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魔女の劇団  作者: 倉敷純次
再会
4/72

潜入初日の朝 〜夢と静電気と味気ないパン〜

『ナワテ、それは目から涙を流しているだけよ。どこにも感情が見当たらないわ』

『ご、こめんなたい』

『感情を無視して涙を流したり悲しそうにセリフを言ったりするのは、少し練習すれば誰だって出来るわ。いい、ナワテ。役者のお仕事はね、役に魂を吹き込むことなのよ』

『たましい?』

『そう。魂。だから役者は感情を動かすことが出来なきゃいけないの。そのためには色んな人の気持ちが分かってなきゃいけないのよ。素敵なお仕事でしょ?』

『でも、どうやったらいいかわかんないよぉ』

『んー、そうよね。じゃあ、お母たんが死んだと思ってみて。そしたら泣けるでしょ?』

『ええっ! お母たんが。しょんなのヤダぁ! 死んじゃヤダよぉ……、うぅ……』

『泣けた! それよナワテ、それ! やればできるじゃない。さすがわたしのナワテ!』

『ひどいよぉ。うぅ……』

『あはは。ごめんごめん。あはははは…………』


  ~~~~~~~~  ~~~~~~~~  

  ~~~~~~~~  ~~~~~~~~  


 チュンチュン………… チュンチュン………… 


 チュンチュン………… チュンチュン………… 


 聞きなれない小鳥のさえずりに聴覚が違和を感じ、ナワテはまぶたを開いた。


 眼前(がんぜん)の向こうは見覚えのない黄土色(おうどいろ)の天井。

 目線を少し動かすと、ガラスの()られていない窓に青い空が映っている。そのやけに眩しい窓から、薫風(くんぷう)のような暖かい風が室内に吹き込み、陽光(ようこう)の香ばしい匂いを届けてきた。


 …… なにかが、おかしい。


 聴覚、視覚、嗅覚。それらが身の回りの異変に気付きだした。

 目覚めたてほやほやの頭で状況を整理する。そうして、天井に向かって何度かまぶたをしばたたいた後、思い出した。


 ナワテは昨日の深夜、アダルア王国に潜入していたのだ。


 彼は先ほどの夢のことを思い出した。ここはマリエ・ヒョウカの故郷。つまり、ナワテの母が生まれ育った国である。その地で見た最初の夢が、母に演技を叩き込まれた幼少時代の思い出だったことは、彼を複雑な気分にさせた。


「―― ぁいっ!」


 ベッドから身体を起こそうとすると、縄できつく縛られたような激痛が全身に走りベッドから転げ落ちた。一晩中、窮屈(きゅうくつ)な馬車内で身を(ひそ)ませていたため全身が痛んでいたのだ。


 アカネ大臣との会談は二日前の出来事だが、ナワテにはひと月くらい前のように感じられる。

 その翌日、つまり昨日のことだ。火急(かきゅう)(よう)することになったと大臣からの連絡を受け、息つく間もなく(ほろ)の掛けられた馬車に放り込まれた。

 デリスランドとアダルアの国交は断絶状態にあるが、商人により若干の輸出入は取引されている。ナワテはその貨物馬車を利用して潜入したのである。


 転げ落ちた身体を起こし、足裏で地面を()でるように重い体を運んでいく。

 その途中、部屋の壁に立て掛けられていた鏡が、ナワテの眠いまぶたを持ち上げた。

 物心ついた頃から頭髪を藍染(あいぞ)めしていたため、自分の金髪を眺めるのはこれが初めてのことだった。


 時計を見ると、午前八時。

 いつもならとっくに起きて、今日一日のスケジュールを確認している時間だ。

 ……みんなは上手くやれているだろうか。

 仕事のことを考えると体がそわそわし始めた。持て余した心をなんとか落ち着かせようと室内を歩き回る。しかし、やはり会社のことが頭から離れない。13歳の頃、マリエ事務所を立ち上げからこれまで、ナワテが職務を離れたことは一度もなかった。

 会社のみんなには急な出張が入ったとだけ伝え、いとま()いも早々にそそくさと去ってきた。今回のことは国家機密であるため詳細を明かせないことも理由としてはあるが、一番は仲間にいらぬ憂慮(ゆうりょ)を抱かせたくなかった。


「きっと大丈夫だ。みんなを信じよう」


 そう口に出すと、少し安心した。


 この部屋はとある集合住宅の一室である。高さは三階。この建物の最上階に位置する。

 居間、小部屋、風呂、便所が一つずつ。デリスランドで言うところの1LDK。独身一人暮らし定番の間取りといったところだ。

 建物自体は石と粘土で作られているみたいだ。おかげで部屋一面に不衛生そうな黄土色が広がっている。

 水や電気、ガスは通っていない。地域のインフラが整っていないという理由もあるだろうが、そもそも魔法で水や火を操れるアダルア人には必要がないのかもしれない。


 食うに困らぬようにというアカネ大臣の計らいで、小麦、缶詰、水、が鍵付きの木箱に収納されていた。これで数日はどうにかなりそうだ。

 とはいえ、種類は(とぼ)しい。ぱっと頭に浮かぶ献立は限られる。


 はぁ…… と、長い息を吐きながら、卓上にある木箱の鍵に手を伸ばした、

 その時、


「―――― ぅあッッ‼」


 部屋に火花が散ると同時に、身を切られたような激痛がナワテの手を貫いた。


 攻撃を受けたのは右手。こわごわと手のひら、甲を確認する。

 ……が、刀傷(とうしょう)はない。先ほどまでとなんの変りもない綺麗な手がそこにある。


 その理由を頭で考える。

 思えばそれは、指先が金属部分に触れようとしたときだった。


「……静電気?」


 さすがに17年も人間をやっていれば静電気初心者ではない。けれど、静電気は冬に起こる現象だ。薫風がなびく日の静電気など経験がない。しかも光が見えるほど大きなものは生まれて初めてだ。

 釈然(しゃくぜん)としないが考えても仕方ない。乾燥地帯特有の現象なのかもしれないと、これまで自国から一歩も出たことのなかったナワテはそう思うことにした。


 気を取り直し、マッチでかまどに火をつけ、ストックされている小麦と水を使ってパンをこしらえることに。

 早い時期から一人暮らしを余儀(よぎ)なくされたナワテにとって自炊はお手のもの。とはいえ、パンを小麦から作る習慣はない。調理時間はざっと一時間を要した。


「味気ない……」


 調味料の入っていないパンを口に入れると、まるで紙をかじったような(むなし)さに(さいな)まれた。


 金属製の缶詰は触りたくないのと、数に限りがあるので朝食では手を付けないでおく。


「そろそろ行くか」


 早々にホームシックにかかった気分を紛らわすため、ナワテは出掛けることにした。

 彼には今日中に終わらせなければならない任務がある。

 ここでは毎月、演劇大会が開催されている。此度(こたび)の計画で、ナワテが革命を(うなが)す演目を上演するのがこの大会だ。

 なんでも大会のルール上、エントリーするには個人名ではなく劇団名が必要となるらしい。

 詰まるところ、この大会に参加するには役所で劇団登録を済ませておく必要があるのだが、その月の締め切り日が今日に当たる。もし今日を逃せば、ナワテが出場できるのは一か月後の大会となってしまう。

 アカネ大臣がそれを知ったのも昨日のことだったらしい。火急を要することとはつまり、外務省の不手際によるものだったのだ。


 ショルダー型のカバンに昼食用のパンを詰め、ナワテは仮住まいの外に出た。


ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!

もしよろしければ、評価【☆☆☆☆☆】を押してくださいませm(__)m

今後の励みに致します!(^^)!

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