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14.迫られる別離

年が明けても戦争が終わる気配は無かった。


新年を祝うパーティーは戦勝祈願の名目で軍事費用に充てる為の献金パーティーへと変わった。

大帝国への牽制も込めて、そのパーティーはとても豪華で煌びやかだった。資金は潤沢に確保出来るのだと、また貴族達も動揺等しないのだと見せつけるようだった。


そのパーティーで一際目を引いたのが、シュッセル伯爵夫妻とその娘のクラーラ嬢だった。シュッセル伯爵が身に着けているものも一目で高価なものであると分かるものばかりだったが、それより何より、夫人とクラーラ嬢が宝石を散りばめたドレスに、デコルテを覆う程の豪奢なネックレス、宝石で出来た花が頭部の半分を占めている程に豪華に咲き誇っているヘッドドレス等、とにかく贅の限りを尽くした様な装いだった。


またそれが似合う容姿なのだ。夫人も美しい娘の母親らしく、大層綺麗な方だった。立ち居振舞いも美しく、ルイーザ嬢を思い起こさせた。



「シュッセル伯爵、軍への資金援助を渋っているそうよ」


隣にいたグレーテがシュッセル伯爵一家を見てコソッと教えてくれた。


「どうして?いかにも王国一の資産家らしい装いでアピールしているのに」


「海軍になら援助するけれどって言っているみたいだけれど、何か魂胆でもあるのかしらね」


グレーテでも詳しくは知らないらしい。


「貿易の利益にならないから?」


「どうなのかしら。戦争が長引いた方が都合が良いとか思っているのだとしたら、快くは思えないわよね」


武器や武具、食糧や衣服や各備品等々、確かに商人からしたら儲かるのかもしれない。


でもそれは何だか大帝国の考え方に似ている気がして、素直に商人らしいと賛辞は贈れない。それは私が女だからか、または軍人である家族が戦場へ行って自身を犠牲にしながら平和を守ってくれているからか……。



クラーラ嬢が私に気がついて近寄ってきた。そしてにこりと微笑みお辞儀をする。


「クラーラ嬢、お久し振りです」


「次期ヘッセン侯爵夫人、お久し振りにございます」


挨拶をして顔を上げ視線が合う。何故だかゾクリとした。


以前夜会で会った際は、クラーラ嬢はヴェルナー様に親しげに話し掛けていた。今、私にはいかにも距離を取っている雰囲気がした。確かに立場では私の方が上だし、私は親しくは無いのだから仕方無いのだろうけれど、完全にヴェルナー様と私を切り離して見ている様に感じた。


「ヘッセン侯爵家のご活躍、聞き及んでおります。何て素晴らしいのでしょうか」


「ありがとうございます」


「ご夫人としての立場もご苦労が多いのではありませんか」


「……いえ、私は戦場に居る家族に比べたら大したことではありません」


「まあ、ご謙遜なさらず」


どうしてだか、笑顔を作りながらも背に汗をかいていた。クラーラ嬢の美し過ぎる笑顔が怖くて仕方がない。私が彼女に劣等感を抱いているから?


全てが輝くような豪華さの彼女と対面するのは、変なプレッシャーを受ける。私にはあんなドレスも宝飾品も無く、顔立ちもスタイルも何もかもが劣っているのだと痛感してしまうのだ。


適当に会話が終わり、クラーラ嬢は去って行った。


「アレ……意外と感じ悪いのね」


アレって……。名を出して周りの人に悟られない為だと思いたいところだけれど、グレーテのことだからきっと違うのだろうと分かってしまう。


「姉とは性格が違う様ね」


「そう、かな……」


「気をつけなさい。あの女は食えないわ」


苦笑いを返すしか出来なかった。

何を気をつけるのだ。私にはどうしようもない。


もし二人が密かに想い合っているのだとしたら……私にはどうしようもないのだ。






それから一ヶ月が過ぎた頃、来客があった。


応接間には、シュッセル伯爵とクラーラ嬢がいた。訪問相手は勿論私。執事が同室してくれ、壁に控えている。


「単刀直入に言いましょう。ご主人と離縁してください」


シュッセル伯爵は笑みを浮かべながら残酷な一言を言う。


「何故でしょう?」


努めて冷静に答えた。いつかは来るとは覚悟していたけれど、こんな形で来るとは思わず内心動揺はあった。それでも今は侯爵家の当主代理を任された身だ。毅然としていなければならない。


「私の娘ルイーザが婚姻を結ぶ予定でしたが命を絶ってしまい話が消えてしまいました。けれどヘッセン侯爵領は私としても大変魅力的で縁を結びたい思いなのです。ルイーザの代わりにここにいるクラーラと是非婚姻を結ばせたいと思っていたところ、突如貴女が妻の座に座ってしまった」


