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4  リザの提案②

「おい、アーティ! おれたちを置いていくなんて、冗談だろう!?」

「冗談ではない。……元々、俺の仕事はおまえを連れて回るには危険すぎた。おまえには、普通の子どもとして教育を受けて育つ権利がある」

「そんな権利、アーティと離れてまでほしくねぇよ! アーティが出ていくなら、おれもついていく!」


 かっとなったカイルに掴みかかられる男は小さく息を吐き、リザを見上げてきた。


「神官殿。俺は……俺たちは、マレー自治区からやってきた。察しているかもしれないが、俺はマレー自治区の傭兵で、賞金稼ぎをしながら生計を立ててきた」

「傭兵の方かもしれない、とは予想していました」


 リザは答えた。


 マレー自治区は、ここシェリダン王国の東に位置している。元々は北の帝国の一部だったが民衆蜂起して独立した、確固とした君主を持たない地域だ。

 その治安は決してよいものとは言えず、多くの者が貧困にあえいでいる。シェリダン王国にマレー自治区からの難民が流れてくることも、珍しくない。


 そんな自治区では、力のある者が成り上がれる。この男のように傭兵になり、賞金稼ぎをしながら生計を立てる者も少なくないという。


 男は、どこか諦念の感じられるため息を吐き出した。


「だが、今では俺は自治区でのお尋ね者だ。……賞金稼ぎが、賞金首になってしまった」

「でもそれは、ロスを助けるためにやったことだろ!」


 カイルが言ったからか、おとなしくパンをかじっていたロスも振り返った。ふわふわの金髪に緑色の目を持つ彼は、「ほんとうだよ」と援護射撃を放った。


「しんかんど……リザ。アーティが、ぼくをたすけてくれたの」

「……よろしければ、どういうことなのかお伺いしても?」


 リザが問うと、男は「もちろんだ」とうなずいた。


「今回護衛として俺を雇っていた連中は金持ちの商人だったが、息子のロスを虐待していた。ロスを助けるために、俺は商人夫妻を手に掛けるしかなかった」

「アーティはちゃんと、ロスが見てないところでやったんだ。それでロスを連れて逃げていたんだけど、指名手配されちまったんだ。だからシェリダン王国まで逃げてきたんだけど、しつこい追っ手に腹をグサッとやられて……」


 ジェスチャーを交えながらカイルも説明したので、リザは小さくうなずく。


(それで、子ども二人を連れて逃げてきたのね。医院に行きたがらないのも、それが理由だったのかも……)


 なるほど、昨夜雨の中カイルが駆け込んできた理由が分かった。


「カイルも、実の子どもではないのね」

「ちげぇよ。おれは二年前にアーティに拾われてから、ずっとその相棒をしてるんだ。だから……」


 そこでカイルは男を見て、ぎゅっとまなじりを吊り上げた。


「……まだ恩を返し終わってないし、おれはアーティから離れたくない! だから、おれたちを置いていくなんて言うなよ!」

「だが、俺は指名手配されている。十歳くらいの『少年』を連れた大男としてな」

「……」

「カイル……いや、カイリー。おまえはこれから、『少女』として生きていけ。そうすれば、俺の仲間だと疑われることもないだろうし……そもそもそれが本来の、おまえの姿だ」

「えっ?」


 思わずリザが声を上げると、カイルは不機嫌そうにこちらを見てきた。


「……なんだよ。おれが女だったらいけないのか?」

「いえ、少年のふりがとても上手だったので……」

「ふん、そうだろ、そうだろ」


 カイル――もとい少女カイリーは満足げに言い、男を見た。


「だったら、おれが女として振る舞えばアーティは一緒にいてくれるんか?」

「……それならむしろ、旅には連れていけない」

「あああああ! こんちくしょう、この石頭め! 観念しやがれこの野郎……!」

「……あのー、ちょっといいですか」


 今にも親子喧嘩――厳密には親子ではないが――が始まりそうだったので、リザはおずおずと手を挙げた。


「あなたたちの状況は、なんとなく分かりました。カイリーはこちらの方と離れたくなくて、あなたはカイリーに安全な場所にいてほしいのですね」

「ま、そういうことだ」

「……そうだな」

「では、こうしません?」


 リザは、右手の人差し指を立てた。


「あなた……ええと、念のために伺いますが、お名前は?」

「アーチボルドだ」

「分かりました。アーチボルドさんはこれから、ファウルズの町で暮らせるように準備をしてみてはどうでしょうか。ファウルズには労働ギルドがあるので、そこでお仕事を探すことができます。あなた方の生活基盤が整うまで、カイリーとロスも含めた三人をこちらの教会で預かりましょう」


 リザの提案にカイリーは「ん?」と首をかしげているが、男――アーチボルドは理解したようで眉根を寄せた。


「……なるほどな。だが子どもはともかく、大人の俺が教会に身を寄せるのはまずいのではないか」

「大人だけならともかく、あなたはカイリーとロスの保護者です。子どもとその保護者であれば、教会による保護対象者になります。そうすればアーチボルドさんはカイリーたちを安全な場所にいさせられる。カイリーは、アーチボルドさんと離れずに済む。それに私としても、成人男性がいてくれると何かと助かりますからね」

「おう、そういうことか! いいじゃねぇか!」

「ただしカイリー、あなたには女の子として暮らしてもらいます」

「はぁあ!?」


 最初は喜んでいたカイリーは目を剥いて叫んだが驚いているのは彼女だけで、胸の前で腕を組んだアーチボルドも「当然だろう」と言う。


「おまえもセットで指名手配されてしまったようなものなんだから、『十歳くらいの少年』から離れられるように努力してもらわないと困る」


 アーチボルドが冷静に諭したからか、カイリーはぐぬぬ、となりつつもうなずいた。


「……分かったよ。ロスも、それでいいか?」

「ぼくは、カイルとアーティといっしょにいられるんならなんでもいいよ。リザも、やさしいし」


 ロスはそう言って、ニコッと笑った。その笑顔に、リザとアーチボルドとカイリーの表情が同時にほぐれた。


「……。カイリーを拾ったときから、最後まで面倒を見るって約束したからな……仕方ない」


 アーチボルドはそうつぶやいてから、リザを見上げて少しまぶたを伏せた。


「……しばらくの間、世話になる。立てるようになったら、生活費を必ず返済する」

「教会は献金で成り立っているので、返済は結構です」

「ならば、献金することで返済に充ててもらおう。……カイリーたちはともかく、俺までタダで世話になるのはプライドが許さんからな」


 そういうことなら、リザも喜んで金を受け取れるだろう。


(……これから、騒がしくなりそうね)


 自分で提案したことではあるのだが……リザはなんだか、これからの日々が楽しみに思われた。

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