10 ままならないこともある②
月経についての内容があります
仕事から帰ったばかりのアーチボルドが着替えをしてリザも残っていた作業を終えてから、教会に施錠して三人は町の方に向かった。
ロスは「アーティとおててつなぎたい!」と言うが、残念ながらこの身長差でずっと手を繋ぐことは難しい。
最初はアーチボルドが頑張って長身をかがめて手を繋いでやっていたが、しばらくして彼は「……さすがにずっとこのままは、きつい」と白旗を揚げた。
よって途中からロスはアーチボルドに抱えられ、「それじゃあ、リザとつなぐ!」と言うので、抱っこされた状態の彼とリザが手を繋ぐことで妥協することになった。
アーチボルドたちが来てから、リザは買い出しのためにカイリーやロスと一緒に町に降りることはたびたびあった。
町の人たちも、現在教会に居候中の三人の事情をだいたい知っているため、リザが子ども連れで歩いていることについてからかわれたり冷やかされたりすることなく、温かい眼差しで見守ってくれていた。
だが今回、リザは成人男性のアーチボルドも一緒である。だからか、これまでは素知らぬ顔をしてくれていた人々も驚いたようにこちらを二度見するので、少しだけいたたまれなかった。
(やっぱり目立つわよね……)
困窮する者の救済がおつとめの一つであるリザが子連れで歩くことは珍しくないが、アーチボルドのような男性と一緒にいる姿はやはり新鮮に思われるのだろう。
道行く人々が、「リザと一緒にいるのは?」「あれだよ。最近ギルドに来た、子連れの傭兵」と噂しているのも聞こえた。
(アーティも、それなりに顔が知られるようになったのね)
いずれ彼らはこの町で暮らす予定らしいから、顔が知られるのはいいことだ。……髭のなくなったすっきりした顔で子どもたちと一緒にいる彼を見て、隣の国の賞金首だと見抜く者はまずいないだろう。
最初は町で遊ぶ予定だったが、カイリーのこともあるので今回は買い出しの延長のような形に収めることにした。
大柄な男性を同伴しているというのは非常にありがたく、リザが日用品の品定めをしている間、アーチボルドはロスの面倒を見てやっていたし、購入後の大きな袋もさりげなく持ってくれた。
「少しくらい持ちます」
「これくらい、気にしなくていい。おまえには、財布を死守するという大役があるだろう」
「この町ではスリなんて、滅多に出ませんよ」
ファウルズの町の人々は地方の人間らしく明るく陽気で少しがさつなところはあるが、至って品行方正だ。スリや万引きなんてまず起こらないし、起こったとしてもひっ捕まえた犯人は百パーセントよそ者だ。
アーチボルドは片手に買い物袋、片手にロスを抱えており、リザからするとはらはらしてしまう。リザが同じことをすれば明日筋肉痛は間違いなしだし……そもそも、十歩も歩けずに音を上げてしまいそうだ。
(……あ、そうだ)
「アーティ、ロス。少し寄り道していいですか」
「俺は構わないが、どうかしたのか」
「カイリーのために何か、お土産を買いたくて」
カイリーはアーチボルドと一緒にお出かけができると聞いて、とても喜んでいた。今頃自室でふてているかもしれない彼女のために、何かおいしいものでも買ってあげたいと思ったのだ。
リザの言葉を聞き、アーチボルドは微笑んだ。
「それはいいな。あいつは案外ちょろいから、餌付けで機嫌を直すかもしれない」
「餌付け……」
「まあ、いい作戦だと思う。もしあいつが意地を張って受け取ろうとしなくても、無理矢理にでも受け取らせる」
「ぼくも、カイリーにいうよ。それに、カイリーがいらないならぼくがもらっちゃうぞーって」
「はは、そう言われるとカイリーはムキになって受け取るだろうな」
アーチボルドだけでなくロスからもよい返事をもらえて、リザはほっとした。
「ありがとうございます。それじゃあ、カイリーのために何を買えばいいでしょうか」
