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魔女の劇団  作者: 倉敷純次
トルマリエの勾玉
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戦闘経験なし

 王宮の最深部は、玉座の間と同様、上から見ればドーナツ型の形をしている。

 異なるところがあるとすれば、中心部にこの国の核たる魔石がまつられていることだろう。


 今、このドーナツを半分に分けるように、二つの戦場が設けられた。

 ナワテとルルの眼前がんぜんには、漆黒しっこくのローブに身を包む巨躯きょくが仁王立ちしている。腕を組み、そしり笑いを浮かべる上王は、あたかも睥睨へいげいするように二人を見下している。


「われの相手は気位だけは一人前のタヌキ女と、デリスランド育ちの温室メロンとな。あなどられたものよ。しかしそれもまた一興いっきょう。なにせその二人の母親は、われの因縁の相手なのだからな」


 不満を垂れた直後、思い起こすように話される懐古談かいこだん。直後、上王の口元からさらに深いしわが刻まれた。その顔つき、まるで好物の食べ物が出てきた子どものよう。


 ナワテの視界の隅、向こうの半円ではすでに戦端せんたんが開かれていた。

 暴水(ぼうすい)──、大火たいか──、狂風きょうふう──。それら鬼神きしんの如き攻撃が細かく揺れる指先より発せられ、この最下層の部屋内を弾幕だんまくのように飛び交っている。


 …… まるで、レベルが違う。


 戦闘現場はかすむ視界の隅でありながら、ナワテの肌はそう感じ、心胆しんたんまでさむからしめた。

 しかし、それも頷ける話だった。向こうの敵は、王、上王の関白兼用心棒を担う魔術師ドリスコル。相対するは、英才教育の賜物たまものスレタと、先の大戦も経験しているであろうスッチ。ナワテとの戦力に開きがあって当然の魔法使いたちなのだ。

 正直、こちらの半円で良かったと思うのが本心である。


「どうだ、死地しちに立つ今の心境は? しからば貴様らの陳謝(ちんしゃ)があれば、われは心を(ひるがえ)すやもしれぬぞ。最も、卑屈(くっきょう)を演じたその泣きづらを床にこすりつければの話だがな」


 上王が述べたのは、いわば二人に寄せた最終通知。降伏を拒否した場合、こちらのエリアも戦闘の火蓋が切って落とされることになるだろう。

 当然、二人の腹は決まっている。ここへきて命乞いなど脳裏に浮かびすらしない。


「その歯の浮くようなダサいセリフは、もしかして自分自身に言ったのかしら?」


 ナワテが答えるまでもなく、気位の高いルルが皮肉言葉を倍に詰め込んで返礼した。

 すると予見通り、眼前(がんぜん)の巨躯が剣を握るように両手を腰付近に収めた。


 ── 来るっ!


 二人して腰を沈め臨戦態勢を取る。

 だが、その一撃目は、早々にナワテの全身を凝結ぎょうけつさせた。

 上王は剣構えの体制から腰を捻ると、助走をつけた手のひらをナワテたちに向けた。そこから放たれたのは、雑に光る火の玉。

 ナワテがそれを肉眼で捉え、回避の準備をした矢先のことだった。

 上王の両腕が指揮者の如く大きな波を打つと、


「なっ────ッッッ!」


 ビュウウウウウンッ──! と、室内に暴風が発生。

 風は上王を中心としてナワテとルルに襲いかかる。すると、風に煽られた火の玉が変形し、グルグルと円を描きながら膨らんだ。

 それはつまり、上王が火と風を同時に繰り出したことを意味した。


「その驚きよう。もしや雑詠術者ざつえいじゅつしゃ一筆ひとふでにつき一色しか描けないとでも思っていたのか。その先入観が命取り。ここが貴様の墓場だ、マリエ・ナワテッ!」


 上王の言葉通り。実際にこれまでのナワテは、一度に二種類の魔法を込める技など見たことがない。上王の老獪(ろうかい)な魔法に、ナワテは完全に足をすくませてしまった。

 大蛇のような灼熱の光がナワテに向かって襲い掛かる。

 だが、身も思考も硬直こうちょく状態にあるナワテには、相手の攻撃をいなす脚力も、雷で相殺させるなどという発想もない。


「地下水、盾になって──ッ!」


 ルルの唱えが響いた直後、ナワテの前に巨大な水岩が出現。風に煽られ渦を巻きながら向かってくる炎の蛇は、ルルの魔法により打ち消された。


「なにしてんのよ。このノロマ」


 大きな口で絶句するナワテに、ルルの激が飛ぶ。

 しかし無理もない。徴兵制度があるアダルア人とは違い、ナワテは戦いの訓練を受けていないのだ。

 ナワテはもしやと思い、見開かれた目を向こうの戦場に向ける──

 するとやはり、ドリスコルも同じように複数の魔法を同時に繰り出していた。火は風により七変化しちへんげし、動きに緩急をつけながら暴れまわっている。水圧を与えられた水はビームの如き体裁たいせいし、石で造られた壁や地面さえをも穿うがっていた。