「ええ」


突如と思われても仕方がないだろう。事実だ。だから肯定の返答をした。


「あなた方の結婚は侯爵が望んだと伺ったので婚姻を結ぶのは諦めていたのだが、クラーラが社交界デビューして多くの男から求婚を受けたがヘッセン侯爵子息に一目惚れしてしまってね。既婚者になんて不貞になってしまうので諦めさせたかったのだが……今回の大帝国の侵攻があり考えが変わった」


クラーラ嬢は恥ずかしそうに目を伏せた。

不貞になるのだと分かっているのなら諦めさせることをもっと頑張って欲しかった。


「ヘッセン侯爵領は物流の重要拠点だ。辺境伯領の隣にあり、大帝国にも連合国にも近く、王国の北部の最大都市であり、避暑地として多くの貴族が訪れる。そこで作られる流行もある。港への陸路の中継地でもあり、こんな魅力的な土地はない。侯爵は一商人だけを特別扱いしない。しかし私は縁組みをすることで優遇を得られると考えている。そこで今回の大帝国の侵攻があり、侯爵領は軍の為にかなり援助をしているのではないか?侯爵領がいくら裕福だとしても戦争が長引けばそれだけ負担は増していくだろう。我が家と縁組みをすればその費用は全額援助出来る」


(全額……!?)


思わずゴクリと唾を飲んだ。

この方はそれがどのくらいの費用か分かっているということだろうか。


「我が侯爵家は戦争になれば毎回支援しております。その為いつ戦争が起きても良い様に準備を怠っておりません」


「では貴女が離縁してくれたらさらに軍に援助を約束しよう。異国の大型兵器を輸入出来れば大帝国への牽制にもなるし、辺境伯領の国境沿いに配置すれば防衛力も上がるだろう。そうすれば戦争が早く終わるし、今後もそう容易く手出し出来なくなるだろうな。貴女の実父もお兄さんも戦場に行っているのでしょう?早く帰って来られるのなら、それだけ何事もなく無事で済むということだ」


我が家への援助だけでなく軍への援助、それも相当な金額になるだろうことは私にでも想像が出来る。それだけの資産を持っているということだろう。それは先月のパーティーでの装いでも分かる。会場にいる誰よりも豪奢だった。もしかしたらあれは私に見せつける為でもあったのかもしれないと思ってしまう。そうでなければ態々一度会っただけの親しくもない私に話し掛けなかっただろう。


「……それを私との交渉に持ってくるのですか。ただ国の為に援助する気概は無いのですか?伯爵には愛国心が無いのですか?」


「残念ながら私は元は連合国の人間です。商売をしやすいのでフレンス王国に籍を置いているだけ。この国の者も私達を余所者扱いしているだろう?そんな輩の為に大事な資産を失う気にはなれないな。見返りが期待出来ないことに投資はしない」


私は静かに息を大きく吸ってゆっくり吐き出した。落ち着かなければと無意識に思ったのかもしれない。


この人は損得で動いているのだ。恩も義理も無く、商売に都合が良いから王国に籍を置き、伯爵位を得ているだけなのだろう。国の為、守ってくれている軍の為にお金を使っても返ってくるものが期待出来ないから援助をしない。戦争すら利益の為に利用する。戦争の終結を盾に侯爵領を手に入れる為、私に交渉しているのだ。


「ただ貴女に離縁しろとは言いません。離縁後の身の振り方に出来うる限り支援します。再婚をご希望なら連合国にいくつか良い話を出来ますし、邸が欲しいなら準備しますよ」


(再婚……邸……)


それが私への対価なのかと思ってしまう。シュッセル伯爵にしたら大した苦労もなく与えられるものなのではないだろうか。


「……婚姻の問題はお互いの家の問題です。私の一存で離縁は出来ません」


「しかし今は侯爵家当主代理でしょう?貴女一人で決められるのでは?」


「夫と話し合う必要があると考えます。娘もおります。私一人が家を出て片付く問題ではありません」


意地があったのかもしれない。毅然とした態度は崩さなかった。


「そうですか……。戦場にいるご主人とどう話し合うと?……快い答えを頂けず残念です」


伯爵はフンッと鼻で笑った。



話は終わり、伯爵とクラーラ嬢は帰って行った。私は応接間に一人残っていた。


「奥様」


客人を見送って来た執事が戻って来た。


「差し出がましいかと思いますが、私はヴェルナー様のお相手が奥様で良かったと思っております。いつでも仕事に真面目に取り組み、家を支えてくださっております。そして大変可愛らしいクリスティーネ様がお生まれになり、ヴェルナー様に笑顔を取り戻してくださった。この邸に賑やかさと明るさを復活させてくださったのは、他でもない奥様です」


