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2  雨の中の来訪者②

 傷の大まかな手当ては明け方に終わり、その頃には雨も止んでいた。


 なんとか男の腹部の出血は止まり今は荒い息をつきつつもまどろんでいるが、絶対に完治するとは言い切れない。


「カイル……でしたか。よく聞いてください」


 眠気でふらつきそうになりながら、リザは男の側についているカイルに言った。なお、ロスは男の膝を枕にして寝ている。


「ひとまず手当ては終わりましたが、ずっとここにいるのは難しいです。この洞穴は近所の子どもたちの遊び場の一つで、町の子たちが来てしまうかもしれないのです」


 リザが言うと、眠そうに目をこすっていたカイルはぎょっとして、男の血の付いた手でリザの服のスカート部分を掴んだ。


「そんな……! アーティはまだ、立つこともできないんだぞ!」

「……この付近への立ち入り禁止を呼びかけることはできます。この入り口を封鎖して、昨日の雨で地盤が緩んでいるので近づかないように、と看板を立てかけることくらいなら。それでも、絶対に安全だとは言い切れませんが」

「それじゃあ、そうして――」

「……いや、大丈夫だ」


 野太い声が洞穴に響いたので、リザのみならずカイルもぎょっとして、声のした方を同時に見やった。


 先ほどまで仰向けに寝ていた男が、上半身を起こしていた。彼は自分の脚を枕にして寝ているロスを見てから、こちらに視線を向けた。

 眼光鋭い青色の目がまっすぐリザを見つめるため、その射るような眼差しにリザはぞくっとしてしまう。


「あ、あの……」

「アーティ! まだ寝てなきゃだめだろ!」

「先ほどの話、聞こえていた。……神官殿、俺たちがここにいるのはまずいのだろう?」


 男に問われて、リザはぎこちなくうなずく。


「はい。ですが、あなたはまだ起きられる状態では……」

「移動するくらいなら、大丈夫だ。……幸いまだ夜明け頃のようだから、町の者が起き出す前に痕跡を消して出立すればいいだろう」

「さすがに無理ですよ」


 そう言いながら今にも立ち上がろうとする男のもとに向かい、リザはとんっと彼の肩を軽く押した。

 治療をしているときも思ったが、彼はかなり鍛えられた体を持っている。筋肉の盛り上がった腕は太く、胸板も厚い。手も大きくて、その気になればリザの首を片手で一周して簡単にへし折れるのではないか。


 そんな大男だが、リザに軽く押されただけでよろめいた。やはり、まだ本調子ではないのだ。


(これだけ血を流したのだからむしろ、今起きて話ができていることの方が奇跡なくらいだわ……)


「ほら、こんなにふらふらでしょう?」

「だが、関係ない者に迷惑を掛けるわけには……」


 男は、苦々しげに言う。こんな状況だというのに他人への迷惑を考慮するあたり、見た目ほど凶悪な人間ではないようだ。

 周りを見ると、カイルは男の肩にしがみついて泣きそうな顔になっているし、男が立ち上がったことで目を覚ましたらしいロスの方はうるうるした目でリザを見てくる。


 ……こんな状態の人たちを、放ってはおけない。


「……分かりました。ではまずはなんとかして、教会に移動しましょう」


 リザは、そう提案するしかなかった。













 男が地面に流した血を全て拭うことはできないので、地面を掘ってなんとかごまかし、後で先ほど提案したような看板を設置することにして、リザたちは教会に向かった。


 昨夜、カイルと一緒に往路を来たときは雨の中とはいえ数分で着いたのだが、現在は負傷した大男と幼いロスもいる。

 リザのリュックサックはカイルが持ってくれているものの、太陽がじりじりと昇る中、町の人間に見られることを警戒しつつ大男を支えながら教会に向かう復路は、もう二度と経験したくないほど体にも精神的にも疲弊するものだった。


 なんとか教会にたどり着いて負傷者用のベッドに男を寝かせるなり、リザもその場に崩れ落ちそうになった。


(ね、眠い……)


「すみません。私もそろそろ体が限界でして……休ませてもらいます」

「ああ、すまない。そうしてくれて大丈夫だ」


 ベッドに寝た男がそう言い、カイルとロスも空いているベッドに一緒に入った。いろいろ話したいことや聞きたいことはあるが、四人とももうくたくただ。


(午前中は、教会を閉めさせてもらおう……)


 そう思いながら玄関の方に向かうリザの背に、「神官殿」という低い声が掛かる。


「本当に……助かった。ありがとう」


 ベッドに横になる男が真摯な眼差しで言うので、その言葉にほんの少しどきっとしつつ……いやそれよりも睡眠を取るべきだ、と思ったリザは会釈だけ返し、玄関の鍵を閉めてから二階にある自室に向かった。


(今日が礼拝の日じゃなくて、本当によかった……)


 汚れた服だけをぽいぽいと脱ぎ捨てて下着姿になったリザは、そのままベッドに潜り込んだ。

 髪を拭ったり顔を洗ったりする間も、惜しい。枕カバーやシーツは、今男たちが使っている分もまとめて後で洗濯すればいいだろう。


『ありがとう』


 男の低く柔らかな声が脳裏に蘇ったと思った直後、リザはとんっと谷の底に突き落とされたかのような眠りに就いた。

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