19.温もりに包まれて
目が覚めると薄暗かった。朝がきていた。
寝相が良いのか狭いベッドでも落ちること無く、未だにヴェルナー様に抱き締められたままだった。
ずっと同じ姿勢だったからか、ちょっと体は痛かった。
顔を上げると直ぐ目の前にヴェルナー様の顔があり、ドキッとしてしまった。
眠っている顔も美しい。
(寝起きにこの顔は心臓に悪いわ……)
まじまじと観察したい気持ちはあるけれど、寝顔が素敵過ぎて直視出来ない。
結婚生活は三年あったがヴェルナー様と共寝したのなんて数える程なので、この新鮮味は当然なのだろう。
(これから慣れるのかしら……)
つい昨日の朝までこの孤児院の部屋に一人だった。侯爵家を出て、孤児院で働きながら生きていくつもりだった。
それなのに今日私は王都の侯爵邸に戻る。そしてヴェルナー様との生活を選んだ。こうして一緒に寝ることも以前よりも増えるのだろうか。
考え事をしていたら目が冴えてしまった。もう起きようと思った。孤児院の仕事は無いけれど、少しは手伝ってから出ようかなんて考えながら、そっとヴェルナー様の腕から抜け出した。
物音が何もしないので職員もまだ起きていないだろう。着替えを済ませると荷造りをした。鞄を取り出して口を開く。机の引き出しを開けてみるけれど、物より引き出しの底の方が多く見えている。本当に物が無いのだ。文房具等誰かにあげるものを机の上に並べ、お金やハンカチといった日用品だけ鞄に詰めた。
そして絵葉書と押し花を手に取る。ここにいる間、私を支えてくれた物。
スターチスの花言葉は"変わらぬ心"。
アルストロメリアの花言葉は"幸い"。
ヴェルナー様は結婚記念日に花言葉を気にして花束にする花を選んではいないだろう。沢山の種類の花が纏められた花束だったから、花屋にお任せにしたのだと思う。
それでも私は花言葉を調べた。自分の気持ちに一番近い花言葉の花を選んで押し花にした。
最初の結婚記念日は、私はどんなことがあってもヴェルナー様を好きでいる気持ちが変わらないだろうと思った。ヴェルナー様が別の誰かを想っても、私はずっと好きでいるだろうと。
次の結婚記念日は愛しいクリスティーネが居て優しいヴェルナー様が居て幸せだった。その年もプレゼントを贈って貰えたのも幸せに思っていた。その幸せを失うのが怖かった。その幸せがずっと続くようにとの願いを込めていたのかもしれない。
結局幸せはずっと続きはしなかった。クリスティーネを失って、その幸せは崩れ落ちて無くなった。
「何してるの?」
フワッと突然体が包まれビクッとしてしまった。ヴェルナー様に抱き締められていた。
「吃驚しました……!?」
軍人だからか気配を消して近寄られると吃驚してしまう。気がつかなかったのは私が考え事に夢中になっていたせいかもしれないけれど。
「荷造り?」
「はい」
私のこめかみにキスをして「おはよう」と言う。朝から甘くて、慣れない私はいちいちドキドキしてしまう。
「懐かしい絵葉書だ」
侯爵領に行った時に購入した物で、一枚はヴェルナー様に手紙を書くのに使ったからこれに似た絵葉書を持っている。ヴェルナー様にとっては見慣れた領地の湖だ。
「そっちは?押し花?」
「あ……はい」
私の手にある押し花を見て聞いてくるが、初めてヴェルナー様に見られてしまったので少し恥ずかしい。そっと鞄の中に仕舞った。
「孤児院で作ったの?」
ドキッとしてしまう。まさか聞かれるとは思わず動揺してしまった。
「いえ……」
「違うの?」
「その……」
私のはっきりしない態度に何かあると察したのか、後ろから抱き締めているのに顔だけ前に出して覗き込んでくる。
「デリア?」
「…………」
昨晩の様にからかわれていると言うよりかは、尋問されているかの様だ。
「……まさか、あの青年に貰った?」
「違います!違いますっ!」
そっちで勘違いしていたのか……!
