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10.夕暮れの浜辺で

気持ちの良い晴れの、冬の日。


ヴェルナー様と侯爵が軍舎から戻ってきたのは数週間前のこと。


相変わらず私達は共寝をしていなかった。ヴェルナー様はいつも帰りが遅かったので、別々に寝ていた。休日でも出掛けてしまい、帰宅は遅かった。何処で何をしているのか私には全く分からず、尋ねることも出来なかった。



「デリア様、休憩なさいませんか?」


「ん……あと少しだから、やってしまうわ」


自分の執務室で仕事を片付けていた。結婚当初は殆んどやることが無く暇を持て余していたが、侯爵領から戻ると少しずつ当主代理で仕事を任されるようになった。


昼食も取らずにかなり没頭していたから、侍女も心配になったのか声を掛けてきた。

急ぎのものはもう終わっていた。別に今日やらなくてもいい仕事だったけれど、何かしていたかった。



目の前の仕事が片付いてしまい、仕方なく終わることにした。


「遅くなってしまったけれど、昼食を頂くわ」


「かしこまりました」


侍女は調理場に連絡する為、執務室を出ていった。


椅子から立ち上がり、窓の外を見る。良い天気だ。


(何故こんなにも良い天気なのかしら)


何の罪も無いのに空を皮肉りたくなる。心の汚ない私の方が罪だ。


溜め息をついてから執務室を出て食堂へ向かった。



いつもの席に座り、一人食事をする。テーブルは広いのに、席は一つしか埋まらない。テーブルも寂しいとか思ったりしないのだろうか。

王都のヘッセン侯爵家の家族は三人。でも最後に三人で食事をしたのはいつだったか。


食欲も湧かず、途中で手が止まってしまう。遅い昼食にして貰った上に残してしまうなんて、調理場の皆に悪いことをしてしまったなと思う。私の食事が遅ければ使用人皆の食事も遅くなってしまう。


食事を終えることを伝え、お茶を淹れて貰った。


「ヴェルナー様、今日も遅くなるのでしょうか?」


お茶を淹れてくれた侍女がポツリと言った。


「……どうかしら」


私は特に何も聞いていない。ここ最近はいつもそうだし。

侍女が知らないのなら執事も何も聞いていないのだろう。


「あの……」


侍女が躊躇いながらも言いたそうにしている。


「なにかしら?」


私は嫁入り時に侍女をリートベルク伯爵家から連れて来なかった。だから彼女はヘッセン侯爵家が私の輿入れの為に雇った侍女だ。侯爵家には侯爵夫人が亡くなられてから女性が居なかったので、長く侍女が居なかったのだ。とても一生懸命働いてくれている。


本当は放っておいて欲しい気持ちもあるけれど、この侍女に溜め込ませるのも可哀想かなと思ってしまい、続きを促してしまった。


「ヴェルナー様は……今日、庭の花を花束にして持って出掛けたそうです」


それは知らなかった。

しかし、庭の花をか……と思う。


「心配してくれているの?」


「その……」


邸の主人を疑っているのだろう。そして私に肩入れをしてくれているのだ。それもそうだろう、いつも私の身の回りのことをやってくれて一緒に居る時間が誰よりも多い。


「安心して。その花は貴女が思っているようなことで持って行ったんじゃないわ」


「えっ……そう、なのですか」


使用人に浮気を疑われてしまうなんて、可哀想な主人だなぁと思ってしまう。


「いい?これはこれ以上口に出しては駄目よ。貴女を雇ってくれている邸の主人を辱しめることになってしまうわ」


「申し訳ありませんっ」


出過ぎたことを言ってしまったのを後悔しているのだろう。せめてもの慰めにと笑顔を返した。



ヴェルナー様が今日出掛けた先は予想がついていた。花を持って出掛けたのなら尚更そうだろう。


今日はルイーザ嬢の命日だ。


この侍女が侯爵家に来たのは私が嫁いでくる少し前だ。だからまだ一年も経っていない。ヴェルナー様が私より前にルイーザ嬢と婚約していたこと、そして二年前にルイーザ嬢が亡くなったことは噂程度にしか知らないだろう。だから今日が命日だとは分からない筈だ。


