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8.暖房をお望みですか

「ごめん……」


目の前には気まずそうなヴェルナー様。


「い……いえ……」


謝られると何と返事をしたら良いものか、寝起きだし動揺が凄くて全く頭が回らず言葉が出てこない。




目覚めるとまさかのヴェルナー様に抱き締められていた私は、眠気なんて一気に吹き飛んでしまい、状況把握しようとするけれど後ろから抱き締められていることしか分からなかった。


しっかり抱き締められている為動くことが出来ず振り向くことも出来ないけれど、寝息がすることからヴェルナー様はまだ寝ているのだろう。


背中が熱い。


私の体をすっぽりと包み込んでしまう程に大きな体。足まで温もりを求めるようにちょっと絡み合っていて、触れる素肌の感触に朝から心臓が全力で稼働していて苦しい。

動けないし言葉を発することも出来ないけれど、この私の心臓の音でヴェルナー様を起こしてしまいそうだ。


抱き締められただけでこんなにもドキドキしているのに、私はヴェルナー様を誘惑なんて出来るのだろうか。昨夜決意したばかりなのに、自信が失われていく。



暫くそうしていたけれど、ふとヴェルナー様がモゾッと動く気配がして「えっ……」と言う声が聞こえた。私を抱き締める腕の力が緩んだので後ろを振り替えるとヴェルナー様と目があった。起きたようだった。


それからバッと勢いよく私から離れると、冒頭の「ごめん……」へと繋がる。


お互い気まずそうに視線すら合わせられないで居たら、寝室の扉をノックする音が聞こえてきて、使用人から「朝食のお時間になりますのでご準備宜しいですか?」と扉の向こうから声を掛けられた。


どうやらゆっくりと寝過ぎたようだ。抱き締められて寝ていたので温かくてぐっすりと寝てしまったのかもしれない。


いつもは私が目覚めてからベルを鳴らして来て貰っていたのに、今日は催促されてしまった。前侯爵夫妻との朝食なので時間に遅れないよう配慮してくれているのだろう。しかし今日はヴェルナー様も一緒に寝ていたので、声を掛けるタイミングを図りかねていたことだろう。


でも使用人のお陰でお互い我に返り、ヴェルナー様は身支度の為に寝室を出て行って、代わりに侍女が寝室へ入ってきた。そしてテキパキと私の支度も進められていった。


「今朝は冷えますね」


侍女が私の髪を梳きながら、何でもない話題を出してきた。


「えっ……ええ、そうね」


冷えるどころか背中は熱い位だった。ヴェルナー様のお陰で温かくて寝過ごしてしまったのだ。侍女の言葉に曖昧にしか返答出来ない。


でもそこで、ああ、と思った。

冷えて寒かったから暖を取る為に無意識に人肌を求めて抱き締めてしまっただけなのかもしれない。


だってヴェルナー様は起きて私を抱き締めていることに驚いていた様子だった。しかも「ごめん」と言った。つまり意図して抱き締めた訳ではない筈。無意識の行動なのだ。


(ごめん……か……)


本当の夫婦なら謝罪なんてしないのでは無いだろうか。やはり私達にはまだまだ距離があるのだと思い知らされた気分だった。



支度が整って待っていてくれたヴェルナー様と一緒に食堂へと向かうと、既に前侯爵夫妻が座っていた。


「無理に一緒に食事を取らなくても良かったのに。新婚なんだからゆっくり寝てても良いぞ」


「あなた、あけすけ過ぎますよ」


ニコニコとした笑顔で前侯爵が言ったことに突っ込む前侯爵夫人。

どちらの台詞も何を意味するかなんて私にでも分かる。恥ずかしくなりながらも、そう出来たら良いんですけどね、と心で思った。

ちょっと遅かった私達が新婚夫婦らしい理由で遅れたのだときっと思っていることだろうな。それ、勘違いです。


ヴェルナー様は落ち着いた様子で「お待たせしました。食事にしましょう」なんて言ってお二人の会話を流していた。




今日はパーティーがある為、朝食後は招待客リストを必死に覚えた。隣でヴェルナー様が誰がどういう人で、どういう繋がりがあるのか等々、丁寧に教えてくれた。


今朝目覚めた時に見せた、慌てて私から離れ気まずそうにしていた人とは思えない程、穏やかで冷静な様子だ。


でもこうして普通に話せているのが嬉しかった。ぎこちなくならないように平静を装ってくれているのだろうか。それとも、あれはヴェルナー様にとって些細なことでもう忘れてしまったのだろうか。


