いつか二人で
僕は丘の上の家で一人、顔を布で押さえていた。着地の時は魔法で衝撃を和らげたのだが、ランタンの火で顔に火傷を負ってしまった。魔法で治そうにも、これ以上痣が広がるかと思うと不安がある。その晩は痣と火傷の熱にうなされ眠りにつくことが出来なかった。
次の日、手当をした火傷の部分に包帯を巻いた。痣は落ち着いている。
「リリーは大丈夫だろうか?」
心配ではあるが街に様子を見に行くことは出来そうもない。今はリリーが丘の上に再び訪れることを信じて待つしかないのだ。
昨晩うなされながら考えていたのは、リリーの家の玄関扉にあった飾りのことだ。今朝になってそれをどこで見たのか漸く思い出した。それは確か屋根裏部屋にしまわれた箱に描いてある模様にそっくりだったと思う。
僕はさっそく屋根裏部屋に向かった。火傷はまだ疼くが、動けない程ではなかった。痣が引いているうちに調べておきたい。
うわ、蜘蛛の巣だ。
屋根裏には長らく来ていなかったから埃と蜘蛛の巣があった。
それらを掻き分けてまず窓を開ける。陽の光が入った部屋の中を見回すと、よくわからない道具や何が入っているのかわからない箱が沢山あった。
確かこの辺りか。
子どもの頃探索をした時の朧げな記憶を頼りに例の箱を探す。
あったぞ、これだ。
やはりその箱にはあの飾りと同じ模様が描かれている。
どうしてあの家の飾りと同じ模様が?
僕はその箱を持って居間に戻った。
居間のテーブルに箱を置き、中身を確認する。中には本や絵、手紙等が丁寧に仕舞われていた。それらをひとつひとつ取り出して目を通していく。
そこにはある女性のことが書かれているようだ。僕の一族の先祖とその女性との親交が記されている。その女性の名はサリーと書かれていた。
「サリーは世にも珍しい、人間以外の生き物と会話することが出来る魔法を使えた、、、え、なんだって?」
そうか、、、もしかすると、叔父さんはこれを見てあの絵本を描いたのかもしれない。
さらに本にはこう書かれていた。
「彼女は我ら一族の痣を鎮める不思議な能力も持っていた。サリーに触れられると一族のものは皆、症状が軽くなるのだ。彼女には感謝しても感謝しきれない、、、」
そこには一族とサリーさんの交流と、彼女に対する感謝が沢山綴られていた。
そうか、、、おそらくこのサリーという女性はリリーのご先祖様なんだ。その能力がリリーに受け継がれたんだ。
僕はさらに手紙を封筒から取り出した。その手紙はどうやらサリーさんが一族のものへ送ったものらしい。人の手紙を読むのは気が引けたが、心の中で失礼しますと唱えてから恐る恐る目を通した。
親愛なるゴート様へ
貴方にまたお会いすること、心待ちにしております。私の心はいつでも貴方を想っています。そして貴方がおっしゃってくれたように、いつか二人で暮らせる日がくること願っております。ではお体大切になさってください。
サリー
ゴート。この人は知っている。一族の中でもかなり強大な魔力を持っていたと書物に書かれていた。だが、確かかなり若くしてこの丘の上で亡くなっているはずだ。
残りの手紙は読まずにしまうことにした。
このサリーという人がここで暮らした記述は書物のどこにも書かれていない。ということは二人の願いは叶わなかったということだ……
知る必要はなかったかもしれないな、箱を屋根裏部屋に仕舞いながらそう思った。
不思議なものだな。先祖同士が会っていたんだ。そして偶然あの二人がこの丘を訪れたのか。いや、もしかしたらサリーさんが巡り合わせたのかもしれない。僕にダンを救うようにと。
「だとしたらもうお役御免だな」
屋根裏部屋の窓を閉めた。
僕の代でこの一族が終わるのもいいのかもしれない。この呪われた一族が。
それから数日経って火傷の傷はすっかりよくなり、顔の包帯をとった。また痣が広がっていっている。ため息をついてから家の外に出た。もうすぐ本格的な夏がやってくる。なのに丘の上はやけに静かだった。
動物たちが少ないな。
さらに数日が経った。日に日に痣は広がっていく。足や腕が動かしにくくなった。背中には痺れるような感覚がある。呼吸もしづらく息も苦しい。食事もあまり喉を通らなくなって、食料も買いに行かなくなった。