 スレタとスッチはそれを二人がかりで応戦。スレタは身を風に乗せ、空中を舞いながら回避。スッチは先ほどのルルのように、魔法を盾にして攻撃を防いでいる。

 もはや攻防の一つ一つが寸刻(すんこく)すぎて、ナワテの目にはなにが起こっているのかさえ分からない。


 しかし、愕然がくぜんとしている暇などありはしない。ここまで来てしまったのだ。今さらナワテが戦いを放棄しても、戦いはナワテを放棄しない。

 こちらの半円でもルルが反撃を開始。


「水風船、弾け飛んで──!」


 ルルが右手の人差し指をぐるぐる回す。すると、空中に巨大な水玉が発生。その水玉を前に彼女が勢いよく両腕を広げると、半透明の風船から分裂した小さな玉が無数、上王に向かって弾け飛んだ。

 ルルが作り出した水の弾丸だ。


「ふん。小賢しいわ!」


 しかし、かざされた上王の手のひらから熱風が吹き荒れ、水の弾丸はいとも簡単に蒸発し、この地球上から消失した。せっかく繰り出した弾丸も、これでは文字通り水の泡だ。


 摩訶不思議な光景に、ナワテはなすすべなく呆気にとられる。

 そんな彼の横顔に鋭利な視線が突き刺さった。今にも「あんたも応戦しなさい」と言い出しそうなルルの怒りの視線だ。

 そうだ。ナワテだって魔法が使える。戦えるのだ。


「イナズマのりゅうよ、天まで登れ!」


 頭に浮かんだ字づらを口にして、ナワテはクライマックスを迎える指揮者のように両手を天に振り上げた。

 すると、イメージ通り。青光りするイナズマが上王の足元から吹き上がった。

 天からではなく地面から、下から上へ雷を放ったのだ。ぶっつけ本番だったが、金色の光はナワテの思惑通りに動いてくれた。


 ── よし、刺さった!


「小癪な──フンッ!」

「なっ……!」


 しかし、上王は風を発生させて跳ね上がり、宙に浮かせた己の身体の天地を逆転させた。そして、ナワテが放った地面からの攻撃を、手袋を装着した手で振り払った。

 手応えも虚しく、吹き上がる稲妻を回避されたナワテは、気圧(けお)されるように顔を強張らせている。


「実に愉快な攻撃だった。褒めてつかわす、マリエ・ナワテ」


 とっておきを回避された挙げ句、敵から皮肉めいた称賛を送られる始末。余裕のある口ぶりに、もはや遊ばれていると感じざるを得ない。

 薄くそしり笑いを浮かべる上王は、手袋をしていない右手のこぶしをナワテに向けた。

 次なる攻撃は、


「えっ!」


 旋風(せんぷう)が上王のローブを激しく靡かせると、その周りに幾本もの尖った物体が発生。その半透明の槍は思案する余地すら与えず、生み出された矢先にナワテへの奇襲を開始した。

 この斬撃ざんげき、ドリスコルの風の刃と類似している。が、上王が発する凶刃きょうじんは、ドリスコルのものよりも一まわり、いや二まわりくらい大きなものだ。

 自在性に長けるドリスコルの斬撃とは異なり、特大の針は直進にしか進めない。それを見破れば、回避は難しくない。

 だがここでも、ナワテの靴底は凍ったように地面から離れようとしない。


 ── 動け動け、動いてくれ!

 

 ナワテは心の中で叫び倒す。だが魔法とは違い、念じても脚は動こうとしなかった。

 自分の運動機能に落胆し、諦め、どうしようもなくなり目を閉じる。

 直後、首を締め付けられる感覚と同時にナワテの身体は吹き飛ばされた。

 地響きとともに凄まじい爆音が背後から鳴った。

 おずおずと薄く目を開き首を回すと、爆音がしたであろう後方の石壁に、痛々しい斬撃の跡が切り刻まれていた。

 あまりの悲惨さにゲッと思い、横たわった自身の身体を確認する……


 ……が、無傷。ナワテはどういうわけか、上王が繰り出した風の凶刃から免れていた。

 回避の理由が()せないナワテだったが、未だ息苦しい喉元の違和感に気が付いた。それを確かめるため首をもたげると、彼のすぐ横にはルルが立っていた。そして数秒後に理解に至る。

 自分で避けたのではない。ルルが首元を掴んで回避させてくれたんだ。

 ナワテはぶるぶると震える脚に力を入れ、戦う姿勢を貫くルルの横に立った。


「あ、ありがとう。助かったよ」

「礼なんて役に立たないわ。そんな暇があったら、この戦局を変える方法でも考えてよね」


 心から出た感謝の意でさえも、つっけんどんな物言いで突き返してくるルル。だがその言葉は正論でしかない。


「ところで、イナズマの龍ってなに? 死ぬほどダサいんだけど」

「だ、だって、唱えろって言うから……」


 割とキメたつもりだったのに、冷めた目でそう言われると一気に自信がなくなってくる。

 思わぬ形で戦意を喪失するナワテ。あまりのバツの悪さに目を逸らすと、反対のエリアで戦闘を繰り広げるスレタたちが視界に入った。

 あちらの現場は文字通り、火、風、水、の応酬。それらが絵の具が混ざり合うように何色にも変化していく。

 スレタとスッチは変わらず、身と魔法をこなしながらドリスコルの連撃を間一髪でかわしていた。しかし、攻められるばかりで自分たちからは仕掛けられていない。

 いや違う。攻撃の隙を与えられていないのだ。


 助けを求める視線でルルを見ると、彼女の目にも鬼気迫る内情が色濃く浮かんでいた。


 切り札の雷は一切通用しない。

 ならば、どうすればいい。 


 頭をフル回転させるが、答えにたどり着くまでの猶予は与えられず、


「満天の鬼火(おにび)だ。受け取るがいい──!」


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