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29 来訪者は

 その後、リザとカイリーは町の店を見て回り、冬の太陽が沈む前にファウルズの町に帰れるようにと馬車に乗った。


 ファウルズの町の教会に近づいたとき、リザはカイリーを見た。


「じゃあ、ロスも迎えに行かないとね」

「……あー、そうだな。悪い、リザ。あたしは教会で留守番してるから、ロスを迎えに行ってくれないか?」

「いいけれど……あ、そうか」


 いつも進んでロスを迎えに行きたがるカイリーにしては珍しいと思ったが、今の彼女はロスへのプレゼントを持っているのだ。

 ラッピングしてもらったそれはきちんとポシェットの中に入ってはいるが、万が一にもロスの目に触れたりしてはならない。そのため一足先に教会に帰り、自室の安全な場所に置いておきたいのだろう。


 彼女の意図を察したリザがにっこりと笑うとカイリーも微笑み、「お先に!」と言って馬車から飛び降りた。

 危なげなく着地した彼女はそのまま、教会に向かって走っていった。


「あ、もう!」

「元気なお嬢様ですね」


 そんなカイリーの様子を見た御者が言うので、リザは少しどきっとしつつ笑顔で肩をすくめた。


「ありがとうございます。でもあの子は預かっている子で、娘ではないのです」

「おや、そうでしたか」


 これは失礼、と帽子を取って頭を下げる御者に手を振って応え、リザは一人になった座席に身を預けた。


 ……ファウルズの町の人々はリザたちの事情を知っているが、この御者も画材屋の女性店主もよその町の人間だからか、リザたちのことを姉妹もしくは母娘だと思ったようだ。

 年齢的にも姉の方が近いのではないかと思うので……せめて、老け顔ではないと信じたいところだ。


(さすがにあんなに大きな子は産めないけれど、それくらい仲がいいと思われているのね……)


 とはいえ画材屋でカイリーは「違うし」と、拗ねた様子で言っていた。彼女としては、リザと親子に見えるのはあまり嬉しいことではないのだろう。


(せめて、近所のお姉さんくらいの立ち位置になれたら十分だわ)


 そんなことを考えていると馬車が目的地に着いたので、リザは御者に料金を渡して馬車を降りた。


 ロスは中年女性にお菓子を食べさせてもらったようで、「リザとカイリーのぶんもあるよ!」と、お裾分けしてもらったお菓子入りの籠を手にしていた。

 リザが礼を言うと中年女性は、「私も、孫と遊べたようで楽しかったわよ」と笑顔で応えてくれた。


「リザとカイリーは、おかいものをしたんだよね」

「そうよ。たくさん買ったから、馬車に配送を頼んで……あら」


 ロスと手を繋いで丘の上の教会に戻ると、もう玄関のところに依頼した品が積まれていた。リザたちが町を見て歩いている間に一足先に配送馬車が来て、荷物を下ろしてくれたようだ。


「わあ、たくさん! これ、なかにもってはいるの?」

「重いものもあるから、持って入れそうなものだけは私たちでなんとかして、それ以外はアーティに任せましょうか」

「そうしよう! ぼくも、おてつだいする!」

「ありがとう、頼りにしているわ」


 リザは目をきらきらさせてお手伝い宣言をするロスの頬にキスをして、教会に入った。まずは三人でお茶でも飲んで、それから購入物を少しずつ屋内に入れたいところだ。


 カイリーは、自室にいるようだ。どうやらプレゼントを隠した後で以前自分が壊してしまったリザの髪飾りの修理を行っているようで、お茶に誘うと「きりのいいところで行くから!」と返事があった。

 ロスも彼女の作業を見ていたいようなので一旦上に行かせ、その間にリザはいつものワンピースに着替えてお茶の準備を進めることにした。


 もうすぐ湯が沸く、というところで、教会玄関の方からドアベルの鳴る音がした。非常にタイミングが悪いが、訪問客のようだ。


(……後で沸かし直しね)


 火を止めてから、リザはまくっていた袖を下ろして玄関の方に向かった。

 今日は朝から教会を閉めていたから、リザたちが帰ってきたタイミングで礼拝に来た人がいるのかもしれない。


 そう思いながら、リザはドアを開けた。


「ようこそ、正教会ファウルズ支――」

「リザ! ああ、やっぱりリザだな!」


 礼拝客を迎えるときの常套句を途中で遮ったのは、やけにテンションの高い男性の声。

 おおよそ礼拝客にふさわしくない上擦った声を上げるその人を見て、リザは小さく息を呑んだ。


 声を聞いたときは、誰か分からなかった。だが顔を見ると――ぞわっ、とリザの背筋に悪寒が走った。


 リザより少し背が高い、ひょろりとした体躯の男性。昔は粋な感じに整えていたブルネットはぼさぼさで、あごに無精髭が生えている。

 リザより二つほど年上だったはずなのにやけに老けて見えるその人は、目を見開いて固まるリザを歓喜の表情で見下ろしていた。


 リザはこの男を、忘れていた……忘れたいと思っていた。

 あのときの悲しみもきっと、時薬が癒やしてくれると信じていたから。


 それなのに……。


「……ハリスン?」

「そうだよ、リザ。君を迎えに来た」


 かつてリザと破局を迎えた元恋人は、うっとりとした眼差しでそう言った。

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