そんなことをいちいち聞けない私は、その後も何事も無かったかのように過ごし、パーティーの準備を進めた。


パーティーで着るドレスは前侯爵夫人が準備してくれており、何も問題なくスムーズに準備が進んでいく。

いったいいつからこのパーティーの開催が決まっていたのだろうかと思った。こんなにも準備万端だとは、ある程度の日数が無ければ不可能では無いだろうか。


あれこれ聞きたい気持ちはあれど、それぞれに準備がある為それに集中した。綺麗なドレスに美しい宝飾品。侍女が丁寧に髪を結ってくれ、化粧も施してくれる。こんなにもちゃんとめかし込んだのは結婚式以来だろうか。


準備が終わり簡単な打ち合わせをしたらゲストが続々と到着し、歓迎のお出迎えをする。皆結婚のお祝いの言葉を贈ってくれる。だから仲睦まじい夫婦の振りをする。ヴェルナー様が私の肩や腰に手を回してゲストに紹介してくれるので、微笑みを絶やさず挨拶し、優しい夫へ幸せそうな笑みを送るのだ。


パーティーが始まればヴェルナー様と一緒にまた挨拶に回った。そしてダンスも踊った。ヴェルナー様以外の男性とも誘われて数人と踊った。勿論ヴェルナー様も私以外の女性と踊っていた。年配のご夫人もいれば、若い令嬢とも。若い令嬢はヴェルナー様と踊れるのが嬉しいのか、少し頬を染めていた。それを見てちょっとだけもやっとした。


今日の主役は私とヴェルナー様であり、息つく暇も無く立ち回っていたので、あっという間に時間が過ぎてしまった。パーティーは無事に終わり、侍女にドレスを脱がして貰ったら、どっと疲れを感じた。


湯に浸かってマッサージまでして貰って、さらにハーブティーを淹れてもらい寝室のソファで人心地ついた。


そこへヴェルナー様がやって来た。


「お疲れ様でした。ハーブティー飲みますか?」


「あー……いや……」


今日のパーティーを共に乗り越えた戦友の様な気分で労いの気持ちもあってハーブティーを勧めたのだけれど、どうも歯切れの悪い返事だった。


「今日は疲れているだろうし、私はこっちの部屋で寝るよ」


まさかの共寝拒否だった。


「疲れているだろうし」と言ったけれど、本当にそれだけが理由だろうか。私を気遣う言葉を使っているけれど、それは言い訳に利用しただけで本音は一緒に寝たくないだけなのではと思ってしまう。


今日、他の人の前では夫婦らしい関係でいられたのに、二人になると距離を置かれてしまう。


何だか悲しくなってきた。


「あの……私、昨夜何かご迷惑になることをしてしまったのでしょうか……?」


「いやっ、デリアは何もしてないよ!寧ろしたのは私だっただろう!?」


私が泣きそうだったからだろうか。ヴェルナー様が少し慌てて否定した。


「無意識とはいえ勝手に抱き締めて悪かった」


どうして謝るのだろう。


「……謝らないでください。何も悪くなんて……」


「でも目覚めて直ぐ振り向いた君は涙目だった。嫌だったのではないのか?」


涙目だっただろうか。あの時は突然のことで驚いて、距離の近さに鼓動が激しく動いて、そして振り向いた時にキスしてしまいそうな位に直ぐそこに顔があった。とにかく恥ずかしくてどんな顔をしたら良いのか分からなかった。


「……嫌では……。は、恥ずかしかっただけです」


「……でも、一緒に寝たらまたしでかしそうで……」


ヴェルナー様は視線を逸らして頭を掻いた。


してくれて良いのに。

抱き締めて欲しいくらいなのに。

肌を重ね合わせることだってしたいのに。


でもそんな希望はあっても、実際そうなると私は恥ずかしくて怖じ気づいてしまうのだろう。


「……温かかったんです。ここ最近は朝の冷え込みで早くに目が覚めてしまっていましたが、今朝はヴェルナー様のお陰で温かくて、寝過ぎてしまったくらいで……」


結局私はこんな風にしか言えない。


「そう、か……」


「だから、あの……嫌どころか、寧ろ温かくて有難いくらいで……」


「暖房替わり……?」


「そっ、そういう訳ではっ……!」


言い方間違えたっ!?


