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28 町へのお出かけ

 冬の寒さが増すある日、リザは常連礼拝客である中年女性のもとにロスを預け、カイリーと二人で馬車に乗ってファウルズの町を出立した。


 今日二人は、春の引っ越しに向けての道具の買い出し兼、ロスへのプレゼント探しのために隣町に向かっていた。


「ロスはともかく、パパはなんか疑っている感じだったよなぁ」

「カイリーは、アーティにも秘密でプレゼントを準備したいのね?」


 馬車の中でリザが聞くと、隣に座るカイリーは「当たり前だ!」と歯を見せて笑った。


 今日の彼女は自分から進んで、「女の子っぽいおしゃれな格好をしたい」と言ってきたため、リザは教会に置いている子ども服の中で一番かわいらしいボタン付きワンピースをセレクトした。

 それを見せたときのカイリーは「まあまあだね」なんて上から目線な感想を口にしたが、実際に袖を通したときには満面の笑みを隠そうともしていなかった。


「そうでないと、あたしのいいお姉ちゃんっぷりを見せつけてパパを驚かせられないだろう!」

「なるほど。今回の作戦では、ロスだけでなくてアーティも驚かせたいのね」

「そういうこと! だからリザはあたしの協力者になってもらうんだ。こういうのを、片棒を担ぐって言うんだろう?」

「そのとおりですよ、リーダー」

「ふふん、今日はよろしく頼むぞ、部下よ!」


 そんなおどけた会話をして、二人でくすくす笑いあった。









 隣町までは馬車で二時間ほどで、到着したときには昼食を取るのにちょうどいい時間だった。


 この町はファウルズよりも規模が大きくて、また若干山に近いため雪が深く、初めて見る町の雪景色にカイリーは大興奮だった。


「すげぇな! どこもかしこも真っ白だ!」

「そうね。生クリームのケーキがこんな感じだったわね」

「生……? なんだそのうまそうなのは! 食べてみたい!」

「機会があればね」


 潤沢な資産のあるゲルド王国の実家では記念日などに生クリームの掛かったケーキを食べられたが、ファウルズの町の教会では難しいだろう。

 いつかカイリーが大人になったときには、世界にあるいろいろなものを食べてほしいところだ。


 まずは、雪をしのげる場所で持ってきた弁当を食べた。カイリーはリザが作ったパンや串に刺した肉などを喜んで平らげ、デザートのフルーツも勢いよくほおばった。


「リザの飯はいつも食べてるけど、なんか気分が違ったな」

「外で食べるからかもしれないわね。……まずは引っ越しのための買い出しをするから、プレゼント探しはその後でもいい?」

「うん。あたしもいろいろ見てみたいし、いいよ」


 カイリーは素直に言ってから、リザが弁当のごみを片付けるのも手伝ってくれた。

 こういうのもリザに指示をされてから文句を言いつつ従うのではなくて、自分から進んでできるようになったのが素晴らしい成長だと思える。


 まずは、アーチボルドからも頼まれている品々の買い出しを行った。

 冬の間に空き家の修繕を行うのだが、そのときに必要なペンキや壁紙などはファウルズの町ではいいものがなかったので、この規模の大きな町の家具屋で購入する必要があった。


 ペンキの色などはカイリーが決めていいと言われていたので、彼女はペンキのつんとする臭いに顔をしかめながらも、店主が出してくれた色見本をじっと見て、自分の新居にふさわしい色を選んだ。


 その他にも壁紙や板材、ドアの蝶番に使う金属など、ファウルズでは手に入りにくいものを買った。

 さすがにペンキや板材などを抱えて帰るのは難しいので、これらの荷物は全てまとめて教会に配達してもらうことにした。


 そうして当初の予定を終えたら次は、カイリーのプレゼント作戦である。


「やっぱロスが喜ぶのは菓子かなぁ。リザはどう思う?」

「お菓子もいいけれど、せっかくのお姉ちゃんからの初めての贈り物なのだから、形が残って普段から使えるものがいいかもしれないわ」

「なるほど! 頭いいな、リザ!」


 ぱちんと指を鳴らしたカイリーは、リザと手を繋いで歩きながら大通り沿いの店をしげしげと眺めていた。


「じゃあ、何にしよっか」

「おもちゃでもいいし、ペンとかもいいかもしれないわ。お絵かきにも使えるし、お手紙を書いたりもできるわ」

「手紙……か。あたしも、もうちょっと字を書けるようになりたいな」


 カイリーは、ぽつんと言った。


 彼女はアーチボルドから最低限の読み書きは習っているようで、自分の名前は難なく書けるが、難しい単語や達筆すぎる人の字を読むことは難しいようだ。

 一方のロスはアーチボルド曰く、「虐待児ではあるが商家の子だったから、もうカイリーと同じくらい読み書きができる」とのことだ。


(……あ、そうだ!)