「動物がいない、、、」
徐々に数は減っていき、ついには丘の上にいたはずの動物たちの姿はどこにも見当たらなくなっていた。
どうしてだ。僕を頼りにしていたはずなのに、、、
「はぁ、、苦しい」
ついに痣は全身に広がった。燃えるように青く光っている。僕はその場に倒れ込んだ。
「う、ぐぅ」
いよいよ死ぬのか。どれだけ苦しくても誰も来やしない。動物たちでさえいなくなってしまった。もっと救ってあげたかったのに。もっと役に立ちたかった。街の人々にだって本当は頼りにされたかった。だって自分は大魔法使いの生き残りだから。
だが、もうここで終わりなのだ。誰にも見届けられず呪われた一族は今日ここで終わるのだ。
意識が遠のいていくなかで僕は目を閉じ、手を伸ばした。
「リリー、、、」
長い時間が経った気がする。気がついたら誰かに手を握られている感覚があった。同時に顔を撫でられているような、、、
目を開けるとそこには懐かしい顔があった。リリーが目の前にいる。夢を見ているようだった。
「大丈夫? 遅くなって御免なさい、、、」
「え?」
その時僕は完全に目が覚めた。リリーが手を握って、顔を撫でている。
「もう大丈夫よ。私が助ける」
ホッとした。
「よかった。また嫌われたかと思った」
「嫌いになんてなったことない」
リリーは僕の目を真剣に見つめた。彼女はいつも僕が見つめたら目を逸らすのに。
「ずっと、ずっと好きだった。これからもよ、エーテル」
そう言うとリリーは顔を近づけてキスをした。リリーの顔に痣が移るように浮かびあがる。僕はリリーを振り払おうとしたが、リリーに上から覆い被さられるようにして手を優しく押さえられた。なんてことだ、、、まだ身体に力が入らない。
そうしてしばらく経つと、痣の疼きが引いていくのがわかった。代わりにリリーの顔や体に青紫色の痣が移り光っている。
やっと身体に力が戻って、リリーを押し返し起き上がった。リリーは少しぐったりとして僕にもたれかかる。
「大丈夫か⁈ リリー? なんでこんな無茶を」
「あ、あなたを助けるって私が決めたのよ」
「だけど、、、君が」
「大丈夫よ」
リリーは微笑むと、ぐっと身体に力を込めた。その瞬間彼女は黄金色に光り輝いた。
「えーいっ!!」
そう叫ぶとリリーの身体の痣は燃え尽きるように消えてなくなっていった。
「えっ」
な、なんだ?
「言ったでしょう? 助けるって。私はサリーの子孫だもの」
「え、その名前を、どこで、、、」
「家の記述に僅かに残っていたのよ。あの飾りをあなたが随分気にしていたからあの後いろいろ探してみたら、サリーさんのことが少しだけわかった。隠すようにしてあったから今まで誰も見つけられなかくて、誰も知らなかったの。ほとんど読めなくなっていたけれど、ゴートさんという人からの手紙もあったわ」
「そうか、、、」
「自分のルーツが少しわかった気がする。きっとあなたの力になれるって、そう思った。あなたは私が守るわ、絶対に」
「リリー、、、無理はしないでいい。これは僕の運命なんだから」
「運命なんてしらない。私はあなたといたいだけ」
リリーに力強く見つめられて、僕はドギマギとして目を逸らした。
リリーが続けて言った。
「遅くなったのは本当にごめん」
「あの後大丈夫だったか、ずっと心配していたんだよ」
「あの後、両親に部屋に閉じ込められてしまったの」
「そうだったのか、、、大丈夫だった?」
リリーはその後両親を何度も説得をしようとしたという。
「日に日にダンの体調が良くなって、それで両親が話を聞いてくれるようになったの」
「ダンが、、、良かった」
「ただ両親に事の説明をしてもなかなか信じてもらえなかった。ダンに病気の症状が出た日から、両親も疲弊していて、、、」
僕は頷きながら聞いた。
「私は毎日両親に丘の上に行かせてほしいと説得していたの。そんなある朝、カムカムが窓から入ってきて」
「カムカムが?」
「そうよ。カムカムだけじゃないわ。他の動物たちも皆んな、あなたを助けるように訴えかけに来てくれたの」
「そうか、そうだったのか」