そしてヴェルナー様の中にはまだ彼女がいる。


それでももしかしたら昼食には戻ってくるかもしれないなんて、低い可能性と思いつつも仕事をすることで食事の時間を遅くした。結果未だに帰っては来ないけれど。


お墓参りなら午前中で充分終わる。その後何処へ行っているのか私には分からない。


いや、一つ心当たりがある。ルイーザ嬢の葬儀の日にもそこにいた。今日もそこにいるかもしれない。でも、いないかもしれない。

昼から酒場に行っているかもしれない。もしくは私の知らない思い出の地を訪れているかもしれない。


そんなことを考え亡くなった者へ嫉妬しているのだ。そんな自分が嫌で仕事に熱中するしか無かった。でもその仕事も終わってしまった。午後をどう過ごしたら良いのか分からない。


昨年はヴェルナー様が派遣で王都を不在にしていたからこんな気持ちを抱くことも無かった。だけれど、今後は毎年この日をこんな醜い気持ちで過ごさなければならないのだろうかと思うと、憂鬱にもなるし自暴自棄にもなる。


こんな良い天気の日にこんな暗い気持ちでいるのも、天が嘲笑っているかのようだ。


(思いっきり嫌な女にでもなってみようか)


気分を変える令嬢らしい趣味なんて無い。唯一の趣味は乗馬だ。風を切って走るのは気持ちが良い。


侍女にお願いをして乗馬用の服を出して着替えさせて貰った。この服を着るだけで少し気持ちが強気になれた。私にも軍人の血が流れているからだろうか。


そして使用人達が供を付けるようにと言ってくるのを拒んで、一人馬に乗り侯爵邸を出ていった。


一人になりたかった。これからしようとすることを誰かに監視されるのも嫌だった。


王都から出て、馬を走らせた。街道を走らせるのは気持ちが良かった。天気が良いとは言え、まだ冬だから風は冷たかったけれど、それが気持ち良いと思える程に一人で待つ邸から抜け出したかったのだろう。


契約結婚がこんなにも辛いものだとは思わなかった。覚悟していた筈なのに、私には想像以上の辛さがあった。


(お義父様は、きっと予想していたんだわ。私に「辛い日々になる」と言っていたのは、私の想像以上の辛い日々になるのだと)


侯爵は愛した人を忘れられない気持ちを知っている。愛する人を亡くす辛さも知っている。誰よりもヴェルナー様の心を理解出来る人。


でも私はそれが分からない。人を愛する気持ちや、愛する人と結ばれない気持ちなら分かるけれど。


(ああ、でも……どうやっても愛する人が手に入らない気持ちなら、ある意味分かるかもしれない)


亡くなった人はもう手に入らない。その人が忘れられずにいる人を愛しても愛は返っては来ない。どちらも虚しい愛だ。いつかは傷が癒え愛を返してくれる日を待っているが、私には自分で課した三年という期限がある。


子を成せば良いと思っていたが、愛が無ければ子を成す行為すら出来ない。結婚をしてそれを思い知った。勿論人によるのだろう。愛が無くても女性を抱ける男性もいる。だから娼館があるのだろうし。でもヴェルナー様は違った。ヴェルナー様に愛されるようにならなければ子を成せない。


もともと三年あればどうにかなると思って定めた年数という訳でも無かった。ヴェルナー様を納得させる為には具体的な年数を提示する必要があると思ったからだ。そして、短期間でなければ、少しでも早くに希望である子を成さなければヴェルナー様が生きることを諦めてしまう気がしたのだ。だって今すぐにでも命を絶ってしまいそうに悲しみに沈んでいたのだから。


