20 これからの約束
「私は思っているのよ。結婚すれば全てがうまくいくのではないし、婚姻関係にならなくても結べる絆はある。だって私はあの出来事から二年経った今もファウルズの町のことが、町の人たちのことが大好きなんだもの」
カイリーの髪を撫でながら言うと、彼女は難しい表情でリザの顔を見上げてきた。
「……でも、リザはそのハリソンとかいうやつに捨てられたんだろう?」
「捨てられた、とは思っていないわ。私たちは価値観が合わなくて、決裂したの。むしろあそこで我慢して結婚していれば、私はきっと不幸になっていたわ。……もしかすると私とハリソンは交際するのではなくて、同世代の友だちとしての関係でいたままの方がよかったのかもしれない、と最近では思えるようになったくらいね」
「……」
「私はハリソンと一緒にならない道を選んだけれど、優しい町の人たちに支えられてきたし、教会を訪れる人たちとの出会いや別れを通して強くなれた。故郷には、家族や友だちもいる」
だからね、とリザは言葉を続ける。
「カイリーなら、大丈夫だと思うの。結婚というものに固執しなくても、あなたならアーティと確かな絆を結べている。むしろそれは結婚とかで縛り付けない方がいいと思うのよ」
「なんで?」
「どんなに仲のいい人同士でも、今はちょっと距離を置きたいって思うことはあるはずよ。むしろ近すぎる方が、相手の悪いところやあらが見えてしまったり、息苦しさを感じたりすることがあるかもしれない。でも距離を置くことで、相手のことをもっと好きになれることもあると思うの」
「そうなんか?」
「ええ。だから私はむしろ、あなたとアーティが結婚という形で自分たちを縛るのはもったいないと思うの」
「もったいない……」
カイリーが口の中で繰り返すので、リザはうなずいた。
「あなたやロスがアーティと絆を作っているのは、私が見てもよく分かるわ。……あなたたちが仲のいい家族であるというのは、変わらないことなのよ」
「えっ、おれたち、家族なのか?」
寝耳に水だとばかりにカイリーが言うので、リザはちらっと隣を見た。
これまで黙ってリザたちのやりとりを見守っていたアーチボルドは視線を受けて、ゆったりとうなずいた。
「もちろんだ。俺とカイリーは、二年前から。それから……俺とカイリーとロスは、あの事件から。俺たちは、家族だ」
「家族……」
「まあ、正式に養子縁組み届を出したわけではないが……俺はおまえのことを娘、ロスのことを息子だと思っている。親子なんだから、いつか離れるときが来る。だがだからといって一生会えなくなるわけじゃない。俺はおまえたちの保護者……父親みたいな何かとして、成長を見届けたいと思っている。これからずっと、な」
アーチボルドが力強く言うと、くっ、とカイリーの喉が鳴った。
「本当に、ずっと? この前みたいに、おれたちを置いていなくなったりしない?」
「……あのときは急に言い出しておまえたちを混乱させてしまい、すまなかった。ただ、いつか離れるときは来るだろう。だがそのときにもおまえたちの気持ちを無下にしたりしないと約束する」
アーチボルドが言うと、カイリーの瞳が潤んだ。涙の膜が目に溢れ、ぽたっとしずくが流れ落ちる。
「……約束だよ! おれたちに内緒でいなくなったりしないでよ! 約束、してくれるなら……その……」
カイリーはもじもじと指をすりあわせ、リザの方もちらっと見てから、アーチボルドの顔を見つめた。
「……アーティのこと、パパって呼んでやってもいいよ」
「っ……はは。本当におまえは、何様だって感じだな! もちろん、約束するとも!」
一瞬息を呑んだ後にアーチボルドは盛大に笑い、カイリーの頭を大きな手でかき撫でた。
カイリーは「うぉい、何するんだ!」と叫ぶが、その口元は嬉しそうに弧を描いていたのだった。




