♯3 虹宮大輝のただいま(3)
キャー、かっこいい
女性たちが目をハートにして星夜に興奮の声を上げ、芸能人である俺の存在にはまるで気づかないというなんとも言えない空間。
俺らは今、本屋の雑誌コーナーにいる。
裕人が迎えに来てくれるまでの間、本屋に行こうということになったのだ。
本屋って暇つぶしの定番だよな。
「へー、大輝表紙のやついくつかあるじゃん」
「まあ、ドラマもそろそろだから」
星夜は俺が表紙の雑誌を手にとると、ペラペラめくる。
数ページに渡ってドラマの宣伝をしてくれているようだ。
「うわ、これ特殊メイク? リアルじゃん」
ああ、これか。今回のドラマの設定にあわせて、怪我した風ショットを撮ったものだ。最近俳優よりアイドル枠になっている気がする。
「ドラマそろそろって言ってもまだ撮影始まってないんでしょ?」
「うん、撮影は明後日から。放送自体は来月に始まる」
丁寧に作る作品と、スピーディーに作る作品と、色々あるけれど、今回のドラマは社会派作品のわりに雑っぽいんだよな。
あのプロデューサーの作品はいつも繊細さに欠ける。
「長男役かぁ。うちで言ったら敦のポジションか。あれは、、参考にならないね」
「ああ、頭良くて異次元な人だからな」
長男の淳は27歳。金髪で丸みのある可愛らしい顔立ちに、くりくりおめめという見た目とは裏腹、かなりのやり手。大学卒業後すぐにコンサルティング会社を立ち上げて、あっという間に世間にも知られるほどの大きな会社にしてみせた。俺だって芸能人だからかなりの稼ぎなのだが、敦はそれをゆうに超える金を稼ぐ。頭が良く、経済面で家庭を支えてくれている。
「設定は、必死でバイトをして弟たちの学費を稼ぎながら、家では弟たちの代わりに親に殴られる優しくて苦労人か」
「ああ、」
「うん、大輝に合ってるかもな」
「どこがだよ」
「だって、大輝は中学生の頃から芸能人やって金稼いでくれてたし、昔いじめにあった智也守ろうといじめっ子たちに向かっていったことあっただろ」
そんなこともあったな。
敦がまだ学生で働けない頃、まあ、それでも株とかで儲けてはいたみたいだけど、俺は芸能人になろうと思った。若くても稼げる仕事がそれしか思いつかなかったから。
智也っていうのは星夜の双子の兄でうちの五男だ。
白黒はっきりしたところがあり、人からの反感を買いやすい。ゆえに、いじめられたり、ハブられたり、そんなんがしょっちゅうあって、そのたびに口を挟んでいた気がする。
「うーん、言われてみれば」
「この役自分に似てるって思わなかったの?」
「まったく」
「なんで」
「、、苦労したと思ってなかったから、かな」
苦労人、可哀想、、今回の役に抱いたイメージと自分がまるで重ならなかった。
「じゃあこの役も実は大輝と同じように、苦労なんて思ってないのかもね」
そっか、そういう解釈もあるんだ。
ブーブー
「あ、裕人ついたって」
星夜がスマホから顔を上げてキラリと笑う。
「おう」
俺も自然と口角が上がったのを感じた。
本屋の外に出ると、トラックではなく紫色のワゴンが止まっていた。そしてそのワゴンの傍らに立って、よっ、と手を上げる男。裕人だ。
スラッとした長身。(といっても星夜よりは2cmほど低い)
服の下には鋼のような肉体が存在していることだろう。
わざわざ家に一度帰って、車を変えてきたらしい。
トラックは二人乗りだもんな。
「お疲れ。相変わらず星夜は男前やな。大輝も最近ようTVで見るわ。頑張っとんな」
裕人は関西弁を話す。
最近は大阪を拠点にしているからわからないでもないのだが、裕人が関西弁を話すのは昔からだ。東京にずっと暮らしていたのになぜに関西弁を話すのか。さっぱりわからない。
バタン
ワゴンに乗り込み、街道を走り出す。
「トラック置いてきたんだね。ワゴンでびっくりした。裕人は最近仕事どう?」
星夜の質問に裕人は快活に答える。
「まあ、ぼちぼちや。車走らせんの好きやさかい、楽しくやってるわ。昔はトラックの荷台にお前ら乗せたりもしとったけど、大輝は芸能人やしな。見つかって世間に叩かれたりしたら面倒やろ。ちゃんとワゴンで行ったろ思うて」
裕人なりに気を遣ってくれたらしい。
芸能人という仕事に理解のある家族でありがたい。
「星夜は服屋に就職して結構経ったやろ。どうや?」
「うん、楽しいで。高卒で就職したから、もう3年になるか。あ、そういえばそろそろ店長にならないかって言われたの忘れてた」
そんな大事なことをなんで忘れられるんだよ。
星夜はあまり物事を深く考えず、すぐに忘れてしまうのだ。メンタルが強いのは羨ましいが。
「へー、よかったやないか。店長の話受けるんやったら、お祝いやな。暁にパーティーの準備頼まんと」
「おー、どうしよ。とりあえず敦と暁にも相談してみるわ」
うん? あまり乗り気じゃなさそう、か?
「星夜は店長やりたいわけじゃないのか? なにか嫌なことでもあるのか?」
「うーん、嫌とかそういうわけじゃないけど、店長とかなんて責任ある立場でやっていくって覚悟できるほど、今の仕事に真剣じゃない、、気もするし。今の店長が本部とよう揉めて、死にそうになってるのも見てるからな。ちょっと不安かな」
普段あっけらかんとしてる星夜が不安を感じるっていうのはよっぽどだな。
「今度、星夜の職場行ってもいいか? どんな店なのか見ておきたい」
「大輝、服屋は嫌いなんでしょ」
「嫌いっていうか興味がないだけだよ。星夜が店長になるか迷ってる店なら見ておきたいに決まってる」
「そういえば俺が就職するってなったときも見に来てくれたな」
「その時と今じゃ変わってる部分もあるだろうから」
「うん、わかった」
うわ、星夜の満面の笑み。やばい、男の俺までキュンとしてしまう破壊力。
やめてくれ、変な扉が開きそうだ。
「ハハッ、相変わらず男らしいなぁ、大輝は」
裕人の発言に首をかしげる。
どこが男らしかったんだ?
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
お読みいただき、ありがとうございました。
小さな幸せを丁寧に描いていきたいと思います。
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