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分厚い本

 エーテルが承諾してくれたことにホッとしてから、あらためて辺りを見まわしてみて驚いた。家の周りや木の下、花の陰に大きさや姿形が様々なたくさんの生き物が隠れている。


「いつのまにか動物がいっぱい」


「ああ、僕の友達だよ。今は君を警戒して隠れているみたいだ」


 その後エーテルは家の中へ通してくれた。家の中は品のある家具が少し置いてあるだけのシンプルなインテリアだ。クリーム色のカーテンが花の香りがする風に揺られている。


「部屋は使っていない部屋がひとつあるからそこを使ってくれ。かつて客間だった部屋だから快適だよ」


「ありがとう。悪いわね。いきなり押しかけて」


「いいや、別に」


 エーテルは相変わらず素っ気ない。


「さてさて、荷物を部屋に置いてさっそく勉強会を開始するよ。時間が限られているんだろう?」




 部屋に荷物を置き居間に戻ってくると、先程まではなかった大きな本があった。


「ずいぶん大きな本ね」


 人の大きさ程もある。


「一族の先祖が書き残した本さ」


 エーテルが手をかざすと本はパラパラと捲れた。開いたページにはなにやら難しそうな文字やら挿絵やらが細かく書いてある。


「これを覚えて実践するんだ」


 正直、めまいがしそうだわ。けれどそんなことは言っていられない。さっそくエーテルによる授業が開始された。


「これは魔法の術式が書かれている。こっちの図形は……」


 耳慣れない単語に頭は混乱寸前だったけれど、エーテルが丁寧に教えてくれるおかげでなんとか理解していく。


「あの端に書いてあるのは……」


 エーテルがそう言って本の端を指差した時、ふいに二人の顔が近づいて咄嗟に離れてしまった。

 それを見たエーテルは複雑そうな顔をした。


「呪いなんてないとわかっていても、やっぱりこの痣は怖い?」


「いいえ、そうじゃなくて、、、」


 私は紅くなった顔を隠すように横を向いて口籠もってしまう。誤解を解きたいけれど、上手く説明できない。


「まぁ、いいや」


 そんなのは気にしないとでも言うように、エーテルは何事もなかったかのように説明を続けた。




「今日はこのくらいにしようか。一気にやってすぐに覚えられるものでもない。おつかれ」


 日はすっかり暮れていた。


「うぅ。ありがとうございました、、、」


 私は頭をおさえながら目をまわしている。そんな私を心配するようにエーテルは優しく声をかけてくれる。


「夕ごはんにしよう。そのあとは先にお風呂に入るといい。少し待ってて。支度をしよう」


 素っ気ないけれど、相変わらず優しい、、、


 エーテルは手際よく魔法で料理をこなした。その間にお風呂を沸かしている。

 すぐに温かい食事を出してくれた。カリッと焼かれたパンやロールキャベツ、温かいシチューが絶品だった。

 

 湯船には綺麗な色のお湯がはられていた。ちょうどいい湯加減で、張り詰めていた体がほぐれていくようだった。


「ここまでしてもらって、なんだか申し訳ないわ」


 そう思いつつも頭に浮かぶのは病に怯える弟の姿だ。今も病気が進行しているかと思うと気が気でない。


「どうしてダンばかりが、、、私がしっかりしなければ。はやく魔法を習得して治してあげたい」


 浴室の湯気で涙が滲んだ。




 お風呂から上がり居間に戻ると、ちょうどエーテルがどっさり袋を抱えて玄関の扉から入ってきたところだった。


「どうしたの? それ」


「君の服とか要りそうな生活用品とか。あとお菓子やらなんやら。必要だろう?」


 そう言うとエーテルはすぐにお茶とお菓子を用意してくれた。


「寝る前に少しゆっくりするといい」


「だけど、こんなことまで、、、それに弟が大変な時に私だけこんな」


「気分転換も必要だろう。棍詰めてすぐにできることでもない。それにあの病気はすぐに進行するものでもない。焦りは禁物だよ。君の方が思い詰めたような顔をしている。力を抜くことが重要だ」


「そ、そうかしら」


 エーテルにそう促されて席に着いた。エーテルが出してくれたゼリーとクリームが乗っている焼き菓子はとても綺麗で、ひと口頬張ると軽い口溶けでふんわりと優しい味が口の中に広がった。暖かいお茶と一緒に固くなっていた心を溶かしてくれるようだった。

 

