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懐かしい丘

 街から丘のてっぺんまでは結構な距離がある。一心不乱に歩いてきて足はもう限界に近い。ふっと空を見上げると丘の上にあるレモン色とライム色の一軒家が見えた。


「あぁ、やっと着いた」


 空は夕焼け色に染まっている。ここを訪れるのは子どもの頃以来、数年ぶりだった。


「なつかしい。ドキドキするわ、、、」


 またこの場所に来られた喜びと不安が入り混じっている。

 夕陽に染る家の前に着いた時、タイミングよく扉が開いて中から懐かしい顔が出てきた。


 ど、どうしよう。


 最後に会った時はお互いに子どもだったけれど、彼はすっかり青年になっている。大人っぽい姿になんだか緊張してしまう。


「君は、、、まさか。どうしてここに?」


 もちろん私も大人になり姿が変わっているはずだけれど、彼はすぐに誰だかわかった様子で目をまんまるくしている。驚くのも当然だわ。いきなりだもの。


「ひ、久しぶりねエーテル。少し話がしたいの。あの、ちょっといいかしら?」


 私がそう言うとエーテルは表情を変えずに頷いて、家の扉を開け中に招き入れてくれた。




「久しぶりだね」


 エーテルはそう素っ気なく言って、紅茶を淹れてくれた。私はお礼を言ってそれを受け取る。


「おっと、それ以上近づいちゃいけない。僕の呪いがうつるんだろう?」 


 エーテルは少し嫌味っぽく言った。


「え? そ、それはただの噂よ。本当は大丈夫なんでしょう? 知ってるわ」


「へー…… 驚いたな」


 私の返事にエーテルはまたも目を丸くしている。

 

 彼、やっぱり気にしているんだわ、、、

 そう思って私はすぐに謝ろうと思った。


「私も誤解していたの。ごめんなさい、、、」




 エーテルとの出会いは子どもの頃に遡る。

 ある日、弟のダンが丘の上に行ってみたいと言った。体の弱い弟だから連れて行ってあげるか迷ったけれど、結局両親に内緒でこっそり二人で丘の上に登った。ただ広い景色を弟に見せてあげたかった。

 

 息を切らせながらたどり着いた丘の上で、目の前に現れた綺麗な家に私とダンはしばらく見とれていた。


 次に二人の視線を奪ったのは私たちと同じ歳くらいの少年だった。その少年の顔や体には無数の青紫色をした痣が浮かび出ていて、所々爛れているように見えた。二人の視線に少年は不快感を示したけれど、私の目は彼の不思議な色をした瞳に釘付けになってしまった。


 それは見たこともないような綺麗な目をしていて、幼い私はその少年の瞳から目を逸らせずにいた。


(綺麗……)


 ふと彼の髪に黄色い花びらがついていることに気付き、私はそれを取ってあげようと手を伸ばした。その瞬間、


「さわらないで!」


 少年は後ずさるように私から離れた。


「ご、ごめんなさい。花びらがついていたから、、、」


 何か悪いことをしてしまったのかしら、、、驚き唖然としている私に対し彼は罰が悪そうに目を逸らした。


 それからも弟は頻繁に丘に行くことをせがんだ。丘の上から眺める街の景色がよっぽど気に入ったらしい。私も少し気まずさを覚えながらもあの少年のことが気になり、それから何度も丘を登った。


 最初は距離をとっていた少年も、私たちが気になる様子でこちらを伺っていた。少しずつ話しかけていくうちに次第に距離が縮んで行き、ある日名をエーテルだと教えてくれた。 

 丘の上の家にはエーテルしか住んでいないらしく、子ども同士三人でよく遊ぶようになった。

 

 もうすぐ夏が終わろうとしていたある日の昼下がりエーテルが私の手を取り、花畑のまん中で笑い合い踊った。そして私にだけ聞こえるように耳元で「好きだよ」とささやいた。それは淡い子どもの頃の、夢現な思い出になった。


 けれどその後、丘の上に行っていることが両親に知られてしこたま怒られてしまう。


「いい? あの丘の上にはもう二度と行っては駄目よ。ダンに何かあったらどうするの?」


「あの丘の上に住む魔法使いは呪われている。身体中に痣があっただろう。近づけば呪いがうつるかもしれない。危険だからもう二度と関わってはいけない」


 弟のダンは病気がちで身体が弱かった。それはもちろんわかっていた。だけど丘の上で楽しそうにしているダンを見て安心しきっていた。それに、何かと心配な弟を中心にまわっている生活の中で、エーテルと過ごす時間は私にとってホッとできる大切なものだった。

