日のワシの目標は──寝返りじゃ。


 腹ばいになれれば、そこから先は“ハイハイ”という神の技が待っておる。

 冒険者の第一歩。それが今日の課題じゃ。


「よいか、トクよ。まずは、腕じゃ。左肩を押し、右足を振る……こうじゃ!」


 ぐいっ、ふにゃっ。


 ──コロン。

挿絵(By みてみん)


「ぬおおお!? で、でけた!? わし、ひっくり返った!? 片面、成功じゃあ!」


 まるでRPGの“習得ウィンドウ”でも開いたかのような感覚。

 経験値という名の快感が、脳を駆け巡る。


 しかし、そこで油断はせぬのが老獪たるワシの真骨頂じゃ。


「よし……すぐに戻す。いかに寝返りしても、自力で戻れねば“詰み”じゃからのう」


 赤子という生き物は、寝返りでうつ伏せになることはできても、

 戻れず苦しむのが通例。


 ならば、ワシは“帰還術”を体得せねばならぬ。


「うぬぬぬ……! 右肩、そして左足を……ぐ、ぐぐぐ……」


 ──ズザザ……ガッ。


 おっと、よだれが垂れた。

 苦戦しながらも、数十分後には──


 自主寝返り・双方向可を獲得!


「ホッホッホ……人はこれを、“進化”と呼ぶのじゃよ」


 もはやこれはレベルアップ。

 地味ゆえに誰にも気づかれぬが、ワシの冒険は確実に進んでおる。


 * * *


 そして、その日からワシの“赤子フィジカル鍛錬”が本格化する。


 【ミッション1】 寝返り十連コンボ

 【ミッション2】 ハイハイ移動十センチ突破

 【ミッション3】 泣かずに魔法を発動


「赤子の声で《アクア》は出せても……泣かずに詠唱できるようになれば、隠密行動も可能じゃの」


 何をバカな、と思うかもしれんが、これが意外と重要。


 今のワシの行動は、すべて家族(特に母上)によって監視されておる。

 不自然な動きや奇声は、すぐに“変な子”判定を受けかねん。


 ワシが目指すは、“真なる支援役”。

 つまり、戦闘の最前線ではなく、影に徹し、周囲を補佐する者じゃ。


 ならば、今から「目立たぬ振る舞い」こそが重要なのじゃ!


「ホッホッホ……すべては、十年後の布石じゃ。

 この赤子時代こそ、人生二周目の本当の序章……!」


 誰にも気づかれぬままに、体力を鍛え、

 魔力量を増やし、スキル発動を円滑にし、観察眼を磨いていく。


 かくして、ワシの“ゼロ歳強化計画”は順調に進行していくのであった──


 * * *


 ある晩。


 ふと、母上の腕に抱かれながら、ワシは思った。


「……ふむ。あたたかいのう……」


 転生して初めての、“無償の愛情”。

 それは、ワシの長い長い孤独な書き手人生では味わえなんだものじゃ。


 ぬくもり、というものが、こんなにも安心をくれるとはのう。


「……ありがとよ、母上。

 ワシは、この世界で、もう一度ちゃんと……“生きてみる”と決めたからのう」


 そして、その決意が、また新たな力を生む。


 ──翌朝、目覚めたワシのステータスに、ひとつの新しい表示が浮かんでおった。


 【称号獲得:初志貫徹の赤子】


 効果:初期MP成長ボーナス+3%


「ホッホッホ……ついに、称号持ち赤子になったわい!」


 ──異世界史上、最も地道な赤子の伝説が、また一歩始まった

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