15 狩猟祭②
この狩猟ゲームでは獲物を仕留めた者、もしくはその随行者が獲物を回収してその都度リザたちがいる場所に持って帰ることになっているのだが、ぐったりとしたウサギを手に真っ先に帰ってきたのは、アーチボルドだった。
彼は皆の歓声の中、急所を一撃で射貫いて肉や皮をほとんど傷つけることなく仕留めたウサギを自分の獲物用の籠に入れると、すぐに馬首を返して森に戻っていった。
しばらくすると別の参加者が小さなハトを手に戻ったがその直後、アーチボルドは随行者の手も借りながら牝鹿を引きずって戻ってきて、観客たちをますます沸き立たせた。
「あの新入り、すごいな!」
「確か、教会に身を寄せている新人傭兵よね」
「子連れのスカした野郎かと思ったが、なかなかやるじゃないか」
「……もしかしたら、あの人が優勝?」
観客たちはすっかりアーチボルドの狩りの手腕に感服しているようで――「やっぱりあの男に賭ける!」「もう変更は受け付けない!」と騒ぐ声も聞こえつつ――会場は盛り上がっていた。
(すごい……!)
制限時間は一時間だが、アーチボルドは何度も帰ってきては獲物を置いていった。そのたびにカイリーやロスは大喜びだが、もうリザは驚く間もなくぽかんとしていた。
……アーチボルドが八匹目の獲物となる小さなウサギを手に戻ってきたところでふと、リザたちからほど近い場所にある茂みが揺れた。
「えっ……?」
「何か来るぞ!」
カイリーが声を掛けた直後、茂みが大きく揺れてバサッと音を立てて、大きな塊が飛び出してきた。
「きゃっ!?」
「くそっ、すばしっこい奴め……!」
茂みから出てきたのは立派な角を持つ牡鹿で、その後を大柄な男性が乗る馬が続いた。
彼の顔は、リザも見たことがある。確かギルドでも凄腕の傭兵で、去年の優勝者として一覧の先頭に名前が挙がっていた男だ。
狩猟ゲームでは獲物の総重量で順位を決めるので、牡鹿は大物だ。
牡鹿を捕らえられるかどうかで点数が大きく変わるので、過去には制限時間ぎりぎりで牡鹿を仕留めたことで順位が逆転したこともあるとか。
観客席にほど近い場所に牡鹿が現れたため、慌てて逃げる人も少なくない。
おかげで興奮した牡鹿は鼻息も荒く走り回り、観客もいるため男は不用意に矢を放つこともできずに手を出しあぐねていた――が。
――ヒュン、と風を裂く音が響き、暴れる牡鹿の首に垂直に矢が刺さった。一撃で仕留められた牡鹿が膝をがくりと折り、倒れる。
牡鹿を追っていた男は、自分の前方で倒れた獲物を呆然と見ている。彼の矢は、弓に番えられたままだ。
狩猟ゲームに参加する狩人たちの矢は、誰が放ったものか分かるように軸の部分が色分けされている。そして、この深紅の軸を持つ矢の持ち主は、牡鹿よりずっと離れた場所にいた。
太ももの力だけで馬上で体を安定させ、左手に弓を持っているのは、アーチボルド。
観客たちが逃げ惑う中、遠く離れた動く標的の首を正確に射貫いた彼は弓を下ろし、随行者にハンドサインを出した。あれを持ってこい、という合図だ。
獲物を仕留め損ねた男が見守る中、アーチボルドの担当になったがゆえに何匹もの獲物を引きずる羽目になった随行者が、ひいひい言いながら牡鹿を引っ張っていく。誰が見ても立派な体躯と角を持つ、美しい毛並みの超大物だった。
一連の動作を、リザは間抜けに口をぽかんと開いて見守ることしかできなかった。そして、獲物を横取りされる形になった男がさっと馬を返してアーチボルドのところに駆けていったため、はっとする。
……だが男はアーチボルドの肩を叩くと、「やってくれたな、この野郎!」と台詞こそ乱暴だが興奮した笑顔で言い、「おまえを誘うんじゃなかった!」と大笑いしていた。
どうやら、アーチボルドに無理矢理ペンを持たせて参加させたのは、この男だったようだ。
途中で牡鹿の乱入という小さな事件はあったものの、狩猟ゲームは無事に終わった。
そして重量測定の結果、文句なしの優勝者に選ばれたのはアーチボルドだった。
「すげぇ! すげぇよ、アーティ!」
皆の拍手の中で表彰されるアーチボルドを、カイリーが大興奮で祝福している。リザも同じ気持ちだったので、何度もうなずいた。
「ええ、本当にすごかったわね! まさか優勝するなんて……」
「やっぱ格好いいよなぁ、アーティ」
カイリーは優勝報酬の賞金を受け取るアーチボルドを、ほわんとした目で見ていた。
……普段のリザなら違和感を抱くかもしれないが、祭りの熱気に当てられたのかもしれない今のリザは、ふわふわ夢見心地でうなずくだけだ。
「そうね、とても格好よかったわ」
「……」
「カイリー?」
「……いや、なんでもないよ」
カイリーはそう言うが、リザの方は見ていなかった。
狩猟ゲームの後でリザたちはアーチボルドに声を掛けようとしたのだが、彼は準優勝だった去年の優勝者の男たちに引きずられて、どこかに消えていった。
(そういえば、狩猟ゲームの後は参加者たちが順位を問わず、酒場に行って酒盛りをするそうね……)
きっとアーチボルドは新入りでありながら優勝をかっさらった話題の人として、先輩たちにどやされながら酒を飲むのだろう。
こういうのも町の人との繋がりを作る大切なイベントなのだろうから、リザたちはアーチボルドが教会に戻ってきてから話をするしかなさそうだ。
せめて今日中には戻ってきてほしいとリザは思っていたのだが、残念ながら時計の針が深夜を指す頃になっても、アーチボルドは戻ってこなかった。
とっくにロスは寝ているし、「絶対絶対起きてる!」と大暴れしたカイリーも眠気には勝てなかったようで寝落ちしたので、リザも教会前のポストに合い鍵を入れてから施錠して寝させてもらうことにした。




