汚れた世界で輝くものは②
カイリーは宣言どおり、アーチボルドの背中を追いかけた。
そしてアーチボルドも「置いていく」なんて言いながら、カイリーが倒れたりもたついたりしていると足を止め、追いつくのを待ってくれた。食料を分けてくれたし、子ども用の服も与えてくれた。
だからカイリーも、恩を返そうと頑張った。
夜の見張りをすると言い張って、寝落ちした。
町に買い物に行って、財布をスられてアーチボルドに取り返してもらう羽目になった。
荷物運びを手伝うが、重すぎて倒れた。
手伝いどころか足手まといになっている自覚はあったが、アーチボルドはカイリーが失敗しても叱らずミスの分を黙って自分でフォローし、カイリーの手伝いが成功したときは「助かった」と言ってくれた。
アーチボルドは傭兵として仕事をするとき、大剣だろうとハルバードだろうとボウガンだろうとそつなく使いこなし、依頼者の任務を完了する。
そういうときカイリーはたいてい留守番だったが、一年ほど経つと荷物持ちとして連れて行ってくれるようになった。
剣一本で依頼者の護衛任務を遂行するアーチボルドを、カイリーは尊敬の眼差しで見つめていた。
寡黙ながら優しく、腕っ節の強いアーチボルド。
そんな彼の自称相棒になれたのは、カイリーにとってとても誇らしいことだったし、彼に助けを求めた自分の人を見る目は確かだったのだというのも嬉しいことだった。
……だがそんなアーチボルドも、完璧な超人ではない。
馬車で移動する商人夫妻を護衛しているとき、アーチボルドはその息子が虐待されていることを知った。
たった四歳でありながら詰め込みすぎるほどの教育を施され、できないことがあれば殴られ食事を抜かれる。そんなロスという少年のことを知ってはいたが、依頼主である手前何もできずにいた。
……だがロスがついに、アーチボルドに「助けて」と救いの手を求めた。
アーチボルドは、依頼者を裏切った。
ロスの首を絞めようとする商人を殴り飛ばし、その妻の喉にナイフを向けて、カイリーに命じた。「ロスを連れて、先に逃げろ」と。
カイリーはその命令に従って、馬車の隅で丸くなって震えるロスの手を取って一足先に逃げ出した。
しばらくしてやってきたアーチボルドは顔に返り血を浴びており、それを見ただけでカイリーはアーチボルドが何をしたのか知った。
凄腕の傭兵として有名だったアーチボルドは一転して、賞金首になった。
「殺人鬼バード」として追われる身になったアーチボルドはカイリーとロスを連れて、マレー自治区からシェリダン王国へ渡った。
しつこい賞金稼ぎたちが追ってきたが、全てアーチボルドが倒した。
その間、カイリーは幼いロスを守る役目を請け負い、必死に三人で逃げた。
そうしてついに国境を越えた。シェリダン王国では、マレー自治区の指名手配の効果が弱くなる。
これで一息つける……と思ったが、最後の追っ手が襲ってきた。アーチボルドは追っ手を倒したものの、カイリーたちを守るために腹に攻撃を食らってしまった。
晩夏の雨の中、アーチボルドは腹から血を流しながらもカイリーたちを抱えて走ったが、ついに膝を突いてしまった。
カイリーは急ぎアーチボルドを丘陵地帯の洞穴に連れて行き、なんとか止血手当てをしてから立ち上がった。
「アーティ、おれが誰かを連れてくるよ」
「っ……だめだ。カイリー、ロスを連れて二人で逃げろ。おまえたちだけなら、教会で保護してもらえる……」
「やだよ! アーティも一緒だ!」
「し、しなないで! いっしょに、がんばろう!」
ロスまでぶるぶる震えながら言うからか、それとも怪我のためか、アーチボルドはうめいて目を閉ざした。
一瞬ぎょっとしたが、慌てて胸元に触れると心臓は動いていた。まだ、助かる。
「ロス、いい子だからここでアーティの様子を見ていてくれるか。おれが絶対に、助けを呼んでくるから!」
「う、うん。ぼく、がんばる!」
健気なロスの頭を撫でてやってから、カイリーは激しい雨の中飛び出した。
幸い、この途中で町があるのが見えた。そこに駆け込めばいいが……医者は、まずいだろう。
いくらここはマレー自治区ではないにしろ、医者だとよそ者の診療を断ったり、法外な金を要求したりするかもしれない。それに、アーチボルドを通報されてはたまらない。
「……教会か」
正直カイリーは教会が嫌いだったが、背に腹は代えられない。
カイリーは雨の中、教会の目印である星のモチーフがある建物を探し、ついに丘の上の建物を見つけた。
カイリーが最初、教会の神官を見たときの印象は、「なんかぱっとしない貧乳の姉ちゃん」だった。
墨を溶いたかのような色の髪は艶やかで、茶色の目はアーモンド型ではあるが愛嬌のある眼差しをしている。
体はものすごく細くもものすごく太くもなく、肌の白さや物腰の穏やかさから、いかにもいいところのお嬢様育ちという感じがしていた。カイリーにとって、苦手な部類の女だった。
……正直、ハズレだと思った。こんななよなよした女では、アーチボルドを救えそうにない。
こうなったら危険を冒してでも、医者に頼るべきか……とすら考えた。
だが神官の女は豪雨の中でもちゃんとカイリーの後を追って隠れ場所に来たし、腹部をやられて血まみれになるアーチボルドを見て表情をこわばらせたものの、てきぱきと治療を進めた。
自分の白い両手が血と膿で汚れても、傷みでうめくアーチボルドに掴まれた二の腕に真っ赤な手形が付いても、彼女は唇を引き結んで傷を消毒し、包帯を巻く作業をやめなかった。
カイリーには、泥と汗と血にまみれながらも負傷者の手当てをする神官の女が、なぜかとてもまぶしく思われて、直視するのが少し怖かった。