もっと長くても良かったかもしれない、と思う一方で、三年で良かったとも思っている。愛の返ってこない辛い日々に長い間耐えきれる自信を無くしてしまったから。


これから行く先にヴェルナー様は居るのだろうか。居なければ良いのにと思う。そうすれば少しは自信を取り戻せるかもしれない。居たら私はどうしようもない敗北感に押し潰されてしまう気がするのだ。



一度通ったことのある道を辿り、道が無くなると馬の速度を落とし草地をゆっくりと進む。そうすると美しい海が見えてくる。今日も太陽の日差しを反射して海面がキラキラとしている。


あの葬儀の日と同じ風が吹き、同じ青さの空と海だ。ただただ広く見渡す限り海。


浜に下りてサクサクと音を鳴らしながら歩く。思った通りの場所に見覚えのある馬が居るのを見つけた。


(……このまま、帰ろうか)


確信してどうする?辛いだけだ。

たまたま似た馬で別人がいる?それなら確かめ違ったら安心できる。

このまま帰ったら結局どちらか分からないまま、本人に確かめることも出来ずに一人モヤモヤとするのだろう。


迷っていたら馬が馬に気がついてしまった。私の馬が近寄りたそうにし、向こうの馬もこちらに顔を向け呼んでいるように見えた。


「どうした?」


馬の様子が気になったのか、馬を宥めるように低木の陰から姿を現したのはヴェルナー様だった。同じ厩で生活している馬同士で共鳴しているのだと確信してしまう。


そしてヴェルナー様は私に気がついた。


「デリア……」


見つかってしまった。何を言ったら良いのか分からずただ立ち尽くしてしまった。


「……私が、死ぬかもとでも思ったか?」


全く思わなかった訳では無い。けれど、それを選ぶとは思えなかった。少なくとも私との婚姻が続いている間は。

だから首を振った。


「よく、ここが分かったな」


「ここしか、思いつきませんでした」


「そうか……」


ここ以外私は知らない。


(だから居なければ安心出来たのに、やっぱり貴方はいるのですね)


この二年、私とヴェルナー様は何も変わっていないのだと思い知る。


「ルイーザ嬢を……今でも愛していますか?」


私の問いに答えるのを躊躇うように、視線を逸らし海の方を向いてしまった。ヴェルナー様の美しい銀髪が、少し薄いオレンジ色に染められていた。青かった空が次第に夕暮れの色へと変化し始めたようだ。


「……そうだな。愛している」


私に向けられた言葉では無いことが分かるので、ただ胸が苦しかった。分かっていて何故聞いたのだろう。覚悟も出来ていなかったくせに。

否定の言葉が出てくる可能性なんて、あるわけがないのに。


「愛しているんだ。彼女が居ないことが、まだこんなにも悲しく辛く思う。それなのに……」


ヴェルナー様の横顔は女の私が嫉妬してしまうくらいに美しいのに、苦しそうだ。


「それなのに……私は……君を……抱けてしまうんだ」


え……?


「愛する人以外を……」


ヴェルナー様は愛が無ければ抱けないのだと思っていた。けれど、それは違うの……?


「それは……駄目なのですか?」


「初めて君を抱いた時、罪悪感があった。初夜だから体面もあるし抱かなければと追われたような気持ちがあり、それに抱けるのか不安があった。それなのに何のことはない、私の体はちゃんと反応した。私はただ快楽に溺れてしまい、性欲のまま抱いた。我に返ってから、自分がこんな男だったのかと情けなくなり、彼女への罪悪感でいっぱいになってしまった」


ルイーザ嬢に義理立てしてしまったのだろうか。

愛が無いのに抱けてしまう自分が許せなかったのだろうか。


「それで……それ以降抱いてくださらなかったのですか?」


「仕事が忙しかったのも本当だけどな。ちょうど良いと思っていた。また欲望に負けて抱いてしまいそうだったから。欲求を満たす為に君を抱く様で嫌だった。でも侯爵領で君を抱き締めて眠ったのは、無意識に欲望に負けたんだろうな。理性を保てずに負けてしまう自分を見たくなくて別々に寝たかったのに、君は容赦なく暖房扱いするし」