確かに花屋の息子なら花をプレゼントしてきそうだから、そう考えてもおかしくはない。
「……私には言えないような物?」
寂しそうな顔をして聞いてくる。そして私の体をしっかりとホールドしている。これは言うまで離して貰えないのだろうことを悟った。
「……これは、その、結婚記念日に……」
「結婚記念日?」
「ヴェルナー様がくださった花束の花を押し花にしたものです……」
恥ずかしい。もう昨日から何度も恥ずかしい思いをしている。今日は鞄に顔を埋めてしまいたい位だ。
でも、鞄では無いけれど私の髪に顔を埋めたのはヴェルナー様だった。
「可愛いことをしてくれるな」
耳元で囁かれてゾクリとしてしまう。肩が上がって体が強張る。熱が上がり、顔が熱い。
それでも容赦なくヴェルナー様は首筋や頬、こめかみ、額にとキスを落としていく。そして最後に顎を取り唇にキスをした。触れるだけでは無く今までしたことの無い、口の中に舌が侵入して私の舌を追って絡ませてくる深いキスだった。
恥ずかしいし訳が分からないし苦しいけれど、ヴェルナー様に支えられながら暫くキスをし合ってその行為に浸っていた。
子ども達も起きて朝食を頂いた後、直ぐに孤児院を出発した。皆が見送りをしてくれた。抱きついてくる子、泣いてしまう子、綺麗な石をくれる子、こっそり描いたであろう絵をくれる子等、どの子とも離れがたかったけれどヴェルナー様に促され、ヴェルナー様が乗って来た馬に一緒に跨がり、孤児院を後にした。
天気の良い春の日。風が気持ち良かった。
この町に来た時は乗り合い馬車を乗り継いで、時には歩いて、王都から4日位掛かった。グレーテに馬車を出すと言って貰ったが、孤児院を馬車で訪れるなんていかにも貴族だ。身元を隠して働きたいのだから断った。
それに宿屋に一人で泊まる時、宿屋の店主に訝しげに見られたものだ。若く、貴族の雰囲気が残った女が一人で安宿に泊まるのを、訳ありだと思ったのだろう。襲われたりしないか、宿で何か揉め事を起こさないかと心配になったのかもしれない。
勿論不安もあった。襲われること無く孤児院のある町に着けたのは運が良かったのかもしれない。でもクリスティーネを失った悲しみが強くて、自身をわざと苦しめたかったのだ。守ることが出来なかった贖罪だったのかもしれない。
でも今ヴェルナー様と、一年前に通った道を辿り帰っている。背中にヴェルナー様の温もりを感じる。一人では無い。
(馬に二人乗りなんて、いつ振りかしら)
昔、まだ一人で馬に乗れなかった頃に父に乗せて貰った様な気がする。あの頃は大きな父がしっかり支えてくれ安心感があって楽しかった。
ヴェルナー様も私よりずっと大きい体だ。温かい上着に身を包まれている様。でも近くてヴェルナー様の息遣いを感じ、それが恥ずかしいからか少し緊張してしまう。
結婚したばかりの頃に侯爵領の湖に出掛けた時も、ルイーザ嬢の命日に海辺を訪れた帰り道も、それぞれの馬に乗っていた。こうして一緒に乗るのは初めてだ。こんな日が来るなんて、当時は想像も出来なかった。
これから私達は、新しく結婚生活をスタートさせるのだ。
途中休憩をしながら一日走り続け、日が暮れた頃に王都の侯爵邸に着いた。覚悟を決めて孤児院を出て来た筈なのに、王都が近づくにつれ不安が現れ始め、そして王都に入り侯爵邸が視界に入ってくるとさらに動悸がしてきた。
一度飛び出した身でよく戻って来れたものだと思われたりしないのだろうか。
ヴェルナー様は侯爵も侍女も執事も他の使用人達も私の帰りを待っていると言ってくれた。けれどそれは私を安心させる為の言葉だったのではないかとも思うのだ。本当に皆が皆私を歓迎してくれるとも思えなかった。
それにクラーラ嬢やシュッセル伯爵は私が戻ったことを知ったら何か仕掛けてくるのではないかという不安もあった。ヴェルナー様も侯爵もクラーラ嬢との再婚話を断ったと言っていたが、それで納得したのだろうか。
不安はあっても馬は止まること無く侯爵邸に到着した。物々しい雰囲気を感じるが、一年振りの邸。クリスティーネが命を奪われた場所だ。