「あいつの好物は肉類だが、肉の塊をやるよりは甘い菓子などの方がいいかもな」
「このまえカイリーが、おばちゃんからもらったくだものをおいしいってたべてたよ」
ロスが言うので、リザも思い出した。先日礼拝に来た中年女性が差し入れとしてくれた果物を、カイリーがおいしそうに食べていたのだった。「あんまりこういうの、食べたことないんだよ」と言っているので、リザの分も分けてあげたくらいだ。
(果物……いいわね。あ、でもせっかくだから)
「ドライフルーツとか、どうでしょうか。保存が利くし栄養もあるので、子どものおやつとしても好まれるのです」
「いいな。あいつなら、毎日少しずつ食べそうだ」
「うう……ぼくもあまいもの、たべたい!」
「おまえはこの後で何か買ってやるから、我慢しろ。ドライフルーツは、リザとカイリーの仲直りのために必要なものだからな」
なだめられたからか、ロスは満足したようで「ありがとう!」とアーチボルドに抱きついた。心温まる光景に、リザの頬が緩む。
(仲直り……と言えるほど元々仲はよくないけれど、まあいいわよね)
それにカイリーのことだから、貴重なドライフルーツを独り占めせず、何だかんだ言いつつも最後にはロスにも分けてあげそうな気がした。
リザは小遣いでドライフルーツ入りの小瓶を買い、「これだけは私が持ちます」と主張して、鞄の中に大切に入れた。
その後ロスは約束どおりアーチボルドに焼き菓子を買ってもらってご満悦だったが、しばらくしてうとうとし始めた。おいしいものも食べたし疲れた様子だったので、でリザたちは教会に戻ることにした。
「……そろそろあいつも頭が冷えただろうか」
昼寝を欲するロスを起こさないように小声で問われたので、リザは肩をすくめた。
「どうでしょうか。せめて顔は見られたらいいのですが」
「……なるべくあいつの方から進んで、おまえに謝りに行かせたいところだな」
アーチボルドが言うので、そういえばそういう話になっていたのだった、とリザは思い出した。
教会に着いたので、リザは購入したものの整理とロスの寝かしつけをアーチボルドに任せて、カイリーを探すことにした。
(やっぱり自分の部屋かしら)
カイリーはよく教会を飛び出して庭でふてているが、本日は鍵を掛けて外出していた。内側から開けられた様子はなかったから、おおよそ自室で拗ねているのだろう。
そう思って階段を上がろうとしたリザだが、ふと水の流れる音が聞こえたため足を止めた。
(浴室の方……?)
今アーチボルドは貯蔵庫の方にいるはずだから、彼が水を使うはずがない。
(私、水を出しっぱなしにしていたかしら……いえ、確かに蛇口を閉めたわ。ということは……)
そっと浴室の方に向かったリザは、半開きになっていたドアを開けた。
「カイリー?」
「……うわっ!? いつの間に!?」
洗面所にいたのは予想どおり、カイリーだった。だが――
「……何をしているの?」
カイリーは洗面台に向いて、何かを洗っているようだった。今日は彼女に洗濯物は任せていないし、任せたとしてもこんな小さな洗面台で洗わせたりしない。
だがカイリーは唇を噛むと、洗面台を隠すようにさっとリザの前に立ち塞がった。
「おまえには関係ない! あっちに行け!」
「それなら、アーティを呼ぶけど……」
「あ、アーティはもっとだめだ!」
てっきり「そうしてくれ」と言うかと思いきや、カイリーは焦ったように首を横に振る。
その様子に訝しんだリザはふと、洗面台の方を見て――
「カイリー、それ……」
「わっ! い、今洗っているんだから、あの、汚して悪かったから、だから、アーティには言わないでくれ!」
慌ててカイリーは隠そうとするが、もう遅い。
カイリーが洗っていたのは、シーツだった。……真っ白なシーツの布地に、点々と赤い染みが付いていた。