執事からの思いがけない言葉に目頭が熱くなった。そんな風に思ってくれていたのか。


けれど私はシュッセル伯爵の提案を強く突っぱねられなかった。その場凌ぎの言葉しか出てこなかった。当主代理として情けない話である。


「奥様が出ていってしまったら皆が悲しみます。それは忘れないでください」


私を慮ってなのか、どこか察してなのか、釘を刺されてしまった気分だ。


「ありがとう」


ただ感謝することだけしか出来なかった。





それから数週間後、ルイーザ嬢の命日の日。


私はヴェルナー様の代わりに墓参りに来ていた。ヴェルナー様にお願いされた訳では無い。ただ、私が来たかったのだ。


ルイーザ嬢のお墓の周りは綺麗に管理され、冬でも彩りを添えてくれる花が周囲に植えられていた。専属の管理人でもいるのか、はたまた使用人が定期的に手入れをしているのか。でも意外なことに命日でも生花は供えられていなかった。


もしかして生花は枯れてしまうから置かない様にしているのかもしれないと思って、持ってきた花をどうしようかと迷ったが、せっかく持ってきたのだしこれは気持ちなのだからと供えさせて貰った。


今日も天気が良かった。空には青が広がっていた。でも風は強めで、湿りを帯びている様だった。雨になるかもしれないな、と思った。


墓の前で祈りを捧げた。


シュッセル伯爵はヘッセン侯爵領を欲している。それはいつからだったのだろうかとの疑問があった。


シュッセル伯爵はヘッセン侯爵家と縁を結ぶ為にルイーザ嬢を使ってヴェルナー様に近づいたのだろうか。それともたまたま二人が惹かれ合い、婚約の話が持ち上がった時にヘッセン侯爵家なら問題ないと、寧ろでかしたと伯爵は思ったのだろうか。


ルイーザ嬢はヴェルナー様を傷つけない様にしていた位に愛情を持っていたと思う。魂胆があって近づいたようには思えない。それか、魂胆があって近づいたけれど本気で愛してしまったのか。それとも、全てが私の思い違いで演技だったのか……。


墓参りをしたからと言って亡くなった彼女と対話は出来ない。それでも、彼女のことを思い出し、死を悼むことで彼女のことを考え、寄り添ってみようと思ったのだ。


ヴェルナー様が唯一愛した女性。


羨ましいと何度も思った。美しく強い彼女に憧れる気持ちもあった。


(貴女なら、どうするでしょうか……)


離縁を選択し身を引きますか?

結婚をこのまま継続しますか?


国のことを思うのなら離縁して軍への援助をして貰うのが良いだろう。その方が戦場に行った者達が早く戻って来られるかもしれない。それを待つ人々は嬉しいだろう。私だって早く帰って来て欲しい。無事に、平和な日常へと戻って来て、笑顔で過ごしたい。


でも、離縁したら一番帰って来て欲しい人は私の元には帰って来ないのだ。それにクリスティーネはどうなる?クリスティーネを連れて侯爵家を出て行ったら、折角ヴェルナー様に与えることが出来た幸せを奪うことにならないだろうか。それとも、クラーラ嬢と新しい幸せな家族を作るのだろうか。


クリスティーネを置いて、私だけ侯爵家を出る?私はその悲しみに耐えられるのだろうか。


どれも簡単に受け入れられるものではない。

せめて……

せめて、ヴェルナー様にハッキリと別れを告げられる方が、諦められる様な気がする。


会って話がしたい。けれど、戦争が終わらないので会えない。


こんな堂々巡りばかりしている。

誰かに答えを教えて貰えたら楽なのに。だからルイーザ嬢のところに来てしまったのだろうか。こんなこと、誰にも相談出来ない。グレーテにしても、きっと答えは「馬鹿げてる」と言う気がする。



「こんなところにいらっしゃったのね、デリア様」


不意に後ろから声を掛けられ、振り向くとクラーラ嬢が立っていた。


「先程ヘッセン侯爵邸を訪れたら此方に居ると伺いまして、態々来ましたのよ」


「……お姉様のお墓参りにいらっしゃったのではないのですか?」


クラーラ嬢はニコリと微笑み、側に遣えている者に離れているように指示を出した。聞かれたくない話をしたいのか私にも視線を向けて来たので、私も付いてきてくれた使用人に離れて待つよう伝えた。


「私にどのようなご用件でしょうか?」


「決まっておりますわ。ヴェルナー様と離縁してくださいませ」


「それは先日もお伝えした通り、私の一存で離縁は出来ません」


「今なら出来るじゃありませんか。当主代理なんですから」


クラーラ嬢が宝飾品の様な華美なハンドバックの中から徐に封筒を取り出すと、さらにその中から用紙を取り出した。そして私に差し出してきた。


受け取って内容を見ると、それは離縁状だった。




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