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魔女の劇団  作者: 倉敷純次
再会
5/72

時間停止した場所

 アダルア王国。ヴァーレ自地区(じちく)

 それがこの地域の正式名称である。


 地上に靴底を落とすと、そこは堅い土の道路だった。土系舗装(どけいほそう)なのか、あるいは通行人が作り出したけもの道なのだろうか。それは分からない。


 アダルアの人口は1000人前後と推察(すいさつ)されている。デリスランドの2万1000人と比べると象と犬のような人口差だ。


 アダルアの王都デスラーには、地上100メートルの巨大な石塔(せきとう)がそびえ建っている。そこを中心として広がる約50ヘクタールの丸い円がアダルアの国境線である。

 南西側の約3分の1がいわゆる貧困層の集落となっている。それがここ――ヴァーレ自治区だ。

 面積は国土の約3分の1。しかし人口は約800人。全人口の八割が密集して暮らし、残る二割の貴族や富豪が3分の2の面積で優雅(ゆうが)に暮らしているのがこの国の特徴である。

 丸い国土故に、一節では上空から見ればこのヴァーレが具のないピザのように見えるらしい。


 そんな洒落(しゃれ)のような話も頷けた。ナワテの視界の先は惨憺(さんたん)たる景色だった。


 石を粘土で塗り固められた、二~三階建ての建物が連綿(れんめん)と続いている。先ほどまでナワテが居た集合住宅もそれに含まれる。これがヴァーレの民の住居なのだ。

 土塀(どベい)(へだ)たったような茶色い景色。窓にガラスもない住居は、寒さや暑さを耐え(しの)ぐには心許(こころもと)なさそうに見える。


 道路を見渡すと、朝のヴァーレにはオーバーオール姿の農夫やエプロンをつけた商人が姿を見せていた。

 なにを着ているかでその者の職業が手に取るように分かる。金銭的にファッションに関心を持つ余裕がないこの町の住人は、仕事服と私服を使い分ける習慣がないのだろう。


 デリスランドで普及し始めた自動車は、どうやらこの町ではお目にかかれそうにない。


 考えてみれば、第二次マディオス大戦の休戦から20年、アダルア革命終結から18年もの年月が流れている。ナワテ自身、戦争というものを体験したことはない。

 しかし、瞳に映るこの惨憺たる現状は、彼にそう感じさせなかった。


 ── この場所だけ、時間が止まっているのかもしれない。


 なぜこのような経済状況になってしまったのかを一言に語るのは難しいが、ひるがえって、戦後のデリスランドを知ると分かりやすいかもしれない。


 大戦後、チルディールやアダルアがインフラの復興に力を入れる中、デリスランドはそれを一切無視して食料自給率を急速に上昇させた。

 この政策が(こう)(そう)し、今や自国のみならず各国と貿易を繰り広げ、世界の食料庫とも(うた)われるようになった。


 つまり、アダルアはそれとは真逆の政策に(かじ)を切ったと言える。

 さらに鎖国をした結果、輸入に頼ってきたアダルアの食料は枯渇(こかつ)し、飢餓(きが)が大量発生した。

 過ちを乱れ打つ政府に、遂に民の憎悪(ぞうお)が大爆発し、アダルア革命が起こる。

 魔法を使用した戦いは弾や燃料が底を見ない。当然ながらこの革命は、政府側、反体制側、双方に甚大(じんだい)な被害を与えた。

 結局、当時の王が息子に実権を譲ることでこの革命は一年足らずで終結を見た。

 しかし、王位継承(おういけいしょう)が親族の引き継ぎという妥協案(だきょうあん)に終わった結果、その後の民の暮らしが好転(こうてん)することはなかった。

 革命の終結はさらなる被害を阻止したという見方も出来る。しかし一方で、反体制側の譲歩(じょうほ)ともとれるこの終わりざまは、過激派を生み出す結果ともなった。


 過激派に限らず、ぱっと見で誰が反体制側であるかは分からない。かなりの割合を占めていてもおかしくはないが、そういった人々は腹の中を隠す傾向にある。

 ただでさえ顔見知りしかいないような町だ。ご近所とのいさかいを極力避けたいと思うのは当然だろう。


 アダルア政府に敵意を抱かせるような芝居を上演することにより、再び国論を二分させる。

 ナワテが任された『すずろぐ革命。演劇計画』の作戦内容は、あくまでここまでだ。 

 演劇で反体制派の感情を煽り立て、ヴァーレの民の約半数が声を上げれば、過激派がこれを好機と捉えるはずだ。あとはこちらから動かずとも革命の火は自動的に燃え上がるだろう。

 仮に革命が起こるまでに至らなくとも、反体制側が温まりさえすれば、アダルア政府や兵の注意は国内に向かざるを得なくなる。少なくとも、デリスランド側が次の策を立てるまでの時間稼ぎになるだろう、というのがアカネ大臣の計算だ。

 つまりは簡単な話。自らの手を汚さずして、反体制派、特に過激派を()()けることこそが、ナワテに与えられたミッションなのである。


 …… 今は深く考えないことにしよう。


 ナワテは自分にそう言い聞かせ、胸で暴れる罪悪感をシカトした。


 そんなことを考えながら市場を抜けると、町の中心部らしき場所にやってきた。

 外務省の役人に渡された地図によると、ここに劇団の登録施設があるらしい。


 演劇大会の登録施設があるということもあり、ここにやってくるのは俳優見習いの者ばかり。すでにそのような人物を周囲に見かけることができた。

 職業同様、俳優も服装で識別ができる。俳優は男女に別なくワンサイズ大きめのドレスシャツを着るのがヴァーレの習わしである。

 下半身に限っては男女に違いがあり、男はズボンを着用。女はチュールスカートを膝辺りまで垂らしている。

 ちなみに色に決まりはないはずだが、ここに居るものはみんな地味な色の衣類を着用していた。

 ナワテも(ごう)に従うようにブカブカの白シャツと黒のズボンを着衣している。つい昨日まで社長業を(こな)していたナワテには、このサイズの大きい衣類はどこかしっくりこない。


 俳優たちの中には、ドレスシャツの上から黒のノースリーブのジャケットを着用した男や、同じく黒のフード付きのローブを(まと)った女を(まれ)に見かけることがあった。服は汚れたり古びたりしているのに、その羽織物(はおりもの)重宝(ちょうほう)しているようで(しわ)ひとつない。

 ジャケットとローブは共に陽光(ようこう)が跳ね返るほど(あだ)のある黒い色をしている。見るに、それはこの町では神聖なものとされているようだ。

 その羽織物を纏う者たちは決まって、肩で風を切るようにして町を歩いていた。彼らが偉そうに振る舞う理由は分からない。


 多少道に迷いはしたが、無事目的地に到着。

 (ほろ)が張られたテントのような場所にナワテはたどり着いた。


ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!

もしよろしければ、評価【☆☆☆☆☆】を押してくださいませm(__)m

今後の励みに致します!(^^)!

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