……それは遠回しに抱き締めて欲しいと言ったのだけど。この方は気がつかなかったらしい。


「ある程度の距離を保っていたかった。そうでなければ理性も保てないと思って。なのに、君に「どうしたら抱いてくれるか」と言われて……我慢していたのに一気に欲に流されてしまった。君が求めてくれるのなら私の一方的な欲求の押しつけにならないのではないかと、甘えてしまった。そして理性を壊そうとなのか夢中になって君を抱いた。そして結局また罪悪感が残った」


「……罪悪感なんて、貴方は持つ必要無いです」


「どうして?愛する人がいるのに別の女性を欲求のままに抱いているんだ」


「それは私がそれで良いと……私を愛する必要は無いと言ったのですから」


「君が良くても私は自分が嫌になる」


私は、ヴェルナー様を苦しめていた……?


救いたい一心で子を成しましょうと提案したのに、それがヴェルナー様を苦しめることになってしまった?


苦しそうな表情が怖いくらいに歪むのを見て、やっと思い知る。

繊細な人なのだ。愛する人を裏切っているように感じているのだ。


「……私が契約結婚を提案したばかりに、貴方を苦しませてしまったのですね。申し訳ありません」


「君が謝ることじゃない。それを予想出来ずに結婚を了承した私自身に非がある」


「……貴方の苦悩に何も気がつけずに、抱いてくれる様にお誘いしてしまいました」


「そういう契約で結婚をしたんだ。君は悪くない」


「……どうして私を責めてくださらないのですか!」


「君は何も悪くないからだ。家のこと成すべきことをして、妻としての責務を果たしている」


「私は貴方をお救いしたかったのに……二年経っても何も出来ない……!」


「気持ちの整理もまともにつけられていないのは私だ。私のせいだ」


「貴方が悪いことは何も無いです!ご自分を責めないでください!責められるのは私です!」


そうだ。勝手に子が居れば生きてくれると思い込んで、結局それでヴェルナー様を苦しめたのだ。私が余計なことをしたのだ。


「君は悪くないと言っているだろう!」


体がビクッとした。滅多に声を荒げないヴェルナー様の大きな声に驚いてしまった。


それでもここで黙っては駄目だ。こんなに本心を見せてくれたのは初めてなのだ。いつも紳士であるこの方の内側が見えたのだ。


「貴方は勘違いをしています。いえ、気がついていないのです。私は……私は、ずっと昔から貴方をお慕いしておりました。貴方に子を成すと言って結婚を迫り、抱いて欲しくてねだった悪い女なのです」


海を眺めていたヴェルナー様が驚いてこちらを見た。この方は私の気持ちに全く気がついていなかったのだ。


「貴方は初夜で私に『ごめん』と言いました。謝るべきは貴方では無く、そう仕向けた私なのです。悲しみに沈んだ貴方と卑怯な手で結婚したんですよ?今日だって……今日が何の日か分かった上で貴方がここに居るだろうと確かめに来た、嫉妬にまみれた嫌な女なのです!」


言いながらポロポロと涙が流れた。自分に嫌気がさした涙だろうか。それとも自分の嫌な部分を言ってしまい嫌われるのが怖いのだろうか。ただ感情的になり、溢れてしまっただけかもしれない。


「欲求を満たす為に私を抱いてくださって構いません!たとえ私に気持ちが無くとも構わないのです!私が貴方を求めることで貴方が私を抱く理由付けが出来るのなら、いつでも私は貴方を求めます!」


「そんな……もっと自分を大事にしろ」


「大事にする価値も無い、心の醜い女です!」


「君は醜くなんか無い」


「自分が一番よく分かっています。慰めは要りません」


「慰めじゃない」


「どうしてっ……どうしてそんなに優しいのですか!?私を責めてください!!」


「私が君を責める権利なんか無いからだ」


不意にヴェルナー様に腕を引っ張られ、抱き締められた。それは苦しい位強い力で。


ヴェルナー様の肩越しに夕焼けに染まり始めた空が見えた。顔が見えなくなったのに全身でヴェルナー様を感じれる。胸が押し潰され痛く苦しい。体がめり込んで一体化してしまいそうに隙間も無く抱き締められている。