視界が少し滲んだ。
「両親のことも説得しようとしてくれた。あなたがいかに素晴らしいかを皆んなで話してくれた。それを私が通訳したんだけど、当然信じてくれなくて」
「まぁ、そうだよね」
「そんな時にあの飾りのことを思い出して、何か突破口になるかもと思って家中を探したのよ。そしたらサリーさんとあなたの一族の関わりのこととか、彼女の動物と話せる能力のことがわかったの」
「それで、ご両親は信じてくれたの?」
「ええ、そうよ。だからここへまた来られた。それに、、、」
リリーが後ろを振り返った。そこには気まずそうに立っているリリーの両親の姿があった。
「え!」
僕は驚いてつい声を上げた。
「申し訳ない。エーテル殿。数々の非礼な態度をまず詫びさせてもらいたい」
「本当に申し訳なく思っております」
二人はそう言って頭を下げた。
「い、いえ。まさか、謝るようなことは何も、、、」
僕はぎこちなくそう言った。こういう場合どうすればいいのかわからない、、、
「そして礼を言わせてもらいたい。ダンのこと、本当にありがとう」
「感謝してもしきれませんわ。本当に、本当に、、、」
そう言ってリリーの両親は僕の手を掴むと何度も何度も礼を言った。
僕はぽかんとした間抜けな様子でなすがままにされるしかなかった。
「ダンも感謝の言葉を伝えてくれと言っていましたよ」
「ダンが? それで、ダンは今日は、、、?」
「ダンも今日ここへ来たがっていましたが、もう少し体調がよくなってからと約束しました。この丘の上へ来て貴方に会うことを楽しみにしているようですわ」
「そ、そうですか、病み上がりですからね。元気を少しずつ取り戻しているようでよかったです。彼は僕の友人ですから、また困ったことがあればいつでも力になると伝えてください」
そう聞くとリリーの両親はまた何度も頭を下げて、僕の両腕をぶんぶん振り回している。
「ありがとう、ありがとう、、、!」
「い、いやぁ、う、腕が痛いです、、、」
「あぁ、申し訳ない、、、! 大丈夫ですか⁈」
そう言うと二人は僕の腕や顔をなでなでと手で撫で回した。僕は苦笑いを浮かべる他ない。
「あぁ、やはりリリーしか駄目なのか」
「この人にもあの能力があればねぇ、、、いくらでも吸い取って差し上げるように言いますのに」
「あ、ははは、、、お気持ちだけで十分です」
僕は終始なれない様子だったと思う。失礼ではなかったかなと、心配になった。
その後リリーの両親は帰って行った。
「はぁ」
「大丈夫?」
「ああ、少し疲れただけだよ。なんだかいろいろなことが起こって」
いつのまにか丘の上には動物たちが戻ってきていた。元気になった僕の様子を見て安心したかのように思い思いにくつろいでいる。
ありがとう。後でちゃんとお礼をしようと思う。
「両親が言ってたわ。ずっと誤解をしていたこと、申し訳ないって。これからは実の両親のように頼ってほしいって」
「本当に?」
「ええ、いずれ街にも住めるように協力したいって」
「え、まさか、、、」
「本当よ。弟の恩人だもの。あと、あなたの夢の話もしたんだけど。勝手にごめんね。だけど、開業の手伝いをしたいって二人共言ってくれたわ」
「、、、なんだか、夢を見てるみたいだな」
「あなたの夢だったでしょ?」
「そうじゃなくて、君が再びこの丘を訪れてからずっと。夢の中にいるみたいだ。こんなに願いが叶っていくなんてさ、、、」
丘の真ん中の花畑で、リリーは僕の手を握った。
「私もよ、エーテル。私も夢が叶った。あなたとこうしていられることをずっと夢見ていたんだもの」
リリーは僕の瞳を見つめて、もう逸らさないでいてくれる。そして微笑みながら言った。
「もう離れない」
リリーに見惚れていた僕が漸く呟く。
「、、、天使のようだなぁ」
「天使?? 、、、ふふ」
リリーは何故だか笑ってしまった。
「私はこれから先、あなたから魔力を奪い続ける女よ」
「君になら何だって、いくらでもあげよう。僕の天使、愛しているよ」
そう言ってリリーの背中に腕を回して頬にキスをした。
もう夏の気配がしていた。
読んでくださった方々ありがとうございます。