クリスティーネを失った悲しみを紛らわすように、ただ毎日を一生懸命に生きてきた一年。でもここに戻ってくると一年前の苦しみを思い出してしまう。手だけでなく全身に震えが広がる。呼吸が上手く出来ない。
「デリア、大丈夫か!?」
ヴェルナー様が私の異変に気がついて心配をしてくれる。
邸の門の警備兵が門を開いて敷地に入ると、ヴェルナー様が直ぐに指示を出し警備兵一名が邸に駆けて行った。
ヴェルナー様は私を馬から下ろし抱き上げ、馬を馬丁に預けると邸の中へと入っていった。玄関ホールで奥から慌てて駆けつけた侯爵や使用人達と、一年振りに会った。
「デリア!」
「奥様!」
口々に呼ばれ応えたいのに言葉が出てこなかった。私を心配してヴェルナー様が「取り敢えず休ませてやって欲しい」と気遣ってくれた。
それでも侯爵に一言謝らなければという気持ちが強くて、必死に声を出す。
「こっ、侯しゃっ……」
驚く程言葉にならなかった。息がままならず単語一つも言えない。
「デリア。今は無理しなくていい」
勝手に邸を出ていった私を怒ってくれても良いのに、侯爵はいつだって優しい。涙が出て来た。嬉しいだけじゃない、謝罪も出来ない自分の不甲斐なさに悔しさがあった。
「こっ、こう……、ごめっ……」
涙も相まって嗚咽のせいで余計に呼吸が苦しく喋られなかった。
「デリア。父と、呼んでくれるのではなかったか」
そうだ。以前"父"と呼んで欲しいと言われ、それから"お義父様"と呼んでいた。でも家を出て罪悪感からか呼べなかった。
呼んで良いのだと、呼んで欲しいのだと優しげに微笑む表情に、こんな私でも再び受け入れてくれるのだと思えて不安が一つ消えていく様だった。
「おっ、お義父、様……、ごめっ……さい……」
泣きながら必死に伝えた。幼子をあやすように優しく頭を撫で微笑みを返してくれた。
「謝る必要は無い。今はゆっくり休みなさい」
そう言うとヴェルナー様に「部屋に早く連れていって休ませてあげなさい」と促し、私は自室に運ばれていった。
自室は一年前私が使っていたそのままの状態で、侍女が部屋の明かりを灯し、飲み物の準備をしてくれていた。侍女は私の顔を見て泣き出してしまい、それを見てまた一つ不安が消えていった。
私はここに居て良いのだと、そう思うことが出来た。
ソファの上でヴェルナー様に抱き締められながら背を撫でられ、呼吸が落ち着いてから温かいお茶を貰った。そして湯を浴び体の汚れを落とすとその日は直ぐに就寝した。今晩もずっとヴェルナー様に抱き締められながら眠った。
翌日から私は熱を出した。熱は三日続き、それから少しずつ回復していった。
侍女は私が痩せて戻ってきたことで、何度も謝ってきた。侍女は何も悪いことは無いと言うのに、謝ることを止めてくれなかった。
私は一年間孤児院で労働をしていたし、食事も貴族とはかなり違う物だったこともあり、体型が変わっていた。痩せたと言っても産後の体型崩れがちょっと戻った様な感覚だった。それに洗濯をゴシゴシと力を入れてやっていたり、子ども達を抱っこしたりしていたので腕は筋肉がつき反対に太くなった様にも思う。
ヴェルナー様は仕事があり朝出掛けると戻ってくるのは夜だった。でも必ず寝室に顔を出してくれ、一緒に寝てくれた。熱があり移ったら困るのでと共寝を断ろうとしても、許して貰えなかった。どうやら私は寝ている間魘されていることがあるらしく、そうするとヴェルナー様が抱き締めながら背を撫でてくれているそうなのだ。それではヴェルナー様が寝られず余計に迷惑を掛けてしまうと断っても、「君が一人で泣いて苦しんでいるのを放っておけない」と言われ結局抱き締めて離して貰えなくなるのだ。
嬉しいやら申し訳ないやら複雑ではあったが、ヴェルナー様に抱き締められると温かいので安心出来て眠れるのだ。
邸に戻ってから一週間が経ち、私の体もだいぶ回復し侯爵とヴェルナー様がお休みの日に話があると侯爵の執務室に呼ばれた。
