表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/39

13 カイリーの異変②

 夜遅くに、アーチボルドが帰ってくる気配がした。


 いつもより遅い時間なので、もうロスは寝ている。

 カイリーも眠そうでしきりにあくびをしたり目をこすったりしているのだが頑として寝ようとしないし、「せめて服を着替えたら?」と提案しても、「絶対に嫌!」と突っぱねられた。意地でも、このワンピース姿をアーチボルドに見せたいようだ。


「ただいま戻った……」

「おかえり、アーティ!」


 玄関で音がするなり、リビングのテーブルに突っ伏してうとうとしていたカイリーが体を起こして飛び出していった。

 急いでリザも後を追うと、既に玄関先でカイリーがアーチボルドに飛びついているところだった。


「見て見て、アーティ! この服」

「何やらいつもとは違うのを着ているのは分かるが、こんなにくっつかれると逆に見えにくい」

「あ、そうだね」


 アーチボルドに抱きついていたカイリーは数歩下がり、ワンピースの裾を翻すようにくるりと回ってポーズを決めた。


「これ、リザに貸してもらったんだ。……かわいい?」

「ああ、よく似合っている。……もしかしてそれを俺に見せるために、夜更かしして待っていてくれたのか?」

「べ、別にそんなんじゃないよ。でもせっかく着たんだし、アーティの意見も聞きたいなぁって思って……」

「それは、ありがとう。……じゃあ、そろそろ寝なさい」

「うん、そうする。……アーティ、部屋まで抱っこしてくれる?」


(えっ!? カイリーって、そんな子だったっけ!?)


 一部始終を見守っていたリザは、思わずカイリーの方を凝視してしまった。


 今のリザからはカイリーの後ろ姿しか見えず、彼女に甘えられたアーチボルドが困惑の表情をしているのはよく分かった。


「いや、自力で行けるだろう」

「行けないもん。眠くて眠くて、もう歩けないもん!」

「なんだおまえ……。……分かった、連れていってやるから、服を引っ張るな」

「やった!」


 結果としてカイリーが勝利し、アーチボルドは彼女を軽々と片手で抱き上げてから、リザの横を通る前にこちらを見て軽く目を伏せた。


「……悪い、この我が儘お姫様を寝かしつけてくる」

「ええ、お願いします。……おやすみ、カイリー」

「うん、おやすみ、リザ」


 ……リザへの返事もいつもよりかわいらしく、やはりそこが不気味だ。


(一体何なのかしら……?)


 アーチボルドが下りてくるまでの間、リザは調理場で彼用の夕食を温め直しながら考えていた。


 最近とみに様子のおかしくなったカイリーだが、今日はますます変だ。

 自分から進んでふりふりのワンピースを着たがったのもそうだし、あんなふうにアーチボルドに甘える姿も、一緒に暮らして一ヶ月ほど経つが初めて見た。


 悶々としつつもアーチボルドの分の肉料理を温めて皿に移したところで、ぎしりと廊下の床板がきしむ音がした。


「悪いな、変なところを見せた」

「お気になさらず。……カイリーは素直に寝ました?」

「眠くて眠くて歩けないとか言いながら、やたら元気だった。終いには着替えを手伝ってくれだの一緒に寝てくれだの言ってくるから、なだめるのに苦労した」


 ……それはさすがに看過できず、椅子に座った彼の前に皿を置いたリザはおずおずと問うてみた。


「……それって、旅をしている頃には?」

「あいつは出会った二年前からあんな感じだったから、俺に甘えたりすることはなかった。本当はずっと甘えたくて、その反動が出たのかと解釈することもできるが……それにしては急すぎるよな」


 アーチボルドも養い子に甘えられて嬉しいというより、彼女の急な変化に戸惑っているようだ。とはいえ悪さをしているわけではないので、彼にはカイリーの甘えを却下することはできないのだろう。


(自分のことを女の子として意識するようになったのならむしろ、アーティからは距離を置きそうなものだけど……)


 そう思ったリザがアーチボルドに自分の考えを言うと、彼は意外そうに目を瞬かせた。


「そういうものなのか? 俺は両親のどちらにも甘えた記憶がないから、よく分からないのだが」

「私も子どもの頃は父にべったりな時期もありましたが、カイリーくらいの年になると自然と離れたし、もう少し大きくなると逆に距離を置きたいと思えましたね」

「そうなのか」

「実の父娘の場合は正当な成長だとされていますが、あなたたちの場合はどうなのでしょうか……。これまで抑圧してきた分、あなたに甘えたくなったのかもしれません」

「そういう場合は突っぱねるのではなくて、甘えを受け入れた方がいいのだろうか」


 ナイフで肉を切り分けながらアーチボルドが真剣な口調で尋ねてくるので、リザは肩をすくめた。


「基本的には甘やかしていいと思います。ただ、あまりにも過激な甘えになるようなら断固として諌めるべきです。……あの子も、大人の女性の体つきに近づいているのですから」

「ああ、そうだよな」


 アーチボルドも理解したようで、真剣な表情でうなずいた。


 今回の場合、アーチボルドがカイリーの着替えを手伝ったり一緒に寝たりというのを断ったのは、正解だった。手を握るとか抱っこするくらいならともかく、それ以上の接触はカイリーの成長にとってもよくない。


 カイリーの変化の理由はともかくとして、アーチボルドがおねだりを何でも受け入れてくれるわけではない、というのは、彼女も知っていくべきことであるし――リザも教えていかなければならないことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