でもヴェルナー様は少し表情を和らげていた。ちょっと冗談っぽく皮肉ったのかもしれない。


「そうか……。嫌でないなら、一緒に寝るか」


「はい……」


ハーブティーなんて飲んでいる場合では無くなり、ぎこちなくもベッドに向かった。明かりを消して二人並んで横になる。……横?


「あの……」


「ん?」


「今日は……」


話の流れから抱き締めて寝てくれるのかと思っていた。けれど、どうやら違うらしい。ただ一緒に寝るだけのようだ。無意識に抱き締めてしまっても嫌ではない、と言う解釈をされたようだった。


ヴェルナー様は言葉に詰まった私の次の台詞をじっと待ってくれている。でも、「抱き締めてください」なんて言って良いものか。いや、言葉にする勇気が出ないのだ。


「今日は、夜も寒いですね……」


私の言葉が予想外だったのかヴェルナー様は瞬きを数回した。


(……っ、私はこんな風にしか言えないのかー!)


「何でもないですっ!おやすみなさい!」


直接的に言った訳でもないのに恥ずかしくて仕方がなくて、ヴェルナー様に背を向けてベッドの端に寄った。今きっと顔は真っ赤だろう。とてもじゃないが見せられそうにない。


「暖房をお望みですか?奥様」


そんなまた冗談っぽく言わないで欲しい……!


「何でもないですからっ」


さらにベッドの端に寄った。もう寝返りをうったら落ちてしまうだろう。それでも姿を消してしまいたい程に恥ずかしくてヴェルナー様と距離を取りたかったのだ。


「そんなに行ったら落ちるぞ」


そう言ってヴェルナー様はグイッと私の体を引き寄せて抱き締めた。まさに、今朝と同じ格好だ。今朝よりかは抱き締める力は緩く苦しくはない。けれど驚いて呼吸が止まってしまい苦しくなった。


ヴェルナー様の胸板が当たる背中に、ヴェルナー様の腕で囲われた腕に、温かな熱が伝わってくる。


「成る程……これは、温かいな」


「……はい」


温もりを分かち合うのはこんなにも心が温まるらしい。

背中からヴェルナー様の穏やかな心音が伝わってきて、それが心地好いリズムで、疲労もあってか直ぐに眠ってしまった。


結局この日も体を重ねることは無かったけれど、こんな穏やかな眠りも良いものだと思った。



◇◇◇



「いやいやいやいや。良かったじゃないよ。子作りしなきゃ」


はっきりズバッと言ってくれるのはグレーテ。


ヘッセン侯爵領から無事に帰ってきて、今日はグレーテの邸を訪れていた。


「それが私の精一杯だったのよ……」


「そんな訳無いでしょ!結婚の提案が出来たデリアならお誘いくらい出来るでしょ」


「いやいや!ハードル高いって!」


「そんなこと無いよ。結婚の提案だって“子を作りましょう”的な内容だったでしょ?契約の履行だとでも言えば良いじゃない」


言われてみればそうだった。子を生す目的の結婚だった。あの時の私はよくそんな提案が出来たものだ。


「契約の、履行……」


「そうよ。契約に同意したのだから履行義務ですって言って迫ったら?私があげたランジェリーを身につけて」


「きっ、着れないわよ!さすがにあれは着れないっ!」


「えー!せっかくあげたのに着てくれてないの?デリアのそこそこある胸が際立つものを選んだのに」


私の胸ってやっぱりそこそこなんだ。

そこそこ大きいって意味?