「クリスティーネのことをきちんと話しておかなくてはと思ってね。でも、辛くなったら遠慮無く言いなさい」
名前を聞くとビクッとしてしまう。脈が速くなる感覚がしたけれど、隣に座るヴェルナー様が手を握ってくれた。ゆっくり深呼吸をして「はい」と答えた。
「まずクリスティーネに毒を盛ったのは姿を消した乳母だった」
やはりそうだったのか。
他には考えられなかったのだからそうであろうとは思っていたが、私が失踪してから侯爵方は何も出来なかった私とは違い調査をしてくれたのだとも思った。
あの日邸に侵入した者は居なかったとは思う。ここは軍人の家系なだけあり、警備もかなり厳しく鍛えている。
それに侯爵家で働いている人達は皆良い人が多い。昔から雇っている者が多く、その者達が侯爵家に背くような、自身で手を掛けたり侵入者を手引きしたりするとは思えない。
そして最近雇ったのは私の侍女と乳母だけだ。その乳母が姿を消したのだから一番疑わしかったのも当然。
しかし一年以上もクリスティーネの世話をしてくれていたのだ。そんなことをする様な人柄でも無いし、様子や前兆も無かった。
「乳母は連合国に逃走していた。お陰で見つけるのに少々時間が掛かってしまった」
「連合国に……」
「ああ。そして乳母の亡命に手を貸していたのがクラーラ嬢の従僕だった。乳母を捕らえた時に口を割らせた」
やはりクラーラ嬢が関係していたのか。
私が離縁をなかなか受け入れなかったから……。
そう思うと心臓がぎゅっと締め付けられる思いになる。
「今回の件は従僕が指示を出したと言い張っていたが、乳母がクラーラ嬢と取引をしたと証言した」
「取引……?」
「乳母には五人の子どもがいるが、その内唯一の女児が病気だと言うことはデリアも知っているだろう。可能な限り侯爵家でも支援していたが、その病気に詳しい医師が連合国にいることと、その医師に紹介状を書いても良いと、さらに治療費用も一家全員分の亡命費用も全額出すとまで言われたらしい。その対価にクリスティーネに薬を盛れと」
「……!?」
病気の子どもを盾にして利用している様で聞いていて不快に感じた。クラーラ嬢にとって子どもとはその様に利用したり簡単には命を奪えるものなのだろうか。
他人の子どもだから?
自分の子どもならそうではないの?
クリスティーネに毒を盛った乳母を恨みたいのに、同じ様に脅され利用されていたのだと思うと悲しいし、そのまま実行してしまう前に相談して貰える様な関係性を築けなかったという自分の至らなさに悔しくも思う。
結局消化出来ない恨みはクラーラ嬢と自身に向かってしまう。
「大丈夫か?」
視線を落として涙を堪えるように手を口に当てた仕草を見て、ヴェルナー様は私を気遣ってくれた。
「……はい」
「話を続けて良いか、それとも止めるか?」
「続きを、お願いします」
侯爵も心配してくれたが中途半端で話が終わるのは疑問が残ってしまうので、可能な限り教えて貰いたくて続きを求めた。侯爵は頷くと続きをまた話し始めた。
「クラーラ嬢が関わったことは乳母の証言で判明したが、直接手を下した訳では無いし証拠も弱い為、本人が否定していることもあり罪を問うのが難しい。彼女は資産家のシュッセル伯爵家らしく高額の保証金を支払い拘置所から出て今は伯爵邸で謹慎している。貴族の令嬢だし有罪となっても結局は罰金刑で済まされてしまうかもしれない」
クリスティーネの命は罰金で済まされてしまう程度なのかと、沈痛な思いに駆られる。
ヴェルナー様も同じ思いなのか、私の肩を抱いてくれた。
「クラーラ嬢を教唆者と示すことは出来たが、さらにクラーラ嬢を教唆したであろうシュッセル伯爵にまで罪を暴くことは出来そうに無い。だから念の為デリアを狙う者が現れないとも言い切れないから邸の警備を──」
「えっ……!?」
侯爵の話を聞いていて疑問を抱いた。
「どうかしたか?」
私が話の途中で声を出し遮ったのを見て、侯爵とヴェルナー様が不思議そうに様子を窺ってきた。
(クラーラ嬢を教唆した……?)
