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3  リザの提案①

 リザの眠りは、どたばたとやかましい足音によって妨げられた。


「おい、神官! どこにいる、出てこい!」


(何事……?)


 あまりすっきり起きられない質のリザは、とろとろと眠りから覚め――ずきっと側頭部が痛んだため、小さくうめいてしまった。


(ああ、そうだ。怪我をしていた男性を夜通し治療して、連れて帰って……)


 髪も洗っていない下着姿のリザは顔を上げて、窓の外を見る。太陽は既に西の空に傾きかけているようで、明け方から昼過ぎまで泥のように眠っていたことが分かった。


 先ほどからドアの向こうで、「ここか!?」「いない!」と言いながら部屋のドアを片っ端から開けて回っているらしいのは確か、カイルという少年の声だ。


「私ならここです」

「こっちか!」


 リザの声を聞くなりばんっとドアが開き、ぎょっとしてしまう。


 まだ十歳程度とはいえ、相手は少年だ。慌てて下着姿の胸元を隠すが、ドアの前に立っていたカイルは「おう、起きていたんだな!」とあっさりしている。


「さっきからアーティがゲエゲエ言っててやばいんだ! 来てくれ!」

「わ、分かりました。でも、部屋に入るときにはノックしてくださいね」

「あ? そんなのまどろっこしいだろ!」


 カイルは乙女心には全く鈍感のようで、「早く来いよ!」とだけ言ってきびすを返してしまった。


(あの人が元気になったら、カイルに女性の扱い方について教えてあげてほしいわ……)


 リザがもっと魅力的な体型をしていたらカイルも多少は気配りをしたかもしれないが、残念ながら胸が大きいわけでも腰が細いわけでもないリザの体では、カイルに分かってもらえそうになかった。


 昨夜着ていた上着はどろどろなので後で洗濯することにして、普段から仕事の際に着ている修道服を身につける。紺色のワンピースに純白のケープとエプロンという出で立ちは、正教会の女性神官の立派な仕事着である。


 本当は髪や顔を洗いたいのだが、カイル曰く「アーティがゲエゲエ言っててやばい」とのことなので、まずはあの大男の様子を見に行くことにした。


 三人にあてがった部屋にカイルの姿はなく男と少年ロスがおり、ロスはリザを見ると「しんかんどの!」と昨夜の男を真似て呼んできた。無邪気な呼び方に、ついリザの頬が緩む。


「おはようございます。ロス、と呼んでもいいですか?」

「うん。おはよう、しんかんどの」

「私のことはリザと呼んでください。まずは、そちらの方の様子を見るのと……あと、お腹が空いているでしょう」

「ぼく、だいじょうぶ。アーティだってがんばってるもん」


 ロスはきりっとして言うがその直後、きゅるるる、とかわいらしい腹の虫の音が聞こえてきた。


 さっと赤面してお腹を隠すロスに微笑みかけ、リザは部屋の隅に置いていたリュックサックを開けて中から非常食の乾燥パンと水入りの水筒を出した。


「まずはこれを食べていてください。カイルも……」

「呼んだか!?」


 ちょうどいいタイミングでカイルが部屋に飛び込んできたので、リザは彼に二人分のパンと水筒を渡した。


「私がこちらの方の様子を見るので、あなたとロスはこれを食べていてください。落ち着いたら、ご飯も作りますので」

「やった、飯! アーティの作る飯はむちゃくちゃまずくはないんだけど毎日食うのはしんどい味だから、おまえの飯を食べてみたい!」

「いいですよ。ただ……私の名前は『おまえ』ではなくて、リザです。そう呼んでくれますよね、カイル?」

「……おう、分かった、リザ」


 カイルはやや不服そうな顔をしつつも、うなずいた。このまま育てば不良少年まっしぐらなカイルだが、根っこは素直なようだ。


 カイルがロスにパンを渡し、「急いで食って喉に詰まらせるなよ」なんて兄貴風を吹かせているのを尻目に、リザは男のベッドに向かった。

 ゲエゲエ言っている、とカイルは言っていたが嘔吐した様子はなく、呼吸は荒いものの顔色はそれほど悪くない。出血もずっと止まっているようなので、峠は越えたようだ。


(あれほどの裂傷なのだから死に至ってもおかしくないのに、昨夜は自力で立ち上がって私の手を借りつつでもここまで来られたし……驚異的な体力ね)


 そっと包帯を引っ張るが、血糊で固まっているのは一部だけで、きれいに剥がすことができた。

 傷口を洗っているとさすがに痛むようで男はうめき、ゆっくりとまぶたを開いた。今朝見たのと同じ青色の目が、少しとろんとしたような眼差しでリザを見上げる。


「……天使?」

「正教会ファウルズ支部の神官、リザ・エルメンヒルデ・ダイムラーでございます。天使ではありません」

「……ああ、そうか。俺はしくじって……」


 最初は記憶が混濁している様子だったが、男は瞑目してしばし黙ってから、再び目を開いた。先ほどよりその視線ははっきりとしていた。


「俺たちを助けてくれて、ありがとう。さしもの俺も、死を覚悟した……」

「起き上がって不自由なく生活できるようになるまでは、もう少し掛かるでしょう。それまで、ここにいてくださって大丈夫です」


 リザがそう言うと、男は困ったように眉根を寄せた。


「それは、さすがに申し訳ない。カイルたちはともかく、俺のような者は邪魔にしかならないだろう」

「正教会は、救いの手を差し伸べる方を選別したりしません。見たところ、あなたはあの二人の保護者のような立場でしょう? ならばあなたたち三人が助けを必要としなくなる日まで、私はあなたたちを受け入れます」


 正教会は、信者からの献金で成り立っている。シェリダン王国は敬虔な信者が多く、教会に助けられた者がそれ以降進んで献金するというサイクルによって成り立っている。困ったときはお互い様、ということだ。


 男はなおも「だが……」と渋り、リザが手際よく包帯を巻くのを見ていた。そして息を吐き出し、何かを決心したように「神官殿」と低い声で呼んできた。


「ならば、カイルとロスだけでも預かってくれ。俺は怪我が完治したら、ここを出て行こう」

「はぁっ!? そんなの聞いてねぇぞ!」


 割って入ったのは、カイルだった。

 口の周りにパンの滓を付けたままの彼は勢いよく振り返ると男のベッドまで来て、その左手首をがしっと掴んだ。

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