それともそこそこ程度でさほど大きく無いって意味?


貰ったランジェリーは持ち帰った日に鍵の掛かる引き出しに仕舞ってから一切袋を開けていない。正直存在自体忘れていた。


あれを着るのは恥ずかしいのもあるけれど、突然私があれを着て現れたらヴェルナー様に退かれるような気がするのだ。いくら契約結婚だからと言っても嫌われるのは嫌!


「……可能なら、ちゃんと心を通わせられるようになりたい」


ヘッセン侯爵領で多少は彼に近づけた気がした。柔らかい表情をしてくれたのだ。

それは笑顔とまではいかなかったけれど、彼の中側を少し開いてもらいその中を覗く権利を貰えたんじゃないか、そして私があの表情を引き出すことが出来たんじゃないかと思えた。もしかしたら勝手で傲慢な思い込みかもしれないけれど。


ヴェルナー様の笑顔が戻った時、私達は心を通わすことが出来るんじゃないかと、不思議と希望が持てた。


「……そう。でもタイムリミットはあるんだからのんびりはしてられないんだよ?」


「うん、分かってる」


「それに妊娠したらすぐ生まれてくる訳でも無いし。必ずしも無事に産める訳でも無い」


「あ……そうか」


妊娠期間もある。流産も死産も可能性としてある。

子作りしたからと言って必ずしも妊娠する訳では無い。実際私達も初夜は経験しているものの、その一回で妊娠はしなかった訳だし。


「三年なんてあっという間よ」


確かにそうだ。妊娠期間を考えたら二年程しかヴェルナー様と仲を深める時間的猶予が無いのだ。


……今更父が結婚期間三年に対して「もう少し長くても」と言っていた通り延ばしておけば良かったなと後悔する。契約延長の再契約の可能性は……いや、今から既にマイナスな思考では駄目だ。


「グレーテ、体調は?」


「今はもう安定期に入ったから良いよ」


グレーテはめでたいことに妊娠をした。私がヘッセン侯爵領に行っている間に妊娠が判明したのだ。


「出産はいつ頃の予定なの?」


「春の初め頃かな」


グレーテが結婚したのは昨年の秋。妊娠が判明したのが夏。そして出産予定が春。そこまでおおよそ一年半。グレーテは夫婦でとても仲が良い様子だから、順調に夫婦仲を深めていたことだろう。


一方私は、結婚してからもう半年が経つ。

子どもが出来なくて悩んでいる夫婦だって居ると聞く。数撃ちゃ当たるっていうのもがさつな言い方ではあるけれど、子を成す目的の結婚であればそれなりの回数は必要だろう。

それなのに私達は半年も経ったのに、初夜の一度っきり。


「子どもは可愛いわよね。早く会いたいわ」


「性別はどっちかな」


「どっちだろう」


「旦那様とそんな話をしたりするの?」


「するわよ。彼はどっちでも大歓迎だって。男の子なら剣術を教えるし、女の子なら可愛いドレスを贈ってあげたいって」


グレーテは少しだけ膨らんできたお腹を撫でながらとても幸せそうに話す。


「妊娠前の春に領地にある孤児院を訪れたの。毎年のことだから顔見知りの子ども達と遊んで楽しく過ごしたんだけれど、結婚してから初めて訪れたからか、子ども達がいつもより可愛く見えて仕方なかったの。私も彼との子どもが欲しいなって。だから今私のお腹の中に来てくれて本当に嬉しいの」


「そっか。良かったね。大事にしなきゃね」


「そうね。大事にする」


こんな風に夫婦から望まれて、そして産まれてくる日を楽しみに待っていて貰えるなんて、幸せなことだなぁと思う。


孤児院には様々な理由で子どもが預けられる。その中にはきっと望まれて生まれてきた訳で無い子もいる。


私もヴェルナー様との子を欲しいと思っている。ヴェルナー様にとっても大切な存在になってくれるんじゃないかと思って、それを期待して提案した契約結婚だった。


でもヴェルナー様は私と体を重ねることをしようとしない。それは私を抱きたいと思わないからだろうか。それとも私との子を望んでいないから……?


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