5 リザの提案③
アーチボルドは数日間はベッドの住人となったが、それでも常人よりもずっと早く怪我が治り、三日後の夜には自力で風呂場に行けるほどになった。
彼はロスと一緒に風呂に入ってくれるとのことなので、リザはあらかじめ買っておいた大柄な男性用の衣類を脱衣所に置いて、調理場で夕食を作っていた。
「リザ、おふろでたよ!」
「はい、おかえりなさ――」
ロスの声が聞こえたので振り返ったリザは、お玉を手にしたまま固まってしまった。ほかほかと体中から湯気を上げるロスの後ろに、やけにさっぱりとしたアーチボルドがいたからだった。
ハニーブロンドの硬質な髪は肩先までの長さで、前髪を上げているので涼しげな青色の凜々しい目がよく見えた。
口の周りを覆っていた髭は全て剃られており、あごのラインがはっきりとしているのが大きな変化で、もっさりしていたときよりもずいぶん若々しく見えた。
(もしかしてアーチボルドさんって、私が思っているより若かったのかも……?)
リザがまじまじと見ているからか、肩からタオルを掛けたアーチボルドはちらと自分の肩あたりを見る。
「何かおかしいか? もう臭いもしないはずだが……」
「いえ、その、ずいぶん雰囲気が変わって見えて……」
「……ああ。これだけちゃんと剃ったのも久しぶりだな」
アーチボルドは自分のすっきりとしたあごを撫でてから、ロスの髪に触れた。
「ロスも、ちょっと髪を切ったんだよな」
「うん、すっきりした!」
「それはよかったです。……傷も痛まなかったですか?」
「ああ。俺は元々、傷の治りは早い方なんだ」
アーチボルドはそう言うが、毎日彼の傷の具合を診ているリザは同意するしかなかった。普通の人間なら、あの大怪我を負って数日で風呂に入ることはおろか、立って歩くことも難しいだろう。
ちなみに彼に年齢を聞いたところ、二十五歳だと分かった。髭状態だと三十代に見えたが、実際はリザと三つしか違わなかったようだ。
夕食を取ると「まだ寝ない!」と暴れるカイリーとロスを寝かせ、リザはお茶を飲みながらアーチボルドと今後の話をすることにした。
「明日、早速ファウルズの町のギルドに行ってみようと思う」
アーチボルドが切り出したので、なんとなくそう言いそうな雰囲気を感じていたリザは肩をすくめた。
「まだ傷口が塞がってすぐですよ?」
「だからといっていつまでもベッドにいると、体が鈍ってしまう。それに、これからこの町で生きていくとなると、早めに住人たちに顔を知ってもらうべきだろう」
「ええ……そうですね。今の顔だと、あなたが隣国の指名手配犯だとは分からないと思います」
マレー自治区で出回っているだろう手配書はおそらく、「十歳くらいの少年を連れた、三十代くらいの髭面の大男」だ。今のすっきりした彼と女の子らしい態度になったカイリーであれば、件の賞金首だと気づく者はいないだろう。
(最初は病院に行くことも躊躇っていたようだけど、今の姿なら普通の人として町で生活できそうね)
そこでふとリザは心配になり、アーチボルドに尋ねた。
「……私が提案したことではあるのですが、ファウルズの町に根を下ろすことに異論はないのですね」
「ああ。若い頃は根無し草状態でもなんとかやっていけたが、これから年を取るとそうもいかなくなるだろうし……カイリーやロスがいるからな」
「ロスも、あなたが面倒を見ることにしたのですね」
「あいつの親は、俺が殺しているからな。……本人は俺に感謝しているようだからいいが、助けたからには責任を持つべきだ。カイリーと同じく、ロスも十六歳の成人になるまでは世話をしようと思うし……その頃には俺も四十近いから、あいつらのためにもそろそろ地に足の着いた生活を始めるべきだとは思っていたんだ」
リザが淹れたお茶を片手にそんなことを語るアーチボルドは、立派な父親の顔をしている。
実の子ではないが、カイリーのことを……そしてつい最近出会ったロスのことをも、守るべき対象として考えていることがよく分かった。
「……分かりました。ファウルズの町で家を借りるには、身元保証ができればいいです。ただ、それにはシェリダン王国民である必要があって……」
「マレー自治区から来た俺たちではすぐには借りられず、相応の金と信頼が必要になるということだな」
アーチボルドが太い腕を組んで言うので、リザはうなずいた。
「ですので、ギルドでお仕事をしていただくのが一番いいのです。子ども二人を扶養するということも申請すれば少しはハードルも下がると思いますし、私も紹介状を書きますよ」
「いや、そこまでしてもらうわけにはいかない」
アーチボルドはすぐに断った。
「ただでさえ……俺が仕事に行く間は、カイリーやロスのことをおまえに預けることになる。後のことは俺一人でなんとかするべきだ」
「そういうことなら、お任せします。……カイリーを女の子らしくするには、骨が折れそうですものね」
「ああ。……あいつは出会ったときからあんな感じだったが、男だったら俺の仕事を手伝わせてもらえると思ったようで、ますます男のふりに固執するようになったんだ」
過去を思い返すような眼差しでアーチボルドが言うので、リザは静かに微笑んだ。
「女の子らしくなる、というのはあなたたちが一緒に暮らす上で必要なことではあるのですが……カイリーにとって一番いい形で生きていけるといいですね」
「……ああ、そうだな」
そこでアーチボルドは腕を下ろして両膝の上に手を載せ、深々と頭を下げた。
「……何から何まで、世話になる。どうかあいつらのことをよろしく頼む、神官殿」
「どういたしまして。それから、どうか私のことはリザとお呼びください」
「だが」
「これからしばらく一緒に暮らすのですから、役職名で呼ばれるのはよそよそしいでしょう?」
アーチボルドが三人で暮らせる家を探せるまでではあるが、この教会での四人暮らし生活を行うことになる。
それなのにいつまでも「神官殿」と呼ばれるのは寂しいので、早いうちから呼び方を決めておきたかった。
リザの言葉を聞き、アーチボルドは生真面目にうなずいた。
「了解した、リザ。俺のことも、アーティと呼んでくれ」
「よいのですか?」
「むしろ、こちらの方がいろいろと都合がいい。……マレー自治区にいた頃は、もう一つの愛称の『バード』で通していた。賞金首になっているのもバードの名前だろうから、アーティと呼ばれる方が有り難いんだ」
「そういうことでしたら、アーティと呼ばせてください」
「ああ。……よろしく」
ランプの明かりが揺れる中、テーブル越しに握手をする。
リザの手はアーチボルドの手のひらにすっぽりと覆われてしまい、二人は別室にいる子どもたちを起こさないよう、小さく噴き出したのだった。