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21.私達の結婚は

次の年の夏、私は久し振りに侯爵領へと手伝いに来ていた。結婚したばかりの頃に来た以来だ。


二年目は妊娠が発覚したので行かなかった。三年目はまだクリスティーネが幼かったし大帝国の侵攻があり王都の侯爵邸に留まった。四年目は侯爵家を飛び出して田舎の孤児院にいた。五年目の昨年は再び侯爵家に戻ったが、クラーラ嬢に命を狙われる危険があったのと、クリスティーネ毒殺の件やルイーザ嬢殺害の件の捜査協力の必要があり王都に居た。


戦争が終わった侯爵領は多くの貴族が避暑にやって来ていた。さすがに侵攻のあった年は少なかったそうだ。戦地の辺境伯領の隣で不安に思う者も多かったのだろう。


前回手伝いに来た時は、比較的簡単な作業の繰り返しであったが、今回は既に軍の秘匿ルートの件も侯爵から聞いていたので、詳しく前侯爵が教えてくれた。私がこんな重要なことを聞いてしまって良いのか不安もあったが、信頼され頼られているのだと思えて嬉しくもあった。


きっとそれでもまだ私が知らないことはあるのだろう。

何せこの侯爵家だ。優しげな笑顔の裏に秘匿としていることはルート以外にもある筈だ。


容姿端麗三世代の優しげな笑顔程、怖いものは無い。



夏も終わりの頃、私が王都の侯爵邸へと戻るタイミングでヴェルナー様が侯爵領にやって来た。お迎えがてら短い夏季休暇を共に過ごす為だ。


戦争が終わっても軍部の仕事が無くなる訳では無い。


大帝国は新しく第三皇子が皇帝に即いたが、前皇帝派だった者全員を捕らえた訳ではなかった。そうすると国として機能出来なくなる恐れがあるからだ。それに前皇帝と皇太子は捕らえたが、第二皇子は逃走したままなのだ。ブルバーレ王国の後ろ盾や、我がフレンス王国や連合国の協力があろうとも、いつまた新政権に対して不満を持った者による反乱が起きるか分からない。


それに新政権に不安を抱き流入してくる移民や、中には賊となって国境周辺で暴れている者もいる。二年経ってもその数に大きな変化は無い。


そんなこともあって軍は交代で辺境伯領へと派遣されているのだ。



ヴェルナー様が侯爵領を訪れてまず向かったのが、クリスティーネの墓だった。


クリスティーネが亡くなって喪失感に押し潰されている時、何も出来なかった私の代わりに執事が王都の墓に埋葬してくれた。しかし戦争が終わってから侯爵領にある亡き侯爵夫人の墓の近くに埋葬し直した。そこは代々の侯爵家の者の多くが眠っている場所だった。


緑に囲まれとても静かで落ち着いた場所。

侯爵領館の庭に咲いている花を庭師が選んで切ってくれたので、それを墓に供えた。


「母がクリスティーネの側にいてくれたら、安心だ」


「お義母様はクリスティーネのこと、可愛がってくれているでしょうか」


「当たり前だ。あんなにも可愛らしい娘だったのだから。独り占め出来て夢に出て自慢されそうだ」


ヴェルナー様にそっくりだったのだ。愛する息子に似た孫娘を、病も何も無い自由な世界で愛でてくれていることだろう。


「生きていればもうじき四歳になる頃……どんな子になっていたでしょうか……」


「……そうだな。どんな子になっていただろうな」


あれから二年が過ぎている。それなのに、クリスティーネを思い出しながら祈りを捧げていると涙が出てきてしまう。


笑顔を向けながら両手を上げて求めてくるあの小さな体を抱き上げることはもう出来ない。

覚束無い足取りで好奇心のままに歩き回るのを追い掛けることも無い。


涙が止まらない私をヴェルナー様は優しく抱き締めてくれる。それに甘えて腕の中で思いっきり泣いた。以前程夜に魘されることは無くなったけれど、涙が枯れることは無かった。


私を抱き締めながらヴェルナー様も泣いていた様に思う。泣いていた私には見えなかったけれど、何となくそんな気がした。ヴェルナー様はクリスティーネが歩く姿を見られなかった。彼が見ることが出来た愛らしい娘の成長は、私よりずっと少ない。


私がクリスティーネを守れなかった後悔を抱えているのと同じく、ヴェルナー様も愛娘を守れず、予期することも出来ずにやすやすと命を奪われてしまったことを悔やんでいる。そして自身を責めている。ルイーザ嬢の時と同じく自分という存在のせいで起こった悲劇だと、事件の真相が分かったことで嫌でも思い知らされたのだ。