 丘の上に行くことを禁じられた後はしばらく泣いて過ごした。

 

 初恋だった。

 彼に会いたい。


 だけど度々体調を崩し苦しむ弟を前に、その願いは胸の奥底に押し込むしかなかった。

 次第に丘の上を見上げることすらもやめた。




「それで今日はどういったご用件で?」


 すっかり成長したエーテルは他人行儀に言った。エーテルの顔や身体には相変わらず青紫の痣がある。それは昔よりも広がっているように見える。歩きづらいのか時折足を引きずっているようにも見えた。


「お願いがあるの。弟を、ダンを治してほしいの」


「ダンを? どうかしたのか?」


 私は少し取り乱してしまいながらも必死に説明した。


「珍しい病気にかかってしまって。街のお医者様にこの病気を治せるのはあなたの一族の人だけだと聞いたのよ。大魔法使いの一族のあなただけだと」


「どんな症状だい?」


「身体中が髪の毛から始まり、徐々に青くなっていく病気らしいの。ダンはもうすっかり髪の毛が真っ青なの。この病気が進行すると、、、命を落としてしまうらしいわ」


「その病気なら確かに一族に伝わる書物に治し方が載っていたはずだ。僕なら再現できるかと思う」


「本当に? お願い! 今更都合がいいのはわかってるの。だけどあなたにしか頼めなくて、、、私達のこと恨んでるかもしれないけれど」


「いや、別に恨んでなんかいないよ。ただ僕も当時は少し、急に君達が来なくなったことに対して不思議だったりもしたけどさ、昔の話さ。まぁこちらも愛想は尽きたし今は心底どうでもいいけどね」


 飄々と語るエーテルに私は複雑な気持ちになる。


「仕方なかったのよ」


「あぁ、そうかい。僕だってそんなに冷徹なわけじゃない。協力はしてもいい。けど、どうやって治せというんだ? 街に行って直接診る? そんなことできるわけないだろう? この痣を見てくれ。街の人々はこれが何らかしらの呪いで、僕が近づくと同じように呪われると思っているんだ。知っているだろう?」


「だけど、、、その痣の本当の原因は呪いではなくて、魔力のせいなのよね? あなたの一族の強すぎる魔力が身体を蝕んでいるんでしょう? 他の人にうつるようなものではないはずよ」


「へぇ、、、そんなことまでわかっているのか? 意外だな。確かにこれは遺伝による強すぎる魔力の代償のようなものだ。他の人には関係がない。だけど街の人間は信じないだろうな。呪いだと信じ込んでいる。悪いけど僕が街にいけば大変なことになると思うよ。かと言って君の弟をここに連れてくることも叶わないだろう」


「ええ、両親がまず許可をしないわ」


「ならどうしろと」


「私に治す魔法を教えてほしい」


「え、君に? 悪いけど、並大抵のことではないよ。僕の一族の類稀な魔力によってなせるわざだ」


「わかってる。だけど他に方法を思いつかないの。可能性が僅かにでもあるならなんだって試したい」


 手が僅かに震える。弟を失うかもしれない恐怖と弟を助けたい気持ちが溢れるようで抑えられない。


「……別に、いいけど」


 私の必死な様子を見たエーテルは困惑したようすながらも承諾をしてくれた。


「ところで君の家族にはなんて説明を?」


「別の街の医師を訪ねるためにしばらく家をあけると言ってあるわ」


「へぇ。準備万端なわけか。それともうひとつ聞きたいんだけど、君、僕の痣のことは誰から聞いたんだ?魔力云々とかどうして君が知っている」


「それは猫ちゃんに聞いたのよ」


「猫?」


「ええ、ほらあの子」


 私が指差した先に白い猫が歩いている。


「カムカム? カムカムが?」


「あの子カムカムっていうの? ある日から家の前でよく見かけるようになって仲良くなったの。そしたらあの丘の上に住んでることとか、あなたのこともいろいろ教えてくれたのよ」


「いや君、猫から聞けるわけ、、、」


「あのね最近気づいたのだけど、どうやら私には動物と会話ができる能力があるみたいで」


「えぇっ!」


 そんなに驚く?


 エーテルに会えなくなった後、寂しさを紛らわすようによく動物に話しかけていたおかげでこの能力に目覚めたのかもしれない、、、とは言わなかった。

 かわりに誤魔化すようにこう言う。


「ま、まだ習得中なんだけどね。海中の生き物とかはまだまだ難しいし」


「へぇ、、、そりゃすごい」


 エーテルは綺麗な瞳を輝かせて言った。

 その目で見つめられた私は顔が紅くなってしまい、咄嗟に目を逸らした。


 


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