「それなら、おそろいなんてどう?」

「おそろい?」

「カイリーとロスが、同じものを持つの。例えばペンだったら、おそろいのペンで一緒に字の練習をしたりお手紙を書きあったりできるわ。それにおそろいのものを持っていたら、家族っていう感じがしない? ……まあ、その分お金は掛かるけれどね」

「……いいじゃん! その案、まるっともーらい!」


 カイリーは目を輝かせ、空いている方の手でポシェットの中の財布を探った。


「あたしとロスの分なら、なんとかなると思う。……あー、もっと小遣いがあれば、アーティの分も買ってやったのになあ!」

「それはまたの機会になりそうね。それじゃあ、ペンを買いに行く?」

「そうする!」


 カイリーが乗り気になったので、リザは彼女を連れて画材屋に向かった。ここなら、子どもの小遣いで買える子どもサイズのペンを探せるだろう。


 画材屋の店主は四十代くらいの女性で、彼女は手を繋いで来店したリザとカイリーを見て、「いらっしゃいませ」と柔らかい笑顔で応じてくれた。

 意外と人見知りをするカイリーが少し身を震わせたので、リザはしゃがんで彼女の耳元に唇を寄せた。


「こういうところでは、お店の人に聞いた方がいいアドバイスをもらえるわ。どうする?」

「うっ……。最初は、自分で見てみる……」

「それじゃあ、そうしましょう」


 カイリーの気持ちを尊重して、リザは店員に「今はいいです」と手の仕草で伝えた。そして、店の棚に並べられたいろいろな画材を目を皿のようにして眺めるカイリーを見守ることにした。


 だが最終的にカイリーがそそっとこちらに来て、「……やっぱりお願いする」と言ったため、リザは店員を呼んだ。


「この子が、弟へのプレゼントを探しています。せっかくなので、この子もおそろいのものをほしくて……カイリー、言える?」

「う、うん。ええと……弟はもうすぐ五歳で、弟と同じペンを、あたしもほしくて……」


 リザがそっと背中を押して促すと、カイリーはもじもじしつつ希望の品について言った。

 それを聞いた店員は微笑むと、「ではお嬢様、こちらへ」とカイリーを店の奥に案内してくれた。


 しばらくしてカイリーは、子ども用のペンを選んだ。

 どちらも黒いボディで、子どもでも握りやすく書きやすい材質でできているそうだ。インクの吸いもよく、お絵かきにも文字の練習にも使いやすいという。


 店員は「姉から弟へのプレゼント」ということで、少し勉強してくれたようだ。さらにロス用の方には無料のラッピングもしてくれて、それを受け取ったカイリーは目をきらきらさせて弟への贈り物を見つめていた。


「ありがとうございました。……カイリー、お礼は?」

「あ、ありがとう。あの、ロスも喜ぶと思う!」

「それはよろしゅうございました。お姉様にも気に入っていただけたなら、わたくしも嬉しいです」


 女性店員がそう言ったため、リザは口を開こうとして――それよりも早く、つんと唇を尖らせたカイリーが「違うし」と言った。


「この人、あたしのお姉ちゃんじゃないよ」

「あら……ではお若いですが、お母様でしたか?」

「ママでもないし」

「あの、私は隣町の教会の神官で、今この子たち姉弟を預かっているのです」

「あら、それは失礼しました! とても仲がよさそうだったので……」

「別にいいよ」


 カイリーはすました顔で言って、きびすを返した。慌ててリザは頭を下げて、カイリーの後を追って店を出たが――


「ごめん、リザ。忘れ物したから、ここで待ってて」


 店を出た直後にカイリーはそう言って、リザをその場に残して店内に戻っていった。

「ここで待ってて」と言われたからには動くことができず、リザが後ろを見ると、カイリーは先ほどの店員と何か話しているようだ。


(忘れ物じゃなかったの?)


 訝しみながら見守っていると、店員ははっとした様子でこちらを見て、そしてとても嬉しそうに笑った。

 すぐにカイリーは戻ってきて、リザの手を取った。


「お待たせ。じゃ、行こう」

「ええ。……カイリー、忘れ物っていうのは……」

「解決したから大丈夫」


 カイリーはやや強引に言って、「ほら、行こう!」とリザを引っ張った。


(……何だったのかしら?)


 カイリーの行動や店員の笑みの意味など、気にはなるがカイリーは教える気がなさそうだ。

 とはいえいたずらをされたわけではないので、まあいいか、と流すことにしたのだった。

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