私を抱き締め慰めながら自身とも向き合っている。


こうして悲しみを共有しながらお互いに気持ちの整理をつけていくしか無いのだろう。


そして王都より一足早く寒くなり始めた侯爵領の夜は、お互いの温もりを求めて触れ合い、空いた心の隙間を埋める様に寄り添って眠った。





冬がやって来たある日の夜、帰宅したばかりのヴェルナー様が慌てて寝室に飛び込んできた。


「いっ、医者をっ……!今日、医者を呼んだって……!?どこか体調が悪いのか!?」


……いつかのデジャブだ。


「こんな……!ああ、私はデリアまで失うのは耐えられない。どこが悪いんだ?治療費は幾らでも出すっ!」


こらこら、勝手に殺さないでください。重病人にもしないでください。


またしても使用人達は彼にどんな報告をしたのだろうか。


まあ、「こんな」って言いたくなる気持ちも分かりますけどね。


いつかの様に冬なのに暑いと感じる位に寝具を重ねられ、しっかりと首まで覆われている。しかも今回はベッドサイドに桶やら水やらタオルやらが装備されているのだ。ついでにクッキーも。


そして私の顔色も決して良いとは言えないだろうし。


ヴェルナー様はベッドの横に膝を立てて私の顔を覗き込んできた。その顔は不安と悲しみに支配されている。

可哀想になって片手を寝具から出してヴェルナー様に差し出すと、ヴェルナー様は反射的に私の手を両手で握った。


「あの……私は、大丈夫です」


「何が大丈夫なんだ!?強がらないでくれ。母も昔、大丈夫じゃないのに大丈夫だって言って気丈に振る舞って無理をしていたんだ」


ああ……『大丈夫』は言わない方が良いらしい。

そして早々に報告をして誤解を解くのが賢明だろう。


不安そうな顔を向けるヴェルナー様に、私は反対に微笑んだ。


「ヴェルナー様。私、また妊娠しました」


「え……」


「だから私は死んだりしませんよ」


「…………」


「……ヴェルナー様?」


ヴェルナー様は私を見つめつつ私の手を両手で握りながら固まっている。


何か言葉を発するのを待ってみようかと、暫く見つめるグレーの瞳を見つめ返してみた。


そうしたらそのグレーの瞳から、雫が溢れ落ちた。


「……本当、に?」


この美しい人は、泣き顔すらも美しいらしい。


「本当です」


私は愛するこの方に悲しみの涙を流させるのでは無く、喜びの涙を流させることが出来たようだ。


ヴェルナー様に握られている手を伸ばして、涙で濡れた頬に触れる。


「デリア、ありがとう」


涙を流しながら綺麗な顔を崩して笑う様子に、貰い泣きしてしまう程の愛おしさを感じた。


私達の元へ再びやって来てくれた小さな命。

貴方はもうお父様を幸せにしている。

少し、羨ましく思う位に。

でも嫉妬よりも喜びの方が強い。


私も幸せにして貰っているから。



「今度は悪阻があるのです」


「……そうか。辛いか?」


「はい。ちょっと……いや、強がりました。だいぶ辛いです」


「私に出来ることはあるか?」


「無い……です」


「…………」


とても悲しそうな顔をされてしまった。


「……クッキーを一つ、食べさせてくれますか?」


無理に作った仕事に喜んで、ベッドサイドに置かれたクッキーを一つ摘まむと私の口元に運んでくれる。

何だか旦那様を使っている様で心苦しいのに、当の本人は嬉しそうなのだ。


リスの様にポリポリと食べる。時間を掛けてゆっくりと。


今回は常に気持ち悪いが、お腹が空くと余計に気持ち悪くなる。クリスティーネの時とは全然違う。悪阻がこんなにも辛いものだとは思わなかった。


けれど嬉しい辛さだった。頑張って耐えようと思えた。


「他に食べたい物は?毎日お土産を買って帰るよ」


「嬉しいですが、それでは太ってしまいます」


「お腹に子がいるなら大丈夫だろう?」


「太りすぎると難産になるとも言われておりますよ」


「……デリアやお腹の子の命が危険に晒されるのなら止めよう」


またこうしてお腹の子のことを一緒に話し、生まれてくることを共に楽しみに出来る喜びを嬉しく思った。


きっとまたグランパトリオがあれやこれやで騒ぐのだろう。そしてそれを女性陣が諫めるのだ。ヴェルナー様と二人でそれを見て笑って……


懐かしさと一緒にそんな日々がまたやってくることが楽しみに思う。


私達は再び夫婦として歩み始めたばかり。

私達の結婚は、まだこれからなのだ。




END




最後までお読みくださりありがとうございました。


知香

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだかずっと泣きながら読んでしまいました。 すれ違いが多くて、孤独感や寂しさに押しつぶされそうなデリアに感情移入がすごかったです。 最後は二人で多くのことを乗り越えて、ようやく幸せになれ…
[良い点]  主人公の心情が静かに心に沁み入ります。不安が盛りすぎることなく、淡々としすぎることなく、誠実な言葉で綴られているように感じました。  万一ネタバレしてたらと恐れて、最終話部分として感想を…
[一言] クリスティーネが殺されたことで悲しくて、実の姉も殺した彼女が修道院で自身の行いを反省してくれればいいけど、逆恨みしそうだなとか思った。もっと重い罰を与えてほしかったような。 新しい子供は男…
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