序章終話
マルシア王国の王城、その中にある王の私室にて、伝令の兵士が王へ極秘の報告していた。
「とうとうわが国にも悪魔憑きが現れたか。しかも魔法を使えるとは……」
伝令からの報告を聞き、王は独り言ちる。
悪魔憑き、それはこの世界に魔法とともに現れたもう一つの怪奇現象。今まで普通に暮らしてきた人間がある日突然、別の世界の記憶を持った人格に身体を乗っ取られる現象。その原理や目的については一切不明で、人格の性別や年齢もバラバラ。唯一の共通点は、新たに宿った人格の持ち主たちは望んで他人の身体を乗っ取った訳ではないらしい、という事だけであった。
「悪魔憑きに乗っ取られた体の持ち主は、辺境の村に住んでいた6歳の少女のようです。現在は防衛隊のアルバート中隊長が保護していると聞いています」
伝令の兵士が王へ悪魔憑きについての詳細な情報を伝える。この兵士はただの伝令ではなく王専属の諜報員だ。王を含むごく一部の限られた人間のみに情報を伝える際に利用される、言わば王国の暗部ともいえる人間だった。王は諜報員から連絡があると聞いて、どのような厄介事かと思っていたが、まさか悪魔憑きだとは思わなかった。
悪魔憑きの情報の取り扱いについては、別に秘密というわけではなかった。今まで王国で発生していなかったがゆえに、情報の扱いについても定めてはいなかったのである。しかし、第一発見者であるアルバートは最重要機密事項として諜報員経由で王に報告したのであった。
「アルバート……、軍務卿の倅か。治癒の魔法使いを見つけたのも奴だったな」
「はい。そのようです」
「あの時も、扱いに困るものを保護したものだと思ったが……」
「いかがいたしましょう。悪魔憑きの情報はアルバート中隊長以外には、治癒の魔法使いにしか知られていないようです。処分しても問題ないかと思われますが」
アルバートが情報を秘匿したため、香月を殺して存在しなかったものとするのは簡単だった。住んでいた村も滅んでおり、家族だった人間もいない。誰もその存在を知らないのであれば、文句や批判などが出ることも無い。
「保護していると言ったが、その悪魔憑きはどのような状態だ?」
「報告を受けた後、裏付けを取るために私の方で少々調べましたが、アルバート中隊長の命令に対し従順なようです。あとは治癒の魔法使いが悪魔憑きの少女を気に入っているようで、ずっとそばにいて面倒を見ているようです」
「……そうか」
王は少し考えこむと、やがて一つの結論を出して口を開いた。
「しばらく様子見だ。軍務卿の倅と治癒の魔法使いに面倒を見させることにしよう」
「良いのですか?」
「もちろん監視はつける。もしかしたら我らにはない知見を得られるかもしれん。情勢を考えれば、得られる力は一つでも多い方が良い。それがたとえ世の理を壊す魔法であろうと、悪魔と呼ばれる存在の知識であろうとな」
王は、治癒魔法を使える少女を保護した結果、その魔法が王国に救いをもたらしていることを知っていた。一時的で且つ少々効果が劣るとはいえ、治癒の魔法が使えるというのであれば、利用価値はいくらでもある。
「では、そのように伝えます」
「軍務卿の倅には、悪魔付きから得た情報は定期的に報告するように命じろ。そして、悪魔憑きが現れた事はこのまま秘匿する。他の国の人間に知られると面倒だ」
帝国はもちろん、他の諸外国でも悪魔憑きは重罪人として扱われることが多い。そんな中で王国の騎士が悪魔憑きを保護していると知られるのは良くない。引き渡しを求められるか、最悪戦争に発展しかねなかった。しかし、そこまでのリスクを背負ってでも、今のマルシア王国には新たな力が必要だった。
「御意に」
こうして、王国に現れた悪魔憑きは、ごく限られた人間のみ知る最重要秘密事項として、王国に保護されるようになったのである。