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33 お礼のキスを

 アーチボルドによって救出されたリザは、すぐに教会に戻る――ことについて、アーチボルドの許可が下りなかった。

 もう額の痛みはかなり引いているし大丈夫、と言ったのだが、「今のおまえは、世話を焼かれる側だ」と珍しくアーチボルドに怖い顔で叱られ、ファウルズの町の宿屋に連れていかれた。


 そこにはカイリーとロスの姿もあり、ここでやっとアーチボルドから下ろしてもらえたリザは彼らと抱き合うことができた。


「よかった! リザ、無事だったんだね!」

「リザぁ! あいたかった!」

「二人とも、心配掛けてごめんなさい。私は大丈夫よ」


 ロスはリザの顔を見た瞬間から涙をこぼしており、カイリーでさえリザに抱きしめられながら洟をすすっていた。


「……二人とも、今回の騒動の功労者だ」


 そう言うのは、抱き合う三人を少し離れたところで見ていたアーチボルドだった。


「俺がちょうど仕事を終えてギルドに戻ったところで、そこにカイリーが駆け込んできた。空になったペンキ缶を抱えていて、リザが変なやつに攫われたということを教えてくれたんだ」

「ペンキ缶……?」

「今日買ったやつだよ。青色の」


 カイリーが言うに、彼女がロスの泣き声でおそるおそる一階に下りたところ、見知らぬ男に連れていかれるリザを見つけた。早くリザを助けなければ、と思ったが、武器を持たない彼女では成人男性と戦うのは不可能だ。


 よってカイリーは教会の玄関に置いたままだったペンキ缶を開けて教会前に停車している馬車の下に潜り込み、中身のペンキを馬車の床板に向けてぶちまけた。

 誘拐犯は馬車の底面にペンキが塗られていることに気づかず発進させ、粘度のあるペンキは動く馬車から少しずつ垂れ落ちた。


 こうして誘拐犯が逃げる道のりにはペンキの道ができ、カイリーの話を聞いたアーチボルドはすぐさま青色の足取りを追ってあの家屋にたどり着いたのだった。


(まさか、そんな機転を働かせていただなんて……!)


「カイリー……あなた、天才だわ!」

「そ、そうかな? でもペンキの缶、空っぽにしちゃった。青色は結構高いってリザが言ってたのは覚えていたんだけど、近くにあったのがその缶だったから……」

「何を言っているの。あなたの賢い行動のおかげで私は助けられたのよ。ありがとう、カイリー」


 それに、とリザはもじもじしているロスを見つめた。


「ロスも、よくやってくれたわ」

「ぼ、ぼく、なにもできなかった。へんなおじちゃんをおこらせて、リザがいたいおもいをして……」

「俺はさっき、『二人とも、今回の騒動の功労者だ』と言っただろう? おまえもだよ、ロス」


 アーチボルドがそう言って、ロスの頭にそっと手のひらを乗せて髪を優しくかき撫でた。


「ロスが声を上げたから、いち早くカイリーが異変に気づくことができた。それにもしおまえがリザの指示を聞いていなかったら、あの男はリザにもっとひどいことをしていたかもしれない」

「……」

「戦うのが全てではない。力のないうちは逃げても隠れても当然だし、俺のように戦い慣れた者でさえ、戦況によっては撤退を選択することもある。……よく行動できた、ロス」

「……え、えへへ。そうかな?」

「そうよ。ロス、ありがとう」


 アーチボルドに励まされて笑顔になったロスとカイリーの頬に、リザはキスを落とした。

 ロスはきゃっきゃとはしゃぐが、カイリーはリザにキスされた頬にそっと触れてから、何か思いついたかのようににやりと笑った。


「……それじゃあリザ、パパにもキスしたら?」

「えっ?」

「カイリー、おまえ何を……」

「ロスが連絡係で、あたしが捜索係。それでパパが救出係だとしたら、同じ功労者のパパにもキスしてあげるべきなんじゃないの?」


 そこでリザはカイリーが意味ありげな笑みを浮かべていた理由が分かり、やれやれと頬に手を当てた。


「アーティにもさっき、お礼を言ったわ」

「いやいや、お礼を言うだけじゃ足りないだろ? ていうかあたしやロスよりよっぽどパパの方が頑張ったんだから、むしろキスよりもっとすごいのをあげた方がいいんじゃない?」

「キスよりもっとすごいの……」

「いい加減にしろ、カイリー!」


 それは一体何なのだろうか、と真面目に考えようとしたリザだったが、耐えかねた様子のアーチボルドがカイリーの首根っこを掴んでリザから引き剥がした。

 そうして「リザを困らせるな!」「またまたそんなこと言って、パパも期待しているんじゃないの?」「……おまえ、小遣い抜きだ」「ええっ、ひどい!」と親子喧嘩を始めたので、リザは頬をほころばせてしまった。


 リザがくすくす笑うからか、アーチボルドとカイリーは同時にこちらを向いて、同じようなばつが悪そうな表情になった。


「リザ、この馬鹿娘の言うことを真に受けなくていい」

「分かりました。では、アーティにもお礼のキスをしましょうか」

「そ、そういうことではない。俺は不要だから、俺の分もこいつらにキスをしてやってくれ」


 アーチボルドは少し声を上擦らせながら言って、カイリーは「つまんねぇの」とぼやきながら父親の拘束から逃げだすと、ぽかんとしているロスのもとに向かった。


 ……なんだかいろいろとはぐらかされた気もするが、嫌だとは思わない。


 また、このにぎやかな場所に戻ってこられたことが、リザにとってはたまらなく嬉しいことだったから。

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