 リラックスした私は、黙って向かいに座って同じものを食べているエーテルに話しかける。


「とっても美味しい。この洋服とかも本当に貰ってしまっていいの?」


「ああもちろん。そのために調達して来たのだから」


「調達って一体どこで?」


「隣の街で買ってきたのさ。あそこなら僕のことを知っている人はほとんどいないから、軽く変装だけして痣を隠して食料やらを買いに行くんだ」


「そうなんだ」


 なるほどそうやって生活していたのね。


「だけど、その、お金は?」


「ああ、心配いらない。生活できるだけのお金は毎月入ってくるんだ」


「どうして?」


「詳しく説明すると長いんだけど、僕の叔父が生前に本を書いていてね。それを三つ程隣りにある大きな街で出版したんだ。仲良くなった編集者がいたらしくてさ。そんでもってそれがよく売れてくれて、叔父が亡くなった今でも僕のもとに印税やらが入るんだよ」


「あなたの叔父様って確かものすごい大魔法使いだったって話は聞いたことがあるわ」


「そうだよ。僕の一族は皆大魔法使いだけど、特に叔父さんは桁違いだった。ただその分、痣の数も多くてね。街の人々はそんな叔父を見て恐れるようになった。一族にまつわる根拠のない噂がいろいろ出てきたのも人々が叔父の魔力を恐れたからだ」


「そうだったの。知らなかった」


「だけど実際の叔父さんはとても優しくて面白い人だったよ。自分の力が誰かの役に立つことを望んでいて、呪いの噂が広まる前はいろんな魔法の依頼なんかも受けていた。けど風評によってそれが難しくなってからは本をたくさん書いていた」


 そういうとエーテルは席を立ち、一冊の本を手にして戻ってきた。テーブルの上で開いて見せてくれたのは動物の絵がたくさん描かれた絵本だ。


「これは僕が幼い時に描いてくれた絵本。僕が動物好きになったきっかけの絵本なんだ」


「へぇ、とっても可愛い絵ね。皆んな笑ってる」


「この絵本に出てくる人間の子どもは動物と話すことができるんだ。その力で動物達を救っていく。だけど実際には僕はもちろん叔父さんですらそんな魔法は使えなかった。僕はその魔法が羨ましくて仕方なかったんだけど、絵本の中の話だと思って諦めていた。そしたら、、、」


 エーテルは再び不思議な色の瞳を輝かせて私を見た。急に目が合うと心臓にわるい。


「君がその能力をもっていた! すごいよ。動物と話しができるなんて」


「そ、そんな、私なんて他には何も取り柄なんてないし」


「そんなことはない。君はすごいよ」


 エーテル、よっぽど動物が好きなのね。


「だからきっと弟の病気も治せると僕は信じることにした。君ならできる。だから少しずつ、焦らなくていい」



「あ、ありがとう」


 大魔法使いに褒められるなんて不思議な気持ち。褒められたことなんてあまりなかったから余計に嬉しくなって、明日も頑張れそうな気がしてきた。


「君もすごいけど、叔父さんもすごいよね。生涯でたくさん本を書いたんだ。それが今も多くの人に読まれている」


「あなたには何か夢とか目標みたいなものはないの」


「僕?」


 エーテルはしばらく考えるように黙ったあと、また素っ気なく答えた。


「別に、ないな」


「そうなの?」


「今日はもう休もうか。おやすみ」


「おやすみなさい」



 

 その後はベッドに横になったものの、なかなか寝付けずにいた。やっと眠りについたものの夢の中で覚えたばかりの難解な魔法の方程式や図式などがぐるぐる浮かんで回って、真夜中に目が覚めてしまった。


 焦らなくいいと言ってもらえたけれど、頭の中は混乱したままだわ。


 喉が渇いた私は水をもらおうとそっと部屋を出てキッチンへ続く廊下を歩いた。

 エーテルの部屋の前を通ろうとしたら、中からうめき声のようなものが聞こえた。


 うなされている?


 心配になった私は躊躇しつつもそっと扉を開けて中の様子を伺った。


「うぅ、ぅ」


 中ではエーテルが苦しそうにうなされていた。私は咄嗟に部屋に入りエーテルに近づいた。


 すごい汗、、、


 気配に気づいたのかエーテルはハッと目を覚ました。


「大丈夫、、、? 苦しそうな声が聞こえて」


「別に、心配はいらない。痣が少し疼くだけだ」


 私はエーテルの額に手を伸ばし汗を拭おうとした。


「さ、触っちゃだめだ」


 エーテルはその手を払おうとして躊躇した。


「問題ないんでしょ?」


「そうだけど……」


 私はエーテルと初めて会ったあの日に、触れられなかった髪に触れた。そして優しく頬を撫でる。


「大丈夫よ」


 大人しく撫でられていたエーテルの痣の疼きは少しずつ治まっていった。


「……なんだか落ち着く。痣も静まっていくようだ」


「ほんとう? よかった」


「何故だか君が輝いて見える」


「何言ってるのよ」


「本当だよ。不思議だ、、、」


 そう言うとエーテルは目を閉じ、うわ言のように呟いた。


「ずっと会いたかった」


 その後すぐに眠りに落ちた。




 


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