訳が分からなかった。何故今抱き締められているのか。唖然として力が入らない。


どのくらいそうしていたか、私を抱き締める腕の力を緩めて見つめ合った。


綺麗な男の人。この人の瞳には、今私が映っている。


ずっと映っていれば良いのにと思うのに、ヴェルナー様は私から手を離し、顔を逸らしてしまった。そして低木の陰へと離れて戻ってしまう。


「……先に、帰れ」


「……!?」


「私はもう少しここに居る」


ヴェルナー様はずっとそこに居ただろうと思われる場所に座り込んで、顔を伏せてしまった。


「……何故ですか?」


「…………」


「もう、暗くなります。一緒に帰りましょう」


どうしてかは分からないけど折角近づけたと思ったのに、簡単に離れてしまう。

散々醜い心を晒してしまった私は、性懲りもなくまた近づくことを選ぶ。


「いや、先に帰るんだ。そうでなければ……私は……欲望のままに君を凌辱してしまいそうだ」


"凌辱"なんて言葉が出てきたことに一瞬怯んだが、逃げたくは無かった。「いつでも貴方を求める」と言ったばかりだ。


「帰りません」


「……帰ってくれ!」


「帰りません!私は貴方の妻です。私は貴方を受け止めたい……!」


次の瞬間、私は砂浜に仰向けになっていた。両手首を強い力で押さえつけられ、押し倒されていた。上から見下ろすヴェルナー様の目に届く光は弱く、瞳が仄暗い。怖さすら感じた。それでも恐怖を感じていることを見せてはいけない。この方が恐怖を感じるように仕向けていたとしても、それはこの方を傷つけることにもなるのだろうから。


「……私に、女を感じてくださっているのでしょう?」


ヴェルナー様は苦しげに顔を歪ませる。今日はこんな顔ばかりさせてしまっている。なのに、この方の感情を乱していると思うと、嬉しく感じる。


私が悪女にでもなれば、この方は自分を責めたりしないだろうか。


「……ああ」



その後、会話は無かった。ただ獣の様に交わり合い、激しくて我慢出来ず、快楽のままに出る声を聞かせ合っただけだった。衣服も髪も素肌も砂まみれなのに、夕暮れの中で人に見られてしまうことを気にする余裕も無く、夢中になった。


胸をむしり取られそうな位強い力で揉まれ、痛いのにそれ程体を求められているのだ思うと嬉しさの方が勝ったし、海辺の波の音より激しく何度も打ちつけられる腰の音の方が私の聴覚を支配していた。


でも決して凌辱では無かった。

だって、少なくとも私には愛が存在しているのだから。




出すもの出して落ち着いてみれば、お互いに羞恥がやって来た。


乱れた衣服を整えて砂を払う。でも汗のせいで砂がくっつき、払いきれなかった。熱が冷めれば汗で湿った衣服に冬の海風は寒くて、身震いしてしまった。

それに気がついたヴェルナー様は外套を肩に掛けてくれた。


「……悪い」


欲を我慢しきれなかったからだろうか。


「私が煽りましたから……」


欲を我慢出来なかったのは、寧ろ私だろう。


空は夕暮れどころか夕闇だ。気まずいとか気にしている場合では無い程、体が冷えてしまった。なので邸に戻ることにした。


私が馬に乗ったのを見届けて、ヴェルナー様が下から私を見上げて私の名を呼んだ。


「なあ、デリア」


「はい」


「少し時間をくれないか?」


時間……。

何の時間か、それはどのくらいの期間なのか。

気になること、聞きたいことはあったけれど、それは堪えて頷いた。


これまで何も言わずに距離を取られ避けられていると感じていたことを考えれば、事前に言って貰えるだけ嬉しかった。今度こそ本当に少し近づけた様に思えた。


私達は馬を走らせて、一緒に邸に帰った。




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