確かにシュッセル伯爵は侯爵領を欲しがった。けれどシュッセル伯爵がクラーラ嬢を教唆しただろうか。
クラーラ嬢はヴェルナー様を欲しがった。その為に妻である私を邪魔に思い、また私を脅す為にクリスティーネを毒殺させたのだ。
でも二人はシュッセル伯爵が教唆したと思っている。
「……お二人は、何故シュッセル伯爵が教唆したとお思いなのですか……?」
「何故って……とても令嬢一人で行ったとは思えない非道な行いだからだ」
そうか……。
二人は知らないからだ。
私は偶然聞いてしまったから。
ルイーザ嬢のお墓の前で。
「……クラーラ嬢は、ルイーザ嬢の命を奪ったのです」
「えっ……」
「なにっ……!」
二人とも驚き言葉を失った。
そうだろう。私だって驚いた。当時十二、三歳の少女が実の姉の命を奪うだなんて、思いもしなかった。
「ヴェルナー様……この様な形でお伝えして、驚かせてしまい、大変申し訳ありません」
特に驚いて私を見つめているようで見ていないヴェルナー様に謝った。急に元婚約者の死の真相を聞くことになったのだ。ショックを受けても仕方がない。
「いや……君が謝ることでは……驚いたが……。しかし、本当なのか?」
「はい。クラーラ嬢本人から聞きましたから……」
「それは何処でだ?まさか、あれか……ルイーザ嬢の墓で二人っきりで何かを話していたと聞いていたが」
「そうです、お義父様。その時、偶然聞いてしまいました。完璧な姉が邪魔だったと……もしルイーザ嬢が亡くなっていなければシュッセル伯爵家とヘッセン侯爵家の婚姻は結ばれていました。なのでシュッセル伯爵にとってルイーザ嬢の命を奪う理由は無いかと。寧ろあり得ません。ルイーザ嬢の命を奪ったのはクラーラ嬢の独断なのだと思います。そうだとすると今回のクリスティーネについても、クラーラ嬢の指示でありシュッセル伯爵は関わっていない可能性が高いのでは無いかと……」
私の話を聞いて二人は顔を見合わせた。
「……だとすると、ルイーザ嬢の死の真相を探る必要があるな。ルイーザ嬢は自殺と処理されていたな」
「ええ。教会の裏手の階段から落ちたと……」
「教会か……調べてみるか。もしクラーラ嬢の犯行を示す証拠でも出てくれば、彼女の有罪は免れない。そうすれば修道院行きになるだろう。その方がデリアに危険が及ぶ可能性が低くなる」
「私、ですか……?」
「ああ。クラーラ嬢は結局計画が明るみになったからな。それをデリアのせいにして命を狙わないとも限らないだろう。ましてやルイーザ嬢の件を知っているデリアをそのままにしておくとは思えないしな」
確かにそうだ。私も私の命を狙われるのだと思っていたらクリスティーネの命を奪われたのだ。ヴェルナー様と結婚をしたかったのなら単に私を殺せば妻の座を手に入れられた筈だ。態々乳母を脅し手間や費用を掛けてまでクリスティーネを毒殺したのは何故だったのだろうか。
「とにかくデリアには不便を掛けるが、暫く外出は控えて家に居てくれ。警備は万全にしておく。クリスティーネの時の様な失態は絶対に起こさせない」